1. はじめに ― 杜甫『絶句』とは
「詩聖」杜甫が、戦乱を避けて暮らした成都で詠んだ五言絶句です。川の碧、鳥の白、山の青、花の紅——あざやかな色彩の対比で春の美しさを描きながら、結びで一転、「いつ故郷に帰れるのか」という望郷の嘆きを漏らします。情景と心情の落差が味わいどころです。
2. 白文・訓読文
絶句 杜甫
江碧鳥逾白
山青花欲然
今春看又過
何日是帰年
3. 書き下し文
江碧にして鳥逾よ白く
山青くして花然えんと欲す
今春看又過ぐ
何れの日か是れ帰年ならん
4. 現代語訳
川は深い碧で、(その上を飛ぶ)鳥はいよいよ白く見える。山は青々と茂り、花は燃え出しそうなほど赤い。今年の春も、見ているうちにまたたく間に過ぎてゆく。いったいいつになったら、故郷へ帰れる年が来るのだろうか。
5. 詩のきまり(詩型・押韻・対句)
①詩型——一句五字×四句=五言絶句。
②押韻——五言絶句は原則第二・四句末。この詩では「然・年」が押韻します(「白」は韻を踏みません)。
③対句——起句「江碧鳥逾白」と承句「山青花欲然」が対句。「江/山」「碧/青」「鳥/花」「逾白/欲然」と、語の組み立てがきれいに対応しています。
④「欲レ然」——「然えんと欲す」。「欲」はここでは「今にも〜しそうだ」。「然」は「燃」と同じで、花の赤を炎にたとえています。
6. 鑑賞のポイント
前半二句は碧・白・青・紅の色彩の競演。美しい春であればあるほど、「看又過ぐ」(みすみすまた過ぎてゆく)の喪失感が募ります。「何れの日か是れ帰年ならん」は疑問の形で、帰郷の見通しが立たない嘆きを響かせる結び。安史の乱で故郷を離れた杜甫の境遇を重ねて読むと、春景色の明るさがいっそう切なく感じられます。
7. 作者・成立の背景をくわしく
作者の杜甫(712〜770)は、唐の時代を代表する詩人で、後世に「詩聖」と呼ばれました。同じ唐の李白が自由でのびやかな「詩仙」と称されるのに対し、杜甫の詩は社会の現実や人々の苦しみを見つめ、技巧をきわめた重厚な作風で知られます。二人はしばしば「李杜(りと)」と並び称されます。
この『絶句』が詠まれたのは、杜甫が戦乱を避けて成都(せいと)(今の四川省)に身を寄せていたころのことです。当時、唐の国は「安史の乱(あんしのらん)」という大きな内乱に揺れていました。杜甫も故郷を追われ、家族とともに各地をさすらう苦しい日々を送ります。成都では知人の助けで「浣花草堂(かんかそうどう)」という小さな住まいを構え、つかの間の落ち着いた暮らしを得ました。この詩の明るい春景色は、そんな仮の住まいから見た風景なのです。なお、この詩は杜甫『絶句二首』の其二(きに)にあたり、入試では「絶句二首 其二」として問われることもあります。
背景を知ると、結びの「いつ故郷に帰れるのか」という嘆きの重みが、いっそう深く感じられます。美しい春を前にしても心から喜びきれない――それは、帰る家を失った人の、静かで深い悲しみなのです。
8. 一句ずつていねいに読む
四つの句を、一つずつ意味と語のはたらきを確かめながら読んでいきましょう。漢文は「白文(はくぶん)=もとの漢字だけの文」「書き下し文=日本語の語順と仮名をおぎなった文」「現代語訳」の三段で味わうのが基本です。
起句「江碧鳥逾白」(書き下し:江碧にして鳥逾よ白く/訳:川は深い碧で、その上を飛ぶ鳥はいよいよ白く見える)。「江」は大きな川のこと。「碧(へき)」は深く澄んだ青緑色です。「逾(いよいよ)」は「ますます・いっそう」の意味の副詞。深い碧の川を背景にするからこそ、白い鳥の白さがきわだつ――色のコントラストを効かせた表現です。
承句「山青花欲然」(書き下し:山青くして花然えんと欲す/訳:山は青々と茂り、花は燃え出しそうなほど赤い)。「然」は「燃」と同じで「もえる」の意味。「欲(〜んとほっす)」は「今にも〜しそうだ」という気持ちを表します。青い山を背に、花の赤がまるで炎のように見える、という強い色の対比です。
転句「今春看又過」(書き下し:今春看又過ぐ/訳:今年の春も、見ているうちにまたたく間に過ぎてゆく)。ここで景色から作者の思いへと話が転じます。「看(みすみす)」は「見ているうちに・みるみるうちに」。美しい春が手の中をすり抜けていく、そのあせりとむなしさがにじみます。
結句「何日是帰年」(書き下し:何れの日か是れ帰年ならん/訳:いったいいつになったら、故郷へ帰れる年が来るのだろうか)。「何日(いづれのひか)」は「いつになったら」という疑問。「帰年」は「故郷へ帰る年」。問いかけの形をとることで、答えの出ない望郷の思いがいっそう深く響きます。
9. 重要語句・文法のポイント
- 碧(へき)……深く澄んだ青緑色。「碧い」と書いて川や海の色を表す。
- 逾(いよいよ)……「ますます・いっそう」の意味の副詞。「愈」と書くこともある。
- 欲然(もえんとほっす)……「欲」は「今にも〜しそうだ」。「然」は「燃」に同じで「もえる」。あわせて「燃え出しそうだ」。
- 看(みすみす)……「見ているうちに・みるみるうちに」。時の早さを表す。
- 何日是帰年(いづれのひかこれきねんならん)……「いつが帰る年になるのだろうか」。「何(いづれ)」を用いた疑問・詠嘆の表現。
文法のポイント①「欲」の読みと意味。「欲」は「〜したいと思う」と訳すことも多い字ですが、ここでは「今にも〜しそうだ」という状態のさしせまりを表します。文脈で意味を見分けるのがコツです。
文法のポイント②「然=燃」。漢文では、もともと「然」が「もえる」の字でした。あとから火を表す「灬(れんが)」をつけた「燃」が作られたため、古い詩文では「然」が「もえる」の意味で使われます。テストで「『然』と同じ意味の字は?」と問われたら答えは「燃」です。
10. 詩のきまり(詩型・押韻・対句)をもう一度整理
漢詩は「形のきまり」を知っていると、ぐっと読みやすくなります。この詩でおさえるべき三点を、あらためて確認しましょう。
- 詩型……一句が五字、それが四句で完結するので「五言絶句(ごごんぜっく)」。五字×四句=二十字の短い詩です。
- 押韻(おういん)……句の終わりに同じひびきの字をそろえること。五言絶句では原則として第二句末と第四句末で韻を踏みます。この詩では「然(ぜん)」と「年(ねん)」が押韻しています。
- 対句(ついく)……起句「江碧鳥逾白」と承句「山青花欲然」が対句です。「江/山」「碧/青」「鳥/花」「逾白/欲然」と、同じ位置の語の種類がきれいにそろっています。
あわせて、漢詩の四句にはそれぞれ役割を表す呼び名があります。一句目を起句(きく)、二句目を承句(しょうく)、三句目を転句(てんく)、四句目を結句(けっく)と呼びます。これが「起承転結」のもとになった考え方です。この詩でも、起・承で春の景色を描き、転句で時の流れに目を向け、結句で望郷の思いへと展開しています。
11. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
定期テストや入試では、次のような点がよく問われます。あらかじめ知っておくと安心です。
- 詩型を答えさせる問題……「この詩の詩型を漢字四字で答えよ」→「五言絶句」。字数(一句五字)と句数(四句)から判断します。
- 押韻の字を抜き出す問題……「韻を踏んでいる字を二つ抜き出せ」→「然・年」。第一句末の「白」は韻を踏まないので注意。
- 対句を指摘する問題……「対句になっている二句を答えよ」→起句と承句。語の構成が対応しているかで見分けます。
- 「然」の意味……「燃」と同じで「もえる」。これを「自然」「当然」の「然」と取りちがえる人が多いので注意。
- 主題(テーマ)を問う問題……明るい春景色と望郷の嘆きの対比がこの詩の核心。「美しい春を見ながらも、故郷に帰れないことを嘆いている」とまとめられれば正解に届きます。
とくに気をつけたいのは、前半の明るさと後半の悲しさを切りはなして読まないことです。「景色がきれいだ」だけでも、「帰れなくて悲しい」だけでも、この詩の本当の良さは伝わりません。美しいからこそ切ないという二つの心の重なりを読み取れるかどうかが、得点の分かれ目になります。
12. ミニ練習問題(解答つき)
問1 次の白文を書き下し文に直しなさい。
「今春看又過」
問2 「江碧鳥逾白」の「逾」の読みと意味を答えなさい。
問3 この詩の主題(作者がもっとも伝えたかった思い)を、二十字程度でまとめなさい。
―――――(以下、解答)―――――
- 問1の解答……「今春看又過ぐ」(こんしゅんみすみすまたすぐ)。「看」は「みすみす」と読み、「見ているうちに」の意。
- 問2の解答……読みは「いよいよ」。意味は「ますます・いっそう」。深い碧の川を背景に、鳥の白さがいっそうきわだつ、という対比を表します。
- 問3の解答例……「美しい春を前にしながら、故郷に帰れないことを嘆く思い。」明るい景色と望郷の嘆きの対比をふくめてまとめられていれば正解です。
13. よくある質問(Q&A)
Q1. 「絶句」というのは、この詩だけのタイトルですか?
いいえ。「絶句」は詩の形(四句で完結する漢詩)の名前です。杜甫はこの形の詩を何首も作っており、いずれも「絶句」と題されています。つまり「絶句」は固有のタイトルというより、「四句の詩」という意味の題なのです。
Q2. 五言絶句と七言絶句のちがいは?
一句の字数のちがいです。一句が五字なら五言絶句、七字なら七言絶句。どちらも四句で一つの詩になります。この『絶句』は一句五字なので五言絶句です。
Q3. なぜ第一句末の「白」は韻を踏まないのですか?
五言絶句では、原則として第二句末と第四句末で韻を踏むきまりだからです。第一句は韻を踏んでも踏まなくてもよく、この詩では踏んでいません。だから韻を答える問題では「白」を選ばないよう注意しましょう。
Q4. 「色彩の対比」とは具体的にどういうことですか?
前半二句に、碧(青緑)・白・青・紅(赤)という色を表す言葉が次々に出てきます。深い碧に白い鳥、青い山に赤い花――と、たがいに引き立て合う色を並べることで、春のあざやかさを目に浮かぶように描いているのです。
14. まとめ
杜甫の『絶句』は、わずか二十字の中に、春のあざやかな景色と、故郷に帰れない深い嘆きを同時に込めた名作です。最後に大事な点をふり返りましょう。
- 作者は唐の「詩聖」杜甫。戦乱(安史の乱)を避けた成都で詠んだ。
- 詩型は五言絶句。押韻は「然・年」。起句と承句が対句。
- 前半は色彩の対比であざやかな春を、後半は望郷の嘆きを描く。
- 「然=燃(もえる)」「逾=いよいよ」「看=みすみす」がキーワード。
- 主題は「美しい春を前にしながら、故郷に帰れないことを嘆く思い」。明るさと切なさの対比を読み取ることが大切。
景色の美しさと心の悲しさが重なり合うところに、この詩の深い味わいがあります。声に出して読みながら、杜甫が見た成都の春を思い描いてみてください。
確認クイズ(3問)
Q1. この詩で対句になっているのは?
ア 起句と承句 イ 転句と結句 ウ 承句と転句
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正解:ア 解説:「江碧鳥逾白」と「山青花欲然」が語の構成まできれいに対応する対句です。
Q2. 「花欲然」の「然」と同じ意味の字は?
ア 燃 イ 自然の然 ウ 当然の然
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正解:ア 解説:「燃」と同じで「もえる」。花の赤さを炎にたとえています。
Q3. 結句「何日是帰年」にこめられた心情は?
ア 春を楽しむ喜び イ 帰郷できない嘆き ウ 戦勝の誇り
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正解:イ 解説:「いつ帰れる年になるのか」という疑問の形で、望郷の嘆きを表しています。
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