漢文『推敲』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント

漢文『推敲』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント 漢文

1. はじめに ― 「推敲」とは

生徒
生徒先生、「推敲」ってよく聞くけど、もとはどんな話なんですか?
先生
先生詩人の賈島が、一字を「推す」にするか「敲く」にするかで迷い、韓愈に助言を求めた話だよ。出典は『唐詩紀事』。さっそく中身を見ていこう。

「推敲(すいこう)」は、詩や文章の字句を何度も練り直すことを意味する故事成語です。唐の詩人・賈島(かとう)が、自作の詩の一字を「推す」にするか「敲く」にするかで迷い、大文学者の韓愈(かんゆ)に助言を求めた逸話に由来します。出典は『唐詩紀事(とうしきじ)』です。

2. 白文

白文とは、訓点(返り点や送り仮名)のついていない元の漢文のことです。

島初赴挙京師。一日於驢上得句云、「鳥宿池辺樹、僧敲月下門。」

始欲著「推」字、又欲著「敲」字、錬之未定。

於驢上吟哦、引手作推敲之勢、観者訝之。

時韓愈権京兆尹、車騎方出。島不覚、行至第三節、尚為手勢未已。

俄為左右擁至尹前。島具対所得詩句、「推」字与「敲」字未定、神遊象外、不知迴避。

愈立馬良久、謂島曰、「『敲』字佳矣。」遂並轡而帰、共論詩道、留連累日。

3. 書き下し文

島 初め挙に赴きて京師に在り。一日 驢上に於いて句を得て云ふ、「鳥は宿る 池辺の樹、僧は敲く 月下の門。」と。

始め「推」の字を著けんと欲し、又「敲」の字を著けんと欲し、之を錬りて未だ定まらず。

驢上に於いて吟哦し、手を引きて推敲の勢を作す。観る者 之を訝(いぶか)る。

時に韓愈 京兆尹を権(かね)たり、車騎 方(まさ)に出づ。島 覚えず、行きて第三節に至り、尚ほ手勢を為して未だ已(や)まず。

俄(にはか)に左右の為に擁せられて尹の前に至る。島 具(つぶ)さに得る所の詩句、「推」の字と「敲」の字と未だ定まらざるを対(こた)へ、神 象外に遊びて、迴避(くわいひ)するを知らず、と。

愈 馬を立つること良(やや)久しく、島に謂ひて曰く、「『敲』の字佳(よ)し。」と。遂に轡(くつわ)を並べて帰り、共に詩道を論じ、留連すること累日なり。

4. 現代語訳

賈島は、初めて挙(役人になるための試験)を受けに、みやこの長安へやって来ました。ある日、ろばの上で詩句を思いつきました。「鳥は池のほとりの樹に宿り、僧は月の光の下で門をたたく」。

初めは「推」の字を使おうとし、また「敲」の字にしようとも思い、字句を練り直しましたが、まだどちらにするか決まりませんでした。ろばの上で詩を口ずさみながら、手で門を「推す」しぐさと「敲く(たたく)」しぐさを身ぶりで繰り返したので、見る人はその様子を不審に思いました。

そのとき韓愈は京兆尹(長安を治める長官)を兼ねていて、ちょうど行列が出てくるところでした。賈島は気づかないまま行列の第三節まで進んでしまい、なお手ぶりをやめません。たちまちお付きの者たちに取り囲まれ、長官(韓愈)の前に連れて行かれました。賈島は、思いついた詩句の「推」と「敲」がまだ決まらず、心が眼前の現実の外に遊んでいて、行列を避けることに気づかなかったのです、とつぶさに答えました。

韓愈はしばらくの間馬をとめてから、賈島に言いました。「『敲』の字がよい。」そして二人は馬を並べて帰り、何日も一緒に詩について語り合うほど親しい間柄になったのでした。

5. 句法・重要語のポイント

先生
先生ここがテストの山場。「於」「未だ~ず」「神遊象外」の三つは、読みと意味をセットでおさえよう。

① 「於」 ― 「において」と読み、場所を表す

「一日驢上得句」の「於」は「において」と読み、場所を表します(ろばの上で)。読みと意味がセットで問われる頻出ポイントです。

② 「未だ~ず」 ― まだ~ない

「錬之定(之を錬りて未だ定まら)」は、「まだ~ない」という意味。「字句を練り直したが、まだどちらにするか決まらなかった」と訳せるようにしておきましょう。

③ 「神遊象外」 ― 心がうわの空

「神 象外に遊ぶ」とは、心が現実(眼前の物事)の外で遊んでいること賈島が韓愈の行列を避けられなかった理由として、記述問題でよく問われます。

覚えておきたい語句

語句意味
京師みやこ。長安のこと
驢(ろ)ろば
吟哦(ぎんが)詩を口ずさむこと
訝る(いぶかる)不審に思う。あやしむ
俄(にはか)に急に。たちまち
留連(りゅうれん)名残を惜しんで離れずにいること

6. 故事の意味と現代での使い方

「推敲」は、詩や文章の字句を、よりよいものにしようとして何度も練り直すこと。賈島が「僧は門を推す」か「僧は門を敲く」かで迷った故事から、「推す」「敲く」の二字を合わせて「推敲」と言うようになりました。

・提出前に作文を何度も推敲して仕上げた。

・レポートは推敲を重ねるほど読みやすくなる。

なお、助言をした韓愈は唐を代表する文章家で、唐宋八大家の一人にも数えられる人物です。

確認クイズ(3問)

Q1. 賈島が「推」と「敲」のどちらにするか迷っていたのは、どの句の一字か。

ア 鳥宿池辺樹 イ 僧敲月下門 ウ 島初赴挙京師

答えを見る

正解:イ 解説:迷っていたのは「僧敲月下門」の句。門を「推す」とするか「敲く」とするかで、字句を練って未だ定まらなかったのです。

Q2. 韓愈が最終的に「よい」と言ったのはどちらの字か。

ア 推 イ 佳 ウ 敲

答えを見る

正解:ウ 解説:本文に「『敲』の字佳し」とあるとおり、韓愈は「敲」の字をよいと言いました。

Q3. 故事成語「推敲」の現在の意味として正しいものはどれか。

ア 詩や文章の字句を何度も練り直すこと イ 馬を並べて帰ること ウ 行列を避けずに進むこと

答えを見る

正解:ア 解説:「推敲」は、詩や文章の字句をよりよくしようと何度も練り直すこと。賈島の故事そのものが意味の由来です。

7. 物語をくわしく読み解く

この話の主役は、唐の時代の詩人・賈島(かとう)です。賈島は若いころ一度は僧(お坊さん)になりましたが、のちに還俗(げんぞく=僧をやめて俗世間にもどること)し、役人になるための試験を受けるためにみやこ長安へやって来ました。彼は一字一句をとことん練り上げる詩人として知られ、苦吟(くぎん=苦しみながら詩をつくること)の人と呼ばれました。「推敲」の逸話は、まさにそんな賈島の人がらをよく表す話なのです。

問題になった詩句「鳥宿池辺樹、僧敲月下門(鳥は宿る池辺の樹、僧は敲く月下の門)」は、静かな夜の情景をうたったものです。鳥は池のほとりの木でねむり、月の光の下で僧が門をたたく――しんと静まりかえった夜だからこそ、門をたたく小さな音までもがはっきりと聞こえてくる、という味わい深い場面です。賈島はこの「敲く(たたく)」の部分を、「推す(おす=門を手でおしあける)」にしようかと迷ったのでした。

なぜ韓愈は「敲」のほうがよいと言ったのでしょうか。「推す」だと門は最初から閉まっておらず、ただ静かにおしあけるだけの動きになります。一方「敲く」なら、コツコツという音が加わります。深い静けさの中にひびく音があることで、かえって夜のしずけさがいっそう引き立つ――これが「敲」が選ばれた理由だと、昔から説明されてきました。一字を変えるだけで詩の世界ががらりと変わる。だからこそ賈島は身ぶりまでして悩んだのです。

生徒
生徒たった一字で、こんなに印象が変わるんですね。だから何度も練り直したんだ。

8. 場面ごとに原文と訳をたしかめよう

長い漢文は、場面ごとに区切って「原文・書き下し文・現代語訳」をセットで確認すると、頭に入りやすくなります。テストで一部だけ抜き出されても困らないよう、次の三つの山場をおさえておきましょう。

場面① 詩句を思いつく

  • 原文:一日於驢上得句云、「鳥宿池辺樹、僧敲月下門。」
  • 書き下し文:一日 驢上に於いて句を得て云ふ、「鳥は宿る池辺の樹、僧は敲く月下の門。」と。
  • 現代語訳:ある日、ろばの上で詩句を思いついた。「鳥は池のほとりの樹に宿り、僧は月の光の下で門をたたく」と。

場面② 字が決まらず身ぶりをする

  • 原文:於驢上吟哦、引手作推敲之勢、観者訝之。
  • 書き下し文:驢上に於いて吟哦し、手を引きて推敲の勢を作す。観る者 之を訝る。
  • 現代語訳:ろばの上で詩を口ずさみ、手をのばして「推す」「敲く」のしぐさをした。それを見た人々はあやしんだ。

場面③ 韓愈が「敲」を選ぶ

  • 原文:愈立馬良久、謂島曰、「『敲』字佳矣。」
  • 書き下し文:愈 馬を立つること良久しく、島に謂ひて曰く、「『敲』の字佳し。」と。
  • 現代語訳:韓愈はしばらく馬をとめてから、賈島に言った。「『敲』の字がよい。」と。

9. 文法・句法をもう少しくわしく

「欲」 ― 「~んと欲す」で願望を表す

「始め『推』の字を著けんとし(始欲著「推」字)」の「欲」は、「~したいと思う・~しようとする」という願望・意志を表します。書き下しでは「~んと欲す」と読むのが決まりです。「Aにしようと思い、またBにもしようと思い」と、賈島がどちらにも心がゆれていた様子を読み取りましょう。

「為(ため)に~(せ)らる」 ― 受身を表す「為」

「俄に左右のに擁らる(俄為左右擁至尹前)」は、「為(ため)に~(せ)らる」の形で受身を表します。「左右(=お付きの者たち)によって取り囲まれた」という意味です。なお同じ「為」を使う受身でも、動詞の前に「所」を入れた「為A所B(AニB(セ)ラル)」という形もあります。ここの本文には「所」はありませんが、どちらも「為」が受身を作る点は共通です。受身を表す「為」と、場所を表す「於(において)」など、ほかの読み方と混同しないよう注意しましょう。

「遂」 ― 「ついに・そのまま」

に轡を並べて帰り(遂並轡而帰)」の「遂」は、「ついに・とうとう・そのまま」と読み、ものごとの結果や成り行きを示します。出会いがきっかけとなって、二人がそのまま親しくなっていった流れをつかむ目印になります。

10. つまずきやすいポイントと入試での問われ方

先生
先生いちばん多いミスは「推」と「敲」を逆に覚えること。選ばれたのは「敲(たたく)」だよ。ここだけは確実に。
  • 「推す」と「敲く」を逆に覚えない:最終的に選ばれたのは「(たたく)」です。「推す(おす)」ではありません。「『敲』の字佳し」という本文の一文を根拠にして答えられるようにしましょう。
  • 「於」の読みと意味:「於=において」で場所を表す、という読みと意味のセットがよく問われます。傍線部の読みを答える問題に直結します。
  • 「神遊象外」の現代語訳:「心がうわの空になっていた/現実のことを忘れて詩に夢中になっていた」と説明できるかが記述問題のかぎです。これが「行列を避けられなかった理由」になります。
  • 主語の取りちがえ:「謂島曰」(=韓愈が賈島に言った)のように、だれがだれに言ったのかを取りちがえやすい場面があります。動作の主語をていねいに確認しましょう。

入試や定期テストでは、①返り点・送り仮名をつけて書き下す問題、②傍線部の現代語訳、③「なぜ賈島は行列を避けられなかったのか」という理由説明、④故事成語「推敲」の意味を答える問題、の四つがよく出ます。とくに④は、漢字や語句の知識問題として、漢文の読解を離れた場面でも出題されます。

11. ミニ練習問題(解答つき)

問1 次の傍線部を現代語訳しなさい。
「錬之未定。」

問2 「神遊象外、不知迴避。」とあるが、賈島はなぜ行列を避けられなかったのか。本文に即して説明しなさい。

問3 故事成語「推敲」の意味を、十五字程度で書きなさい。

【解答例】

  1. (字句を)練り直したが、まだ(どちらにするか)決まらなかった。
  2. 「推」か「敲」かと詩の字句を練ることに心をうばわれ、うわの空になっていたから。(眼前の行列に気づかなかったため。)
  3. 詩や文章の字句を何度も練り直すこと。
先生
先生この三問が解ければ、推敲はばっちり。あとは本文の一文を根拠に答える練習を重ねれば自信がつくよ。

12. よくある質問(Q&A)

Q. 「推敲」の読み方は?
A. 「すいこう」と読みます。「推」も「敲」もふだんあまり使わない漢字なので、読みと書きの両方を確認しておきましょう。

Q. 賈島と韓愈は、もともと知り合いだったのですか?
A. いいえ。この出会いがきっかけで親しくなりました。本文の最後に「遂に轡を並べて帰り、共に詩道を論じ、留連すること累日なり」とあり、二人が馬を並べて帰り、何日も詩について語り合うほどの仲になったことが書かれています。

Q. なぜ「推す」ではなく「敲く」がよいとされたのですか?
A. 「敲く」には音がともないます。しずかな夜だからこそ、その小さな音が静けさをいっそう引き立てる、と考えられたからです。一字のちがいが詩全体の味わいを左右する好例として語りつがれています。

Q. この話の出典は何ですか?
A. 『唐詩紀事(とうしきじ)』です。唐の詩人たちにまつわるさまざまなエピソードを集めた書物で、「推敲」の逸話もそこに収められています。

まとめ

・「推敲」とは、詩や文章の字句を何度も練り直すこと

・賈島が「僧敲月下門」の「推」か「敲」かで迷い、韓愈が「『敲』の字佳し」と助言した故事に由来する。

「於(において)」「未だ~ず」「神遊象外」がテスト頻出ポイント

・出典は『唐詩紀事』。韓愈は唐宋八大家の一人。

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この記事を書いた人

中本 裕太(現役の古典講師)

国語科の教員免許を持つ現役の古典講師。個別指導塾フィット塾長。「誰でも古典塾」で古文・漢文の解説と約8,000問のドリルを無料公開しています。くわしいプロフィール

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