「四面楚歌(しめんそか)」は、いまも日常で使う有名な四字熟語ですね。「周りが敵ばかりで、味方が一人もいない状態」のことです。じつはこの言葉、中国の歴史書『史記(しき)』の中の、ある武将の最期の場面から生まれました。
主人公は項羽(こうう)。秦の滅亡後、天下をめぐって劉邦(りゅうほう)(のちの漢の初代皇帝)と争った、力自慢の英雄です。その項羽が、垓下(がいか)という場所で漢軍に追いつめられ、四方から聞こえてくる「楚(そ)の国の歌」に絶望し、愛する女性・虞美人(ぐびじん)と別れの歌をうたう——。それがこの「四面楚歌」の場面です。英雄の華やかさと、滅びゆく者の悲しさが同時に描かれた、漢文の名場面として教科書にも必ず載っています。
白文(採録した範囲)
『史記』の「項羽本紀(こううほんぎ)」はとても長いので、ここでは教科書でよく採られる「項王軍壁垓下」から「左右皆泣、莫能仰視」まで(四面楚歌に気づき、虞美人と別れの歌をうたう場面)に絞って紹介します。詩の中の「兮(けい)」は、調子をととのえるための字で、読み下すときには声に出して読みません。
項王軍壁垓下。兵少食尽。漢軍及諸侯兵、囲之数重。夜聞漢軍四面皆楚歌、項王乃大驚曰、「漢皆已得楚乎。是何楚人之多也。」
項王則夜起飲帳中。有美人、名虞。常幸従。駿馬、名騅。常騎之。於是項王乃悲歌忼慨、自為詩曰、
力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮奈若何歌数闋、美人和之。項王泣数行下。左右皆泣、莫能仰視。
書き下し文
項王(こうおう)の軍(ぐん)垓下(がいか)に壁(へき)す。兵(へい)少(すく)なく食(しょく)尽(つ)く。漢軍(かんぐん)及(およ)び諸侯(しょこう)の兵(へい)、之(これ)を囲(かこ)むこと数重(すうちょう)なり。夜(よる)漢軍(かんぐん)の四面(しめん)皆(みな)楚歌(そか)するを聞(き)き、項王(こうおう)乃(すなは)ち大(おほ)いに驚(おどろ)きて曰(い)はく、「漢(かん)皆(みな)已(すで)に楚(そ)を得(え)たるか。是(こ)れ何(なん)ぞ楚人(そひと)の多(おほ)きや。」と。
項王(こうおう)則(すなは)ち夜(よる)起(お)きて帳中(ちょうちゅう)に飲(いん)す。美人(びじん)有(あ)り、名(な)は虞(ぐ)。常(つね)に幸(こう)せられて従(したが)ふ。駿馬(しゅんめ)あり、名(な)は騅(すい)。常(つね)に之(これ)に騎(の)る。是(ここ)に於(お)いて項王(こうおう)乃(すなは)ち悲歌忼慨(ひかこうがい)し、自(みづか)ら詩(し)を為(つく)りて曰(い)はく、
力(ちから)は山(やま)を抜(ぬ)き気(き)は世(よ)を蓋(おほ)ふ
時(とき)利(り)あらず騅(すい)逝(ゆ)かず
騅(すい)の逝(ゆ)かざる奈何(いかん)すべき
虞(ぐ)や虞(ぐ)や若(なんぢ)を奈何(いかん)せん歌(うた)ふこと数闋(すうけつ)、美人(びじん)之(これ)に和(わ)す。項王(こうおう)泣(なみだ)数行(すうこう)下(くだ)る。左右(さゆう)皆(みな)泣(な)き、能(よ)く仰(あふ)ぎ視(み)るもの莫(な)し。
現代語訳(やさしく)
項王(項羽)の軍は、垓下に城壁を築いて立てこもった。兵の数は少なく、食料も尽きてしまった。漢の軍と、漢に味方する諸侯の兵たちは、項王の軍を幾重にも取り囲んだ。
夜、項王は、取り囲んだ漢軍が四方そろって楚の国の歌をうたっているのを聞いた。項王はたいそう驚いて言った。「漢は、もう楚の地をすっかり手に入れてしまったのか。なんと(漢軍の中に)楚の人間が多いことだ(=楚の者まで漢に降ってしまったのか)。」
そこで項王は夜中に起き上がり、陣営の幕の中で酒を飲んだ。項王には虞という名の愛する女性がおり、いつもそばにかわいがられて付き従っていた。また騅(すい)という名の駿馬がおり、項王はいつもこの馬に乗っていた。こうして項王は、悲しげに歌い、心を高ぶらせて、みずから詩を作ってうたった。
わが力は山をも引き抜き、わが意気は天下をおおうほどだった。
だが時運に恵まれず、(愛馬の)騅も走ろうとしない。
騅が進まないのを、いったいどうすればよいのか。
虞よ、虞よ、おまえをどうすればよいのか(=おまえを残してどうすればよいのか)。
歌を何度かくり返すと、虞美人もこれに声を合わせてうたった。項王の目からは、幾筋もの涙が流れ落ちた。そばにいた家来たちもみな泣いて、(悲しさのあまり)顔を上げて項王を見ることのできる者は、一人もいなかった。
重要語句・句法のポイント
この場面には、入試でもよく問われる語句と句法が詰まっています。順番に確認しましょう。
重要語句
- 壁(へき)す……ここでは名詞「城壁」ではなく動詞で、「城壁を築いて立てこもる・陣を構える」の意味。漢文では名詞がそのまま動詞になることがよくあります。
- 乃(すなは)ち……「そこで・なんと」。意外な気持ちや、場面の切りかえを表します。
- 已(すで)に……「もう・すでに」。完了を表す副詞。
- 幸(こう)す……身分の高い人が、目下の者を「寵愛する・かわいがる」こと。ここは受け身で「幸せられて(=かわいがられて)従ふ」と読みます。
- 忼慨(こうがい)……心が高ぶり、感情がたかまるさま。『史記』の原文では「忼慨」の字が使われます(「慷慨」と同じ意味です)。
- 闋(けつ)……歌の曲が終わる、その一区切りを数える言葉。「数闋(すうけつ)」で「(歌を)何回かくり返して」の意味。
- 兮(けい)……詩のリズムをととのえるためだけの字(助字)で、特に意味はなく、書き下しても声に出して読みません。「楚辞(そじ)」など、楚の地方の歌に多く使われます。
句法のポイント
(1) 反語「何ぞ〜や」
是(こ)れ何(なん)ぞ楚人(そひと)の多(おほ)きや。
「何ぞ〜や」は、形のうえでは「どうして〜だろうか」と問いかけていますが、本当は強い詠嘆・おどろきを表しています。ここは「なんと楚の人間が多いことか(=楚の者まで漢に降ってしまったとは)」という、項羽の絶望の叫びです。
(2) 疑問(反語)「奈何(いかん)」「〜を奈何せん」
騅(すい)の逝(ゆ)かざる奈何(いかん)すべき……「騅が進まないのを、どうすればよいのか」
虞(ぐ)や虞(ぐ)や若(なんぢ)を奈何(いかん)せん……「虞よ、おまえをどうすればよいのか」
「奈何(いかん)」は手段・方法をたずねる言葉で、「どうしたらよいか」。ここでは「どうすることもできない」という、答えの出ないやるせなさを表す反語的な響きを持っています。「Aを奈何せん」で「Aをどうしたらよいのか」という形になります。
(3) 「莫(な)し」(不可能・否定)
能(よ)く仰(あふ)ぎ視(み)るもの莫(な)し。
「莫(なし)」は「〜するものがない」という否定の字。直前の「能(よ)く」(〜できる)と合わさって、「顔を上げて見ることのできる者は一人もいなかった」となります。家来たちが悲しみに打ちひしがれている様子が、この一文によく表れています。
背景・主題・故事成語
背景。秦の始皇帝の死後、各地で反乱が起こり、最終的に天下を争ったのが項羽と劉邦でした。圧倒的な武力を誇った項羽でしたが、人の意見を聞き入れない性格が災いし、しだいに人望のある劉邦に追いつめられていきます。そして紀元前202年、ついに垓下で漢軍に包囲されました。漢軍がわざと楚の歌をうたわせたのは、「楚の地はもう漢のものになった」と項羽たちに思い込ませ、戦意を失わせるための心理作戦だったとも言われます。
主題。この場面の見どころは、「天下を取れるはずだった英雄が、すべてを失っていく瞬間の心情」です。「力は山を抜き気は世を蓋ふ」という壮大な自負と、「虞や虞や若を奈何せん」という、愛する人すら守れない無力さ。この落差こそが、読む者の胸を打ちます。なお、この詩はのちに「垓下(がいか)の歌」と呼ばれ、虞美人もこれに和して歌い、項羽と別れたと伝えられます。
故事成語。この場面からは、有名な言葉がいくつも生まれました。
- 四面楚歌(しめんそか)……周りがすべて敵で、味方や助けが一人もいない、孤立無援の状態のたとえ。まさにこの場面そのものです。
- 抜山蓋世(ばつざんがいせい)……「力は山を抜き気は世を蓋ふ」から生まれた言葉。山を引き抜き、世をおおうほどの、すぐれて盛んな勢いや気力をいいます。
たった数行の中に、英雄の誇りと滅びの悲しみ、そして今に残る言葉までもが凝縮されています。声に出して読むと、項羽の心の揺れがいっそう伝わってきますよ。
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