『列子』湯問篇の「愚公移山(愚公、山を移す)」は、詠嘆「甚矣、汝之不恵」と反語「其如土石何」「何苦而不平」という二つの句法、そして「且」「懲」「迂」などの重要語、愚公と智叟の対比が定番の出題ポイントです。書き下し・現代語訳・句法・主題をバランスよく確認しましょう。
本文(傍線①〜⑮)
太行(たいかう)・王屋(わうおく)の二山は、方七百里、高さ万仞(ばんじん)なり。本(もと)冀州(きしう)の南、河陽(かやう)の北に在り。北山の愚公なる者、①年(とし)且(まさ)に九十ならんとす。山に面して居る。山北の塞(ふさ)がり、②出入の迂(う)なるを懲(こ)り、室を聚(あつ)めて謀(はか)りて曰(い)はく、「吾(われ)と汝(なんぢ)と③力を畢(つく)して険(けん)を平らかにし、豫南(よなん)に指通(しつう)し、漢陰(かんいん)に達せんこと、可ならんか。」と。雑然(ざつぜん)として相許(あひゆる)す。
其(そ)の妻疑ひを献(けん)じて曰はく、「④君の力を以(もつ)てしては、曾(すなは)ち魁父(くわいほ)の丘をも損する能(あた)はず。⑤太行・王屋を如何(いかん)せん。且(か)つ⑥焉(いづく)にか土石を置かん。」と。雑(ざつ)として曰はく、「諸(これ)を渤海(ぼつかい)の尾、隠土(いんど)の北に投ぜん。」と。遂(つひ)に子孫の荷担(かたん)する者三夫を率(ひき)ゐ、石を叩(たた)き壌(つち)を墾(ひら)き、箕畚(きほん)もて渤海の尾に運ぶ。
河曲(かきよく)の智叟(ちそう)笑ひて之(これ)を止(とど)めて曰はく、「⑦甚(はなは)だしきかな、汝の不恵(ふけい)なる。残年余力を以てしては、曾ち山の一毛をも毀(こぼ)つ能はず。⑧其(そ)れ土石を如何せん。」と。北山の愚公(ぐこう)長息(ちやうそく)して曰はく、「汝が心の固(かた)きこと、固(まこと)に徹(とほ)す可(べ)からず。⑨曾ち孀妻(さうさい)の弱子(じやくし)にも若(し)かず。⑩我(われ)の死すと雖(いへど)も、子の存する有り。子(こ)又(また)孫を生み、孫又子を生む。子又子有り、子又孫有り。⑪子子孫孫(ししそんそん)、窮匱(きゆうき)する無きなり。而(しか)るに山は加増せず、⑫何(なん)ぞ苦(くる)しみて平らかならざらん。」と。河曲の智叟⑬応(こた)ふる以(もつ)て無し。
操蛇(さうだ)の神之を聞き、其の已(や)まざるを懼(おそ)れ、之を帝に告ぐ。⑭帝其の誠に感じ、⑮夸蛾氏(こがし)の二子に命じて二山を負(お)はしめ、一を朔東(さくとう)に厝(お)き、一を雍南(ようなん)に厝(お)かしむ。此(これ)より冀(き)の南、漢(かん)の陰(いん)、隴断(ろうだん)無し。
語注 太行・王屋=中国にある大きな山の名。たいこう・おうおく。 方七百里=七百里四方。 万仞=きわめて高いこと。仞は高さの単位。 冀州・河陽・豫南・漢陰・隠土・朔東・雍南=いずれも地名。 指通す=まっすぐ通じるようにする。 魁父=小さな丘の名。かいほ。 渤海の尾=渤海のはて。 三夫=三人の男。 箕畚=ちりとりともっこ。土や石を運ぶ道具。 残年余力=残り少ない寿命と体力。 一毛=毛一本ほどのごくわずかなもの。 長息す=長いため息をつく。 孀妻=夫を亡くした妻。後家。 弱子=幼い子。 操蛇の神=蛇を手にした山の神。 帝=天帝。 夸蛾氏=力の強い神の名。 隴断=行く手をさえぎる高い丘。 ※「汝が心の固きこと、固に徹す可からず」(愚公の言葉の冒頭)は「固より徹す可からず」、⑬「応ふる以て無し」は「以て応ふる無し」と書き下す教科書もあります。お使いの教科書の説明に合わせること。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①「年且に九十ならんとす」の「且」の読み(送りがなも含めて)と意味を書け。
- ②「出入の迂なるを懲り」の「迂」と「懲り」の意味をそれぞれ書け。
- ③「力を畢して」の「畢して」の読みと意味を書け。
- ④「曾ち魁父の丘をも損する能はず」の「曾ち」の読みと、下のどんな語と呼応して何を表すかを書け。
- ⑦「汝の不恵なる」の「不恵」の意味を書け。
- ⑪「窮匱する無きなり」の「窮匱す」の意味を書け。
B 句法
- ①「年且に九十ならんとす」の「且」のように、一字を二度読む字を何というか。
- ⑤「太行・王屋を如何せん」の句法名を書け。また、この形は「如何」のどこに対象をはさむか、形で答えよ。
- ⑥「焉にか土石を置かん」の「焉」の読みと意味を書け。
- ⑦「甚だしきかな、汝の不恵なる」に用いられている句法名を書け。
- ⑩「我の死すと雖も」の「雖も」の意味・用法を書け。
- ⑫「何ぞ苦しみて平らかならざらん」の句法名と、そう見分けられる形(目印)を書け。
C 主語・指す内容
- ④「君の力を以てしては、曾ち魁父の丘をも損する能はず」は、誰が誰に向けて言った言葉か。
- ⑦「甚だしきかな、汝の不恵なる」の「汝」とは誰を指すか。
- ⑭「帝其の誠に感じ」の「誠」とは、誰のどのような心か。
- ⑮「夸蛾氏の二子に命じて二山を負はしめ」で、天帝は誰に何をさせたか。句法名にもふれて書け。
D 口語訳
- ④「君の力を以てしては、曾ち魁父の丘をも損する能はず」を口語訳せよ。
- ⑧「其れ土石を如何せん」を、句法に注意して口語訳せよ。
- ⑨「曾ち孀妻の弱子にも若かず」を口語訳せよ。
- ⑫「何ぞ苦しみて平らかならざらん」を、句法に注意して口語訳せよ。
E 内容・記述
- ⑬「応ふる以て無し」とあるが、智叟が言い返せなかったのはなぜか。愚公の言い分にふれて六十字以内で書け。
- ⑪「子子孫孫、窮匱する無きなり」と、直後の「山は加増せず」とは、どのような対比になっているか。四十字以内で書け。
- ⑦「甚だしきかな、汝の不恵なる」とあるが、「愚公」「智叟」という名づけには、どのような皮肉が込められているか。説明せよ。
- ⑥「焉にか土石を置かん」とあるが、妻の心配と、⑦⑧で智叟が言っていることは、どこが違うか。四十字以内で書け。
F 文学史・故事
- この話の出典の書名と、収められている篇の名を書け。
- この話からできた四字の故事成語と、その意味を書け。
- 『列子』はどのような系統の書物か。学派の名と、同じ系統の代表的な書物を書け。
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 読み=「まさニ〜(ント)す」/意味=今にも九十になろうとしている(もうすぐ九十だ)。
└ ★「九十歳である」と訳すと×。一字を二度読む字
問2 「迂」=遠回り・回り道であること。「懲り」=(山にさえぎられて遠回りになる不便さに)苦しむ・悩む。(「うんざりする」も可)
└ 「懲り」は現代語の「こりる(失敗して二度としない)」ではなく、「悩む・苦しむ」の意
問3 つくして/力を出しきる・やりつくす。
└ 「畢」=終わる・つくす
問4 すなはち/下の打消「能はず」と呼応して、「なんと…さえできない」という強い否定を表す。※採点は、「打消(能はず)と呼応して強い否定を表す」という内容が書けていれば可。
└ 「そう」ではなく「すなはチ」と読む
問5 知恵がないこと・愚かなこと。
└ 「恵」は「慧(かしこい)」に通じる字
問6 つきはてる・なくなる。「窮匱する無し」で「つきることがない」。
└ 子孫が絶えない、という愚公の言い分につながる
B 句法
問7 再読文字。
└ ほかに未・将・当・応・宜・須・猶(由)・盍など
問8 疑問。「太行山や王屋山をどうしようというのですか」の意。「如_何」の間に対象をはさむ形(如+太行・王屋+何)。※妻の心配の強さを見て反語(どうにもできまい)と取る教科書もあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ このあと家の者が「渤海の尾に投ぜん」と実際に答えている
問9 いづく(にか)/「どこに」という場所をたずねる言葉。
└ 「いづクンゾ(どうして)」と読む用法と区別する
問10 詠嘆(感嘆)。述語を文頭に置いて強めた倒置の形。
└ 「〜かな」が目印。智叟が愚公をあざける言葉
問11 逆接。「たとえ〜であっても・〜けれども」。ここは「たとえ私が死んでも」。
└ このあと「子の存する有り」と続く
問12 反語。「何(なん)ゾ〜ざラン」の形で、文末が「ん」で結ばれる。形は疑問だが、意味は強い肯定。
└ 直前の「子子孫孫窮匱する無きなり」「山は加増せず」を受けた、愚公の確信の言葉
C 主語・指す内容
問13 愚公の妻が、夫である愚公に向けて言った言葉。「君」は愚公を指す。
└ このあと「且つ焉にか土石を置かん」と続く
問14 北山の愚公。
└ 言っているのは河曲の智叟
問15 愚公の、あきらめずに山を移し続けようとするひたむきな真心。
└ 直前で山の神が「其の已まざる(やめないこと)」を帝に告げている
問16 使役。天帝は夸蛾氏の二人の子に命じて、二つの山を背負って運び去らせた。
└ 「命ジテ〜シム」=〜に命じて…させる。書き下しでは「しむ」を補う
D 口語訳
問17 あなたの力では、(あの小さな)魁父の丘さえくずすことができません。
└ 妻の言葉。「魁父の丘」が小さな丘であることを補って訳す
問18 いったいその土や石をどうするというのか、いや、どうにもできまい。
└ 反語。裏の断定まで書ききる
問19 (おまえの心のかたくなさは)なんと、後家の幼い子にさえ及ばない。※主語を「おまえは」と補ってもよい。
└ 「A不若B」=AはBに及ばない、という比較の形
問20 どうして(山が)平らにならないことがあろうか、いや、必ず平らになる。
└ 反語。「必ず平らにできる」という愚公の確信
E 内容・記述
問21 子孫は限りなく続くが山は高くならない以上、いつかは必ず平らになるという愚公の理屈に筋が通っていたから。(五十一字)
└ ここが愚公の勝ち・智叟の負けを示す場面
問22 山を削る人手は子孫へ限りなく続くが、山の高さは決して増えないという対比。(三十六字)
└ 増えるもの/増えないもの、で並べて考える
問23 「愚か」と名づけられた公が大事業をやりとげ、「賢い」と名づけられた叟はその見通しを持てず言い負かされる。世間でいう賢さと愚かさが逆転していることを示す皮肉。
└ 名前と中身が逆になっている
問24 妻は土石の置き場を案じて計画を助けようとするが、智叟は愚公の愚かさをあざける。(三十九字)
└ 同じ「できっこない」でも、片方は味方としての心配、片方はあざけり
F 文学史・故事
問25 『列子』/湯問篇(とうもんへん)。
└ 道家(老荘)系の思想書
問26 愚公移山(ぐこういざん)/たゆまず努力を続ければ、どんな大事業もやりとげられるということ。「愚公、山を移す」の形でも使う。
└ 天帝が神に命じて山を運び去らせる結末までが、この成語の由来
問27 道家(老荘)の思想書。同じ系統に『老子』『荘子』がある。
└ 戦国時代の列禦寇(れつぎよこう)に仮託された書。今伝わる本文は後世にまとめられたとする説もある
【テスト直前チェック】この三つ
❶「且」は再読文字。「年(とし)且(まさ)に九十ならんとす」=「もうすぐ九十になろうとしている」。「九十歳だ」と訳したら×。読みは「まさニ〜(ント)す」。
❷反語が二つ。智叟の「其れ土石を如何せん」=どうにもできまい。愚公の「何ぞ苦しみて平らかならざらん」=必ず平らになる。裏の断定まで訳しきる。
❸「子子孫孫窮匱無し」対「山は加増せず」。人は限りなく増え、山は増えない。記述問題の答えは、ほぼこの対比に集まります。
現代語訳(全文)
太行山と王屋山の二つの山は、七百里四方もあり、高さは一万仞もある。もとは冀州の南、河陽の北にあった。北山に住む愚公という者は、年がもう九十になろうとしていた。(その)山に向かい合って暮らしていた。山が北をふさぎ、出入りが遠回りになることにこりごりして、家じゅうの者を集めて相談して言うには、「私とおまえたちとで力を出しきって、険しい山を平らにし、まっすぐ豫州の南へ通じ、漢水の南岸まで行き来できるようにしたい。よいだろうか。」と。みないっせいに賛成した。
ところが、その妻が疑問を申し出て言うには、「あなたの力では、(あの小さな)魁父の丘さえくずすことができません。太行山や王屋山をどうしようというのですか。それに、いったいどこに土や石を置くのですか。」と。人々が言うには、「それを渤海のはて、隠土の北に捨てよう。」と。こうして愚公は、子や孫のうち荷をかつげる者三人を引き連れ、石を打ちくだき土を掘り起こして、ちりとりともっこで渤海のはてへ運んだ。
河曲に住む智叟が、笑って愚公をやめさせようとして言うには、「ひどいものだなあ、おまえの愚かさは。残り少ない命と力では、山の毛一本さえこわすことができない。いったいその土や石をどうするというのか、いや、どうにもできまい。」と。北山の愚公は長いため息をついて言うには、「おまえの心のかたくなさは、まったく見通しがきかない。なんと、後家の幼い子にさえ及ばない。たとえ私が死んでも、子が残っている。子はまた孫を生み、孫はまた子を生む。その子にもまた子があり、その子にもまた孫がある。子々孫々、つきることはない。それなのに山は高さを増しはしない。どうして平らにならないことがあろうか、いや、必ず平らになる。」と。河曲の智叟は、答える手立てがなかった。
蛇をあやつる山の神がこれを聞き、愚公が掘るのをやめないことをおそれて、このことを天帝に申し上げた。天帝は愚公のひたむきな真心に心を動かされ、夸蛾氏の二人の子に命じて二つの山を背負わせ、一つを朔の東に置き、もう一つを雍の南に置かせた。これ以後、冀州の南から漢水の南岸にかけて、行く手をさえぎる高い丘はなくなったのである。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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