鴨長明『方丈記』の「元暦の大地震」は、五大災厄の最後を飾る段で、地震の凄まじさを臨場感豊かに描く名文です。定期テストでは「侍り」の丁寧語や過去の助動詞「き」、「恐るべかりけるはただ地震なりけり」の係り結び、武士の子の逸話とそこに込めた作者の感慨、四大種と斉衡の先例、そして人心の風化(無常観)が頻出です。
本文
【(一)地震の描写】
また、同じころとかよ、おびたたしく大地震(おほなゐ)ふること侍りき。そのさま、世の常ならず。山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ちどを惑はす。【(二)逃げ場のない恐怖】
都のほとりには、在々所々、堂舎塔廟、一つとして全からず。あるいは崩れ、あるいは倒れぬ。塵灰立ちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。家の内にをれば、たちまちにひしげなむとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも乗らむ。おそれのなかにおそるべかりけるは、ただ地震なりけりとこそおぼえ侍りしか。【(三)武士の子の逸話】
そのなかに、あるもののふのひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、築地のおほひの下に小家を造り、はかなげなるあとなしごとをして遊び侍りしが、にはかに崩れうめられて、あとかたなく平にうちひさがれて、二つの目など、一寸ばかりうち出されたるを、父母かかへて、声も惜しまず悲しみあひて侍りしこそ、あはれにかなしく見侍りしか。子のかなしみには、たけき者も恥を忘れけりと覚えて、いとほしくことわりかなとぞ見侍りし。【(四)四大種】
四大種のなかに、水・火・風はつねに害をなせど、大地に至りては、ことなる変をなさず。【(五)斉衡の先例】
昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御首落ちなど、いみじきことども侍りけれど、なほこのたびにはしかずとぞ。【(六)人心の変化】
かくおびたたしくふることは、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二、三十度ふらぬ日はなし。十日、二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、あるいは日に四、五度、二、三度、もしは一日まぜ、二、三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。……月日重なり、年経にしのちは、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。
問題
- 傍線部「大地震(おほなゐ)ふること」の「おほなゐ」の読み(現代仮名遣い)と意味を答えよ。
- 傍線部の「侍りき」を文法的に説明せよ(「侍り」と「き」それぞれ)。
- 「山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり」を現代語訳せよ。また「ひたせり」の「り」の文法的意味を答えよ。
- 傍線部「龍ならばや、雲にも乗らむ」には、直前の「羽なければ、空をも飛ぶべからず」と対になる表現がある。ここで長明が言おうとしていることを説明せよ。
- 傍線部「ただ地震なりけり」に用いられている係り結びを指摘し、直前の「おそるべかりけるは」と合わせて、この一文で長明が述べている内容を答えよ。
- 傍線部「はかなげなるあとなしごと」の意味を答えよ。また、崩れた築地の下敷きになった武士の子を悲しむ場面で、長明が「子のかなしみには、たけき者も恥を忘れけり」と述べたのはどういうことか説明せよ。
- 「四大種のなかに、水・火・風はつねに害をなせど、大地に至りては、ことなる変をなさず」とあるが、長明はこの一文で何を言おうとしているのか。「四大種」の語意にも触れて説明せよ。
- 「昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御首落ちなど……なほこのたびにはしかずとぞ」の一文で、長明は昔(斉衡年間)の大地震と今回の地震をどう比較しているか。「しかず」の意味を含めて答えよ。
- 末尾「月日重なり、年経にしのちは、ことばにかけて言ひ出づる人だになし」は、この段全体を通して長明が最も伝えたい思いにつながる。この一文の内容と、そこに込められた作者の考え(主題)を説明せよ。
解答・解説
問1の解答
読み=おおない(おおなえ)。意味=大地震・大きな地震。「なゐ」は「地・地震」の意の古語で、「大地震ふる」で「大地震が起こる」の意。「ふる」は「震動する・地震が起こる」を表す動詞。
問2の解答
「侍り」=丁寧の補助動詞(ラ変・連用形)で、作者が読者に対して丁寧に述べる気持ちを表す。「き」=過去の助動詞(終止形)で、作者自身が実際に体験した過去を回想して述べる(体験過去)。全体で「(大地震が起こることが)ありました」の意。
問3の解答
訳=山は崩れて河を埋め、海は傾いて(津波となり)陸地を浸した。「り」=存続(完了)の助動詞「り」の終止形で、四段動詞「ひたす」の已然形(または命令形)に接続。「ひたせり」で「浸している・浸した」の意。
問4の解答
人間には羽がないから空へ逃げることもできず、龍でもないから雲に乗って逃げることもできない、という意。地上に生きる人間には地震から逃れるすべが全くないことを、対句を用いて強調している。(本文異同として「龍ならねば雲にのぼらむことかたし」の形もある。)
問5の解答
係助詞「こそ」と結びの「侍りしか」(已然形)による係り結び(強意)。「(数ある恐怖の中で)本当に恐るべきものは、ただ地震であったのだと感じられました」の意。「なりけり」の「けり」は気づき・詠嘆を表し、地震こそ最も恐ろしい災害だと実感した長明の気持ちを強調している。
問6の解答
「はかなげなるあとなしごと」=いかにも子どもらしい、とりとめのない他愛ない遊び事。長明の言葉は、我が子を失った悲しみの前では、ふだんは勇猛で人前で取り乱すことを恥とする武士でさえ、恥も外聞も忘れて声を惜しまず泣き悲しむ、という意。子を思う親の情愛の深さを、身分や気丈さを超えたものとしてしみじみと(いとほしく・道理だと)受けとめている。
問7の解答
「四大種」は仏教語で万物を構成する地・水・火・風の四元素。水(洪水)・火(火事)・風(暴風)はいつも災いをもたらすが、大地(地)だけは普段は格別の異変を起こさない。その大地までもが揺れ動いた今回の地震がいかに異常で恐ろしいものだったかを際立たせている。
問8の解答
斉衡年間の地震では東大寺の大仏の首が落ちるなどひどい被害があったが、それでも今回(元暦)の地震にはかなわない、という比較。「しかず」=「及ばない・かなわない」の意で、過去の大地震以上に今回の地震が甚大であったことを強調している。
問9の解答
内容=地震から月日がたち年月が過ぎてしまうと、(あれほどの惨事も)話題にして口に出す人さえいなくなる、の意。「だに」は「〜さえ」の類推・最小限。人々は災害直後こそ世の無常を悟るが、時がたてば忘れて元の欲深い生活に戻ってしまう。その人の心の移ろいやすさ・愚かさへの嘆きを通して、『方丈記』全体を貫く無常観を示している。
👉 本文の現代語訳・語句・文法のくわしい解説は 解説記事 で確認できます。
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