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「且に〜んとす」は再読文字で「今にも〜しようとする」。⑨はそこに受身「為〜所…(〜する所と為る)」が重なっており、この二つを両方とも訳に出せ などを確かめます。本番と同じ縦書きで、解答と現代語訳つきです。

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はじめに ―「鴻門の会」ってどんな話?
「鴻門の会(こうもんのかい)」は、中国の歴史書『史記(しき)』に出てくる、とても有名な場面です。のちに漢(かん)の初代皇帝となる劉邦(りゅうほう)=沛公(はいこう)と、その最大のライバル項羽(こうう)=項王(こうおう)が、鴻門という場所での酒宴(しゅえん)で顔を合わせます。
表向きは仲直りの宴ですが、その裏では「沛公を殺すか、殺さないか」という、命がけのかけ引きが進んでいました。剣の舞にかこつけて沛公を斬ろうとする者あり、それを身体を張って守る者あり……。たった一回の食事会が、後の天下の行方(ゆくえ)を左右した、という意味で「一宴、天下を定む」とも言われる名場面です。
ここでは、教科書でよく採録される「沛公が項王に弁明する場面」から「范増(はんぞう)が玉玦(ぎょっけつ)を挙げて合図し、項荘(こうそう)が剣の舞をする場面」までを取り上げます。原文(白文)は長いので、この範囲に絞ってご紹介します。
登場人物をおさえよう
先に人物を整理しておくと、本文がぐっと読みやすくなります。
- 沛公(はいこう)=劉邦。のちの漢の高祖(こうそ)。この場面では、項羽より一足先に秦(しん)の都へ入ってしまい、にらまれている立場。
- 項王(こうおう)=項羽。圧倒的な軍事力を持つ実力者。沛公を疑って怒っているが、情にもろい一面がある。
- 范増(はんぞう)=項羽の参謀(さんぼう)。「亜父(あほ)」(父に次ぐ人、の意)と呼ばれるほど信頼される軍師。今のうちに沛公を殺すべきだと主張する。
- 項伯(こうはく)=項羽の叔父(おじ)。実は沛公側の張良(ちょうりょう)と親しく、ひそかに沛公をかばう。
- 項荘(こうそう)=項羽の一族の若者。范増の命令で、剣の舞を口実に沛公を斬ろうとする。
- 張良(ちょうりょう)=沛公の名参謀。

席次の図で見る、この時点の力関係
「東嚮(とうきょう)して坐す」=東を向いて座るという意味です。方角の言葉が続くので混乱しますが、上から見た図にすると一目で分かります。
ここが読みどころ。いちばん格上の東向きを、招いた側の項王が占めています。客であるはずの沛公は、格下の北向き。しかも家来の張良は末席で「侍す(=そばに控える)」。
座った瞬間に、もう上下がついているのです。沛公が頭を下げに来た立場であることが、席の向きだけで表現されています。
※「〜嚮(きょう)」は「〜の方角を向く」。北を向いて座るということは、体は南側にあります。図の矢印が、その人の顔の向きです。
白文(原文)
ここで扱うのは、『史記』巻七「項羽本紀(こううほんぎ)」の、沛公が鴻門にやって来る場面からです。読みやすいように、内容のまとまりごとに区切っています。
① 沛公、項王に弁明する
沛公旦日従百余騎、来見項王、至鴻門、謝曰、「臣与将軍、戮力而攻秦。将軍戦河北、臣戦河南。然不自意、能先入関破秦、得復見将軍於此。今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」
項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。不然、籍何以至此。」
② 宴の席次と、范増の合図
項王即日因留沛公与飲。項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。―亜父者、范増也。―沛公北嚮坐、張良西嚮侍。
范増数目項王、挙所佩玉玦以示之者三。項王黙然不応。
③ 范増、項荘に命じる / 項荘の剣の舞
范増起、出召項荘、謂曰、「君王為人不忍。若入前為寿、寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐、殺之。不者、若属皆且為所虜。」
荘則入為寿。寿畢曰、「君王与沛公飲、軍中無以為楽。請以剣舞。」項王曰、「諾。」項荘抜剣起舞。項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。荘不得撃。
書き下し文
白文を、昔の日本語の読み方(訓読)になおしたものが「書き下し文」です。声に出して読むと、リズムがつかめます。
① 沛公、項王に弁明する
沛公旦日(たんじつ)百余騎を従へ、来たりて項王に見(まみ)えんとし、鴻門に至り、謝して曰はく、「臣(しん)将軍と力を戮(あは)せて秦を攻む。将軍は河北(かほく)に戦ひ、臣は河南(かなん)に戦ふ。然れども自ら意(おも)はざりき、能(よ)く先に関(かん)に入りて秦を破り、復(ま)た将軍に此(ここ)に見(まみ)ゆるを得んとは。今者(いま)小人(しょうじん)の言有りて、将軍をして臣と郤(げき)有らしむ。」と。
項王曰はく、「此れ沛公の左司馬(さしば)曹無傷(そうむしょう)之を言へり。然らずんば、籍(せき)何を以(もっ)てか此(ここ)に至らん。」と。
② 宴の席次と、范増の合図
項王即日(そくじつ)因(よ)りて沛公を留めて与(とも)に飲む。項王・項伯は東嚮(とうきょう)して坐し、亜父(あほ)は南嚮(なんきょう)して坐す。―亜父とは范増なり。―沛公は北嚮(ほっきょう)して坐し、張良は西嚮(せいきょう)して侍(じ)す。
范増数(しばしば)項王に目し、佩(お)ぶる所の玉玦(ぎょっけつ)を挙げて以て之に示す者(こと)三たびす。項王黙然(もくぜん)として応ぜず。
③ 范増、項荘に命じる / 項荘の剣の舞
范増起ち、出でて項荘を召し、謂(い)ひて曰はく、「君王(くんおう)人と為(な)り忍びず。若(なんぢ)入りて前(すす)みて寿(じゅ)を為し、寿畢(をは)らば、請ふ剣を以て舞ひ、因りて沛公を坐に撃ちて、之を殺せ。不(しか)らずんば、若(なんぢ)が属(ぞく)皆且(まさ)に虜(とりこ)とする所と為らんとす。」と。
荘則ち入りて寿を為す。寿畢りて曰はく、「君王沛公と飲む、軍中(ぐんちゅう)以て楽しみを為す無し。請ふ剣を以て舞はん。」と。項王曰はく、「諾(だく)。」と。項荘剣を抜き起ちて舞ふ。項伯も亦(ま)た剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼蔽(よくへい)す。荘撃つを得ず。
現代語訳(やさしく)
① 沛公、項王に弁明する
沛公は翌朝、百騎あまりの部下を引き連れて、項王にお目にかかろうとやって来ました。鴻門に着くと、おわびして言いました。
「私は将軍(=項王)とともに力を合わせて秦を攻めました。将軍は黄河の北で戦い、私は黄河の南で戦いました。けれども、自分でも思いもよりませんでした ―― この私が先に関(=函谷関〈かんこくかん〉のこと、秦の都への関所)に攻め入って秦を破り、こうしてふたたび将軍にお目にかかれようとは。それなのに今、つまらぬ者の告げ口があって、将軍と私の間に仲たがいを生じさせているのです。」
すると項王は言いました。「それは、お前(=沛公)の家臣の左司馬(軍の役職)である曹無傷が言ったことだ。そうでなければ、この私(=籍。項羽の本名)が、どうしてこんな(疑うような)事態になろうか。」
② 宴の席次と、范増の合図
項王はその日、そのまま沛公を引き留めて、いっしょに酒を飲みました。席順は、項王と項伯が東向き、亜父(=范増)が南向きに座ります。―「亜父」とは范増のことです。―沛公は北向きに座り、張良は西向きにひかえました。
范増は何度も項王に目くばせをし、自分が腰につけている玉玦(ぎょっけつ。半分が欠けた輪の形の玉〈たま〉)を持ち上げて、項王に三度も合図しました。けれども項王は、だまったままで応じませんでした。
※この「玉玦(けつ)」がポイントです。「玦(けつ)」は「決(けつ)」=「決断する・縁を切る」と同じ音。范増は玉玦を見せることで、「(沛公を斬ると)決断してください」と、無言で項王にうったえていたのです。
③ 范増、項荘に命じる / 項荘の剣の舞
范増は立ち上がり、(席を)出て項荘を呼び寄せ、言いました。「君王(=項王)は、人がら上、(むごいことが)できないお方だ。お前が中に入って進み出て、(さかずきをささげる)長寿の祝いをし、それが終わったら、『剣の舞をさせてください』と願い出ろ。そして、その場で沛公を斬って殺してしまえ。そうしなければ、お前たち一同は、皆これから(いずれ沛公方の)とりこにされてしまうぞ。」
項荘はそこで中に入り、長寿の祝いをしました。それが終わると言いました。「君王が沛公と酒を飲んでおられますが、軍中のこととて、楽しませる出し物がございません。どうか剣の舞をさせてください。」項王は「よろしい」と言いました。項荘は剣を抜いて立ち上がり、舞い始めました。すると項伯もまた剣を抜いて立ち上がって舞い、いつも自分の身体で沛公をかばいました。そのため、項荘は(沛公を)斬ることができませんでした。

テストに出る句法は、この4つだけ
「鴻門の会」で問われる句法は、ほぼこの4つに絞られます。原文のどこかとどう問われるかをセットで覚えてください。
① 使役 ―「AをしてBせしむ」
原文:小人の言有りて、将軍をして臣と郤有らしむ。
形:「使/令/教/遣」+ A + B → AにBさせる
訳:つまらぬ者の言葉が、将軍と私とを仲たがいさせているのです。
▶ テストではこう問われる
「有らしむ」の「しむ」の文法的意味を答えよ / 傍線部を書き下し文に直せ / 誰が誰に何をさせているのか説明せよ。
着眼点:「郤(げき)」=すきま・仲たがい。沛公が「悪いのは自分ではなく告げ口した者だ」と言い訳している場面だと分かれば、内容説明でも落とせません。
② 反語 ―「何を以てか〜ん」
原文:然らずんば、籍何を以てか此に至らん。
形:「何以〜」+文末が推量 → どうして〜だろうか、いや〜ない
訳:この籍(=私)が、どうしてこんなことをするだろうか、いや、しない。
▶ テストではこう問われる
傍線部は疑問か反語かを答えよ / 口語訳せよ /「籍」とは誰か。
着眼点:「籍」は項羽の名(項籍)。自分を名で呼んでいます。ここを「誰かの名前」と読み違えると全部ずれます。反語だと分かると、項羽が沛公を疑っていないと示している=この後ためらう伏線だと読めます。
③ 再読文字「且」―「まさに〜んとす」
原文:若が属皆且に虜とする所と為らんとす。
形:「且/将」 → 今にも〜しようとする・〜しそうだ
訳:お前たちは皆、今にも捕虜にされてしまうだろう。
▶ テストではこう問われる
「且」の読みを送り仮名も含めて答えよ / 再読文字とは何かを説明せよ。
着眼点:再読文字は一度目は副詞、二度目は動詞として読む字。書き下しでは一度目をひらがな、二度目を漢字+送り仮名で書きます(「且に〜んとす」)。
④ 受身「為A所B」―「AのBする所と為る」
原文:若が属皆且に虜とする所と為らんとす。
形:「為 A 所 B」 → AにBされる
訳:(沛公に)捕虜にされてしまう。
▶ テストではこう問われる
傍線部の句法名を答えよ / 口語訳せよ。
着眼点:この一文は③の再読文字と④の受身が重なっています。「今にも」+「〜される」の二重構造。ここが本文最大の山で、記述でもいちばん狙われます。
読みの落とし穴(ここで一番点を落とします)
- 見=「まみ(ゆ)」。×「みる」。目上の人にお目にかかるという謙譲の語
- 数=「しばしば」。×「かず」
- 者=「こと」。×「人」。「示す者三たびす」=示すこと三度
- 不者=「しからずんば」。そうでなければ
- 目す=見るのではなく「目くばせする・合図を送る」という動詞
- 亜=「次ぐ」。だから亜父=父に次ぐほど敬う人
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よくある質問
Q. 「鴻門の会」のあらすじを簡単に教えてください。
劉邦(沛公)が項羽より先に秦の都・咸陽を落とし、函谷関を閉じて項羽軍を締め出したことに項羽が激怒したのが発端です。攻め滅ぼされる危険を察した劉邦は、わずかな供を連れて項羽の本陣・鴻門へ出向き、ひたすら謝罪します。項羽はいったん怒りを収めて宴を開きますが、軍師の范増は剣の舞にかこつけて劉邦を暗殺しようとします。項伯のかばいと、乱入した樊噲の弁舌に助けられ、劉邦は厠(トイレ)に立つと言って中座し、こっそり自陣へ逃げ帰って難を逃れます。
Q. 「鴻門の会」の登場人物(人物関係)は?
大きく項羽側と劉邦側に分かれます。項羽側=項羽(楚軍の総大将)、范増(参謀。劉邦の殺害を主張)、項荘(剣の舞で劉邦を狙う)、項伯(張良の旧友で、結果的に劉邦をかばう)。劉邦側=劉邦=沛公(のちの漢の高祖)、張良(軍師)、樊噲(武将。宴に乱入して劉邦を弁護)。このほか、項羽に劉邦の動きを密告した劉邦軍の裏切り者・曹無傷がいます。項伯と張良が旧知の間柄であることが、劉邦が助かる伏線になっています。
Q. 范増が「玉玦(ぎょっけつ)」を三度示したのはなぜですか。
玉玦の「玦」は「決(決断する)」と音が通じます。范増は項羽に何度も目配せし、腰の玉玦を持ち上げて三度示すことで、「早く決断して劉邦を殺せ」と無言で促したのです。しかし項羽は気が進まず、この合図に最後まで応じませんでした。これが項羽が天下を取り逃す遠因になったと読まれます。
Q. 「鴻門の会」で押さえるべき句法は?
このページに載せた場面(沛公の弁明〜項荘の剣の舞)で問われるのは、使役「AをしてBせしむ」・反語「何を以てか〜ん」・再読文字「且(まさに〜んとす)」・受身「為A所B」の4つです。とくに最後の一文「若が属皆且に虜とする所と為らんとす」は、再読文字と受身が重なるいちばんの山場で、記述でもよく狙われます。→ くわしくは「テストに出る句法は、この4つだけ」
なお、この続きの樊噲が乱入する場面まで習う場合は、相談の言い回し「為之奈何(之を奈何せん)=これをどうしたらよいか」や、樊噲の名言「大行不顧細謹(大行は細謹を顧みず)」も出ます。
Q. 「鴻門の会」の出典は何ですか。
前漢の歴史家・司馬遷が著した『史記』の「項羽本紀」が出典です。項羽と劉邦の対立を象徴する名場面として、高校漢文の定番教材になっています。
Q. 范増はなぜ自分で斬らず、項荘にやらせたのですか。
主君である項王が「殺せ」と言っていないからです。項王の面前で家臣が勝手に客を斬れば、それは主君への裏切りになります。そこで「剣の舞」という宴の余興にみせかけ、あくまで事故のような形で討たせようとしました。范増の焦りと、それでも建前を崩せない立場がよく出ている場面です。
Q. 「籍」って誰ですか。なぜ項羽が自分を「籍」と呼ぶのですか。
項羽自身の名です(姓が項、名が籍、字が羽)。昔の中国では、自分のことを名で呼ぶのがへりくだった言い方でした。ここで項羽が「籍が」と名乗るのは、沛公に対してやわらかい態度を取っているしるしでもあります。設問で「籍とは誰か」はよく問われます。
Q. 席の向きが、そんなに大事なのですか。
とても大事です。いちばん格上が東向きで、そこに座ったのは招いた側の項王。客であるはずの沛公は格下の北向きです。誰がどこに座ったかだけで、この時点の力関係が読者に伝わる——それが漢文の書き方です。定期テストでは「席次から二人の関係を説明せよ」という記述で出ます。
鴻門の会・よくある誤り(テスト前チェック)
誤り1:「沛公」を項羽だと思ってしまう。
「沛公(はいこう)」は劉邦の呼び名です。劉邦が挙兵した地「沛」にちなみます。文中で主語が「沛公」と出てきたら劉邦のことだと押さえましょう。
誤り2:剣の舞で劉邦をかばったのが樊噲だと混同する。
剣の舞の場面で身を盾にして劉邦を守ったのは項伯です。樊噲はその後に宴へ乱入して項羽と睨み合い、弁舌で劉邦を救った武将で、役割が異なります。
誤り3:玉玦の「玦」を「珏」や「決」と書いてしまう。
合図に使われた装身具は「玉玦」です。意味のうえで「決断」の「決」に通じますが、漢字としては環状に切れ目のある玉「玦」を書きます。
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