1. はじめに
『愚公移山(ぐこういざん)』は、中国の思想書『列子(れっし)』の湯問篇(とうもんへん)に収められた有名なお話です。年九十近い愚公(ぐこう)というおじいさんが、家の前をふさぐ二つの大きな山を、家族総出で平らにしようと決意します。一見むちゃくちゃに見える計画ですが、おじいさんは少しもくじけません。
「自分が死んでも子がいる、子は孫を生み、孫はまた子を生む…子々孫々(しししそんそん)はつきることがない。けれど山はもう増えはしない。だからいつかは必ず平らになる」と語る場面が読みどころです。最後は天の神までが心を動かされ、山を運び去ってくれます。『どんな困難でも、あきらめずに努力を続ければ必ずやりとげられる』という教えで、ことわざ『愚公、山を移す』のもとにもなっています。
2. 白文・書き下し文
【白文(書き出し)】
太行・王屋二山、方七百里、高萬仞。本在冀州之南、河陽之北。北山愚公者、年且九十、面山而居。懲山北之塞、出入之迂也。聚室而謀曰、「吾與汝畢力平險、指通豫南、達于漢陰、可乎。」雜然相許。
【白文(妻の疑問)】
其妻獻疑曰、「以君之力、曾不能損魁父之丘、如太行・王屋何。且焉置土石。」雜曰、「投諸渤海之尾、隱土之北。」遂率子孫荷擔者三夫、叩石墾壤、箕畚運於渤海之尾。
【白文(智叟との対話)】
河曲智叟笑而止之曰、「甚矣、汝之不惠。以殘年餘力、曾不能毀山之一毛、其如土石何。」北山愚公長息曰、「汝心之固、固不可徹、曾不若孀妻弱子。雖我之死、有子存焉。子又生孫、孫又生子。子又有子、子又有孫。子子孫孫、無窮匱也。而山不加增、何苦而不平。」河曲智叟亡以應。
【白文(結末)】
操蛇之神聞之、懼其不已也、告之於帝。帝感其誠、命夸蛾氏二子負二山、一厝朔東、一厝雍南。自此、冀之南、漢之陰、無隴斷焉。
【書き下し文(書き出し)】
太行・王屋の二山は、方七百里、高さ万仞なり。本(もと)冀州(きしゅう)の南、河陽(かよう)の北に在り。北山の愚公なる者、年且(まさ)に九十ならんとし、山に面して居る。山北の塞(ふさ)がり、出入の迂(う)なるを懲(こ)りる。室(しつ)を聚(あつ)めて謀(はか)りて曰はく、「吾(われ)汝(なんぢ)と力を畢(つく)して険(けん)を平らげ、指して豫南(よなん)に通じ、漢陰(かんいん)に達せんこと、可(か)なるか」と。雑然(ざつぜん)として相許(あひゆる)す。
【書き下し文(妻の疑問)】
其(そ)の妻、疑ひを献(けん)じて曰はく、「君の力を以(もっ)てしては、曾(すなは)ち魁父(かいほ)の丘をも損(そん)ずる能(あた)はず、太行・王屋を如何(いかん)せん。且(か)つ焉(いづく)んぞ土石を置かん」と。雑(ざつ)として曰はく、「諸(これ)を渤海(ぼっかい)の尾、隠土(いんど)の北に投ぜん」と。遂(つひ)に子孫の荷(にな)ひ担(にな)ふ者三夫(さんぷ)を率(ひき)ゐ、石を叩(たた)き壤(つち)を墾(ひら)き、箕畚(きほん)もて渤海の尾に運ぶ。
【書き下し文(智叟との対話)】
河曲(かきょく)の智叟(ちそう)笑ひて之(これ)を止(とど)めて曰はく、「甚(はなは)だしきかな、汝の恵(けい)ならざるや。残年余力(ざんねんよりょく)を以てしては、曾ち山の一毛(いちもう)をも毀(こぼ)つ能はず、其(そ)れ土石を如何せん」と。北山の愚公長息(ちょうそく)して曰はく、「汝が心の固(こ)、固(まこと)に徹(とほ)す可(べ)からず、曾ち孀妻(そうさい)の弱子(じゃくし)にも若(し)かず。我(われ)の死すと雖(いへど)も、子の存する有り。子又(また)孫を生み、孫又子を生む。子又子有り、子又孫有り。子子孫孫(しししそんそん)、窮匱(きゅうき)する無きなり。而(しか)も山は増すを加へず、何(なん)ぞ苦(くる)しみて平らかならざらん」と。河曲の智叟、以て応(こた)ふる亡(な)し。
【書き下し文(結末)】
操蛇(そうだ)の神之を聞き、其の已(や)まざるを懼(おそ)れ、之を帝に告ぐ。帝其の誠に感じ、夸蛾氏(こがし)の二子に命じて二山を負(お)はしめ、一を朔東(さくとう)に厝(お)き、一を雍南(ようなん)に厝かしむ。此(これ)より冀(き)の南、漢(かん)の陰(いん)、隴断(ろうだん)無し。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【現代語訳(書き出し)】
太行山(たいこうざん)と王屋山(おうおくざん)の二つの山は、七百里四方もあり、高さは一万仞(じん)もある。もとは冀州(きしゅう)の南、河陽の北にあった。北山に住む愚公という者は、年がもう九十になろうとしていて、この山に向かい合って暮らしていた。山が北をふさいでいて、行き来が遠回りになるのにうんざりしていた。そこで家じゅうの者を集めて相談して言った。「わたしはおまえたちと力をつくしてけわしい山を平らにし、まっすぐ豫州(よしゅう)の南へ通じ、漢水の南岸まで行き来できるようにしたい。どうだろうか」と。みな、いっせいに賛成した。
【現代語訳(妻の疑問)】
ところが彼の妻が疑問を投げかけて言った。「あなたの力では、魁父(かいほ)というあの小さな丘さえくずすことができないのに、太行山や王屋山をどうしようというのですか。それに、いったいどこに掘り出した土や石を置くのですか」と。すると人々は答えた。「それは渤海(ぼっかい)のはて、隠土の北に捨てよう」と。こうして愚公は、荷物をかつげる子孫三人を引き連れ、石を打ちくだき土を掘り起こし、ちりとりやもっこで渤海のはてへ運んだ。
【現代語訳(智叟との対話)】
河曲(かきょく)に住む智叟(ちそう)という賢(かしこ)ぶった老人が、笑って彼をやめさせようとして言った。「ひどいものだな、おまえの愚かさは。残り少ない命と力で、山の草一本さえこわせまい。その土や石をいったいどうするつもりだ」と。北山の愚公は長いため息をついて言った。「おまえの心のかたくなさは、まったく見通しがきかない。後家さんの幼い子にも及ばないありさまだ。たとえわたしが死んでも、子は残る。子はまた孫を生み、孫はまた子を生む。その子にもまた子があり、またその子に孫がある。子々孫々(しししそんそん)、つきることはない。それなのに山はもう高くはならない。どうして平らにできないことがあろうか(いや、必ず平らにできる)」と。河曲の智叟は、返す言葉もなかった。
【現代語訳(結末)】
蛇をあやつる山の神がこれを聞き、愚公が掘るのをやめないことを恐れ、このことを天帝に申し上げた。天帝は愚公のひたむきな真心に心を動かされ、力持ちの神・夸蛾氏(こがし)の二人の子に命じて二つの山を背負わせ、一つを朔(さく)の東に、もう一つを雍(よう)の南に置かせた。これ以後、冀州の南から漢水の南岸にかけて、行く手をさえぎる高い丘はなくなったのである。
4. 重要語句
- 且(まさに)九十…今にも九十になろうとして。「且」は「まさニ〜ントす」と読む再読文字で『もうすぐ〜しようとする』の意。
- 懲(こ)りる…こりごりする・うんざりする。山にさえぎられて遠回りになるのに嫌気がさす。
- 迂(う)…遠回り。まっすぐ行けず回り道になること。
- 畢(つく)す…やりつくす・出しきる。「力を畢す」で全力をつくす。
- 献疑(けんぎ)す…疑問を申し述べる。妻が遠慮しつつ反対意見を出す場面。
- 曾(すなは)ち〜ず…強い否定を表す。「なんと〜さえできない」と程度の強さを示す。
- 箕畚(きほん)…ちりとり(箕)ともっこ(畚)。土や石を運ぶ道具。
- 孀妻(そうさい)・弱子(じゃくし)…孀妻は後家・未亡人、弱子はその幼い子。協力者として登場。
- 不惠(けいならず)…賢くない・愚かだ。「惠」は「慧(かしこい)」に通じる。
- 窮匱(きゅうき)す…つきはてる・なくなる。「無窮匱」で『つきることがない』。
- 操蛇(そうだ)の神…蛇を手に持つ(あやつる)山の神。
- 厝(お)く…置く。「措(お)く」と同じ。神が山を運んで置く。
5. 句法・読解のポイント
- 再読文字「且(まさニ〜ント)す」…「年且九十」は「年(とし)且(まさ)に九十ならんとす」と二回読む。『今にも九十になろうとしている』の意。再読文字は一字を副詞→助動詞の順で二度読むのが要点。
- 反語「如〜何」(〜ヲいかんセン)…「如太行・王屋何」=「太行・王屋を如何せん」で『太行山・王屋山をどうしようというのか(どうにもできまい)』。妻が計画の無謀さをついる反語表現。対象を間にはさむ形に注意。
- 反語「何苦而不平」(なんゾ〜ざラン)…「何ぞ苦しみて平らかならざらん」で『どうして平らにできないことがあろうか、いや必ずできる』。形は疑問だが意味は強い肯定(確信)を表す反語。本文の主張が最も強く出る一文。
- 使役「命〜(命ジテ〜しム)」…「命夸蛾氏二子負二山」=「夸蛾氏の二子に命じて二山を負はしむ」。『〜に命じて…させる』という使役。書き下しでは末尾に「〜しむ」を補う。
- 疑問詞「焉(いづクンゾ)」と語順…「且焉置土石」=「且つ焉んぞ土石を置かん」で『いったいどこに土や石を置くのか』。疑問の「焉」が文頭近くに前に出る倒置に注意。
- 逆接「雖(いへどモ)」…「雖我之死」=「我の死すと雖も」で『たとえわたしが死んでも』。仮定的な逆接を示し、子々孫々が続くという論理につなぐ。
- 比較「不若(しカず)」…「曾不若孀妻弱子」=「曾ち孀妻の弱子にも若かず」で『後家の幼い子にも及ばない』。「A不若B」で『AはBに及ばない』という比較表現。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:愚公という九十近い老人が、家の前をふさぐ太行山・王屋山の二つの大山を平らにしようと決意し、家族を集めて相談する。妻は「小さな丘さえくずせないのに無理だ、土石をどこに置くのか」と疑問を呈するが、一同は渤海のはてへ運ぶことにして掘り始める。隣家の後家の幼い子まで手伝うほどだった。これを見た賢ぶり屋の智叟が「残りわずかな命で何ができるか」と笑うと、愚公は「自分が死んでも子孫は限りなく続くが、山はもう増えない。だからいつか必ず平らになる」と反論し、智叟は言葉を失う。やがて山の神が天帝に報告し、天帝は愚公の真心に感じ入って力持ちの神の子に命じ、二つの山をよそへ運ばせた。こうして行く手をさえぎる山はなくなった。
主題:どんなに困難で不可能に見えることでも、信念をもって地道に努力を続ければ、いつかは必ずやりとげられるということ。目先の利口さ(智叟)よりも、愚直なまでのひたむきさ(愚公)こそが大事業を成し遂げるという教えで、ことわざ「愚公、山を移す」のもとになっている。
背景:出典は道家の思想書『列子』の「湯問篇」。『列子』は戦国時代の人とされる列禦寇(れつぎょこう)に仮託された書で、不思議な寓話を通して老荘的な世界観や人生の道理を語る。愚公(おろかな老人)と智叟(賢い老人)という対照的な名づけそのものに、世間でいう「賢い・愚か」をひっくり返す皮肉が込められており、ひたむきさの前では人智を超えた天さえも動くという思想が示されている。中国では今も努力・不屈の精神を表す代表的な故事として広く知られる。
確認クイズ(3問)
「年且九十」の「且」はどう読み、どんな意味ですか。また、このような字を何といいますか。
「まさニ〜ントす」と読み、『今にも九十になろうとしている』の意味。一字を二度読むので「再読文字」という。
愚公が智叟に反論した「何苦而不平」は、どんな表現で、何を言おうとしていますか。
形は疑問だが意味は強い肯定を表す「反語」。『どうして平らにできないことがあろうか、いや必ずできる』と、山を必ず平らにできるという確信を述べている。
この話の主題(教え)を一言でいうと何ですか。
あきらめず努力を続ければ、どんな困難な事業でも必ずやりとげられるということ。目先の利口さより愚直なひたむきさが大事を成す、という教え。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 再読文字「且(まさニ〜ント)す」の読みと意味を二度読みで答えさせる問題が頻出。「年は九十だ」と訳すと×で、『もうすぐ九十になろうとしている』が正しい。
- 反語「如〜何」「何苦而不平」を、ただの疑問(〜か?)と取り違えやすい。反語は『〜だろうか、いや〜だ』と裏の強い断定まで訳すこと。
- 使役「命じて〜しむ」の書き下しで、文末の「しむ」を補い忘れるミスが多い。誰が誰に何をさせたか(天帝が夸蛾氏の子に山を運ばせた)を整理して問われる。
- 愚公(おろかな老人)と智叟(賢い老人)の名前と立場を取り違えやすい。名前と中身(実は智叟のほうが浅はか)が逆転している皮肉が問われる。
- 「子子孫孫無窮匱」と「山不加増」を対比させ、なぜ山が必ず平らになるといえるのか、その論理を説明させる記述問題が出る。
8. まとめ
・『愚公移山』は『列子』湯問篇の寓話で、ことわざ「愚公、山を移す」の出典。努力を続ければ必ず大事業をやりとげられるという教え。
・見どころは、智叟の嘲笑に対し『子々孫々は限りなく続くが山は増えない、だから必ず平らになる』と返す愚公の反論。
・句法は、再読文字「且」、反語「如〜何」「何苦而不平」、使役「命〜しむ」、逆接「雖」、比較「不若」が定番ポイント。
・愚公(愚か)と智叟(賢い)の名と中身が逆転する皮肉に注目。ひたむきさの前には天さえも動く、という思想が結末に表れている。
👉 ほかの漢文は 漢文(解説×ドリル)一覧 から。
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