1. はじめに ― 「朝三暮四」とは
「朝三暮四(ちょうさんぼし)」は、目先の違いにとらわれて、結局は同じであることに気づかないこと、また言葉巧みに人をだますことのたとえです。猿を飼う狙公(そこう)が、とちの実の与え方で猿たちを言いくるめた話に由来し、出典は『荘子(そうじ)』斉物論と『列子(れっし)』黄帝の二つにわたります。

2. 白文
白文とは、訓点(返り点や送り仮名)のついていない元の漢文のことです。
宋有狙公者、愛狙。養之成群、能解狙之意、狙亦得公之心。損其家口、充狙之欲。俄而匱焉。将限其食、恐衆狙之不馴於己也、先誑之曰、「与若芧、朝三而暮四、足乎。」衆狙皆起而怒。俄而曰、「与若芧、朝四而暮三、足乎。」衆狙皆伏而喜。
3. 書き下し文
宋(そう)に狙公(そこう)なる者有り、狙(さる)を愛す。之を養ひて群(むれ)を成し、能(よ)く狙の意を解し、狙も亦(また)公の心を得たり。其の家口(かこう)を損(そん)じて、狙の欲を充(み)たす。俄(にはか)にして匱(とぼ)し。将(まさ)に其の食を限(かぎ)らんとし、衆狙(しゆうそ)の己(おのれ)に馴(な)れざらんことを恐るるや、先づ之を誑(たぶら)かして曰(い)はく、「若(なんぢ)に芧(とち)を与(あた)ふるに、朝(あした)に三つにして暮(くれ)に四つにせん、足れるか。」と。衆狙皆起(た)ちて怒る。俄にして曰はく、「若に芧を与ふるに、朝に四つにして暮に三つにせん、足れるか。」と。衆狙皆伏(ふ)して喜ぶ。
4. 現代語訳
宋の国に狙公(猿を飼っている老人)という者がいて、猿を愛していました。猿を養って群れをなすほどになり、猿の気持ちをよく理解し、猿もまた狙公の心(気持ち)を理解していました。狙公は自分の一家の食料を減らしてまで、猿の食欲(食べたいだけの量)を満たしてやりました。
ところがまもなく、食料が乏しく(足りなく)なりました。そこで猿に与える食べ物を制限しようとしましたが、多くの猿たちが自分になつかなくなるであろうことを心配して、まず猿たちをだましてこう言いました。「お前たちに芧(とちの実)を与えるのに、朝に三つ、夕方に四つにしよう。それで足りるか。」すると猿たちは皆立ち上がって怒りました。
そこでまもなく言い直しました。「お前たちに芧を与えるのに、朝に四つ、夕方に三つにしよう。それで足りるか。」すると猿たちは皆ひれ伏して喜びました。
5. 句法・重要語のポイント
① 再読文字「将」 ― まさに~んとす
「将限其食(将に其の食を限らんとし)」の「将」は再読文字。「まさに~んとす」と読み、「今にも~しようとする・~するつもりだ」という意志・近い未来を表します。
② 文末の「乎」 ― 疑問の「~か」
「足乎(足れるか)」の「乎」は、文末に置いて疑問(問いかけ)を表す助字。「それで足りるか」と猿に尋ねています。
③ 「能く」 ― 上手に・よく
「能解狙之意(能く狙の意を解し)」の「能」は「よく」と読み、「上手に・よく」の意味です。
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 狙公(そこう) | 猿を飼っている老人 |
| 家口(かこう) | 一家の食料。「口」は食いぶち |
| 匱(とぼ)し | とぼしい。欠乏する |
| 誑(たぶら)かす | だます。あざむく |
| 若(なんぢ) | お前(たち)。二人称 |
| 芧(とち) | とちの実 |
6. 故事の意味と現代での使い方
朝に三つ・暮れに四つでも、朝に四つ・暮れに三つでも、一日の合計はどちらも七つで同じです。猿たちは朝の数の違いだけにとらわれて、総数が変わらないことに気づきませんでした。ここから「朝三暮四」は次の二つの意味で使われます。
① 目先の違いにとらわれて、結局は同じであることに気づかないこと。
② 言葉巧みに人をだまし、丸め込むこと。
・待遇を少し変えただけで納得させようとは、朝三暮四のやり方だ。
・名前を変えただけで中身は同じプランに飛びつくのは、朝三暮四の猿と変わらない。
形の似た四字熟語「朝令暮改(ちょうれいぼかい)」は「朝に出した命令を夕方には改める=方針や命令が頻繁に変わって定まらないこと」で、意味が異なります。混同しないようにしましょう。
確認クイズ(3問)
Q1. 狙公が初めに「朝に三つ、暮れに四つ」と言ったとき、猿たちはどうしたか。
ア 皆ひれ伏して喜んだ イ 皆立ち上がって怒った ウ 皆群れを離れて逃げた
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正解:イ 解説:本文に「衆狙皆起ちて怒る」とあります。朝の数が三つと少ないことに不満を示したのです。
Q2. 「将限其食」の「将」の説明として正しいものはどれか。
ア 「ひきゐて」と読み「引き連れて」の意味 イ 文末に置いて疑問を表す ウ 再読文字で「まさに~んとす」と読む
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正解:ウ 解説:ここの「将」は再読文字で「将に~んとす」。「今にも(えさを)制限しようとする」という意味を表します。
Q3. 「朝三暮四」と「朝四暮三」とで、とちの実の一日の合計はどうなるか。
ア どちらも七つで変わらない イ 朝四暮三の方が一つ多い ウ 朝三暮四の方が一つ多い
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正解:ア 解説:朝三+暮四=七つ、朝四+暮三=七つで合計は同じ。猿は朝の数の多い少ないだけにとらわれていたのです。
7. 出典『荘子』と『列子』― 物語の背景
「朝三暮四」の話は、中国の古い思想書である『荘子(そうじ)』斉物論(せいぶつろん)篇と、『列子(れっし)』黄帝(こうてい)篇の二つに見えます。どちらも道家(どうか)と呼ばれる思想に連なる書物で、世の中のものごとに優劣や差をつけてこだわることのおろかさを説いています。
『荘子』では、この話は「ものごとの是非(ぜひ)や善悪は見方によって変わるだけで、本来は同じものだ」という主張の例として引かれています。猿たちは「朝三・暮四」と「朝四・暮三」を別ものだと思い込んで怒ったり喜んだりしましたが、実際の合計は変わりません。荘子は、人間も同じように、本質を見ずに目先の言い方や順序の違いにふりまわされていると批判したのです。狙公が言葉一つで猿の気持ちを操ったように、私たちもまた、見せ方を変えられただけで簡単に納得してしまうことがある——そう気づかせてくれる物語です。
なお、教科書や問題集によって、本文が『列子』に基づくものと『荘子』に基づくものとがあり、細かい字句が少し異なる場合があります。意味やオチ(猿がだまされること)は同じですので、自分の使っている本文に合わせて読み下しと訳を覚えれば大丈夫です。
8. もっと深く ― 句法と読み方の補足
① 再読文字をまとめて覚えよう
本文の「将限其食」に出てきた「将」は再読文字(さいどくもじ)です。再読文字とは、一つの漢字を二回読む特別な字のこと。一度目は返り点に従わず上から読み(副詞のように)、二度目は返り点に従って下から読み返します(動詞・助動詞のように)。漢文の試験で必ずといってよいほど問われる重要事項なので、代表的なものをまとめて覚えておきましょう。
- 将・且(まさに~んとす)…今にも~しようとする/~するつもりだ
- 当・応(まさに~べし)…当然~すべきだ/きっと~だろう
- 須(すべからく~べし)…ぜひ~する必要がある
- 宜(よろしく~べし)…~するのがよい
- 未(いまだ~ず)…まだ~していない
- 猶・由(なほ~ごとし)…ちょうど~のようだ
「将限其食」なら、まず「まさに」と読み、次に下まで行ってから返って「限らんとし」と読み返します。これで「今にもえさを制限しようとして」という意味になります。
② 「俄而(にはかにして)」― まもなく・突然
本文に二度出てくる「俄而」は「にはかにして」と読み、「まもなく・たちまち・突然」という意味です。「俄」一字でも「にはか(急に)」と読みます。時間がすぐに経過したことや、状況が急に変わったことを表すときに使われます。物語のテンポを生む言葉なので、出てきたら「すぐに次の場面に移った」と読み取りましょう。
③ 「恐~也」― ~であろうことを心配して
「恐衆狙之不馴於己也(衆狙の己に馴れざらんことを恐るるや)」の「恐」は「おそる=心配する・気づかう」の意味です。ここでは「猿たちが自分になつかなくなってしまうのではないか」と先のことを心配している場面。「於己(己に)」の「於」は動作の対象を示す置き字(読まない字)です。狙公がただ乱暴にえさを減らすのではなく、猿の機嫌を気にする優しい一面が描かれていることに注目しましょう。
④ 「亦(また)」と対句的な表現
「能解狙之意、狙亦得公之心(能く狙の意を解し、狙も亦た公の心を得たり)」では、「狙公が猿の気持ちを理解する」のと「猿が狙公の気持ちを理解する」のが対になって書かれています。「亦」は「~もまた」の意味で、前の内容と同じことが別の主語にも当てはまることを示します。人と猿が互いに心を通わせていた、という前ふりが、のちに「言葉一つでだまされてしまう」結末をより印象的にしています。
9. つまずきやすいポイントと入試での問われ方
- 「将」を再読文字と見抜けるか。「将」には「ひきゐる(率いる・引き連れる)」「はた(あるいは)」など別の読みもあります。ここでは下に動詞「限」があるので再読文字「まさに~んとす」と判断します。読みと意味の両方を問われやすい最重要ポイントです。
- 「朝三暮四」と「朝令暮改」の混同。四字熟語の意味を選ぶ問題では、この二つを取り違える受験生がとても多いです。「朝三暮四=目先の違い・人をだます」、「朝令暮改=命令がころころ変わる」と区別して覚えましょう。
- 故事の教訓を説明させる記述問題。「この話は何をたとえているか」「猿は何を見落としていたか」を自分の言葉で書かせる出題があります。「合計は同じなのに、目先の数(朝の数)の違いだけにとらわれた」という要点を必ず入れましょう。
- 「乎」の働き。文末の「乎」は疑問の「~か」。同じ「乎」でも文脈によっては反語(~だろうか、いや~ない)や詠嘆(~だなあ)になることもあるので、前後の意味から判断する練習をしておくと安心です。
10. ミニ練習問題(解答つき)
次の問いに答えてみましょう。答えはそれぞれの下に用意しています。
問1 次の傍線部を書き下し文に直しなさい。
将限其食
- 解答…将(まさ)に其の食を限(かぎ)らんとし
「将」は再読文字。「まさに~んとす」と読み、「今にもえさを制限しようとして」の意味になります。
問2 「衆狙皆起而怒」「衆狙皆伏而喜」とあるが、猿たちの態度が正反対になったのはなぜか。三十字程度で説明しなさい。
- 解答例…合計は同じなのに、朝にもらえる数が三から四に増えたと思い込んだから。
朝の数の増減だけにとらわれ、一日の合計が七つで変わらないことに気づかなかったのがポイントです。
問3 「朝三暮四」の意味として最も適切なものを次から選びなさい。
ア 命令や方針がたびたび変わって定まらないこと
イ 目先の違いにとらわれ、結局は同じだと気づかないこと
ウ 苦労してたくわえた財産を一度に失うこと
- 解答…イ
アは「朝令暮改」の意味です。混同しないように注意しましょう。
11. よくある質問(Q&A)
Q. 「朝三暮四」は悪い意味の言葉ですか。
A. はい、基本的にはよい意味では使いません。「目先のことにだまされる・人をうまく丸め込む」という、賢くないさま・ずるいやり方を批判する文脈で使われます。ほめ言葉ではないので、使う場面に気をつけましょう。
Q. 「狙公」の「狙」はどういう意味ですか。
A. 「狙」は「さる(猿)」を指す漢字です。「狙公」で「猿を飼っている老人」という意味になります。現代日本語の「狙う(ねらう)」とは意味が異なるので注意してください。
Q. 「とちの実」とはどんなものですか。
A. 本文の「芧(とち)」は、とちの木になる木の実のことです。あく抜きをすれば人も食べられ、昔は大切な食料の一つでした。ここでは猿のえさとして登場しています。
Q. なぜ猿は朝の数にこだわったのですか。
A. 物語の中では理由まで説明されていません。だからこそ「合計は同じなのに、目先の(朝の)数だけで一喜一憂するおろかさ」が際立つのです。猿のふるまいを通して、人間も同じ過ちをしがちだと気づかせるのがこの故事のねらいです。
12. この記事のまとめ
- 「朝三暮四」は『荘子』斉物論・『列子』黄帝に由来する故事成語で、①目先の違いにとらわれ結局は同じだと気づかないこと、②言葉巧みに人をだますことのたとえ。
- 狙公が「朝三・暮四」を「朝四・暮三」と言いかえただけで、合計は同じ七つなのに猿は怒ったり喜んだりした。
- 句法は再読文字「将(まさに~んとす)」と疑問の「乎(~か)」が最重要。再読文字は他の字(当・応・須・宜・未・猶)もまとめて覚える。
- 四字熟語「朝令暮改」との意味の取り違えに注意する。
- 「俄而(にはかにして)」「恐~也」「亦(また)」など、まわりの語句も合わせて押さえると本文がぐっと読みやすくなる。
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