『土佐日記』の名場面「阿倍仲麻呂」は、船旅で見た海から昇る月をきっかけに、唐で望郷の歌を詠んだ仲麻呂の逸話を語る段です。「青海原ふりさけ見れば」の歌の解釈、「まじ」「けむ」「べし」などの助動詞、係り結び、和歌の心が国を越えて通じたという主題が定期テストの頻出ポイントです。
本文(傍線①〜⑮)
二十日(はつか)の夜の月出でにけり。①山の端もなくて、海の中よりぞ②出で来(く)る。③かうやうなるを見てや、昔、阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)といひける人は、唐土(もろこし)に渡りて、帰り来(き)ける時に、船に乗るべき所にて、かの国人(くにびと)、④馬のはなむけし、別れ惜しみて、かしこの漢詩作りなどしける。
⑤飽(あ)かずやありけむ、二十日の夜の月出づるまでぞありける。その月は、⑥海よりぞ出でける。これを見てぞ、⑦仲麻呂の主(ぬし)、「わが国に、かかる歌をなむ、神代(かみよ)より⑧神も詠(よ)ん給(た)び、今は上(かみ)・中(なか)・下(しも)の人も、かうやうに別れ惜しみ、喜びもあり、悲しびもある時には詠む」とて詠めりける歌、
青海原(あをうなばら)⑨ふりさけ見れば春日(かすが)なる⑩三笠(みかさ)の山に出でし月かも
とぞ詠めりける。かの国人、⑪聞き知るまじく思ほえたれども、言(こと)の心を、男文字(をとこもじ)に、さまを書き出だして、ここの言葉伝へたる人に言ひ知らせければ、⑫心をや聞き得たりけむ、いと思ひのほかに⑬なむ愛(め)でける。唐土とこの国とは、言(こと)異なるものなれど、⑭月の影は同じことなるべければ、人の心も同じことにやあらむ。
さて、今、そのかみを思ひやりて、ある人の詠める歌、
都にて山の端に見し月なれど波より出でて⑮波にこそ入れ
語注 山の端=山と空との境目。ふつう月はここから出る。 かうやうなる=このような。海から月がのぼるさまをいう。 唐土=中国。 馬のはなむけ=旅立つ人を送る送別の宴・餞別。 飽かず=満足しない。名残惜しい。 主=人を敬っていう言い方。「〜どの」。 神代=神々の時代。 上・中・下の人=身分の高い人・中くらいの人・低い人。 ふりさけ見る=はるか遠くを仰ぎ見る。 春日・三笠の山=今の奈良市にある地名と山。仲麻呂の故郷にあたる。 思ほゆ=自然と思われる。 男文字=漢字。かな文字は「女手(をんなで)」という。 愛づ=ほめる。感心する。 影=光。 そのかみ=その昔。当時。 ※阿倍仲麻呂=奈良時代に遣唐使の一行に加わって唐に渡った留学生。唐の朝廷で高い位についたが、帰国の船が流されるなどして日本に帰れず、唐で一生を終えた。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①「山の端もなくて」の「山の端」の意味を書け。
- ④「馬のはなむけ」の読みと意味を書け。
- ⑤「飽(あ)かずやありけむ」の「飽かず」の意味を書け。
- ⑨「ふりさけ見れば」の「ふりさけ見る」の意味を書け。
- ⑬「なむ愛(め)でける」の「愛づ」の意味を書け。
- ⑭「月の影は同じことなるべければ」の「影」の意味を書け。
B 文法
- ⑤「飽(あ)かずやありけむ」の「けむ」の文法的意味と活用形を書け。
- ⑥「海よりぞ出でける」の「ぞ」の働きを答え、結びの語とその活用形も書け。
- ⑩「三笠(みかさ)の山に出でし月かも」の「し」は何の助動詞の何形か。また「かも」の種類と意味も書け。
- ⑪「聞き知るまじく」の「まじ」の文法的意味を書け。
- ⑬「なむ愛(め)でける」の「なむ」が係助詞だと判断できる決め手を二つ書け。
- ⑭「月の影は同じことなるべければ」の「べけれ」の文法的意味と活用形を書け。
- ⑮「波にこそ入れ」の「入れ」の活用形を答え、そうなる理由も書け。
C 主語・指す内容・敬意の方向
- ②「出で来(く)る」の主語にあたるものを、本文中から抜き出して書け。
- ③「かうやうなる」は、どのようなようすを指しているか。本文に即して書け。
- ⑧「神も詠(よ)ん給(た)び」の「給ぶ」は、誰から誰への敬意を表しているか。
- ⑫「心をや聞き得たりけむ」で、歌の心を「聞き得」たのは誰か。
D 口語訳
- ⑧をふくむ「わが国に、かかる歌をなむ、神代(かみよ)より神も詠(よ)ん給(た)び」を口語訳せよ。
- ⑨・⑩をふくむ和歌「青海原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」を口語訳せよ。
- ⑪をふくむ「かの国人、聞き知るまじく思ほえたれども」を口語訳せよ。
- ⑮をふくむ和歌「都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ」を口語訳せよ。
E 内容・記述
- ①「山の端もなくて」とあるが、土佐から京へ帰る船旅の途中で海の上にいる作者たちに「山の端」が見えないのはなぜか。月がどこから出ているかにふれて書け。
- ⑦「仲麻呂の主(ぬし)」が和歌をよむことになったきっかけは何か。本文に即して書け。
- ⑬「なむ愛(め)でける」とあるが、言葉の通じないはずの唐の人々が仲麻呂の歌をほめたたえたのはなぜか。歌の心が伝わった道すじにふれて書け。
- ⑭のあとに「人の心も同じことにやあらむ」とある。ここで作者が言おうとしていることを書け。
F 文学史(本文全体をふまえて答える)
- この文章の出典『土佐日記』の作者名と、どのような旅を書いた日記かを書け。
- ⑨・⑩をふくむ和歌「青海原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」は、『古今和歌集』や百人一首にも収められているが、そこでは初句が何となっているか書け。
- ⑦「仲麻呂の主(ぬし)」の阿倍仲麻呂とはどのような人物か。簡単に書け。
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解答と解説
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A 語句の意味と読み
問1 山と空との境目。山のはしのところ。
└ ふつう月はここから出る。海の上ではそれがない
問2 読み=うまのはなむけ(教科書によっては「むまのはなむけ」とルビが振られる。どちらでもよいので、お使いの教科書の読み方に合わせること)/意味=旅立つ人を送る送別の宴・餞別。
└ 旅の無事を祈って馬の鼻を行く先の方角へ向けた習わしから
問3 満足しない。名残惜しい。
└ 「飽く(=満足する)」の打消。現代語の「あきる」ではない
問4 はるか遠くを仰ぎ見る。
└ 「さく」=遠くへ離す。遠くを見やる動作
問5 ほめる。感心する。すばらしいと思う。
└ 現代語の「愛する」ではない
問6 光。ここは月の光。
└ ★現代語の「かげ(暗い部分)」とは逆。テストの定番
B 文法
問7 過去推量(〜だっただろうか)/連体形。原因を推量する用法(〜だったからだろうか)とする教科書もあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 係助詞「や」の結びなので連体形になる
問8 強意の係助詞。結び=「ける」(過去の助動詞「けり」)、活用形=連体形。
└ ぞ・なむ・や・か→連体形、こそ→已然形
問9 「し」=過去の助動詞「き」の連体形(下の「月」にかかる)。「かも」=詠嘆の終助詞で「〜だなあ・〜であることよ」の意。
└ 「き」は自分が直接経験した過去。仲麻呂が自分の目で見た三笠山の月だから「き」を使う。「かも」は疑問ではなく詠嘆
問10 打消推量(〜ないだろう)。打消可能(〜できまい)とする説もある。お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 「べし」の打消にあたる助動詞。ここは連用形「まじく」
問11 ①直前が活用語の未然形ではないので、他への願望を表す終助詞「なむ」ではないこと。②文末が終止形「けり」ではなく連体形「ける」で結ばれており、係り結びになっていること。
└ 「なむ」の識別=①未然形+なむ→他への願望の終助詞(〜してほしい)②連用形+なむ→完了(強意)「ぬ」の未然形「な」+推量「む」(きっと〜だろう)③文末を連体形で結ぶ→係助詞。ここは「ける」(連体形)で結んでいるので係助詞
問12 当然(〜はずだ)/已然形。推量(〜だろう)と説明する教科書もあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
└ 已然形+「ば」で順接確定条件(〜ので・〜から)
問13 已然形。係助詞「こそ」の結びは已然形になるから。(ラ行四段「入る」の已然形)
└ 命令形とまちがえない。「こそ」を探すのが決め手
C 主語・指す内容・敬意の方向
問14 二十日の夜の月(本文冒頭「二十日(はつか)の夜の月出でにけり」の「月」)。
└ 「山の端もなくて」から続いている。海から直接のぼってくるもの
問15 山の端もなく、海の中から月がのぼってくるようす。
└ 直前の一文がそのまま答えになる
問16 この言葉を話している仲麻呂から、和歌をよむ主体である神への敬意。
└ 会話文の中の敬語は、話し手からの敬意になる
問17 唐(あちら)の国の人々。本文の「かの国人」。
└ 歌の意味を漢字で書いて説明してもらった側
D 口語訳
問18 わが国では、このような歌を、神代から神もおよみになり。
└ 「かかる」=このような。「給ぶ」は尊敬なので「およみになる」と訳す
問19 青々と広がる大海原をはるかに仰ぎ見ると、(この月は)故郷の春日にある三笠の山に出ていた、あの月なのだなあ。
└ 「かも」は詠嘆で「〜だなあ」。故郷を思う望郷の歌
問20 あちらの国の人は、(この歌を)聞いてもわかるまいと(日本の側には)自然と思われたけれど。
└ 「思ほゆ」=自然と思われる。その主体は唐の人ではなく、こちら側(日本の人々)
問21 都では山の端に(出入りするのを)見た月であるけれど、(ここでは)波の中から出て、波の中にこそ沈むことだよ。
└ 「出づ」と「入る」を対にして、海上の月の珍しさを言っている
E 内容・記述
問22 海の上にいるため、月がのぼるときの区切りとなる山と空との境目(山の端)がなく、月が海の中から直接のぼってくるから。
└ この珍しい月の出が、仲麻呂の話を思い出すきっかけになる
問23 別れを惜しむ送別の宴が長引き、二十日の夜の月が海からのぼるのを見たこと。その月が、故郷の春日・三笠の山に出ていた月を思い起こさせた。
└ 「飽かずやありけむ」から「その月は、海よりぞ出でける」までが手がかり
問24 歌の意味を漢字(男文字)で書き出し、日本の言葉を唐の言葉に伝えている人に説明したので、歌にこめられた望郷の心が理解されたから。
└ 「男文字に、さまを書き出だして」以下がそのまま道すじになる
問25 国も言葉もちがうけれど、月の光が同じであるように、月を見て心を動かす人の心もまた同じなのだろう、ということ。和歌にこめた思いは国を越えて通じるという、人の心の普遍性を述べている。
└ ★「望郷」だけでは不十分。「言葉がちがっても心は同じ」をセットで書く
F 文学史(本文全体をふまえて答える)
問26 作者=紀貫之。土佐の国司の任期を終えた作者が、土佐から京へ帰る五十五日ほどの船旅を書いた日記。
└ 作者が女性のふりをして、かな文字(女手)で書いた最初期の日記文学
問27 天の原。(『土佐日記』では「青海原」となっている)
└ ★出典による初句のちがいは頻出。どちらの本を見ているかで答えが変わる
問28 奈良時代に遣唐使の一行に加わって唐(中国)に渡った留学生。唐の朝廷で高い位についたが、帰国の船が流されるなどして日本に帰ることができず、唐で一生を終えた。
└ 帰れなかった人の歌だと知ると、望郷の思いの重さがわかる
【テスト直前チェック】この三つ
❶「ぞ・なむ」は連体形、「こそ」は已然形。⑥「出でける」⑬「愛でける」は連体形、⑮「入れ」は已然形。結びの語と活用形をセットで答えられるようにしておく。
❷「影」は「光」。⑭「月の影」を現代語の「かげ(暗い部分)」で訳すと即アウト。「月の光」と訳す。
❸主題は「望郷」+「人の心も同じ」の二本立て。記述の答えは⑭〜⑮のあたりに集まります。片方だけだと減点されやすい。
現代語訳(全文)
二十日の夜の月が出た。(海の上なので)山の端もなくて、海の中からのぼってくる。このような(月の出)を見たからであろうか、昔、阿倍仲麻呂といった人は、唐(中国)に渡って、帰って来ようとした時に、船に乗ることになっている所で、あちらの国の人が送別の宴を開き、別れを惜しんで、あちらの国の漢詩を作ったりなどした。
(別れが)名残惜しかったのであろうか、二十日の夜の月が出るまで(その宴は続いて)いた。その月は、海からのぼったのだった。これを見て、仲麻呂どのは、「わが国では、このような歌を、神代から神もおよみになり、今は身分の高い人も中くらいの人も低い人も、このように別れを惜しみ、うれしいこともあり、悲しいこともある時にはよむのだ」と言って、よんだ歌は、
青々と広がる大海原をはるかに仰ぎ見ると、(この月は)故郷の春日にある三笠の山に出ていた、あの月なのだなあ。
とよんだのだった。あちらの国の人は、(日本語の歌など)聞いてもわかるまいと思われたけれど、歌の意味を漢字で、そのさまを書き出して、この国の言葉を(唐の言葉に)伝えている人に説明したところ(=言って聞かせたところ)、歌の心を理解したのであろうか、たいそう思いのほかに(歌を)ほめたたえたのだった。唐とこの国とは、言葉は異なるものだけれど、月の光は同じであるはずだから、人の心も同じことなのであろうか。
さて、今、その昔(の仲麻呂のこと)を思いやって、ある人がよんだ歌は、
都では山の端に(出入りするのを)見た月であるけれど、(ここでは)波の中から出て、波の中にこそ沈むことだよ。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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