灌頂巻「大原御幸」は、壇ノ浦後に大原の寂光院で隠棲する建礼門院を、後白河法皇が訪ねる場面です。定期テストでは、寂光院の荒廃を雅に描く対句表現、最高敬語(御覧ず・思し召す・御幸)と敬意の方向、花摘みから戻る女院の心情がくり返し問われます。
本文(傍線①〜⑮)
【冒頭(御幸の決意)】
かかりしほどに、文治二年の春のころ、法皇、建礼門院大原の閑居の御住まひ、①御覧ぜまほしう思し召されけれども、如月・弥生のほどは、風はげしく、②余寒もいまだつきず。……北祭も過ぎしかば、法皇③夜をこめて大原の奥へ④ぞ御幸なる。
【寂光院・庵室の描写】
庭の夏草しげりあひ、青柳の糸みだれつつ、池の浮草波にただよひて、⑤錦をさらすかとあやまたる。……⑥甍やぶれては霧不断の香をたき、⑦枢おちては月常住の灯をかかぐ。
【老尼(阿波内侍)との対面】
法皇「人やある、人やある」と召されけれども、⑧御いらへ申す者もなし。ややあつて、老い衰へたる尼一人まゐりたり。法皇「これに女院は⑨いづくへ御幸なりぬるぞ」と仰せければ、「この上の山へ、⑩花つみにいらせ給ひてさぶらふ」とぞ申しける。
【女院、山を下る】
上の山より、⑪こき墨染めの衣着たる尼二人、岩のかけぢをつたひつつ、⑫おりわづらひ給ひけり。……「⑬花がたみ肘にかけ、岩つつじとりぐしてもたせ給ひたるは、女院にて⑭わたらせ給ひさぶらふなり」とぞ申しける。女院、「かかる御ありさまを⑮見えまゐらせむずらん恥づかしさよ」とて。
語注 かかりしほどに=こうしているうちに。 文治二年=一一八六年。壇ノ浦の戦い(一一八五年)の翌年。 法皇=出家した上皇。ここは後白河法皇。 建礼門院=平清盛の娘徳子。高倉天皇の中宮で、安徳天皇の母。 閑居=世間を離れて静かに暮らすこと。また、その住まい。 御覧ず=「見る」の尊敬語。ご覧になる。 思し召す=「思ふ」の尊敬語。お思いになる。 まほし=〜たい(願望)。 如月・弥生=旧暦二月・三月。 余寒=春になっても残っている寒さ。 北祭=賀茂神社の祭(賀茂祭・葵祭)。旧暦四月に行われた。 夜をこむ=まだ夜が明けきらないうちに事を行う。 御幸=上皇・法皇・女院などのお出かけ。天皇の場合は「行幸」という。 あやまたる=(〜かと)見まちがえられる。 甍=屋根の瓦。 不断=絶え間ないこと。 枢=戸を開け閉めする軸。転じて、扉・戸。 常住=いつも変わらずあること。 かかぐ=(灯を)ともす。かかげる。 いらへ=返事。 ややあつて=しばらくして。 これに=ここに。この場所に。 墨染めの衣=墨で染めた黒っぽい衣。僧や尼が着る、出家した人の衣。 かけぢ=がけづたいの険しい道。 わづらふ=(動詞の下について)〜しかねる。〜するのに難儀する。 花がたみ=花を入れるかご。花籠。 とりぐす=取り添える。いっしょに持つ。 わたる=「行く・来る・あり」の尊敬語。いらっしゃる。 さぶらふ=「あり・をり」の丁寧語。〜ございます・〜ております。 見ゆ=人に見られる。お目にかける。 まゐらす=謙譲の補助動詞。〜し申し上げる。 むずらん=〜だろう。ここは下の「恥づかしさ」にかかる。 見えまゐらせむずらん=(法皇に)お見せ申し上げることになるのだろう。 ※寂光院=京都・大原にある尼寺。建礼門院が隠棲した所。 ※阿波内侍=少納言入道信西の娘。ここに現れる老尼で、女院に仕えていた。 ※⑥・⑦の二句=もとの『平家物語』では、この二句は漢詩文から引いた句としてかぎかっこでくくられ、「かやうの所をや申すべき(=こういう所のことを言うのだろうか)」と受けている。もとの記事の本文はその受けの部分を省いている。 ※本文中の「……」は、もとの文章の一部を省いたところ。
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設問
A 語句の意味と読み
- ③「夜をこめて」の意味を書け。
- ④「ぞ御幸なる」の「御幸」の読みと意味を書け。
- ⑤「錦をさらすかとあやまたる」の「あやまたる」の意味を書け。
- ⑪「こき墨染めの衣」の「墨染めの衣」とはどのような衣か、書け。
- ⑫「おりわづらひ給ひけり」の「わづらふ」の意味を書け。
- ⑬「花がたみ肘にかけ」の「花がたみ」の読みと意味を書け。
B 文法
- ①「御覧ぜまほしう思し召され」の「まほし」の文法的意味を書け。また「まほしう」がどのような形かも書け。
- ②「余寒もいまだつきず」の「いまだ〜ず」は、どのような意味を表す言い方か書け。
- ④「ぞ御幸なる」の「ぞ」の働きを答え、結びの語とその活用形も書け。
- ⑨「いづくへ御幸なりぬるぞ」の「ぬる」は何の助動詞の何形か。またそうなる理由も書け。
- ⑫「おりわづらひ給ひけり」の「けり」の文法的意味と活用形を書け。
- ⑮「見えまゐらせむずらん」の「むずらん(むずらむ)」を文法的に説明せよ。
C 主語・指す内容・敬意の方向
- ①「御覧ぜまほしう思し召され」の「御覧ず」「思し召す」は、それぞれどの動詞の敬語か。また、誰から誰への敬意か。
- ⑧「御いらへ申す者もなし」の「申す」の敬語の種類と、誰への敬意かを書け。
- ⑨「いづくへ御幸なりぬるぞ」の「御幸」は誰の動作か。また、この言葉を言ったのは誰か。そう判断できる敬語の手がかりもあわせて書け。
- ⑩「花つみにいらせ給ひてさぶらふ」の「さぶらふ」の敬語の種類と、誰から誰への敬意かを書け。
- ⑭「わたらせ給ひさぶらふなり」の「わたらせ給ひ」は誰への敬意か。また、このような敬語の形を何というか。
D 口語訳
- ①をふくむ「建礼門院大原の閑居の御住まひ、御覧ぜまほしう思し召されけれども」を口語訳せよ。
- ⑥・⑦「甍やぶれては霧不断の香をたき、枢おちては月常住の灯をかかぐ」を口語訳せよ。
- ⑨をふくむ「これに女院はいづくへ御幸なりぬるぞ」を口語訳せよ。
- ⑭をふくむ「女院にてわたらせ給ひさぶらふなり」を口語訳せよ。
E 内容・記述
- ②「余寒もいまだつきず」とあるが、法皇の大原への御幸が春先ではなく夏になってからになったのはなぜか。本文に即して書け。
- ⑥・⑦の二つの句に用いられている表現技法を答え、荒れはてた庵室をどのように描いているか説明せよ。
- ⑬「花がたみ肘にかけ」・⑭「わたらせ給ひさぶらふなり」とあるが、ここに描かれた女院の姿は、女院のどのような境遇を表しているか書け。
- ⑮「見えまゐらせむずらん」に続けて、女院は「恥づかしさよ」と言っている。ここに表れている女院の心情を書け。
F 文学史(本文全体をふまえて答える)
- この文章の出典『平家物語』はどのような種類の作品か。また、この場面が収められている巻の名を書け。
- ④「ぞ御幸なる」の御幸をしたのは後白河法皇である。では、法皇が訪ねた「女院」とは誰か。その人物について簡単に書け。
- ⑥・⑦に描かれた荒れはてた庵室にも通じる、『平家物語』全体をつらぬく仏教的なものの見方を表す四字の言葉を二つあげ、その意味を書け。
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解答と解説
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A 語句の意味と読み
問1 まだ夜が明けきらないうちに。夜の深いうちに。
└ 「こむ」は「(夜が)まだ深いうちに事を行う」意。人目を忍んでのお出ましなので、夜明け前に出発している
問2 読み=ごかう(現代仮名遣いでは「ごこう」)/意味=上皇・法皇・女院などのお出かけ。天皇の場合は「行幸(ぎやうがう/ぎょうこう)」といって読み分ける。
└ ★「御幸」と「行幸」の読み分けは頻出。ここは法皇なので「御幸」
問3 (〜かと)見まちがえられる。見まちがえるほどである。
└ 動詞「あやまつ(=まちがえる)」+自発の助動詞「る」。「〜かとあやまたる」で「〜かと見まちがえるほどだ」
問4 墨で染めた黒っぽい衣。僧や尼が着る、出家した人の衣。
└ 「こき(濃き)」はその色が濃いこと。女院たちがすでに出家した身であることを示している
問5 〜しかねる。〜するのに難儀する。ここは「下りかねる・下りるのに難儀する」の意。
└ 動詞の連用形+「わづらふ」で「〜しにくい・〜しかねる」。険しい岩道なので下りるのに苦労している
問6 読み=はながたみ/意味=花を入れるかご。花籠。
└ 「かたみ」は竹などで編んだかご。摘んだ花を入れて持ち帰るためのもの
B 文法
問7 願望(希望)の助動詞で「〜たい」の意。「まほしう」は連用形「まほしく」がウ音便になった形。
└ 下の「思し召さ(れ)」に続くので連用形。「ご覧になりたいとお思いになる」となる
問8 「まだ〜ない」。副詞「いまだ」が下の打消の助動詞「ず」と呼応している。ここは「(寒さの名残が)まだ消えきらない」の意。
└ 漢文の再読文字「未(いまだ〜ず)」と同じ言い方
問9 強意(強調)の係助詞。結びの語=「なる」で、活用形は連体形。
└ ぞ・なむ・や・か→連体形、こそ→已然形。四段活用の動詞は終止形と連体形が同じ形なので、「ぞ」があることを手がかりに連体形と答える
問10 完了の助動詞「ぬ」の連体形。疑問を表す文末の「ぞ」は連体形に接続するので、「ぬ」が連体形「ぬる」になっている。(この「ぞ」は疑問語「いづく」とともに疑問を表す。文末の「ぞ」を終助詞と説明する教科書もあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。終助詞と見る教科書では、疑問語「いづく」を受けて連体形で結んでいる、と説明する。)
└ 「いづく」=どこ。「どこへお出かけになったのか」と尋ねている。「ぞ」が文の途中にあって文末を連体形で結ぶ、ふつうの係り結びとは形がちがう
問11 過去の助動詞「けり」の終止形。「〜た」と訳す。
└ 地の文の「けり」は過去。和歌の中の「けり」は詠嘆になることが多い、と区別しておく
問12 推量・意志の助動詞「むず」(「むとす」の縮まった形)の終止形に、現在推量の助動詞「らむ」がついた形。あわせて「〜だろう」と推量を表す。ここは下の「恥づかしさ」にかかる連体形で、「〜することになるような(〜するのであろう)」と婉曲・推量を表す。中世の物語や軍記でよく使われる言い方。
└ 「んずらん」とも書く。「(法皇に)お見せ申し上げることになるのだろう〈恥づかしさよ〉」と、下の名詞にかけて読む
C 主語・指す内容・敬意の方向
問13 「御覧ず」=「見る」の尊敬語、「思し召す」=「思ふ」の尊敬語(「思す」よりさらに敬意が高い言い方で、天皇・上皇級の人に用いる)。どちらも動作主である後白河法皇に対する、作者(語り手)からの敬意。(教科書によっては「思し召す」を「最高敬語」と呼ぶこともあるが、⑭の「せ給ふ」のような二重敬語とは別のものなので、お使いの教科書の用語に合わせること。)
└ 地の文の敬語は作者からの敬意。敬語がついている動作の主が法皇だとわかる
問14 謙譲語(「言ふ」の謙譲語)。返事を申し上げる相手である後白河法皇への敬意(作者から法皇へ)。
└ 呼びかけたのは法皇。「申す」は動作の受け手(言われる相手)を高める
問15 「御幸」は女院(建礼門院)の動作。この言葉を言ったのは後白河法皇。手がかりは受けの「と仰せければ」で、「仰す」は「言ふ」の尊敬語だから、この場面で最も高い人物である法皇の動作だとわかる。
└ ★同じ「御幸」でも④は法皇のお出まし、⑨は女院のお出かけ。取りちがえやすい
問16 丁寧語(「あり・をり」の丁寧語で、ここは補助動詞的に「〜ております」)。話し手である老尼(阿波内侍)から、聞き手である後白河法皇への敬意。
└ 会話文の敬語は話し手からの敬意。丁寧語は聞き手への敬意。なお同じ傍線の「いらせ給ひ」は尊敬語で、女院への敬意
問17 女院(建礼門院)への敬意(話し手である老尼から女院へ)。尊敬の助動詞「す」の連用形「せ」に、尊敬の補助動詞「給ふ」を重ねた二重敬語(最高敬語)で、とくに高貴な人物に用いる。
└ 「わたる」は「行く・来る・あり」の尊敬語で「いらっしゃる」。「〜せ給ふ」の形を見たら二重敬語を疑う
D 口語訳
問18 建礼門院が大原で静かに暮らしておられるお住まいを、ご覧になりたいとお思いになったけれども。
└ 「閑居」=世を離れて静かに暮らすこと・その住まい。「まほし」=〜たい
問19 屋根の瓦が破れているので、(入りこむ)霧が絶え間なくたく香の代わりとなって香をたき、扉が落ちているので、(差しこむ)月の光が常にともる灯明となって灯をかかげている。(「霧が絶え間なくたく香のようであり、月の光がいつもともる灯明のようである」と、見立ての形にまとめて訳す本もある。)
└ 「不断」=絶え間ない、「常住」=いつも変わらずある。荒れた庵を仏堂に見立てた対句。霧・月が主語、「たき」「かかぐ」が述語なので、この二語を訳し落とさない
問20 ここにおられた女院は、どこへお出かけになったのか。
└ 「これ」はここでは場所をさして「ここ」。法皇が老尼に尋ねた言葉
問21 (あの方が)女院でいらっしゃいます。
└ 「わたる」=いらっしゃる。「さぶらふ」=〜ございます・〜ます(丁寧)
E 内容・記述
問22 如月・弥生(旧暦二月・三月)のころは風が激しく、寒さの名残もまだ消えきらなかったから。そのため、春が過ぎて北祭(賀茂祭)も終わったころに出発した。
└ 「けれども」の後ろ(風はげしく、余寒もいまだつきず)が行けなかった理由。実際に出発したのは、さらに後の「北祭も過ぎしかば」のところ
問23 対句。破れた屋根から入りこむ霧を絶えずたく香に、落ちた扉から差しこむ月の光を常にともる灯明に見立て、荒れはてた庵室を、かえって仏道にふさわしいけだかい場として美しく描いている。(漢詩文の調子を取り入れた、和漢混淆文らしい一節。)
└ ★「荒れている」だけで終わらせない。「荒れているのに(=荒れているからこそ)香と灯明のある仏の道場のようだ」まで書く
問24 かつて宮中で栄華をきわめた高貴な女院が、いまは山に分け入って自ら花を摘んで暮らしているという落差を表している。平家一門の栄華と滅亡、盛者必衰のあわれが、この一人の姿に集まっている。
└ 花籠を自分の肘にかけて運んでいる点に注目。本来なら人にさせる仕事を自分でしている
問25 尼となって落ちぶれた今のありさまを、かつての宮中を知る法皇にお見せすることになるのだ、という深い恥じらいと嘆き。
└ 相手は最高位の法皇。昔の自分を知る人に今の姿を見られることのつらさ
F 文学史(本文全体をふまえて答える)
問26 平家一門の栄華と滅亡を描いた軍記物語。鎌倉時代に成立し、琵琶法師の語り(平曲)によって広く伝えられた。この場面は、最終巻の「灌頂巻(かんじょうのまき)」に収められている。
└ 灌頂巻は「女院出家」「大原入」「大原御幸」「六道之沙汰」「女院死去」からなる、生き残った建礼門院の後日談
問27 建礼門院徳子。平清盛の娘で、高倉天皇の中宮、安徳天皇の母。壇ノ浦の戦いで一門と安徳天皇を失ったのち出家し、大原の寂光院でひっそりと暮らしていた。
└ ★「女院」=建礼門院、「法皇」=後白河法皇。法皇は女院の夫であった高倉天皇の父にあたる
問28 「諸行無常」と「盛者必衰」。この世のすべてのものは移り変わってとどまらない(諸行無常)、勢いの盛んな者も必ず衰える(盛者必衰)という無常観。冒頭の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」に示され、「大原御幸」もこの見方の上に描かれている。
└ 栄華をきわめた女院の今の姿が、そのまま盛者必衰の実例になっている
【テスト直前チェック】この三つ
❶「御幸」は④が法皇、⑨が女院。同じ語でも誰のお出ましかが変わる。読みは「ごかう(ごこう)」、天皇なら「行幸」と読み分ける。
❷敬語は「誰から誰へ」をセットで。地の文の①「御覧ず・思し召す」は作者から法皇へ、会話文の⑩「さぶらふ」は老尼から法皇へ、⑭「わたらせ給ふ」は老尼から女院へ。
❸⑥⑦は対句。荒れはてた庵を、香と灯明のともる仏の道場に見立てている。「荒れている」だけで終わると減点されやすい。
現代語訳(全文)
こうしているうちに、文治二年の春のころ、後白河法皇は、建礼門院が大原で静かに暮らしておられるお住まいを、ご覧になりたいとお思いになったけれども、二月・三月のころは風が激しく、寒さの名残もまだ消えきらない。(中略)北祭(賀茂祭)も過ぎたので、法皇は、まだ夜が明けきらないうちに、大原の奥へとお出ましになる。
庭には夏草が一面に生い茂り、青柳の枝が糸のように乱れ、池の浮き草が波にただよって、錦をさらしているのかと見まちがえるほどである。(中略)屋根の瓦が破れているので、(入りこむ)霧が絶え間なくたく香の代わりとなって香をたき、扉が落ちているので、(差しこむ)月の光が常にともる灯明となって灯をかかげている。
法皇が「誰かいるか、誰かいるか」とお呼びになったけれども、お返事を申し上げる者もいない。しばらくして、年老いて衰えた尼が一人参上した。法皇が「ここにおられた女院は、どこへお出かけになったのか」とおっしゃったので、(尼は)「この上の山へ、花を摘みにおいでになっております」と申し上げた。
上の山から、濃い墨染めの衣を着た尼が二人、岩づたいの険しい道を伝いながら、下りかねて難儀しておられた。(中略)(老尼は)「花籠を肘にかけ、岩つつじを取り添えてお持ちになっているのが、女院でいらっしゃいます」と申し上げた。女院は、「このようなありさまを(法皇に)お見せ申し上げることになるのだろう、その恥ずかしさよ」と言って。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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