荘子『無用の用』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント

漢文

1. はじめに

「役に立たない」と思われているものこそ、実はなくてはならない大事な働きをしている――これが荘子(そうし)の説く「無用の用(むようのよう)」という考え方です。この章段では、論理にうるさい友人の恵子(けいし)が「あなたの議論は何の役にも立たない(無用だ)」と荘子をからかうところから話が始まります。荘子は怒らず、逆に「無用がわかってこそ有用が語れる」と切り返し、足もとの大地を例にして見事に言い返します。

読みどころは、荘子が相手をやりこめていく「たとえ話」のうまさです。「広い大地でも、人が実際に立って使っているのは足の大きさ分だけ。では足もと以外を全部掘り下げて穴にしたら、その足もとの土地はまだ役に立つか?」という問いかけで、恵子に「役に立たない」と認めさせ、「ほら、無用に見えるものが実は有用を支えているだろう」と結論づけます。短い対話の中に、ものごとの価値を一面だけで決めつけてはいけないという荘子らしい逆転の発想がつまっています。

2. 白文・書き下し文

【白文】
惠子謂荘子曰、子言無用。荘子曰、知無用而始可与言用矣。夫地非不広且大也、人之所用容足耳。然則廁足而墊之、致黄泉、人尚有用乎。惠子曰、無用。荘子曰、然則無用之為用也亦明矣。

【書き下し文】
恵子(けいし)荘子(そうし)に謂(い)ひて曰(いは)く、「子(し)の言(げん)は無用なり。」と。荘子曰く、「無用を知りて、而(しか)る後(のち)に始めて与(とも)に用を言ふべし。夫(そ)れ地は広く且(か)つ大ならざるに非(あら)ざるも、人の用ゐる所は足を容(い)るるのみ。然(しか)らば則(すなは)ち足を廁(はか)りて之(これ)を墊(ほ)り、黄泉(こうせん)に致(いた)さば、人尚(な)ほ用有らんや。」と。恵子曰く、「無用なり。」と。荘子曰く、「然らば則ち無用の用為(た)るや亦(ま)た明らかなり。」と。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【現代語訳】
恵子が荘子に言った、「あなたの議論は(何の)役にも立たない(無用だ)。」と。荘子は言った、「無用ということがわかって、そうしてはじめて、いっしょに有用について語ることができるのだ。そもそも大地は広くて大きくないわけではないが、人が(立つのに)使っているのは足が乗る分だけである。だからといって、足の大きさのところだけを測って残し、その周りを掘り下げて黄泉(地の底)まで届くようにしたら、人はそれでもその(足もとの)土地を役に立つと思うだろうか(、いや思わないだろう)。」と。恵子は言った、「役に立たない。」と。荘子は言った、「それなら、無用なものが(実は)有用の働きをしているということも、はっきりしているわけだ。」と。

4. 重要語句

  • 恵子(けいし)…荘子の友人で論客(理屈をたたかわせる人)。名は恵施(けいし)。荘子とよく議論をする相手として登場する。
  • 子(し)…あなた。相手を敬って呼ぶ二人称。ここでは恵子が荘子を指す。
  • 無用…役に立たないこと。「有用(役に立つこと)」の反対語。
  • 夫(そ)れ…文の初めに置いて「そもそも・いったい」と話を起こす語。
  • 容(い)るる…中に入れる、おさめる。「足を容るる」で「足が乗る(だけの)」の意味。
  • のみ…〜だけ。限定を表す。白文の「耳」にあたる。
  • 然(しか)らば則(すなは)ち…それならば。前を受けて結論や仮定の展開に進める言い方。
  • 黄泉(こうせん)…地の底、あの世。地下の深いところを表す。
  • 致(いた)す…行きつかせる、届かせる。ここでは穴を地の底まで「届くようにする」。
  • 尚(な)ほ…それでもなお、やはり。
  • 亦(ま)た…〜もまた。「有用がわかったように、無用の用もまた明らかだ」という流れを作る。

5. 句法・読解のポイント

  • 反語「人尚ほ用有らんや」…文末の「〜んや(乎)」は反語。形は問いかけだが、意味は強い否定で、「人はそれでも役に立つと思うだろうか、いや思わない」と訳す。荘子はこの反語で恵子に「無用だ」と認めさせ、議論を有利に運ぶ。
  • 限定の「のみ(耳)」…「人の用ゐる所は足を容るるのみ」の「のみ」は限定で「〜だけ」の意味。白文の文末の「耳」が「のみ」と読まれる。限定の句法(耳・而已・爾など=〜だけだ)の典型例として問われやすい。
  • 二重否定「広く且つ大ならざるに非ず」…「非(あら)ず+ざる」で否定が二つ重なる二重否定。「大きくないわけではない=とても大きい」と、強い肯定の意味になる。打消の助動詞「ず」と否定の「非ず」の重なりに注意。
  • 接続の「而(しか)る後に」と「然らば則ち」…「知無用而始可与言用矣」の「而」は順接の置き字的な働きで「〜して、そうしてから」と読む。「然らば則ち」は前を受けて「それならば」と話を展開する決まり文句で、二か所に出てくる。
  • 再読・読み分けの注意「廁(はか)りて」「墊(ほ)り」…「廁」は「はかる(足の分を残して測る)」、「墊」は「ほる(掘り下げる)」と読む。教科書では振り仮名・送り仮名で読みを覚える字。書き下しの読みを問う設問で狙われやすい。
  • 主題を示す結びの一文…「無用の用為るや亦た明らかなり」は、この話の結論。「為(た)るや」は「〜であるということは」と主題を取り立てる言い方で、文章全体の主張(無用の用)を一文でまとめている。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:恵子が荘子に「あなたの言葉は何の役にも立たない(無用だ)」と批判する。荘子は反論して、「無用ということがわかってこそ、はじめて有用が語れる」と述べる。そして大地を例に挙げ、「広い大地でも人が立って使うのは足が乗る分だけだが、だからといって足もと以外を全部地の底まで掘ってしまったら、その足もとの土地はまだ役に立つだろうか」と問いかける。恵子が「役に立たない」と認めると、荘子は「それなら、無用に見えるものが実は有用を支えていることも明らかだ」と結論づける。一見役に立たない「無用」のものこそ、有用を成り立たせる大事な働きをしているという主張が示される。

主題世の中の人は「役に立つもの(有用)」の価値ばかりに目を向け、「役に立たないもの(無用)」の価値に気づかない。しかし、無用に見えるものこそ、実は有用を成り立たせる大切な働きをしている――これが「無用の用」である。荘子は、ものごとの価値を一面的・実用的な基準だけで決めつけることをいましめ、広く多面的に見ることの大切さを説いている。この考え方は、役に立つことばかりを求めて競争や束縛に苦しむ人間に対し、無用なものの自由さや豊かさを見直すよう促す、荘子の思想の核心の一つである。

背景:『荘子(そうし)』は、戦国時代の思想家・荘周(そうしゅう、荘子)とその後継者たちの思想をまとめた書物で、老子とともに「道家(どうか)」を代表する古典である。儒家が「仁義」や社会の役立ち(有用)を重んじたのに対し、荘子は人間の小さなものさしで価値を決めつけることを批判し、自然のままに生きる自由を説いた。この「無用の用」の対話は『荘子』外物篇(がいぶつへん)に収められている。また『荘子』人間世篇(じんかんせいへん)には「人は皆有用の用を知りて、無用の用を知るなきなり」という有名な一句があり、いずれも「役に立たないこと」の中にこそ本当の価値があるという荘子の発想を示している。論客の恵子(恵施)はしばしば荘子の議論相手として登場し、二人の知的なやりとりは『荘子』の見どころの一つになっている。

確認クイズ(3問)

恵子は荘子の議論を何と言って批判しましたか。

「子の言は無用なり(あなたの言葉は役に立たない)」と言って批判しました。

荘子は「人が大地を使っているのはどの部分だけだ」と言いましたか。

足が乗る分(足を容るるのみ)だけだ、と言いました。足もと以外を掘り下げて穴にしたら足もとの土地も役に立たなくなる、という例で「無用の用」を説明しました。

「無用の用」とはどういう意味ですか。

一見役に立たない(無用に見える)ものが、実は有用なものを支える大切な働きをしている、という意味です。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 文末の「人尚ほ用有らんや」を疑問(〜だろうか)と取ってしまう誤り。ここは反語で「いや、役に立たない」と否定の意味になる点が必ず問われる。
  • 「足を容るるのみ」の「のみ(耳)」を見落とす誤り。限定「〜だけ」を訳に入れないと「足が乗る分だけ」という荘子の論点がぼやける。
  • 「広く且つ大ならざるに非ず」を単純な否定と読む誤り。二重否定で「とても大きい」という強い肯定になることを問われる。
  • 『荘子』の話なのに『老子』の「無用の用」と混同する誤り。老子は車輪・器・部屋の空所を例に説く別の話で、この恵子との対話は荘子(外物篇)である点に注意。
  • 「廁(はか)りて」「墊(ほ)り」「致(いた)さば」など読みにくい字の書き下し・読みが、振り仮名・送り仮名を問う形で出題されやすい。

8. まとめ

・『荘子』外物篇の対話。恵子の「あなたの言葉は無用だ」という批判に、荘子が「無用がわかってこそ有用が語れる」と切り返す。

・大地のたとえ――人が使うのは足もとの分だけだが、周りを全部掘ったら足もとも役に立たない――で、無用が有用を支えていることを示す。

・主題は「無用の用」。役に立たないように見えるものこそ大事な働きをしており、価値を一面的に決めつけてはいけない、という荘子の思想。

・句法のポイントは反語「〜んや」、限定「のみ(耳)」、二重否定「非ず…ざる」。読みにくい字(廁・墊・致)の書き下しもよく問われる。

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この記事を書いた人

中本 裕太(現役の古典講師)

国語科の教員免許を持つ現役の古典講師。個別指導塾フィット塾長。「誰でも古典塾」で古文・漢文の解説と約8,000問のドリルを無料公開しています。くわしいプロフィール

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