愛蓮説 テスト対策問題28問|君子の花・解答つきPDF

定期テスト対策

北宋の儒学者・周敦頤による名文で、蓮を「花の君子」にたとえてその高潔さを称え、菊(隠逸者)・牡丹(富貴者)と対比する構成が要。定期テストでは「出淤泥而不染」の一節の現代語訳、「可~而不可~」「不蔓不枝」などの句法、「鮮」「宜乎」の読みと意味、三種の花が象徴する人物、そして作者が世相を風刺する主題が定番で問われる。

本文(傍線①〜⑮)

水陸草木(すいりくさうもく)の花、愛すべき者甚(はなは)だ蕃し。晋(しん)の陶淵明(たうゑんめい)、独(ひと)り菊を愛す李唐(りたう)より来、世人(せじん)甚だ牡丹(ぼたん)を愛す。
予は独り、蓮の淤泥より出(い)でて染(そ)まらず清漣(せいれん)に濯(あら)はれて妖(えう)ならず中(なか)通(つう)じ外(そと)直(なほ)く不蔓不枝香遠(とほ)くして益清(きよ)く、亭亭(ていてい)として浄(きよ)く植(た)ち遠観(ゑんくわん)すべくして褻翫すべからざるを愛す。
予謂へらく菊は花の隠逸者(いんいつしや)なり、牡丹は花の富貴者(ふうきしや)なり、蓮は花の君子者(くんししや)なり、と。噫(ああ)、菊の愛は、陶(たう)の後(のち)聞くこと鮮し。蓮の愛は、予に同じき者何人ぞ。牡丹の愛は、宜なるかな衆(おほ)きこと

語注 水陸草木=水の中や陸の上に生える草や木。 晋=中国の王朝の名。 李唐=唐王朝。皇帝の姓が李であったのでこう呼ぶ。 世人=世間の人々。 予=わたし。 清漣=清らかなさざ波。澄んだ水。 亭亭=すらりと高く、まっすぐに立つさま。 植つ=立つ。 隠逸者=俗世間を避けて隠れ住む人。隠者。 富貴者=財産があり身分の高い人。 君子者=学問と徳を身につけた立派な人。 噫=ああ。嘆きを表す感動詞。 ※本文中の「不蔓不枝」だけは、設問⑦で書き下し文を問うため、白文(原文)のまま示しています。 ※書き下し方は教科書によって差があります。「菊の愛は」を「菊を之(これ)愛するは」と読む本もあります。お使いの教科書に合わせてください。

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設問

A 語句の意味と読み

  1. ①「甚(はなは)だ蕃し」の「蕃し」の読みを平仮名で書き、意味も書け。
  2. ③「李唐(りたう)より来」の「より来」の読みを平仮名で書き、意味も書け。
  3. ④「淤泥より出(い)でて染(そ)まらず」の「淤泥」の読みと意味を書け。
  4. ⑤「清漣(せいれん)に濯(あら)はれて妖(えう)ならず」の「妖なり」の意味を書け。
  5. ⑧「香遠(とほ)くして益清(きよ)く、亭亭(ていてい)として浄(きよ)く植(た)ち」の「益」の読みと意味を書け。
  6. ⑨「遠観(ゑんくわん)すべくして褻翫すべからざる」の「褻翫」の読みと意味を書け。
  7. ⑬「陶(たう)の後(のち)聞くこと鮮し」の「鮮し」の読みと意味を書け。

B 句法

  1. ⑦「不蔓不枝」は、本文の中でここだけ白文(原文)のまま示してある。書き下し文に直し、意味も書け。
  2. ⑨「遠観(ゑんくわん)すべくして褻翫すべからざる」に使われている句法を説明し、「べし」「べからず」がそれぞれ何を表すかを書け。
  3. ⑩「予謂へらく」の読みを平仮名で書き、この語がどこまでを受けているかを、あとにある語を示して答えよ。
  4. ⑪「菊は花の隠逸者(いんいつしや)なり」に使われている「〜は…者なり」の形は、どのような意味を表すか。
  5. ⑭「予に同じき者何人ぞ」の「何人ぞ」の読みを平仮名で書き、意味・用法も書け。
  6. ⑮「宜なるかな衆(おほ)きこと」の「宜」の読みとここでの意味を書け。また、この字が再読文字として使われるときの読みも書け。

C 主語・指す内容

  1. ②「独(ひと)り菊を愛す」の主語は誰か。
  2. ⑥「中(なか)通(つう)じ外(そと)直(なほ)く」は何について述べたものか。また「中」「外」はそれぞれ何をさすか。
  3. ⑩「予謂へらく」の「予」とは誰のことか。
  4. ⑬「陶(たう)の後(のち)聞くこと鮮し」の「陶」とは誰のことか。また、何を「聞くこと鮮し」と言っているのか。

D 口語訳

  1. ①を含む「水陸草木の花、愛すべき者甚だ蕃し」を口語訳せよ。
  2. ④⑤を含む「蓮の淤泥より出でて染まらず、清漣に濯はれて妖ならず」を口語訳せよ。
  3. ⑧「香遠くして益清く、亭亭として浄く植ち」を口語訳せよ。
  4. ⑮を含む「牡丹の愛は、宜なるかな衆きこと」を口語訳せよ。

E 内容・記述

  1. ④「淤泥より出(い)でて染(そ)まらず」は蓮のどのような様子を表し、それは人間のどのようなあり方をたとえているか。
  2. ⑨「遠観(ゑんくわん)すべくして褻翫すべからざる」は、蓮のどのような品格を表しているか。
  3. ⑪「菊は花の隠逸者(いんいつしや)なり」に続けて、作者は牡丹と蓮を何にたとえているか。三つの花の対応をすべて書け。
  4. ⑫「蓮は花の君子者(くんししや)なり」と⑮「宜なるかな衆(おほ)きこと」をふまえて、この文章の主題を四十五字以内で書け。

F 文学史・思想

  1. 『愛蓮説』の作者名を漢字で書き、読みも平仮名で書け。またどの王朝の人か。
  2. 題名にある「説」とは、どのような文章の形式か。
  3. ②「独(ひと)り菊を愛す」の陶淵明とは、どのような人物か。時代と、菊との関わりにふれて書け。

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解答と解説

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A 語句の意味と読み

問1 読みは「おほし」(現代仮名遣いでは「おおし」)/意味は「数が多い・たくさんある」。
└ ★送り仮名は「し」だけ。「蕃」は草木が茂る意の字で、そこから「多い」の意になる

問2 読みは「よりこのかた」/意味は「〜から以後ずっと・〜から後は」。
└ ★「来」を「きたる」と読まない。時を表す語のあとに付いて、そこから今までを指す言い方

問3 読みは「おでい」/意味は「水底にたまった汚れた泥・どろ水」。
└ ★どちらの字も「どろ」を表す。これが「けがれた俗世」のたとえになる。ここを外すと主題まで崩れる

問4 あやしいほど色っぽい。なまめかしくあでやかだ。(ここは「人の目を引くようにあでやかになりすぎることはない」の意。)
└ ★現代語の「妖怪」の意味で取らない。「妖艶」の「妖」と同じ使い方

問5 読みは「ますます」/意味は「いよいよ・ますます」。
└ ★「えき」「やく」と音で読まない。下の「清く」を強める副詞として使われている

問6 読みは「せつぐわん」(現代仮名遣いでは「せつがん」)/意味は「なれなれしく手に取ってもてあそぶこと」。
└ 「褻」はふだん着・くだけた意、「翫」はもてあそぶ意。合わせて「気安くいじりまわす」

問7 読みは「すくなし」/意味は「ほとんどない・まれである」。
└ ★「あざやか」ではない。ここは「少」と同じ意味で使う字。送り仮名は「し」だけ

B 句法

問8 書き下しは「蔓せず枝せず」(教科書によっては「蔓あらず枝あらず」)/意味は「つるを出さず、枝分かれもしない」。お使いの教科書の読み方に合わせること。
└ ★「不〜不〜」で否定を二つ重ねた対句。よけいなものを伸ばさない蓮の姿を表す

問9 「可〜而不可〜(〜すべくして〜すべからず)」の形で、可能と不可能を対比させる句法。「べし」は「〜できる」という可能、「べからず」は「〜できない」という不可能を表す。※「べからず」を「〜してはならない」(禁止)と訳す教科書・注釈も多い。いずれにしても、可(〜できる)と不可(〜できない・してはならない)を「而」ではさんで対比している点が要点。お使いの教科書に合わせること。
└ ★白文は「可遠観而不可褻翫焉」。「而」がはさまって前後を対比している

問10 読みは「よおもへらく」。「予謂へらく」は「私が思うことには」の意で、あとの「蓮は花の君子者なり、と」の「と」までを受ける。「謂へらく〜と」で引用をくくる形。
└ ★「いへらく」と読む教科書もある。どちらも「〜と思うことには/言うことには」で、文末の「と」と呼応する点は同じ

問11 「Aは…である」と断定・判断を表す形。白文は「菊、花之隠逸者也」で、主語が「菊」、述部が「花之隠逸者(花の隠逸者)」、文末の「也(なり)」が断定を表す。同じ形が「牡丹、花之富貴者也」「蓮、花之君子者也」と三つ並ぶ。
└ ★「菊」のあとで一度切れる。三つを同じ形で並べて分類している

問12 読みは「なんびとぞ」。「私と同じ(蓮を愛する)者が、いったい誰かいるだろうか」の意で、疑問の形をとりながら「自分と同じ者などほとんどいない」という嘆きをこめた反語的な言い方。※教科書によっては「私と同じ者は何人いるだろうか」と人数に訳す(人数をたずねるときは「幾人」を使うことが多い)。お使いの教科書に合わせること。
└ ★「なんにん」と読まない。「何人」は本来「どういう人・誰」の意。文末の「ぞ」が疑問・反語の結び

問13 ここでは「むべ」と読み、「宜なるかな」で「もっともなことだなあ・当然だなあ」の意。再読文字としては「よろシク〜(ス)ベシ」と読み、「〜するのがよい」の意になる。
└ ★「かな」は感嘆を表す。ここは再読しない読み方をする

C 主語・指す内容

問14 晋の陶淵明。
└ ★直前の一文に人名が出ている。「独り」は、その人を世間から切りはなす働きをする

問15 蓮(の茎)について述べたもの。「中」は茎の内部で、空洞になっていて通っていること、「外」は茎の外側で、まっすぐに伸びていることをさす。
└ 「予は独り、蓮の〜を愛す」という長い一文の途中。ほめている相手はずっと蓮で、文末の「愛す」の主語が「予」

問16 作者の周敦頤自身。
└ ★「予」は「わたし」。本文中の「予は独り」も同じ人物。文章の最後で自分の立場を名のっている

問17 「陶」は陶淵明(②で菊を愛した人物)。陶淵明より後には、菊を愛したという話をほとんど聞かない、ということ。
└ ★菊=隠者の花。菊を愛する人が絶えたということは、世を捨てて生きる人がいなくなったという含みをもつ

D 口語訳

問18 水の中や陸の上に生える草木の花で、愛でるにあたいするものは、たいそう数が多い。

問19 蓮が、泥水の中から生え出ても(泥に)染まらず、清らかなさざ波に洗われてもなまめかしくあでやかにはならない(こと)。

問20 香りは遠くまで漂っていよいよ清らかで、すらりと高くまっすぐに、清らかに立っている。

問21 牡丹を愛する人が多いのは、いかにももっともなことだなあ。

E 内容・記述

問22 汚れた泥水の中から生え出ながら、その泥に染まらずに清らかに咲く様子を表す。けがれた俗世の中にいながら、その悪い風潮に染まらない高潔な人(君子)のあり方をたとえている。

問23 遠くから敬意をもって眺めるべき気高さをそなえ、なれなれしく手に取っていじりまわすことを許さない、おかしがたい品格。(作者が理想とする君子の近づきがたい気品を表す。)

問24 菊=隠逸者(俗世を避けて隠れ住む隠者)、牡丹=富貴者(財産と地位のある人)、蓮=君子者(学問と徳をそなえた立派な人)。
└ ★「菊は…なり、牡丹は…なり、蓮は…なり」と同じ形が三つ並ぶ。答えは本文から抜き出せる。入れかえて問うのが定番

問25 富貴を追う世の風潮を嘆き、泥に染まらぬ蓮のような清く高潔な君子の生き方を理想とすること。(四十四字)
└ 「牡丹を愛する人が多いのももっともだ」は、ほめ言葉ではなく世相への皮肉。嘆きと理想の二本立てで書く

F 文学史・思想

問26 周敦頤(しゅうとんい)/中国・北宋の人。
└ 『太極図説』の著者で、のちの朱子学に大きな影響をあたえた儒学者

問27 ある物事を取り上げて、それについて自分の考えや意見を述べる文章の形式。(ここでは「蓮を愛するわけ」を語りながら、自分の理想の生き方を述べている。)

問28 東晋の詩人。官職を捨てて田園に隠れ住み、菊を愛したことで知られる。「帰去来辞」「桃花源記」の作者。そのため本文では菊が隠者の花とされている。
└ ★陶淵明=菊=隠逸者、というつながりを押さえておくと⑪の対応が思い出しやすい

【テスト直前チェック】この三つ
読みで落とすのは①「蕃し」⑬「鮮し」⑮「宜」の三つ。どれも送り仮名しか付かない字で、音読み(はん・せん・ぎ)では読まない。読みと意味をセットで書けるようにしておく。
三つの花のたとえは入れかえて問われる。「菊は花の◯◯者なり」の三つを、陶淵明=菊、世の人=牡丹、作者=蓮という人の対応までつなげて言えるようにしておく。
句法の山は⑨「可〜而不可〜」。白文は「可遠観而不可褻翫焉」。「而」をはさんで可(〜できる)と不可(〜できない・してはならない)が対比される形で、それがそのまま蓮=君子の気高さになる。

現代語訳(全文)

水の中や陸の上に生える草木の花で、愛(め)でるにあたいするものは、たいそう数が多い。晋の陶淵明は、ただひとり菊の花を愛した。唐の時代から後は、世間の人々はたいそう牡丹を愛している。

私はただひとり、蓮が、泥水の中から生え出ても泥に染まらず、清らかなさざ波に洗われてもなまめかしくあでやかにはならず、茎の中は空洞で通り外はまっすぐで、つるを出さず枝分かれもせず、香りは遠くまで漂っていよいよ清らかで、すらりと高くまっすぐに清らかに立ち、遠くから眺めることはできても、そばで手に取ってもてあそぶことはできない――そのようなところを愛するのである。

私が思うには、菊は花の中の隠者であり、牡丹は花の中の富貴な人であり、蓮は花の中の君子である、と。ああ、菊を愛することは、陶淵明より後にはほとんど聞かない。蓮を愛することでは、私と同じ者は、いったい誰があるだろうか(=私と同じ者などいない)。※「私と同じほどの人は、どれほどいるだろうか」と人数に訳す教科書もあります。 牡丹を愛する人が多いのは、いかにももっともなことだなあ。

※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。

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