孟子 性善説・四端 テスト対策問題26問|解答つきPDF

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『孟子』は、孔子の教えを受け継いだ戦国時代の思想家・孟子(孟軻)の言行を弟子がまとめた書です。孟子は、人は生まれつき善い心を備えているとする「性善説」を唱えました。その根拠が「四端」で、誰の心にも惻隠(あわれみ)・羞悪(はじ・にくみ)・辞讓(ゆずり)・是非(よしあし)の四つの芽生えが具わり、それぞれが仁・義・礼・智という四つの徳の出発点になると説きます。ここでは「人、皆 人に忍びざるの心有り」と、子どもが井戸に落ちそうな場面のたとえを中心に学びます。次の文章を読み、後の問いに答えよ。

白文(原文)

【白文】

孟子曰、人皆有人之心。……所‐以人皆有人之心者、今人乍見孺子将於井、皆有怵惕惻隠之心。非所‐以内‐交於孺子之父母也、非所‐以誉於郷党朋友也、非其声而然也。由是観之、無惻隠之心、非人也。無羞悪之心、非人也。無辞讓之心、非人也。無是非之心、非人也。惻隠之心、仁之端也。羞悪之心、義之端也。辞讓之心、礼之端也。是非之心、智之端也。人之有是四端也、猶其有四体也。……凡有四端於我者、知皆擴而充一レ之矣、若火之始然、泉之始達。苟能充之、足二三以保一二四海。苟不之、不二三以事一二父母

書き下し文(傍線①〜⑮)

孟子曰(いは)く、人皆人に忍びざるの心有り。……
人皆人に忍びざるの心有りと謂(い)ふ所以の者は、今人乍(たちま)ち孺子(じゆし)の将(まさ)に井(せい)に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隠(じゆつてきそくいん)の心有り。孺子の父母に内交する所以(ゆゑん)に非(あら)ざるなり誉(ほまれ)を郷党朋友(きやうたうほういう)に要(もと)むる所以に非ざるなり、其の声を悪(にく)みて然(しか)るに非ざるなり
是(ここ)に由(よ)りて之を観れば惻隠の心無きは、人に非ざるなり。羞悪(しうを)の心無きは、人に非ざるなり。辞讓(じじやう)の心無きは、人に非ざるなり。是非の心無きは、人に非ざるなり。
惻隠の心は、仁の端(たん)なり。羞悪の心は、義の端なり。辞讓の心は、礼の端なり。是非の心は、智の端なり。人の是(こ)の四端有るや、猶(な)ほ其の四体(したい)有るがごときなり。……
凡(およ)そ四端の我に有る者、皆擴(ひろ)めて之を充(み)たすを知れば、火の始めて然(も)え、泉の始めて達するがごとし苟(いやし)くも能(よ)く之を充たさば、以て四海を保つに足る。苟くも之を充たさざれば、以て父母に事(つか)ふるに足らず

語注 忍びざるの心=他人の不幸を見過ごせない、いたわりの心。 乍ち=とっさに・ふと。 孺子=幼い子ども。 井=井戸。 怵惕=はっとしておそれ、はらはらすること。 惻隠=あわれみ、いたみ悲しむ心。 内交=親しい交わりを結ぶこと。 要む=求める。 郷党=郷里の人々。 朋友=友人。 端=芽生え・いとぐち・始まり。 四体=両手両足。からだ。 擴めて充たす=おし広げて十分に発揮する。 四海=天下・世界中。 苟くも=もし(仮定)。

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設問

A 語句と読み

  1. ③の「孺子」の読みと意味を書け。
  2. ②「乍(たちま)ち」の読みと意味を書け。
  3. ④の「怵惕」の読みと意味を書け。
  4. ④の「惻隠」の意味を書け。
  5. ⑩の「端」のここでの意味を書け。
  6. ⑪の「四体」の意味を書け。

B 句法

  1. ③の「将に〜んとす」は何と呼ばれる文字か。読み方と意味も書け。
  2. ⑪の「猶ほ〜がごとし」は何と呼ばれる文字か。意味も書け。
  3. ⑤・⑦の「〜に非ざるなり」は、どのような意味を表すか。
  4. ⑭「苟(いやし)くも能(よ)く之を充たさば」の「苟くも〜ば」は、どのような意味を表すか。
  5. ⑫を含む「皆擴めて之を充たすを知れば」の「ば」は何形に接続し、何を表すか。

C 何を指すか

  1. ①「人に忍びざるの心」とは、どのような心か。十五字以内で書け。
  2. ⑤・⑥・⑦で、孟子は何を否定しているのか。三つまとめて書け。
  3. ⑫の「之」は何を指すか。
  4. ⑬は、四端をどうすることのたとえか。本文の語を用いて書け。

D 口語訳

  1. ②・③を含む「今人乍ち孺子の将に井に入らんとするを見れば」
  2. ⑨「惻隠の心無きは、人に非ざるなり」
  3. ⑪を含む「人の是の四端有るや、猶ほ其の四体有るがごときなり」
  4. ⑭を含む「苟くも能く之を充たさば、以て四海を保つに足る」

E 内容・記述

  1. 四端と、それが出発点となる四徳の対応を、それぞれ漢字一字で書け。
  2. ⑧より前で、孟子が「孺子の井に入らんとする」たとえを持ち出したのは、何を証明するためか。
  3. ⑪のたとえによって、孟子は四端が人にとってどのようなものだと言いたいのか。
  4. ⑮「以て父母に事(つか)ふるに足らず」とあるが、四端を充たさなければどうなると言っているのか。

F 思想・文学史

  1. この文章で説かれている、人の本性は善であるとする考え方を漢字三字で書け。また、孟子が受け継ぎ発展させた儒家の祖とされる思想家名も書け。
  2. 孟子が活躍したのは何時代か。
  3. 孟子の性善説に対し、「人の本性は悪であり、努力によって善に向かう」と説いた同じ戦国時代の儒家の思想家名を書け。

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解答と解説

▼ 解答・解説を見る

A 語句と読み

問1 じゆし(じゅし)/幼い子ども

問2 たちまち/とっさに・ふと

問3 じゆつてき(じゅってき)/はっとしておそれ、はらはらすること

問4 あわれみ、いたみ悲しむ心
└ ★四端の一つ目

問5 芽生え・いとぐち・始まり
└ ×「はし・きわ」ではない

問6 両手両足。からだ。

B 句法

問7 再読文字「将」/「まさニ〜ントす」=今にも〜しようとする

問8 再読文字「猶」/「なホ〜ノごとシ」=ちょうど〜と同じようだ
└ ★③の「将」と混ぜて出る

問9 〜ではないのである(打消・否定)

問10 もし〜ならば(仮定条件)

問11 已然形(「知れ」)に接続し、順接の確定条件(〜すると・〜ので)を表す。

C 何を指すか

問12 他人の不幸を見過ごせない心。(十四字)

問13 子を助けようとするのは、①その子の父母と親しくなるためでも、②郷里の人や友人にほめられるためでも、③泣き声を不快に思ったためでもない、ということ。

問14 四端(惻隠・羞悪・辞讓・是非の心)

問15 四端を擴めて充たすこと(おし広げて十分に発揮すること)

D 口語訳

問16 いま、ふと幼い子どもが今にも井戸に落ちようとしているのを見ると、

問17 あわれみの心がない者は、人ではないのである。

問18 人にこの四つの芽生えがあるのは、ちょうど人に両手両足があるのと同じことである。

問19 もしよくこれを十分に発揮できるなら、天下を安らかに保つことができる。

E 内容・記述

問20 惻隠=仁/羞悪=義/辞讓=礼/是非=智
└ ★毎年ここから出る

問21 人には生まれつき善い心(人に忍びざるの心)が具わっている、ということを証明するため。

問22 手足と同じように、人であれば誰にでも生まれつき具わっているもの、ということ。

問23 父母に仕えることさえもできない、と言っている。

F 思想・文学史

問24 性善説/孔子

問25 戦国時代

問26 荀子(じゆんし)

【テスト直前チェック】この三つ
四端と四徳の対応=惻隠→/羞悪→/辞讓→/是非→。ここは即答できるように。
再読文字が二つ=「将に〜んとす」(今にも〜しようとする)と「猶ほ〜がごとし」(ちょうど〜のようだ)。
「端」=芽生え。四端は完成した徳ではなく、育てるべき「芽」だという点が記述で問われます。

現代語訳(全文)

孟子が言うには、人には誰にでも、他人の不幸を見過ごせない心がある。……

人には誰にでも他人の不幸を見過ごせない心がある、と言えるわけは、いま、ふと幼い子どもが今にも井戸に落ちようとしているのを見れば、誰でもはっとしておそれ、あわれみいたむ心が起こるからである。(それは)その子の父母と親しくなろうとするからではない。郷里の人々や友人からほめられようとするからでもない。その泣き声を不快に思ってそうするのでもない。

このことから考えてみると、あわれみの心がない者は、人ではない。はじにくむ心がない者は、人ではない。ゆずる心がない者は、人ではない。よしあしを見分ける心がない者は、人ではない。

あわれみの心は、仁の芽生えである。はじにくむ心は、義の芽生えである。ゆずる心は、礼の芽生えである。よしあしを見分ける心は、智の芽生えである。人にこの四つの芽生えがあるのは、ちょうど人に両手両足があるのと同じことである。……

およそ四端が自分にそなわっている者が、それをみなおし広げて十分に発揮することを知れば、ちょうど火が燃えはじめ、泉がわきはじめるように(さかんになる)。もしよくこれを十分に発揮できるなら、天下を安らかに保つことができる。もしこれを十分に発揮しなければ、父母に仕えることさえもできない。

※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。

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