『徒然草』第十一段「神無月のころ」は、兼好法師が山里の庵に立ち寄り、その閑寂なたたずまいに心を打たれながらも、庭の柑子の木の囲いを見てふと興ざめする――そんな繊細な美意識が表れた名段です。反実仮想「ましかば〜まし」や係り結び「こそ〜しか」など、定期テスト頻出の文法も詰まっています。この記事では、本文・現代語訳・文法・内容・文学史を、定期テスト形式のオリジナル問題で総点検します。あらすじから確認したい人は、まず徒然草のやさしい解説をどうぞ。
本文
神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里に〔①〕尋ね入ること侍りしに、遥かなる苔の細道を踏み分けて、心ぼそく〔②〕住みなしたる庵あり。木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆ〔③〕おとなふものなし。閼伽棚に菊・紅葉など折り散らしたる、〔④〕さすがに、住む人のあればなるべし。
かくても〔⑤〕あられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、まはりを〔⑥〕きびしく囲ひたりしこそ、少し〔⑦〕ことさめて、〔⑧〕この木なからましかばと〔⑨〕覚えしか。
設問
- 傍線部①「尋ね入る」の意味として最も適切なものを選びなさい。
- ア 訪ね歩いて中へ入る イ 質問しながら進む ウ 探し求めて帰る エ 道に迷って入り込む
- 傍線部②「住みなしたる」を現代語訳しなさい。また「なし」の文法的意味を説明しなさい。
- 「木の葉に埋もるる懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし」を現代語訳しなさい。なお「つゆ……なし」の呼応にも注意すること。
- 「ならでは」の意味・用法を説明しなさい。
- 傍線部③「おとなふ」の本文中での意味を答えなさい。
- 傍線部④「さすがに」の意味として最も適切なものを選び、現代語の「さすがに」との違いに触れて説明しなさい。
- ア それでもやはり イ 非常に立派に ウ 予想どおり エ 言うまでもなく
- 「あればなるべし」を現代語訳し、「なる」「べし」のそれぞれの文法的意味を答えなさい。
- 傍線部⑤「あられけるよ」を、主語を補って現代語訳しなさい。
- 傍線部⑤「あられけるよ」の「られ」の文法的意味(助動詞の種類)を答えなさい。
- 作者が庵のたたずまいを見て「あはれ」と感じたのはなぜか。本文に即して説明しなさい。また、ここでの「あはれ」が表す心情を簡潔に答えなさい。
- 傍線部⑥「きびしく」は、ここではどのような様子を表しているか。現代語の「厳しい」との意味の違いがわかるように説明しなさい。
- 本文中の「囲ひたりしこそ……覚えしか」には係り結びが用いられている。係りの助詞と結びの語を抜き出し、結びがその活用形になる理由を説明しなさい。
- 傍線部⑦「ことさめて」の意味を答えなさい。あわせて、この語の終止形を記しなさい。
- 傍線部⑧「この木なからましかば」を現代語訳しなさい。
- 傍線部⑧「なからましかば」について、次の問いに答えなさい。
- (1) この「ましかば」が表す文法的な表現(構文)の名称を答えなさい。
- (2) この構文は、ふつう下に「…まし」を伴って「もし〜だったら、…だろうに」という意味を表す。本文ではこの「…まし」にあたる部分が省略されている。省略された内容を補い、全体の意味を現代語で説明しなさい。
- 傍線部⑨「覚えしか」の「しか」について、次の問いに答えなさい。
- (1) 「しか」は何という助動詞の活用形か、終止形と活用形の名称を答えなさい。
- (2) この「しか」が已然形になっているのはなぜか。文法的に説明しなさい。
- 作者が柑子の木を見て「少しことさめて」しまったのはなぜか。三十字以内で説明しなさい。
- この段から読み取れる作者の美意識として最も適切なものを選びなさい。
- ア 自然をありのままに残すより、人の手で整えた庭こそ美しい。
- イ 俗世の欲をうかがわせるものがなく、閑寂であることにこそ趣がある。
- ウ 果実が豊かに実る庭は、生活の豊かさを示していて好ましい。
- エ 人が住んでいる気配のない、完全に無人の庵こそ理想である。
- 柑子の木そのものではなく、「まはりをきびしく囲ひたりし」点が作者の興をそいだと考えられる。その理由を、作者の価値観に触れて説明しなさい。
- 『徒然草』について、次の問いに答えなさい。
- (1) 作者名を漢字で答えなさい(法名でよい)。
- (2) 成立した時代を答えなさい。
- (3) ジャンル(文学形式)を漢字二字で答えなさい。
- 『徒然草』は、平安時代に成立したある作品とともに「随筆」の代表とされる。その平安時代の作品名と作者名を答えなさい。
- 次のうち、本文の内容に合致するものをすべて選びなさい。
- ア 作者は神無月のころ、山里の庵をたまたま通りかかって立ち寄った。
- イ 庵の懸樋の雫の音のほかは、ほとんど物音がしなかった。
- ウ 閼伽棚に花や紅葉が散らしてあったので、作者は無人の庵だと判断した。
- エ 作者は柑子の木の囲いを見て、はじめからこの庵に失望していた。
- オ 柑子の木を見るまで、作者は庵のたたずまいに心を動かされていた。
▼ 解答・解説を見る(まず自分で解いてから)
問1 ア(訪ね歩いて中へ入る)。「尋ね入る」は「尋ぬ(訪ねて行く・探し求める)」+「入る(中へ入る)」の複合語。山里の奥へ分け入っていく場面である。
問2 訳:(人が)ひっそりと住みなしている(住みこなしている)庵がある。「なし」は動詞「なす」で、「(ある状態を)作りあげる・〜のようにして暮らす」の意。「住みなす」で「(自分の住まいとして)落ち着いて住む・住みこなす」を表す。
問3 訳:木の葉に埋もれている懸樋の(滴り落ちる)雫の音のほかには、まったく音を立てるものがない。「つゆ……なし」は「まったく(少しも)……ない」という呼応(陳述)の副詞表現。
問4 「ならでは」は、断定の助動詞「なり」の未然形「なら」+打消の接続助詞「で」+係助詞「は」。「〜でなくては・〜以外には(ない)」という意味で、下の打消「なし」と呼応し、限定(それ以外にはない)を表す。
問5 音を立てる・物音がするの意。「おとなふ」は「音」+「なふ」で、「訪れる」の意もあるが、ここでは懸樋の雫の音以外に「音を立てるものがない」=静寂を表す。
問6 ア(それでもやはり)。古語「さすがに」は「そうはいってもやはり・なんといってもやはり」の意。ここは「(人けがないようでいて)それでもやはり、住む人がいるからなのだろう」という文脈。現代語の「さすがに(評判どおり立派に・予想どおり)」とは意味が異なる点に注意。
問7 訳:(菊や紅葉が散らしてあるのは、)住む人がいるからなのだろう。「なる」=断定の助動詞「なり」の連体形、「べし」=推量の助動詞「べし」の終止形(ここでは推量・当然の意で「〜のであろう」)。
問8 訳:(こんな寂しい所でも、住む人は)このようにして暮らしていられるものだなあ。主語は「(庵に)住む人」。「よ」は詠嘆の間投助詞。
問9 可能の助動詞「らる」。「かくても(このような暮らしぶりでも)住んでいられる(暮らしていける)ものだなあ」と、可能の意で訳す。(自発と解す説もあるが、「こんな環境でも暮らしていける」という文脈から可能ととるのが一般的。)
問10 理由:山深い苔の細道の奥に、懸樋の雫の音のほかは物音もしないひっそりとした庵があり、しかも閼伽棚に菊や紅葉が供えてあって、俗世を離れてつましく住む人の心ばえが感じられたから。ここでの「あはれ」は、しみじみと心を動かされる感動・趣深さに打たれる気持ちを表す。
問11 ここでの「きびしく」は厳重に・いかめしく(しっかりと)の意で、柑子の木のまわりを厳重に囲ってある様子を表す。現代語の「厳しい(つらい・容赦ない)」とは異なり、「程度がはなはだしい・厳重だ」の意である。
問12 係りの助詞=「こそ」、結びの語=「しか」(過去の助動詞「き」の已然形)。「こそ」は文末を已然形で結ぶ係助詞であるため、結びの「き」が已然形「しか」となっている。
問13 意味:興ざめして・興がさめて。終止形は「ことさむ」(下二段活用)。「こと(殊・事)」+「さむ(冷む・覚む)」で、それまでの趣・感興がさめることを表す。
問14 訳:この(柑子の)木がなかったらなあ(なければよかったのに)。豊かに実った柑子の木を厳重に囲っている様子に俗っぽさを感じ、「この木さえなかったら(よかったのに)」と思ったのである。
問15 (1) 反実仮想。「(事実に反することを)もし〜だったら…だろうに」と仮定する表現で、「(未然形)+ましかば、…まし」の形をとる。
(2) 省略された「…まし」を補うと「この木なからましかば(、いかにここはよからまし/さらにあはれならまし)」のような内容になる。すなわち「もしこの柑子の木がなかったら、(この庵はもっと趣深く、申し分なかった)だろうに」という意味。事実は「木がある」ので興がそがれた、という反実仮想である。
問16 (1) 過去の助動詞「き」の已然形。(「き」の活用=せ/〇/き/し/しか/〇)
(2) 直前に係りの助詞「こそ」があるため、係り結びの法則により文末(結び)が已然形になっている。
問17 例:豊かに実った柑子の木を厳重に囲い、執着・俗気が感じられたから。(庵の閑寂さにそぐわない世俗的な所有欲が見えたため。)
問18 イ。俗世の欲や作為を感じさせず、ひっそりと閑寂であることにこそ趣を見いだす美意識である。柑子を厳重に囲う姿に「執着」という俗気を見て興ざめした点が、その裏返しになっている。
問19 柑子の木そのものは自然の風物として趣を損なわない。しかし、その実を取られまいと「きびしく囲ふ」点に、住人の所有欲・俗世への執着が透けて見える。閑寂で無欲なたたずまいにこそ趣を感じていた作者にとって、その俗気が興をそいだのである。(=作者は「無欲・閑寂」を尊ぶ価値観をもっていた。)
問20 (1) 兼好(兼好法師/吉田兼好・卜部兼好) (2) 鎌倉時代(末期) (3) 随筆
問21 平安時代の作品名=『枕草子』、作者名=清少納言。(『方丈記』〈鴨長明・鎌倉時代〉とあわせて「三大随筆」と呼ばれる。)
問22 ア・イ・オ。
ア=「栗栖野といふ所を過ぎて……尋ね入ること侍りし」に合致。イ=「懸樋の雫ならでは、つゆおとなふものなし」に合致。オ=柑子の木を見て「ことさめ」るまでは「あはれに見」ていたので合致。
ウ=閼伽棚に花などがあるのを見て、むしろ「住む人がいるのだろう」と判断しているので不適。エ=はじめは「あはれ」に見ていて、柑子の木で興ざめしたので「はじめから失望」は不適。
※この問題はオリジナル作成です(教科書・市販問題集の転載ではありません)。本文は古典原文(著作権の対象外)を用いています。
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