壇ノ浦の合戦で、二位の尼が幼い安徳天皇を抱いて入水する『平家物語』屈指の名場面です。敬語(誰から誰への敬意か)・現代語訳・「先世の十善戒行」など仏教的背景が定期テストで頻出します。
本文
【一】
二位殿はこの有様を御覧じて、日ごろ思しめしまうけたる事なれば、鈍色の二衣うちかづき、練袴の傍高くはさみ、神璽を脇にはさみ、宝剣を腰にさし、主上を抱き奉つて、「わが身は女なりとも、敵の手にはかかるまじ。君の御供に参るなり。御心ざし思ひ参らせ給はむ人々は、急ぎ続き給へ」とて、船端へ歩み出でられけり。【二】
主上今年は八歳にならせ給へども、御としのほどよりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりも照り輝くばかりなり。(中略)二位殿やがて抱き奉り、「浪の下にも都のさぶらふぞ」と慰め奉つて、千尋の底へぞ入り給ふ。【三】
あきれたる御さまにて、「尼ぜ、われをばいづちへ具してゆかむとするぞ」とおほせければ、(二位殿は)いとけなき君に向かひ奉り、涙をおさへて申されけるは、「君はいまだ知ろしめされさぶらはずや。先世の十善戒行の御力によつて、今万乗の主とは生まれさせ給へども、悪縁にひかれて、御運すでに尽きさせ給ひぬ。(中略)西方浄土の来迎にあづからむとおぼしめし、西に向かはせ給ひて、御念仏さぶらふべし」と、泣く泣く申させ給ひければ、……
問題
- 傍線部「二位殿」とは誰のことか。人物名(呼称)を答えよ。また、この場面で二位殿が抱いて入水した「主上」は誰か答えよ。
- 傍線部「われをばいづちへ具してゆかむとするぞ」を現代語訳せよ。「いづち」「具す」の意味に注意すること。
- 傍線部「浪の下にも都のさぶらふぞ」を現代語訳せよ。また「さぶらふ」の敬語の種類と、誰から誰への敬意かを答えよ。
- 傍線部「抱き奉つて」の「奉つて(奉る)」の敬語の種類を答え、誰から誰への敬意かを説明せよ。
- 傍線部「ならせ給へ」には敬語が二つ重ねて用いられている。文法的に説明し、この敬語の種類(何と呼ぶか)と、誰から誰への敬意かを答えよ。
- 傍線部「先世の十善戒行の御力」とは、どのような意味・仏教思想を踏まえた表現か説明せよ。
- 二位殿は安徳天皇に、東と西のそれぞれに向かって何をするよう説いているか。本文に即して説明せよ。
- この「先帝身投げ」の場面は『平家物語』全体の主題とどう関わるか。作品を貫く思想に触れて説明せよ。
解答・解説
問1の解答
二位殿=平時子(二位の尼)。清盛の妻で安徳天皇の祖母。主上=安徳天皇。二位殿は天皇の外祖母にあたり、平家一門の悲劇的最期を象徴する場面である。
問2の解答
「私をどこへ連れて行こうとするのか」。「いづち」=どこ(方向・場所を問う代名詞)、「具す」=連れて行く・伴う。事情を知らない幼帝の無邪気な問いで、場面の哀切さを際立たせる。
問3の解答
訳「波の下にも都はございますよ」。「さぶらふ」は丁寧語(=ございます・あります)で、二位殿から(聞き手である)安徳天皇への敬意。海に沈むことを「都へ行く」と言いかえて幼帝を慰める、名高い一句である。
問4の解答
「奉る」は謙譲の補助動詞。作者から(抱かれる対象である)安徳天皇への敬意を表す。「奉つて」は「奉りて」の促音便。動作の受け手(天皇)を高めている点がポイント。
問5の解答
尊敬の助動詞「す(せ)」+尊敬の補助動詞「給ふ」で、二重敬語(最高敬語)。天皇など最高位の人物に用いる。作者から安徳天皇への敬意を表す。
問6の解答
前世で十善(十戒)の善行を積んだ功徳の力、の意。前世の善行の報いで現世の身分が決まるという仏教の因果応報(宿世)の思想に基づき、「その功徳ゆえに天皇として生まれた」と説く。無常観とともに『平家物語』の主題を示す。
問7の解答
東に向かって伊勢大神宮に別れ(御暇)を申し上げ、次に西に向かって西方極楽浄土の阿弥陀仏の来迎にあずかろうと念じ、念仏を唱えるように、と説いている。神へのいとまごいと極楽往生への願いを順に示している。
問8の解答
栄華を極めた平家一門が滅び、幼い天皇までもが海に沈む悲劇を描くことで、この世のすべては移り変わり、盛んな者も必ず衰えるという「諸行無常・盛者必衰」の主題を象徴的に表している。冒頭「祇園精舎」の理念が具体化された場面といえる。
👉 本文の現代語訳・語句・文法のくわしい解説は 解説記事 で確認できます。
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