「朝(あした)に辞す 白帝 彩雲の間(かん)」――。長江の急流を、軽い舟がぐんぐん下っていく。そのスピード感と、心がぱっと晴れわたるような明るさで、千年以上も愛されてきた一首が李白(りはく)の『早発白帝城(そうはつはくていじょう)』です。
これは李白が、ある事件に連座して流罪(夜郎〈やろう〉への左遷)になり、その途中で「罪をゆるす」という知らせを受け取って、よろこびいさんで引き返すときに詠んだ詩だと伝えられています。短い七言絶句(しちごんぜっく)の中に、解放された人の弾むような気持ちがあふれています。この記事では、白文・書き下し文・現代語訳から、テストに出やすい句法のポイントまで、やさしく整理します。
白文(原文)
七言絶句(一句が七字、全部で四句)です。短い詩なので、ここでは全文をそのまま載せます。題名は「早(つと)に白帝城を発(はっ)す」=「朝早く白帝城を出発する」という意味です。
早發白帝城 李白
朝辭白帝彩雲間
千里江陵一日還
兩岸猿聲啼不住
輕舟已過萬重山
※ 通行の字体で書くと「朝辞白帝彩雲間/千里江陵一日還/両岸猿声啼不住/軽舟已過万重山」です。「辭=辞」「兩=両」「聲=声」「輕=軽」「萬=万」は、旧字(古い字体)と新字(今ふつうに使う字体)の違いで、読みも意味も同じです。
書き下し文
朝(あした)に辞(じ)す 白帝(はくてい) 彩雲(さいうん)の間(かん)
千里(せんり)の江陵(こうりょう) 一日(いちじつ)にして還(かえ)る
両岸(りょうがん)の猿声(えんせい) 啼(な)きて住(や)まざるに
軽舟(けいしゅう) 已(すで)に過(す)ぐ 万重(ばんちょう)の山
※ 第三句は教科書によって「啼(な)き住(や)まざるに」と読む場合もあります。意味(鳴きやまないうちに)は同じです。
現代語訳(やさしく)
朝早く、朝日に照らされて色づいた雲がたなびくなか、わたしは白帝城に別れを告げて出発した。
千里もはなれた江陵(こうりょう)の地まで、なんとたった一日で下ってしまう。
長江の両岸からは、猿の鳴き声がしきりに聞こえてくる。その声がまだ鳴きやまないうちに、
わたしを乗せた軽い舟は、もう幾重(いくえ)にも重なる山々を、すっと通り過ぎてしまっていた。
重要語句・句法のポイント
語句の意味
- 白帝(はくてい)……白帝城。長江上流(今の重慶市あたり)の高い崖の上にある城。ここを出発点にしています。
- 彩雲(さいうん)の間(かん)……朝日に照らされて色とりどりに輝く雲の中。城が高い場所にあることも伝わります。
- 千里(せんり)の江陵(こうりょう)……はるか遠く(千里=とても遠い距離のたとえ)にある江陵の地。今の湖北省にあたる下流の町です。
- 還(かえ)る……(舟で下って)帰り着く。「行く」ではなく「帰る」と言うところに、ゆるされて帰路につくよろこびがにじみます。
- 猿声(えんせい)……猿の鳴き声。長江三峡(さんきょう)の猿の声は、昔から旅人の心にしみる悲しい声として詩によまれてきました。
- 不住(じゅうせず)……やまない。「住(や)む」は「とどまる・やむ」の意味で、それを打ち消して「鳴きやまない」となります。
- 軽舟(けいしゅう)……軽やかに進む舟。流れの速さと、心の軽さの両方を感じさせます。
- 万重(ばんちょう)の山……幾重にも重なって続く山々。「万」はここでも「とても多い」のたとえです。
句法・表現のポイント
1. 已(すで)に=完了をあらわす副詞
第四句の「已に過ぐ」は、「もう(すでに)通り過ぎてしまった」という完了の気持ちをあらわします。「猿の声がまだ鳴きやまないのに、舟はもう山々を抜けていた」という対比をつくる、いちばん大事な一字です。漢文で「已」が出てきたら「すでに〜してしまった」と読む、と覚えておきましょう。
2. 不(ず)=打ち消し(否定)
「啼(な)きて住(や)まざるに」の「不(ざる)」は打ち消しです。「鳴きやまない(そのうちに)」という意味で、まだ声が続いているあいだに、という時間の流れを表しています。「〜ざるに」は「〜しないうちに」というニュアンスでとらえると訳しやすくなります。
3. 「千里」⇔「一日」の対比(数の対)
「千里の江陵 一日にして還る」では、「千里(とても遠い)」と「一日(とても短い)」という大きい数と小さい数をぶつけて、舟が下るスピードのすごさを一気に印象づけています。漢詩がよく使う「数の対比」の代表例です。
4. 押韻(おういん)
七言絶句では、ふつう第一句・第二句・第四句の最後の字で韻(いん)をふみます。この詩では「間(kan)」「還(kan)」「山(san)」がそろって「-an」の音でそろい、声に出すと心地よいリズムが生まれます。第三句末の「住」は韻をふんでいません(これが七言絶句のきまりどおりです)。
※ 「彩雲」と「白帝(=白い)」のような色の対比、上り(出発)と下り(疾走)の動きなど、対句的なくふうも全体にちりばめられています。
背景・主題
李白は、唐(とう)の時代を代表する詩人で「詩仙(しせん)」と呼ばれます。この詩がつくられたのは、彼が晩年に思いがけず反乱に加担したとうたがわれ、夜郎(やろう)という遠い地への流罪を命じられた、その旅の途中とされています(西暦759年ごろ)。
ところが、ちょうど白帝城のあたりまで来たときに「罪をゆるす」という知らせ(恩赦=おんしゃ)が届きました。そこで李白は引き返すことになり、よろこびいっぱいで長江を下っていく――その弾むような心が、この詩のスピード感と明るさの正体です。表向きは「川下りの風景」をうたいながら、行間に「自由になれた喜び」がたっぷり込められているのが、この一首の味わい深いところです。
なお、第三句の「猿声」は、長江三峡の猿の声をうたった古い言い伝え(鳴き声を聞くと涙でそでがぬれる、というほど物悲しいもの)をふまえています。ふつうなら悲しいはずの猿の声さえ、はやい舟ではあっという間に後ろへ流れ去ってしまう――そこに、もう悲しみにとどまっていない、前へ進む心が重なって見えてきます。
テストでは、「已(すでに)」の完了の意味、「千里」と「一日」の対比、押韻(間・還・山)、そして「恩赦で帰る喜びをうたった詩」だという主題がよく問われます。ここをおさえておけば安心です。
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