「五十歩百歩」という言葉は、ふだんの会話でも「どっちもどっち」「大した違いはない」という意味で使われます。このもとになったのが、孟子が梁の恵王に説いた有名なたとえ話です。戦場で五十歩逃げた兵が百歩逃げた兵を「臆病者」と笑う――けれども、逃げたことに変わりはない。孟子はこのたとえで、恵王の政治もまた隣国と本質的には同じだと諭しました。ここでは、定期テストで問われやすいポイントを確認問題の形でまとめました。本文の意味や全体の流れがあいまいな人は、先に孟子『五十歩百歩』のやさしい解説を読んでから取り組むと、設問の意図がつかみやすくなります。
本文(傍線①〜⑮)
梁(りやう)の恵王(けいわう)曰(いは)く、「①寡人(くわじん)の国(くに)に於(お)けるや、②心(こころ)を尽(つ)くすのみ。河内(かだい)③凶(きよう)なれば、則(すなは)ち其(そ)の民(たみ)を河東(かとう)に移(うつ)し、④其(そ)の粟(ぞく)を河内(かだい)に移(うつ)す。河東(かとう)凶(きよう)なるも亦(また)然(しか)り。鄰国(りんごく)の政(まつりごと)を察(さつ)するに、⑤寡人(くわじん)の用心(ようしん)するがごとき者(もの)無(な)し。⑥鄰国(りんごく)の民(たみ)は少(すく)なきを加(くは)へず、寡人(くわじん)の民(たみ)は多(おほ)きを加(くは)へざるは、何(なん)ぞや。」と。
孟子(まうし)対(こた)へて曰(いは)く、「王(わう)戦(たたか)ひを好(この)む。⑦請(こ)ふ戦(たたか)ひを以(もつ)て喩(たと)へん。⑧填然(てんぜん)として之(これ)を鼓(こ)し、兵刃(へいじん)既(すで)に接(せつ)す。⑨甲(かふ)を棄(す)て兵(へい)を曳(ひ)きて走(はし)る。⑩或(ある)いは百歩(ひやっぽ)にして後(のち)に止(とど)まり、或(ある)いは五十歩(ごじっぽ)にして後(のち)に止(とど)まる。⑪五十歩(ごじっぽ)を以(もつ)て百歩(ひやっぽ)を笑(わら)はば、⑫則(すなは)ち何如(いかん)。」と。
曰(いは)く、「不可(ふか)なり。⑬直(た)だ百歩(ひやっぽ)ならざるのみ。⑭是(こ)れも亦(また)走(はし)るなり。」と。
曰(いは)く、「⑮王(わう)如(も)し此(これ)を知(し)らば、則(すなは)ち民(たみ)の鄰国(りんごく)より多(おほ)きを望(のぞ)むこと無(な)かれ。」と。
語注 寡人=王や諸侯が自分をへりくだって言う一人称。 河内・河東=ともに魏(梁)の領内の地名。 凶=凶作。作物が実らないこと。 粟=穀物。ここでは民に配る食料。 用心=心を用いること。心をくばること(今の「用心する=気をつける」とは違う)。 填然=太鼓を打ち鳴らす音の鳴りひびくさま。 兵刃=武器の刃。「兵」は武器のこと。 甲=よろい。 曳く=引きずる。 走る=逃げる(今の「走る」とは違う)。 而後=〜してのちに。 不可なり=いけない。よくない。 ※梁の恵王=戦国時代の魏の王。都を大梁に移したことから、国を梁ともいう。孟子はこの王に王道政治を説いた。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①の「寡人」の読みを歴史的仮名遣いのひらがなで書き、だれのことか答えよ。
- ④の「粟」の読みを歴史的仮名遣いのひらがなで書き、ここでの意味も書け。
- ⑤の「用心」のここでの意味を書け。
- ⑦の「請ふ」の読みを歴史的仮名遣いのひらがなで書き、ここでの意味も書け。
- ⑧の「填然」とは、どのような様子を表す語か。
- ⑨の「走る」のここでの意味を書け。
- ⑫の「何如」の読みを歴史的仮名遣いのひらがなで書き、ここではどのようなことを問う言い方か答えよ。
B 句法
- ②の「のみ」は、原文「盡心焉耳矣」のどの三字を読んだものか。漢字で書け。
- ③の「なれば」の「ば」は何形に接続し、どのような意味を表すか。
- ⑩「或いは〜、或いは〜」は、どのような言い方か。意味とともに書け。
- ⑪の「笑はば」の「ば」は何形に接続し、どのような意味を表すか。
- ⑬の「直だ〜のみ」の句法名と意味を書け。
- ⑮の「無かれ」の句法名と意味を書け。
C 指す内容・主語
- ⑧の「之を鼓し」の「之」は何を指すか。
- ⑬・⑭を含む「不可なり。直だ百歩ならざるのみ。是れも亦走るなり。」は、だれの発言か。そう判断できる理由も書け。
- ⑭の「是れ」は具体的に何を指すか。
- ⑮の「此」は、どのようなことを指すか。
D 口語訳
- ①・②「寡人の国に於けるや、心を尽くすのみ」を口語訳せよ。
- ⑤「寡人の用心するがごとき者無し」を口語訳せよ。
- ⑪・⑫「五十歩を以て百歩を笑はば、則ち何如」を口語訳せよ。
- ⑮「王如し此を知らば、則ち民の鄰国より多きを望むこと無かれ」を口語訳せよ。
E 内容・記述
- ④「其の粟を河内に移す」とあるが、恵王はこれとあわせてどのような政治をしていると述べ、それを自分の政治が隣国よりすぐれている根拠としているか。本文にそくして二つ書け。
- ⑥「鄰国の民は少なきを加へず、寡人の民は多きを加へざるは、何ぞや」とあるが、恵王は孟子にどのようなことを尋ねているのか。説明せよ。
- ⑨「甲を棄て兵を曳きて走る」とあるが、「甲を棄て」「兵を曳きて」という描写から、この兵たちのどのような様子が読み取れるか。説明せよ。
- ⑪・⑭をふまえて、孟子はこのたとえで恵王のどのような点を指摘しようとしたのか。「たとえと政治の対応」と「恵王の姿勢」の二点にふれて、八十字程度で説明せよ。
F 文学史・故事・思想
- この話の出典(書名)と、孟子が教えを受け継いだ思想家の名を書け。
- 孟子が唱えた、人の本性はもともと善であるとする考え方を漢字三字で書け。また、孟子が理想とした、徳によって民を治める政治を漢字二字で書け。
- 「五十歩百歩」は、現在どのような意味で使われるか。また、これと最も近い意味の四字熟語を一つ書け。
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 くわじん/梁の恵王自身。王や諸侯が自分をへりくだって言う一人称。
└ 「徳の寡(すく)ない人」の意。えらそうな一人称ではない
問2 ぞく/穀物。ここでは民に配る食料のこと。
└ 「あわ」一種類ではなく穀物一般を指す
問3 心を用いること。(民のために)心をくばること。
└ ★今の「用心する=気をつける」ではない。古今異義語
問4 こふ/「どうか〜させてください」と相手に願い出る言い方。
└ 「請ふ〜ん」の形。たとえ話を切り出す丁寧な前置き
問5 太鼓を打ち鳴らす音が鳴りひびくさま。
└ 開戦の合図として軍鼓を打つ場面
問6 逃げる。(戦場から)敗走する。
└ ★漢文の「走」は「にげる」。ここは敗走の場面
問7 いかん/「(そうしたら)どうであろうか」と、そのことの是非・当否を相手に問う言い方。
└ 「何如」は状態・是非を問い「どうであろうか」。同じ「いかん」でも「如何」は手段・方法を問うことが多い
B 句法
問8 焉耳矣。三字まとめて「のみ」と読む。※「焉耳矣」を限定(〜だけだ)ととる教科書と、断定・強調の助字が重なった形(ひたすら〜している)とみる教科書があるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 限定説と強調説の両方がある。いずれにせよ「精いっぱいやっている」という恵王の自負を表す
問9 已然形(「なれ」)に接続し、確定条件を表す。ここは「〜すると(いつも)」という恒常条件。
└ ★⑪「笑はば」(未然形+ば=仮定)と必ず対にして覚える
問10 同じ形を並べて並列を表す言い方。「ある者は〜、ある者は〜」と訳す。
└ あわせて「而後」は「〜してのちに」と読む
問11 未然形(「笑は」)に接続し、順接の仮定条件(もし〜たら)を表す。
└ ★③の已然形+ばとの見分けが定期テストの定番
問12 限定。「ただ〜だけだ」の意。ここは「ただ百歩でなかっただけだ(逃げたことに変わりはない)」となる。
└ 「直だ〜のみ」は、漢字では「直(唯・惟・但・徒)…耳(已・爾・而已)」の形。原文は「直不百歩耳」
問13 禁止。「〜してはならない・〜するな」の意。
└ 「無かれ・勿かれ・莫かれ」はすべて禁止。打消の「無し」と読み分ける
C 指す内容・主語
問14 太鼓(軍鼓)。「鼓」は「打ち鳴らす」という動詞(原文は「鼓之」で、「之を鼓し」と下から返って読む)。ただし、この「之」を特に何も指さない語調を整える助字とみる教科書もあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 直前の「填然として」は太鼓の音の様子。何を打ち鳴らしているのかを考える(教科書によっては、特に何も指さない助字とする)
問15 梁の恵王の発言。孟子の「則ち何如」という問いかけに答えているから。
└ 漢文の「曰く」には主語が書かれないことが多い。直前がだれの言葉かをたどる
問16 五十歩逃げて立ち止まったこと(五十歩で止まった兵の行い)。
└ 「百歩でなかっただけで、逃げたことは同じ」という文脈
問17 五十歩逃げた者が百歩逃げた者を笑えないのと同じで、逃げた距離に差はあっても逃げたことに変わりはない、という道理。
└ この道理をそのまま「王の政治と隣国の政治」に当てはめるのが孟子のねらい
D 口語訳
問18 私が国を治めるにあたっては、(民のために)ひたすら心を尽くしているだけだ。※「のみ」を限定でとる教科書では「(ただ)心を尽くしているだけだ」、強調でとる教科書では「ひたすら心を尽くしているのだ」と訳す。②の解答と同じく、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 「〜に於けるや」=「〜については」。ここは「国については」=「国を治めるにあたっては」と補って訳す。「のみ」の訳し方は②の注記を参照
問19 私ほど(民のために)心を用いている者はいない。
└ 「〜がごとき者無し」=「〜のような者はいない」。最上級の言い方になる
問20 もし五十歩逃げたことを理由に百歩逃げた者を笑ったなら、どうでしょうか。
└ 「五十歩を以て」は、漢字では「以五十歩」で、下から上へ返って読む形。「以て」は理由・根拠を表す
問21 王がもしこの道理をお分かりになるならば、民が隣国より多くなることを望んではいけません。
└ 「如し〜ば」=仮定、「無かれ」=禁止。「鄰国より」の「より」は、漢字では「於」で比較を表す
E 内容・記述
問22 ①凶作になった地の民を、もう一方の地へ移すこと。②もう一方の地の食料を、凶作の地へ回すこと(河東が凶作のときも同じようにする)。
└ 恵王があげたのは「民の移動」と「食料の融通」の二つだけである
問23 自分は民のために心を尽くして政治をしているのに、隣国の民は減らず自国の民も増えないのはなぜか、その理由を尋ねている。
└ 「私はこんなに努力しているのに」という自負が前提にある。くわしい政策の中身は④で問う
問24 よろいを脱ぎ捨て、武器を引きずるほど、身を守る装備も戦う道具もかなぐり捨てて、必死に戦場から逃げているという、ひどく取り乱した敗走の様子。
└ 「甲=よろい(身を守る道具)」「兵=武器(戦う道具)」。その両方を手放している点に注目する
問25 ①逃げた距離の差が政治の程度の差にすぎないように、恵王の政治も隣国と大差はない。②王道という根本を欠く点は隣国と同じなのに、わずかな善政を誇る恵王の姿勢を指摘しようとした。
└ ①「逃げた距離の差」=「政治のわずかな差」というたとえの対応、②その差を誇り、民が増えないのを不思議がる姿勢、の二点で組み立てる
F 文学史・故事・思想
問26 『孟子』(梁恵王上)/孔子
└ 『孟子』は儒家の書。四書(大学・中庸・論語・孟子)の一つ
問27 性善説/王道
└ 力で治める「覇道」と対になる。荀子の「性悪説」とも対で問われる
問28 少しの違いはあっても本質的には同じで、大した差がないこと。/大同小異
└ 「どちらも似たり寄ったりだ」。ほめる意味では使わない
【テスト直前チェック】この三つ
❶「走る」は「にげる」。漢文の「走」は現代語の「走る」ではありません。⑨「甲を棄て兵を曳きて走る」は、よろいを脱ぎ捨て武器を引きずって逃げ出す場面です。
❷「ば」は直前が未然形か已然形かで意味が変わります。⑪「笑はば」は未然形+ばで「もし〜たら」(仮定)、③「凶なれば」は已然形+ばで「〜すると」(確定・恒常)。この二つを並べて確認しておきましょう。
❸結論は⑮「民の鄰国より多きを望むこと無かれ」。「無かれ」は禁止です。記述問題の答えは「わずかな善政の差はあっても、王道という根本がなければ隣国と同じ」という一点に集まります。
現代語訳(全文)
梁の恵王が言うには、「私が国を治めるにあたっては、(民のために)ひたすら心を尽くしているだけだ。河内が凶作になると、その民を河東へ移し、河東の穀物を河内へ回す。河東が凶作のときもまた同じようにする。隣国の政治を観察してみても、私ほど心を用いている者はいない。それなのに隣国の民が減りもせず、私の国の民が増えもしないのは、どうしてなのか。」と。
孟子が答えて言うには、「王は戦がお好きです。どうか戦でたとえさせてください。ドンドンと太鼓を打ち鳴らし、武器の刃がすでに交わりました。(そこで兵士たちは)よろいを脱ぎ捨て、武器を引きずって逃げ出しました。ある者は百歩逃げて立ち止まり、ある者は五十歩逃げて立ち止まりました。もし五十歩逃げたことを理由に百歩逃げた者を笑ったなら、どうでしょうか。」と。
(恵王が)言うには、「いけない。ただ百歩でなかっただけだ。これもまた逃げたことに変わりはない。」と。
(孟子が)言うには、「王がもしこの道理をお分かりになるならば、民が隣国より多くなることを望んではいけません。」と。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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