1. はじめに ― 「隗より始めよ」とは
「先従隗始(隗より始めよ)」は、燕(えん)の昭王に郭隗(かくかい)が「まず私のような凡庸な者を厚遇なさい。さらば、それを聞いた賢者が次々と集まるでしょう」と進言した故事に基づく言葉です。出典は『戦国策』燕策と『十八史略』。本来は「大事を始めるには、まず手近なところ・身近な者から着手せよ」の意味ですが、後に転じて「事を言い出した者から、まず自分で始めよ」の意味でも使われます。
定期テストでは、死馬の骨の例え話の趣旨、抑揚形「[〜すら且つ…況んや〜をや]」、反語形「[豈に〜や]」、そして[二つの意味の使い分け]が頻出です。
2. 白文・訓読文
燕人立二太子平一為レ君。是為二昭王一。弔レ死問レ生、卑レ辞厚レ幣、以招二賢者一。問二郭隗一曰、「斉因二孤之国乱一、而襲破レ燕。孤極知二燕小不一レ足下以報上。誠得二賢士一与共レ国、以雪二先王之恥一、孤之願也。先生視レ可者。得下身事上レ之。」隗曰、「古之君、有下以二千金一使二涓人求中千里馬上者。買二死馬骨五百金一而返。君怒。涓人曰、『死馬且買レ之。況生者乎。馬今至矣。』不レ期レ年、千里馬至者三。今王必欲レ致レ士、先従レ隗始。況賢二於隗一者、豈遠二千里一哉。」於レ是昭王為レ隗改築レ宮、師事レ之。於レ是士争趨レ燕。
(「レ」はレ点、「一・二」「上・中・下」は一二点・上中下点を表します)
3. 書き下し文
燕人(えんひと)太子平(たいしへい)を立てて君(きみ)と為(な)す。是(こ)れを昭王(しょうおう)と為(な)す。死を弔(とむら)ひ生を問ひ、辞を卑(ひく)くし幣(へい)を厚くして、以(もっ)て賢者を招く。郭隗(かくかい)に問ひて曰(い)はく、「斉(せい)孤(こ)が国の乱(みだ)れに因(よ)りて、燕を襲破(しゅうは)せり。孤(こ)極(きわ)めて燕(えん)の小(しょう)にして以(もっ)て報(むく)ゆるに足らざるを知る。誠(まこと)に賢士(けんし)を得て与(とも)に国を共にし、以て先王の恥(はじ)を雪(すす)がんこと、孤が願ひなり。先生(せんせい)可(か)なる者を視(しめ)せ。身(み)づから之(これ)に事(つか)ふることを得(え)ん。」と。
隗曰はく、「古(いにしへ)の君(きみ)、千金(せんきん)を以て涓人(けんじん)をして千里の馬を求めしむる者(もの)有り。死馬(しば)の骨を五百金に買(か)ひて返(かへ)る。君怒(いか)る。涓人曰はく、『死馬すら且(か)つ之(これ)を買ふ。況(いは)んや生ける者をや。馬今に至(いた)らん。』と。年(とし)を期(き)せずして、千里の馬至る者三(み)たびなり。今(いま)王(おう)必ず士を致(いた)さんと欲(ほっ)せば、先づ隗(かい)より始めよ。況んや隗より賢なる者、豈(あ)に千里を遠しとせんや。」と。
是(ここ)に於(お)いて昭王隗の為(ため)に宮(きゅう)を改築し、之に師事(しじ)す。是に於いて士(し)争(あらそ)ひて燕に趨(おもむ)く。
4. 現代語訳
燕の人々は太子平を立てて君主とした。これが昭王である。(昭王は)死者を弔い生きている者を見舞い、言葉をへりくだらせ贈り物を手厚くして、賢者を招こうとした。郭隗に尋ねて言った、「斉はわが国の混乱につけこんで、燕を襲い破った。私は、燕が小国であって(斉に)報復するには十分でないことを、よく承知している。本当にすぐれた人物を得てともに国を治め、先王の恥をすすぐことが、私の願いである。先生、ふさわしい人物を示してください。私自身がその人にお仕えしたいのです。」と。
隗が言うには、「昔の君主に、千金を持たせて涓人(近侍の役人)に千里の馬を買い求めさせた者がいました。(涓人は)死んだ馬の骨を五百金で買って帰りました。君主は怒りました。涓人が言うには、『死んだ馬(の骨)でさえこれを(大金で)買うのです。まして生きている(名馬)ならば、なおさら(高く買う)に決まっています。馬は今にやって来ます。』と。すると一年もたたないうちに、千里の馬(名馬)が三頭もやって来ました。今、王が本当に人材を招き寄せたいとお望みならば、まずこの隗(私)から始めてください。まして隗より賢い(すぐれた)者ならば、どうして千里の道を遠いと思いましょうか(いや、遠いとも思わず、はるばるやって来るでしょう)。」と。
そこで昭王は隗のために宮殿を改築し、隗を師として仕えた。こうして人材たちが、われ先にと争って燕の国へやって来るようになった。
5. 句法・重要語のポイント
① 抑揚形「〜すら且つ…、況んや〜をや」
「死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや」(死馬且買之。況生者乎)は抑揚(よくよう)形です。「Aでさえ〜なのだから、まして(程度の重い)Bは言うまでもない」と、軽いもの(死馬)を挙げて重いもの(生きた名馬)を強調します。書き下し・訳ともに最頻出です。
② 反語形「豈に〜や」
「豈に千里を遠しとせんや」(豈遠千里哉)は反語形で、「どうして千里を遠いと思おうか、いや思いはしない」という強い断定を表します。
③ 使役「〜をして…しむ」
「涓人をして千里の馬を求めしむ」(使涓人求千里馬)は使役の形で、「涓人に千里の馬を買い求めさせた」の意味です。
④ 比較「於」=「〜より」
「隗より賢なる者」(賢於隗者)の「於」は比較を表し、「隗より賢い者」と読みます。
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 孤(こ) | 諸侯・王が自分をさしていう一人称。ここでは昭王の自称 |
| 幣(へい)を厚くす | 贈り物を手厚くする |
| 雪(すす)ぐ | (恥を)すすぐ。汚名・恨みを晴らす |
| 涓人(けんじん) | 宮中の雑用・掃除などをする近侍の役人 |
| 千里の馬 | 一日に千里を走る名馬。すぐれた人材のたとえ |
| 師事(しじ)す | 師として仕える。尊んで教えを受ける |
例え話の対応関係も整理しましょう。「死馬の骨」=郭隗自身、「生きた千里の馬」=隗よりすぐれた本物の賢者です。たいした賢者でもない自分をまず厚遇すれば、それが[呼び水(評判)]となって、本物の賢者が必ず燕に集まって来る、というのが郭隗の主張です。
6. 故事の意味と現代での使い方
「隗より始めよ」には二つの意味があります。(1) 本来の意味=大事業を成し遂げたいなら、まず手近なこと・身近な者から着手せよ。(2) 転じた意味=物事は、言い出した者・大きなことを望む者が、まず自分自身から始めよ。現在は[(2)の「言い出しっぺが率先せよ」]の意味でよく使われます。両方を区別して覚えることが大切です。
例文1:新しい節約運動を提案したのは君なのだから、隗より始めよで、まず君自身が無駄遣いをやめるべきだ。
例文2:地域の清掃活動を呼びかけた以上、隗より始めよの精神で、私が毎朝いちばんに公園のごみを拾うことにした。
確認クイズ(3問)
Q1. 郭隗は例え話の中で、自分を何になぞらえましたか。
ア 死んだ馬の骨 イ 生きた千里の馬 ウ 涓人
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正解:ア 解説:凡庸な自分(=死馬の骨)をまず厚遇すれば、本物の賢者(=生きた千里の馬)が集まって来る、という論理です。
Q2. 「死馬且買之。況生者乎」に用いられている句法はどれですか。
ア 反語形 イ 抑揚形 ウ 使役形
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正解:イ 解説:「死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや」と読む抑揚形。軽いものを挙げて重いものを強調します。
Q3. 昭王が郭隗を厚遇した結果、どうなりましたか。
ア 斉がすぐに燕に降伏した イ 千里の馬が三頭やって来た ウ 人材が先を争って燕にやって来た
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正解:ウ 解説:「士争ひて燕に趨く」、つまり昭王の厚遇が評判となり、天下の賢士たちが争って燕へやって来ました。イは例え話の中の出来事です。
7. 物語の背景 ― なぜ昭王は賢者を求めたのか
この話の舞台は、中国の戦国時代(紀元前403年ごろ~紀元前221年)です。多くの国が領土を争った時代で、燕(えん)は北方にある国でした。話のきっかけは、燕の国で起きた大きな内乱です。先代の王のときに国が乱れ、その混乱につけこんで、隣の強国である斉(せい)が攻め込み、燕を打ち破りました。この敗戦の屈辱の中で新たに即位したのが昭王(しょうおう)です。
昭王は「斉に仕返しをして先王の恥をすすぎたい。そのためには、力を貸してくれるすぐれた人材(賢者)がどうしても必要だ」と強く願いました。本文の冒頭で「死を弔ひ生を問ひ、辞を卑くし幣を厚くして、以て賢者を招く」とあるのは、まさにこの「人材を集めたい」という昭王の必死の姿勢を表しています。そこで相談を受けた家臣が郭隗(かくかい)であり、その答えが有名な「隗より始めよ」だったのです。背景を知ると、なぜ郭隗があえて「まず私から優遇してください」と言ったのか、その意図がよく分かります。
なお、ここで郭隗が持ち出す「死んだ馬の骨を五百金で買う」という話は、燕や昭王が実際に経験した出来事ではなく、郭隗が自分の主張を分かりやすく説明するために語ったたとえ話(古い君主の故事)です。本文の中に「もう一つの小さな物語」が入れ子になっている形だと理解しておくと、内容がすっきり整理できます。
8. 句法をもう一歩 ― 例文で身につける
5でまとめた句法は、この話だけでなく入試・定期テスト全体でくり返し問われます。同じ形を別の例文でも確認して、自分で訳せるようにしておきましょう。
抑揚形「Aすら且つ~、況んやBをや」
軽いもの(A)を例に挙げて、より重いもの(B)を「言うまでもない」と強調する形です。「[すら」「且つ」「況んや」「をや]」がセットの目印になります。
- 原文 死馬且買之。況生者乎。
- 書き下し文 死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや。
- 現代語訳 死んだ馬(の骨)でさえ(大金で)買うのだ。まして生きた名馬ならば、なおさら(高く買う)に決まっている。
訳すときのコツは、Aの部分を「~でさえ」、Bの部分を「まして~は(なおさらだ)」と、対になるように言葉を補うことです。結びの「をや」は訳に出さなくてもよいですが、「なおさらだ・言うまでもない」という気持ちを必ず添えます。
反語形「豈に~や(哉)」
「どうして~だろうか、いや~ない」と、強い打ち消しの気持ちを疑問の形で表すのが反語です。文末の「や」「哉(かな・や)」「乎(や)」などが目印です。
- 原文 況賢於隗者、豈遠千里哉。
- 書き下し文 況んや隗より賢なる者、豈に千里を遠しとせんや。
- 現代語訳 まして隗より優れた者ならば、どうして千里の道のりを遠いと思うだろうか、いや(遠いとも思わず、よろこんで)やって来るに違いない。
反語は「結局は強い肯定(または強い否定)を言いたい」表現です。ここでは「遠いと思わない=必ず集まって来る」という昭王への自信ある約束になっています。[疑問(?で終わる素直な問い)と取りちがえない]よう注意しましょう。
使役形「(人)をして~しむ」
「(だれそれ)に~させる」という意味を作る形です。「使」「令」「遣」などの字が使われ、「~をして…しむ」と読みます。
- 原文 使涓人求千里馬。
- 書き下し文 涓人をして千里の馬を求めしむ。
- 現代語訳 涓人(近侍の役人)に千里の馬を買い求めさせた。
「しむ」は使役の助動詞「しむ」の終止形・連体形です。「だれが・だれに・何をさせたか」をきちんとつかむことが、訳のポイントになります。
9. つまずきやすいポイントと入試での問われ方
- 二つの意味の取りちがえ…「隗より始めよ」は、(1)本来=「大事は手近なところ・身近な者から始めよ」、(2)転じて=「言い出した者から、まず自分で始めよ」の二つがあります。文章の場面に合うのはどちらかを選ばせる問題が定番です。
- たとえの対応関係…「死馬の骨=郭隗自身(たいした賢者ではない自分)」「生きた千里の馬=隗より優れた本物の賢者」。これを逆にして覚えてしまう人が多いので要注意です。
- 抑揚形の現代語訳…「すら」「況んや~をや」を訳に反映できず、ただの「~も買う」にしてしまう誤りが頻出。「~でさえ/まして~は」を必ず補いましょう。
- 反語と疑問の区別…「豈に~や」を「どうして~か?」とだけ訳して終わると減点。「いや、~ない(=必ず~する)」まで言い切るのが正解です。
- 「孤」「幣」「雪ぐ」などの語…王の自称「孤(こ)」、贈り物「幣(へい)」、恥を「雪(すす)ぐ」などの語意は単独でも問われます。5の表で確認しておきましょう。
記述問題では「郭隗はなぜ『まず自分から優遇してほしい』と言ったのか、理由を説明せよ」という問いがよく出ます。模範解答の方向は、「たいした賢者でもない郭隗を厚遇すれば、それが評判(呼び水)となり、自分より優れた本物の賢者が次々と集まって来ると考えたから」です。たとえ話の論理を自分の言葉で言えるようにしておきましょう。
10. ミニ練習問題(解答つき)
問1 次の文を書き下し文に直しなさい。
死馬且買之。況生者乎。
問2 「豈遠千里哉」を、反語であることがわかるように現代語訳しなさい。
問3 たとえ話の中で、「死馬の骨」と「生きた千里の馬」は、それぞれ何のたとえですか。簡潔に答えなさい。
問4 昭王が郭隗を厚遇した結果、燕の国はどうなりましたか。本文の言葉を参考に答えなさい。
――――――(解答)――――――
- 問1 死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや。
- 問2 どうして千里の道のりを遠いと思うだろうか、いや、遠いとも思わずやって来るに違いない。
- 問3 「死馬の骨」=たいした賢者でもない郭隗自身のたとえ。「生きた千里の馬」=隗より優れた本物の賢者のたとえ。
- 問4 昭王の厚遇が評判となり、すぐれた人材たちが先を争って燕の国へやって来るようになった(士争ひて燕に趨く)。
11. よくある質問(Q&A)
Q1.「隗より始めよ」は、よい意味ですか、悪い意味ですか。
A.もともとは「大事を成すには手近なところから着手するのがよい」という前向きな知恵を説いた言葉です。現在は「言い出した人がまず率先して行動せよ」という意味でも使われ、こちらも基本的には前向き(率先垂範をすすめる)な使い方です。相手を責めるためだけの悪口ではありません。
Q2.郭隗は本当にすぐれた人物だったのですか。
A.郭隗は自分のことを「たいした賢者ではない凡庸な者」とへりくだって表現しています。ただし、こうしてみごとに昭王を動かし、人材集めの仕組みを考え出した知恵そのものが、十分にすぐれていたと言えるでしょう。実際、昭王は郭隗を師として厚く敬いました。
Q3.「千金」「五百金」とは、どのくらいの大金ですか。
A.具体的な現在の金額に直すのは難しいですが、いずれも「とても大きな金額」を表していると考えれば十分です。死んだ馬の骨にすら五百金という大金を払ったことが、「名馬なら必ずもっと高く買う」という評判につながった、という流れをつかむことが大切です。
Q4.出典はどの書物ですか。
A.『戦国策(せんごくさく)』の燕策(えんさく)に見える話で、後の歴史入門書『十八史略(じゅうはっしりゃく)』にも収められています。テストでは出典名を答えさせることもあるので、書名を覚えておきましょう。
12. もう一度まとめ ― ここだけは押さえよう
- 舞台は戦国時代の燕。斉に攻め破られた屈辱の中、昭王が賢者を求めて郭隗に相談した。
- 郭隗は「死んだ馬の骨でも五百金で買えば名馬が集まる」というたとえ話で、「まず私(隗)を優遇してください」と進言した。
- たとえの対応=「死馬の骨=郭隗」「生きた千里の馬=本物の賢者」。
- 句法の山は、抑揚形「死馬すら且つ之を買ふ。況んや生ける者をや」と、反語形「豈に千里を遠しとせんや」。
- 意味は二つ。本来=「手近なところ・身近な者から始めよ」、転じて=「言い出した者からまず自分で始めよ」。
- 結果、昭王は隗に師事し、天下の人材が争って燕に集まった。
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