漢文『呉越同舟』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント

漢文『呉越同舟』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント 漢文

1. はじめに ― 「呉越同舟」とは

仲の悪い者同士が同じ場所に居合わせること、また共通の危機の前では敵同士でも協力することをいう故事成語です。出典は兵法書『孫子』九地篇。宿敵どうしの呉の人と越の人を例に、孫子が説いた一節から生まれました。

生徒
生徒「呉越同舟」って、仲が悪い人が一緒にいるって意味でしたっけ?
先生
先生それも使い方の一つだけど、本当のねらいは「共通の危機の前では敵同士でも協力する」ところ。出典は『孫子』だよ。

2. 白文・訓読文

夫呉人与越人相悪也、当其同舟而済、遇風、其相救也、如左右手。

3. 書き下し文

夫れ呉人と越人と相悪むや、其の舟を同じくして済りて風に遇ふに当たりては、其の相救ふや、左右の手のごとし。

4. 現代語訳

そもそも呉の人と越の人は憎み合う仲だが、同じ舟に乗り合わせて川を渡り、暴風に出くわしたときには、互いに助け合うことはまるで左右の手のよう(に息が合ったもの)である。

5. 句法・重要語のポイント

①「夫れ」——文頭で「そもそも」と話を切り出す字。「発語(はつご)の夫」と呼ばれ、声に出して読みます。同じ「夫」でも「かの・その」と読む指示の用法や、文末で「かな」と詠嘆する用法とは区別して問われます。

②「与」——「AとB(と)」を結ぶ「と」。「呉人越人」=呉人と越人と。

③「相〜」——「あひ〜」と読み、「互いに〜」。「相悪む」「相救ふ」と対になって出てきます。

④「当たりては」——ここの「当」は「〜に当たって・〜のときには」という意味の動詞的用法。再読文字「当(まさニ〜ベシ)」と混同しないことが最大の注意点です。

⑤「如二左右手一」——比況「ごとし」。「左右の手のようだ」=一心同体の協力の比喩です。

先生
先生コツは、ここの「当」を再読文字と思い込まないこと。「〜のときには」と一度だけ読む、これがいちばん狙われるよ。

6. 故事の意味と現代での使い方

もともとは「危機のときは敵同士でも自然に協力する」という孫子の人間観察ですが、現代では「仲の悪い者同士が同じ場に居合わせる」意味で使われることが多い言葉です。

例文①:ライバル会社同士が呉越同舟で、業界存続のための委員会に参加した。

例文②:犬猿の仲の二人が同じ班になるとは、まさに呉越同舟だ。

確認クイズ(3問)

Q1. 「当其同舟而済」の「当」の説明として正しいものは?

ア 再読文字(まさニ〜ベシ) イ 「〜のときには」という動詞的用法 ウ 置き字

答えを見る

正解:イ 解説:ここは「〜に当たりては」と一度だけ読みます。再読文字の「当」との区別が頻出です。

Q2. 「如左右手」が表すものは?

ア 互いに助け合う様子 イ 互いに憎み合う様子 ウ 舟をこぐ技術

答えを見る

正解:ア 解説:暴風という共通の危機の前で、左右の手のように自然に協力し合う様子の比喩です。

Q3. 「呉越同舟」の出典は?

ア 『論語』 イ 『孫子』 ウ 『史記』

答えを見る

正解:イ 解説:兵法書『孫子』九地篇の一節です。

7. 出典『孫子』九地篇をくわしく

「呉越同舟」のもとになった一節は、中国の兵法書『孫子』の「九地篇」に出てきます。『孫子』は今からおよそ二千五百年前、春秋時代の終わりごろに活躍したとされる軍事思想家・孫武(そんぶ)の名で伝えられる書物です。全十三篇からなり、戦いの心構えや軍隊の動かし方を、短く力強い言葉でまとめています。「敵を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず」など、現代でもよく引かれる名言の宝庫です。

「九地篇」は、戦場をその性質によって九種類に分け、それぞれの土地でどう兵を動かすべきかを説いた章です。その中で孫子は、兵士をあえて逃げ場のない「死地(しち)」に置くと、人は必死になって一致団結する、と論じます。「呉越同舟」の例えは、まさにこの「追い込まれた人間は、ふだんの仲の良し悪しを超えて協力する」という考えを、わかりやすく示すために持ち出されたものです。つまりこの故事は、ただの人間関係の話ではなく、もともとは軍隊をどう一つにまとめるかという兵法の理屈から生まれた言葉なのです。

なぜ「呉」と「越」なのでしょうか。春秋時代の末期、長江の下流域には呉と越という二つの国があり、長年にわたって激しく争っていました。とくに呉王夫差(ふさ)と越王勾践(こうせん)の戦いは有名で、敗れた勾践が苦い肝をなめて復讐心を忘れまいとした「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」の故事もここから生まれています。当時の人にとって「呉の人と越の人」といえば、誰もが思い浮かべる宿敵の代名詞でした。だからこそ「その呉と越の人ですら、同じ舟で嵐に遭えば協力する」という例えに、強い説得力があったのです。

8. 一字ずつ読み解く ― 訓読のしくみ

漢文が苦手な人ほど、白文(はくぶん=返り点も送りがなもない原文)を見ると身構えてしまいます。ここでは本文を短く区切って、どの字をどう読むのかを順番に確認しましょう。一字ずつ意味を確かめれば、決して難しくありません。

生徒
生徒白文を見るとどこから読めばいいか分からなくなります…。
先生
先生大丈夫。「読む字」「読まない字(置き字)」「返って読む字」を見分けるのが第一歩。一字ずつ確かめれば必ず読めるよ。
  • 夫(それ)……文の頭に置いて「そもそも」「いったい」と話を切り出す字。意味のうえでも読む「発語(はつご)」で、声に出して読みます。
  • 呉人与越人(ごじんとえつじんと)……「与」は「と」と読み、二つのものを並べます。「呉の人と越の人と」。
  • 相悪也(あいにくむや)……「相」は「あい」=「互いに」。「悪」はここでは「にくむ(憎む)」。「也」は文の区切りを示す字で、読まないこともあります。
  • 当其同舟而済(そのふねをおなじくしてわたるにあたりては)……「当」は「〜に当たって」「〜のときには」。「而」は前後をつなぐ接続の字で、ふつう読みません(置き字)。
  • 遇風(かぜにあう)……「遇」は「あう(思いがけず出くわす)」。ここでは暴風に出くわすこと。
  • 其相救也(そのあいすくうや)……「救」は「すくう」。互いに助け合うこと。
  • 如左右手(さゆうのてのごとし)……「如」は「ごとし」=「〜のようだ」。左右の手のように息の合った様子のたとえ。

このように、漢文は「読む字」「読まない字(置き字)」「返って読む字」を見分けることが第一歩です。とくに「而」は前後の言葉をつなぐ働きをするだけで、読まないことが多いと覚えておきましょう。慣れないうちは、白文の横に自分で読みがなを書き込み、声に出して何度も音読すると、語の並びとリズムが体にしみこんで、書き下し文も自然に作れるようになります。

全体を通して読むと、「ふだんは憎み合う呉と越の人でも、同じ舟で嵐に遭えば、まるで左右の手のようにぴたりと協力する」という、たった一文の中に強い対比が込められていることがわかります。「憎み合う(相悪む)」と「助け合う(相救ふ)」が対(つい)になって置かれている点に注目すると、孫子が伝えたかった主張がくっきり浮かび上がります。

9. つまずきやすいポイント

  • 「当」を再読文字と勘違いする……再読文字の「当」は「まさに〜べし(当然〜するはずだ)」と二度読みます。しかしこの本文の「当」は「〜に当たりては(〜のときには)」と一度だけ読む別の用法です。前後の意味で見分けましょう。
  • 「相」を「すがた」と読んでしまう……「相」には「すがた・ようす」の意味もありますが、ここは「あい(互いに)」。動作を表す語の前に付いていたら「互いに」と考えると当たります。
  • 「遇」と「遭」「会」の区別……どれも「あう」ですが、「遇」「遭」は「思いがけず出くわす」、「会」は「人と会う・出会う」。嵐に「遇ふ」のは予期せぬ災難に出くわす意味です。
  • 故事の意味を取り違える……現代では「仲の悪い者が同席する」意味で使われがちですが、本来の力点は「危機の前では協力する」ことにあります。文脈でどちらの意味かを判断しましょう。

10. 入試・定期テストでの問われ方

「呉越同舟」は故事成語としても漢文の読解問題としても出題されます。よく問われるパターンを知っておくと、得点に直結します。

  1. 書き下し文に直す問題……白文に返り点・送りがなを補って書き下す力が試されます。「与」を「と」、「如」を「ごとし」と正しく開けるかがポイント。
  2. 語の意味・用法を問う問題……とくに「当」が再読文字でないこと、「相」が「互いに」であることが頻出です。
  3. 現代語訳・内容説明……「左右の手のごとし」が何のたとえか(一致団結・協力のたとえ)を説明させる問題が定番です。
  4. 故事成語の意味・使い方……四字熟語として意味を選ばせたり、短文を作らせたりします。出典が『孫子』であることもあわせて覚えましょう。
先生
先生テストでは「与=と」「如=ごとし」「相=互いに」の三つの読みを必ず押さえておこう。ここを落とすともったいないよ。

11. ミニ練習問題

次の問いに答えてみましょう。答えはそれぞれの下に用意しています。まず自分で考えてから確認してください。

問1 「呉人越人」の「与」の読みと意味を答えなさい。

(答え)読み=「と」。意味=「呉の人と越の人と」のように二つを並べる「〜と」。

問2 「左右手」を書き下し文にし、何のたとえか説明しなさい。

(答え)書き下し=「左右の手のごとし」。意味=左右の手のように、ぴったり息を合わせて互いに助け合う様子のたとえ。共通の危機の前で敵同士でも一致団結することを表す。

問3 この故事の出典の書名と、その作者として伝わる人物名を答えなさい。

(答え)書名=『孫子』(九地篇)。作者として伝わる人物=孫武(孫子)。

問4 「呉越同舟」を使って、日常の場面に合う短文を一つ作りなさい。

(解答例)文化祭で、いつもけんかばかりの二つのクラスが呉越同舟で大きな出し物に取り組んだ。

12. よくある質問(Q&A)

Q. 「呉越同舟」はよい意味ですか、悪い意味ですか?
A. どちらにも使えます。本来は「危機の前では協力する」という前向きな意味ですが、現代では「仲の悪い者が同じ場に居合わせる」という、少し皮肉のこもった使い方も広く定着しています。文脈で読み分けましょう。

Q. 「臥薪嘗胆」と関係がありますか?
A. 同じ呉と越の争いから生まれた言葉なので、背景は共通しています。「臥薪嘗胆」は敗れた越王勾践が復讐を誓って苦労に耐えた故事で、「呉越同舟」は宿敵どうしが協力する例えです。セットで覚えると理解が深まります。

Q. 「呉越同舟」と「同床異夢(どうしょういむ)」はどう違いますか?
A. 「同床異夢」は同じ立場にいながら考えがばらばらなこと。「呉越同舟」は仲が悪くても同じ危機の前では協力すること。協力する点が「呉越同舟」、心が一つにならない点が「同床異夢」と覚えるとよいでしょう。

13. まとめ

  • 「呉越同舟」は『孫子』九地篇が出典の故事成語。
  • 原義は「共通の危機の前では、敵同士でも協力する」こと。
  • 「与」は「と」、「如」は「ごとし」、「相」は「互いに」と読むのが基本。
  • 本文の「当」は再読文字ではなく「〜のときには」と一度だけ読むのが最大の注意点。
  • 「左右の手のごとし」は一致団結・協力のたとえ。
  • 春秋時代の宿敵・呉と越を例にした言葉で、「臥薪嘗胆」とも背景を共有する。

故事の背景まで知っておくと、ただ暗記するよりずっと記憶に残ります。テストでは「当」の用法と「与・如・相」の読みをしっかり押さえ、現代語訳では「協力のたとえ」であることを書けるようにしておきましょう。

先生
先生背景まで知れば暗記がぐっと楽になる。「当」の用法と「協力のたとえ」だけ押さえれば本番も怖くないよ。下の確認テストで力試ししてみよう。

📗 参考書・問題集で対策するなら|塾長が古文・漢文の市販教材を目的別に正直レビューしています。目的別おすすめを見る →

[広告・PR]

動画で授業を受けたい人へ

誰でも古典塾は「読んで覚える」無料テキスト専門で、動画授業はありません。「文字だけだと入りにくい」「授業を聞いて理解したい」人は、動画授業のスタディサプリ(古文・漢文=岡本梨奈先生)が相棒になります。

▶ スタディサプリを見てみる

この記事を書いた人

中本 裕太(現役の古典講師)

国語科の教員免許を持つ現役の古典講師。個別指導塾フィット塾長。「誰でも古典塾」で古文・漢文の解説と約8,000問のドリルを無料公開しています。くわしいプロフィール

漢文
シェアする
中本裕太をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました