司馬遷『史記』項羽本紀の「鴻門の会」は、項羽(項王)と劉邦(沛公)が鴻門で会見し、互いの腹を探り合う、緊迫した駆け引きの場面です。范増が項羽に劉邦を討つよう合図を送り、項荘が剣舞にかこつけて劉邦を狙うも、項伯がこれをかばい、やがて樊噲が乱入する——一手の判断が天下の行方を左右する名場面で、句法・現代語訳・人物の思惑が定期テストで頻出します。物語のあらすじや時代背景をまず確認したい人は、史記『鴻門の会』のやさしい解説をあわせて読むと、設問の理解がぐっと深まります。
このページでは、頻出箇所の本文(白文・書き下し)を確認したうえで、書き下し・句法・現代語訳・語句・内容・人物・故事・文学史にわたる20問以上の対策問題に取り組めます。解答・解説は本文の下に折りたたんでありますので、まず自分の力で解いてから答え合わせをしてください。
白文(原文)
【白文】
書き下し文(傍線①〜⑮)
范増(はんぞう)①数(しばしば)項王(こうおう)に②目し、佩(お)ぶる所の玉玦(ぎょっけつ)を挙げて以(もっ)て之(これ)に③示す者(こと)三たびす。項王④黙然(もくぜん)として応(おう)ぜず。范増起(た)ち、出(い)でて項荘(こうそう)を召(め)し、謂(い)ひて曰(いは)く、「君王(くんおう)⑤人と為(な)り忍(しの)びず。⑥若(なんぢ)入(い)りて前(すす)みて寿(じゅ)を為(な)し、寿畢(をは)らば、⑦請(こ)ふ剣を以て舞ひ、因(よ)りて沛公(はいこう)を坐(ざ)に撃(う)ちて、之を殺せ。⑧不者(しからず)んば、若(なんぢ)の属(ぞく)皆(みな)⑨且(まさ)に虜(とりこ)とする所と為(な)らんとす。」と。荘則(すなは)ち入りて寿を為す。寿畢(をは)りて曰く、「君王沛公と飲むに、⑩軍中(ぐんちゅう)以て楽(がく)を為す無し、請ふ剣を以て舞はん。」と。項王曰く、「諾(だく)。」と。項荘剣を抜き起ちて舞ふ。項伯(こうはく)も亦(また)剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を⑪翼蔽(よくへい)す。⑫荘撃つを得ず。
是(ここ)に於(お)いて張良(ちょうりょう)軍門に至り、樊噲(はんかい)を見る。樊噲曰く、「今日(こんにち)の事⑬何如(いかん)。」と。良曰く、「甚(はなは)だ急なり。今者(いま)項荘剣を抜きて舞ふ、⑭其(そ)の意(い)常に沛公に在るなり。」と。噲曰く、「此(こ)れ迫(せま)れり。臣(しん)請ふ入りて、⑮之と命を同じくせん。」と。噲即(すなは)ち剣を帯(お)び盾(たて)を擁(よう)して軍門に入る。
語注 玉玦=一部が欠けた輪の形をした玉。腰につける飾り。 黙然=黙りこんださま。 君王=主君。ここでは項王(項羽)。 寿を為す=杯をささげて長寿を祝う。宴席のあいさつ。 若=おまえ。二人称。 属=仲間・一族。 諾=承知した。よろしい。 今者=いま。たったいま。 臣=わたくし。臣下がへりくだって用いる自称。ここは沛公の家臣である樊噲が、(主君ではないが)張良に対してへりくだって用いている。 ※人物=范増は項羽の参謀。項荘は項羽方の武将。項伯は項羽の叔父だが、張良への恩義から沛公側に通じていた。張良は沛公の参謀。樊噲は沛公の忠臣で勇猛な武将。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①「数(しばしば)」の意味を書け。
- ②「目し」の読みと意味を書け。
- ⑤の「人と為(な)り」の意味を書け。
- ⑧「不者(しからず)んば」の意味を書け。
- ⑪「翼蔽(よくへい)す」の意味を書け。
- ⑬「何如(いかん)」の意味を書け。
B 句法
- ③「示す者(こと)三たびす」の「者」はどのような働きをしているか。
- ⑦「請(こ)ふ剣を以て舞ひ」の「請(こ)ふ」はどのような言い方か。
- ⑨の「且(まさ)に…んとす」は何と呼ばれる語か。読み方の決まりとあわせて説明せよ。
- ⑨の「〜する所と為(な)る」は何の句法か。意味も書け。
- ⑩「軍中(ぐんちゅう)以て楽(がく)を為す無し」の「無以〜(以て〜無し)」の意味を書け。
- ⑫「荘撃つを得ず」の「〜を得ず」は何を表す句法か。意味も書け。
C 主語・指す内容
- ⑥「若(なんぢ)入(い)りて」の「若」は誰を指すか。
- ⑨とあるが、「虜(とりこ)とする」のは誰(どちら側)か。
- ⑭「其(そ)の意(い)」の「其」は誰を指すか。
- ⑮「之と命を同じくせん」の「之」は誰を指すか。
D 口語訳
- ④「黙然(もくぜん)として応(おう)ぜず」を口語訳せよ。
- ⑤「人と為(な)り忍(しの)びず」を口語訳せよ。
- ⑨「且(まさ)に虜(とりこ)とする所と為(な)らんとす」を口語訳せよ。
- ⑭「其(そ)の意(い)常に沛公に在るなり」を口語訳せよ。
E 内容・記述
- ③で范増が三度示したものは何か。またそれは項王に何を伝える合図か、説明せよ。
- ④から読み取れる項王(項羽)の心情と性格を説明せよ。
- ⑪とあるが、項伯がこのようにしたのはなぜか。項伯の立場と、項荘の剣舞をどう見たかの両方にふれて説明せよ。
- ⑮から読み取れる樊噲の人物像を説明せよ。
F 文学史・故事
- この文章の出典の書名・作者と、その歴史書の体裁(記述の形式)を書け。
- 故事成語としての「鴻門の会」は、どのような場面を表すか。
- この会見が開かれるまでの、項羽と劉邦(沛公)の関係を簡潔に説明せよ。
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 たびたび・何度も
└ 漢文では「数」を「しばしば」と読む。「数える」ではない
問2 もくし/目で合図する・めくばせする
└ 名詞の「め」ではなく動詞として使われている
問3 生まれつきの性質・人柄
└ 「為人」で一語。「人となる(成長する)」ではない
問4 そうでなければ・さもなければ
└ 前の内容を受けて「もしそうしなければ」と言い直す形
問5 鳥が翼で覆うように、自分の体でかばい守る
└ 「翼」は「翼のように」というたとえ
問6 どうであるか・どんなありさまか(状態・様子をたずねる)
└ 一般に「何如」は状態、「如何」は方法・処置を問うとされる。お使いの教科書の説明に合わせること
B 句法
問7 前の内容を「〜すること」と体言化する助字。「示すこと三たび(=三度示した)」となり、読まずに捨てる置き字ではない。
└ 直後が「三たび(=三回)」という回数。前を「〜すること」とひとまとまりにしないと「三たびす」につながらない。※この部分の送り仮名・読み方は教科書によって差があるので、お使いの教科書に合わせること
問8 「どうか〜させてください」と、自分から相手に許しを願い出る言い方(願望を表す言い方)。ここは項王に願い出て剣舞をする、という手はずを、范増が項荘に指示している部分。
└ のちに項荘が「請ふ剣を以て舞はん」と実際に願い出ている
問9 再読文字。「且」をまず「まさニ」と読み、下から返ってもう一度「〜(せ)んとす」と読む。「今にも〜しようとする」の意。
└ 「将」も同じ「まさニ〜ントす」。「当(まさニ〜ベシ)」と混同しない
問10 受身の句法(「為A所B」=AにBされる)。「虜とする所と為る」で「捕虜にされる」。
└ 「為」を「なル」と読んだら受身を疑う
問11 〜するための手立て(材料)がない。ここは「座興にするものがない」。
└ 不可能の「〜を得ず」とは別の形。もとの意味は「手立てがない」
問12 不可能を表す句法。「〜することができない」。「項荘は(沛公を)撃つことができなかった」の意。
└ 「不得〜」「不能〜」はどちらも不可能
C 主語・指す内容
問13 項荘
└ 范増が呼び寄せて命じている相手
問14 沛公(劉邦)側
└ 捕虜にする側は本文に書かれていない。項荘たちが誰と敵対しているか(誰に負けたら捕虜になるか)を考える
問15 項荘
└ 直前の「項荘剣を抜きて舞ふ」を受けている
問16 沛公(劉邦)
└ 樊噲にとっての主君。※「之」を項荘と取り「項荘と刺し違える」と読む説もある。お使いの教科書の注に合わせること
D 口語訳
問17 (項王は)黙りこんだまま、何も応じなかった。
└ 「黙然」=黙りこんださま。「応ぜず」=返事をしない
問18 (わが君は)人柄として、むごいことをするにしのびないのだ。/別解=(わが君は)生まれつきの人柄として、思いきって非情なことができないのだ。も可。
└ 「忍びず」=非情なことをするにしのびない・思い切ってできない
問19 今にも(沛公に)捕虜にされてしまうだろう。
└ 再読文字(今にも〜しようとする)と受身(〜される)を、どちらも訳に出す
問20 その(項荘の)狙いは、いつも沛公にあるのだ。
└ 「意」=心づもり・狙い。文末の「なり」は断定
E 内容・記述
問21 身につけていた玉玦(一部が欠けた輪の形の玉)を挙げて示した。「玦」の音が「決」に通じることから、今こそ決断して沛公を殺せ、とうながす合図とされる。
└ 「三たび」=念を押すほど強くうながしたということ。玦と決を結びつける説明は教科書によって扱いが違うので、お使いの教科書に合わせること
問22 范増の再三の合図に気づきながら、沛公を討つ決断ができずにためらっている。情に厚く非情になりきれない反面、大事の場面で決めきれない優柔不断さが表れている。
└ このあと范増が項荘に言う「君王人と為り忍びず」(⑤)という項王評とあわせて読む
問23 (必須要素は二つ)①項伯は項羽の叔父でありながら、張良への恩義から沛公側に通じていたこと。②項荘の剣舞が沛公暗殺のためだと察したこと。この二つから、自分も舞に加わり、身をもって沛公をかばって斬らせまいとした。
└ 項羽の陣中に沛公を守る者がいる、という緊張が読みどころ
問24 主君である沛公の危急に際し、自分の命を投げ出してでも運命を共にしようとする、忠義に厚く勇猛な人物。※参考=この直後、樊噲は剣と盾を手にして軍門に踏み込んでいく。
└ 「命を同じくせん」の「ん(む)」は意志を表す
F 文学史・故事
問25 『史記』/司馬遷/紀伝体(本紀・列伝などから成る)。※参考=「鴻門の会」は「項羽本紀」に収められている。
└ 「紀伝体」の「紀」=本紀、「伝」=列伝
問26 表向きは和やかな宴・会見でありながら、その裏で相手の命をねらう陰謀や駆け引きが渦巻く、油断のならない席のたとえ。
└ 宴の席に殺意が隠れている、というのがこの語の核
問27 秦を滅ぼすためにともに戦ったが、劉邦が先に秦の都・咸陽を落としたことに項羽が怒り、両者は衝突寸前となった。そこで劉邦が項羽の陣営である鴻門に出向いて釈明したのが、この会見である。
└ 劉邦はのちの漢の高祖
【テスト直前チェック】この三つ
❶「且に〜んとす」は再読文字で「今にも〜しようとする」。⑨はそこに受身「為〜所…(〜する所と為る)」が重なっており、この二つを両方とも訳に出せるかが最頻出です。
❷「〜を得ず」は不可能。⑫「荘撃つを得ず」は字が「不得」で「項荘は撃つことができなかった」。一方⑩「以て楽を為す無し」は字が「無以」で「座興にする手立てがない」。どちらも「〜ない」と訳しますが、⑫の「不得(〜を得ず)」=不可能とは別物です。
❸記述の答えは四人の思惑に集まります。范増=早く殺せとうながす、項荘=剣舞にかこつけて狙う、項伯=身をもってかばう、項王=決断できない。この四つを一言ずつ言えるようにしておくこと。
現代語訳(全文)
范増はたびたび項王に目くばせをし、身につけていた玉玦をかかげて項王に示すこと、三度に及んだ。しかし項王は黙りこんだまま、何も応じなかった。范増は席を立ち、外に出て項荘を呼び寄せて言った、「わが君はお人柄として、むごいことをするにしのびないのだ。おまえは中に入り、進み出て杯をささげ、祝いのあいさつをせよ。あいさつが終わったら、(どうか剣舞をと)願い出て剣を持って舞い、それに乗じて沛公をその席で斬りつけ、殺してしまえ。そうしなければ、おまえたち一族は、みな今にも(沛公に)捕虜にされてしまうだろう。」と。
項荘はそこで中に入って祝いのあいさつをした。あいさつが終わると、項荘は言った、「わが君が沛公と酒を召し上がるのに、陣中には座興とするものがございません。どうか剣を持って舞わせてください。」と。項王は「よかろう。」と言った。項荘は剣を抜き、立ち上がって舞った。項伯もまた剣を抜き、立ち上がって舞い、いつも自分の身で、鳥が翼で覆うようにして沛公をかばい守った。そのため項荘は斬りつけることができなかった。
そこで張良は軍門まで行き、樊噲に会った。樊噲が言った、「今日の(宴の)ことはどうなっていますか。」と。張良が言った、「たいそう差し迫っている。たったいま項荘が剣を抜いて舞っているが、その狙いはいつも沛公にあるのだ。」と。樊噲は言った、「これは危急だ。わたくしにどうか中へ入らせてください、そして沛公と生死を共にいたします。」と。樊噲はすぐに剣を腰につけ、盾をかかえて軍門に入っていった。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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