「漁夫の利」は、二者が争っているうちに第三者が労せずして利益を横取りすることのたとえとして、現在でも新聞・ニュースでよく使われる故事成語です。出典は中国・戦国時代の歴史書『戦国策』燕策で、本文には「蚌(ぼう=どぶがい)」と「鷸(いつ=しぎ)」が争う有名な場面が描かれます。定期テストでは、書き下し文・現代語訳に加え、否定(不〜)・仮定(即/則)・「肯ぜず」などの句法、そして蘇代がこの話で趙王に何を説いたのかという内容理解がねらわれます。
まずは故事成語そのものの背景を確認したい人は、漢文の故事成語のやさしい解説もあわせて読むと、この問題がぐっと解きやすくなります。それでは、本文と頻出設問で実戦練習をしていきましょう。
本文
【白文】
【書き下し文】
趙(てう)且(まさ)に燕(えん)を伐(う)たんとす。蘇代(そだい)燕(えん)の為(ため)に恵王(けいわう)に謂(い)ひて曰(い)はく、「今者(いま)臣(しん)来(き)たりて易水(えきすい)を過(す)ぐるに、蚌(ぼう)①方(まさ)に出(い)でて曝(さら)す。而(しか)して鷸(いつ)②其(そ)の肉(にく)を啄(ついば)む。蚌(ぼう)合(がっ)して其(そ)の喙(くちばし)を箝(はさ)む。鷸(いつ)曰(い)はく、『今日(こんにち)雨(あめ)ふらず、明日(みやうにち)雨(あめ)ふらずんば、③即(すなは)ち死蚌(しぼう)有(あ)らん』と。蚌(ぼう)も亦(また)鷸(いつ)に謂(い)ひて曰(い)はく、『今日(こんにち)出(い)でず、明日(みやうにち)出(い)でずんば、即(すなは)ち死鷸(しいつ)有(あ)らん』と。④両者(りやうしや)相(あ)ひ舎(す)つるを肯(がへ)んぜず。漁者(ぎよしや)⑤得(え)て之(これ)を并(あは)せ擒(とら)ふ。今(いま)趙(てう)且(まさ)に燕(えん)を伐(う)たんとす。燕(えん)趙(てう)久(ひさ)しく相(あ)ひ支(ささ)へ、以(もっ)て大衆(たいしゆう)を敝(つか)れしめば、⑥臣(しん)強秦(きやうしん)の漁父(ぎよほ)と為(な)らんことを恐(おそ)るるなり。願(ねが)はくは王(わう)之(これ)を熟計(じゆくけい)せよ」と。恵王(けいわう)曰(い)はく、「善(よ)し」と。乃(すなは)ち止(や)む。
※書き下しの仮名遣いは歴史的仮名遣いで示しています。教科書によっては「蚌(はまぐり・どぶがい)」「鷸(しぎ)」の表記・送り仮名や、「箝(はさ)む/拑む」「敝(つか)る/弊る」など字体の異なる版があります。お使いの教科書本文を最優先で確認してください。
設問
- 傍線部①「方出曝」を、送り仮名も含めてすべてひらがなで書き下しなさい。
- 傍線部②「啄其肉」を書き下し文に直しなさい。
- 傍線部③「即有死蚌」を書き下し文に直しなさい。
- 傍線部④「両者不肯相舎」を書き下し文に直しなさい。
- 傍線部⑤「得而并擒之」を書き下し文に直しなさい。
- 傍線部⑥「臣恐強秦之為漁父也」を書き下し文に直しなさい。
- 本文中の「不雨」「不出」に共通して用いられている、漢文の基本的な句法(働き)を、漢字二字で答えなさい。
- 「今日不雨、明日不雨、即有死蚌」について、次の問いに答えなさい。
- ここでの「即」は、どのような意味・働きで用いられているか。最も適切なものを次から選びなさい。
- ア すぐに(時間的な早さ)
- イ 〜であれば、その結果として(仮定の帰結)
- ウ つまり・すなわち(言い換え)
- エ かりに〜だとしても(逆接の仮定)
- この一文を現代語訳しなさい。
- ここでの「即」は、どのような意味・働きで用いられているか。最も適切なものを次から選びなさい。
- 「不肯相舎」の「不肯」は、どのような意味を表すか。最も適切なものを次から選びなさい。
- ア 〜することができない
- イ 〜してはならない
- ウ どうしても〜しようとしない(進んで〜しない)
- エ まだ〜していない
- 次の語の、本文中での読み(ひらがな)と意味を答えなさい。
- 蚌
- 鷸
- 次の語の、本文中での意味を答えなさい。
- 曝す
- 擒ふ
- 傍線部②の直後「蚌合而箝其喙」を現代語訳しなさい。
- 「漁者得而并擒之」を現代語訳しなさい。「之」が何を指すかが分かるように訳すこと。
- この話の中で、「漁者(漁夫)」が手に入れたものは何か。本文中の二つの生き物の名を挙げて答えなさい。
- 蚌と鷸は、なぜ二匹とも漁夫に捕まってしまったのか。その理由を、本文の内容に即して三十字以内で説明しなさい。
- この話を語った蘇代は、どの国のために行動しているか。本文中から読み取って答えなさい。
- 蘇代は、この蚌と鷸のたとえ話で、当時の国際情勢の何を説明しようとしたのか。次の空欄にあてはまる国名を、本文を踏まえて答えなさい。
- 蚌と鷸=争い合う〔 A 〕と〔 B 〕
- 漁夫(第三者)=労せず利益を得る〔 C 〕
- 蘇代がこの話によって恵王に最終的に伝えたかったこと(主張)として最も適切なものを、次から選びなさい。
- ア 燕を一気に攻め滅ぼし、領土を広げるべきだ。
- イ 燕と争い続ければ国力を消耗し、強国の秦に利益を奪われてしまう。
- ウ 漁師の仕事を増やして、国を豊かにすべきだ。
- エ 蚌や鷸のような生き物を大切にして、自然を守るべきだ。
- 本文の最後で恵王が「善」と言って「乃ち止む」とあるが、これはどういうことか。簡潔に説明しなさい。
- 故事成語「漁夫の利」は、現在どのような意味で使われるか。簡潔に説明しなさい。
- 「漁夫の利」とほぼ同じ意味を表す四字熟語として最も適切なものを、次から選びなさい。
- ア 四面楚歌
- イ 漁人之利(ぎょじんのり)
- ウ 呉越同舟
- エ 蛍雪之功
- この故事から学べる教訓を、現代の私たちの生活(学校生活・人間関係など)に当てはめて、あなたの考えを一文で書きなさい。
- 出典について、次の問いに答えなさい。
- 「漁夫の利」が収められている書物の名を漢字で答えなさい。
- その書物は、おもにどのような内容を集めた書物か。最も適切なものを次から選びなさい。
- ア 戦国時代の遊説家(説客)の言論・策略を国別に集めた書物
- イ 孔子とその弟子の言行を記録した書物
- ウ 自然や四季を詠んだ詩を集めた詩集
- エ 古代中国の地理や産物を記した地理書
▼ 解答・解説を見る(まず自分で解いてから)
問1 まさにいでてさらす
〔解説〕「方(まさに)〜す」は再読文字で「ちょうど今〜しようとしている/〜したところだ」の意。「曝す」は日光に身をさらす、ひなたぼっこをする意。蚌が貝殻を開いてひなたぼっこをしている場面です。
問2 其の肉を啄む
〔解説〕「啄む(ついばむ)」はくちばしでつついて食べること。しぎが、口を開けている蚌の肉をついばもうとした場面です。
問3 即ち死蚌有らん
〔解説〕「即(すなはち)」は仮定条件を受けて「それなら(その結果)」と続ける働き。「有らん」の「ん(む)」は推量・意志の助動詞で、ここは推量「〜だろう」。前の「今日雨ふらず、明日雨ふらずんば」という仮定を受けて、「(そうなれば)死んだ蚌ができあがるだろう」と訳します。
問4 両者相ひ舎つるを肯んぜず
〔解説〕「相(あ)ひ」は「たがいに」。「舎(す)つ」は「捨てる・放す」。「肯(がへ)んず」は「進んで〜する・承知する」で、「不肯」は「どうしても〜しようとしない」。直訳は「両者は、たがいに(相手を)放そうとはしなかった」。
問5 得て之を并せ擒ふ
〔解説〕「得て」は「うまいぐあいに〜できて」。「并(あは)せて」は「両方いっしょに」。「擒(とら)ふ」は「とりこにする・つかまえる」。「之」は争っていた蚌と鷸の両方を指します。
問6 臣強秦の漁父と為らんことを恐るるなり
〔解説〕「臣」は蘇代が自分を指す謙称(わたくし)。「強秦」は強国の秦。「〜が漁父と為らん(ことを)」は「〜が(あの)漁夫の役回りになるだろうこと」。「恐るるなり」の「なり」は断定。「私は、強国の秦があの漁夫のような立場になってしまうのを恐れているのです」という意味です。
問7 否定
〔解説〕「不(ず)」は下の動詞を打ち消す、漢文で最も基本的な否定の助字。「不雨=雨ふらず」「不出=出でず」。なお「不雨」「不出」は、後ろの「ずんば」とあわせて「もし〜しなければ」という仮定の形にもなっています(順接仮定条件)。
問8
(1) イ(〜であれば、その結果として=仮定の帰結)
(2) (訳例)今日も雨が降らず、明日も雨が降らなければ、(おまえは干あがって)死んだ蚌ができあがるだろう。
〔解説〕しぎが、くちばしを挟まれたまま蚌をおどしているせりふ。「雨が降らなければ干あがって死ぬぞ」と仮定で脅しているので、「即」は時間的な「すぐに」ではなく仮定の帰結「それなら〜だろう」と訳すのが正解です。
問9 ウ(どうしても〜しようとしない/進んで〜しない)
〔解説〕「肯(がへ)んず」は「快く承知して〜する」。それを「不」で打ち消すので、「どうしても〜しようとしない」という意志的な拒否を表します。「できない(不能)」とは区別すること。
問10
(1) 蚌:読み=ぼう/意味=どぶがい(はまぐりの類。大きな二枚貝)
(2) 鷸:読み=いつ/意味=しぎ(水辺にすむ、くちばしの長い鳥)
〔解説〕貝の「蚌」と鳥の「鷸」、二つの生き物の争いであることを押さえましょう。教科書によっては「はまぐり」と説明することもあります。
問11
(1) 曝す:(日光に)さらす。ひなたぼっこをする。
(2) 擒ふ:つかまえる。とりこにする。
〔解説〕「曝」は日へん+「暴」で、日にさらす意。「擒」は手で生けどりにする意です。
問12 (訳例)(すると)蚌は貝殻を閉じ合わせて、しぎのくちばしを挟みこんだ。
〔解説〕「合」は貝を閉じ合わせる、「箝(はさ)む」はぴったり挟む意。肉をついばまれそうになった蚌が、逆にしぎのくちばしを挟み返した、立場が逆転する場面です。
問13 (訳例)(通りかかった)漁師が、(争っていた)蚌としぎの両方を、いっしょにつかまえてしまった。
〔解説〕「之」が蚌と鷸の両方を指すことを訳に出すのがポイント。争いに夢中で動けない二匹を、第三者の漁師がまとめて捕らえた、というのがこの故事の核心です。
問14 蚌(どぶがい)と鷸(しぎ)
〔解説〕争っていた当事者である二匹を、横から来た漁師がそっくり手に入れます。これが「漁夫の利」という言葉の由来です。
問15 (解答例)たがいに相手を放そうとせず争い続け、二匹とも動けなくなっていたから。(28字)
〔解説〕「不肯相舎(たがいに放そうとしない)」が直接の原因。どちらも一歩も引かず意地を張ったために、共倒れになった点をまとめます。
問16 燕(えん)(のため)
〔解説〕本文冒頭に「蘇代燕の為に恵王に謂ひて曰はく」とあります。蘇代は、趙にこれから攻められようとしている燕を救うために、趙の王を説得しに来ているのです。
問17 A・B=燕・趙(順不同)/C=秦
〔解説〕蚌と鷸の争い=燕と趙の長びく争い、漁夫=その間に労せず利益を得る強国の秦、というたとえになっています。本文の「臣強秦の漁父と為らんことを恐るるなり」がその対応を示す決め手です。
問18 イ
〔解説〕蘇代の主張は「燕と趙が争い続ければ、両国とも疲弊し、結局は強い秦に利益を横取りされてしまう(だから争うのはやめよ)」というもの。アは逆に攻撃を勧めており不適。ウ・エは話の本筋(国どうしの争い)と無関係です。
問19 (解答例)恵王は蘇代の説得に納得し、「もっともだ」と言って、燕を攻めるのをとりやめた、ということ。
〔解説〕「善」は「よろしい・もっともだ」と相手の意見を認める言葉。「乃ち止む」は、計画していた燕への攻撃を中止したことを表します。たとえ話が功を奏した結末です。
問20 (解答例)両者が争っているすきに、第三者が労せずして利益を横取りすること。
〔解説〕「漁夫の利を得る」「漁夫の利をしめる」の形でよく使われます。当事者どうしの争いと、それを利用する第三者、という構図を押さえましょう。
問21 イ(漁人之利)
〔解説〕「漁人之利」は「漁夫の利」と同じ意味の言い方。アの「四面楚歌」は周囲が敵ばかりで孤立すること、ウの「呉越同舟」は仲の悪い者どうしが同じ場に居合わせること、エの「蛍雪之功」は苦労して学問にはげむこと。混同しやすいので意味で区別しましょう。
問22 (解答例)友達どうしのささいな言い争いに夢中になっていると、その間に大事なチャンスを他の人にとられてしまうので、引くべきところでは引く冷静さを持ちたい。
〔解説〕「当事者が意地を張って争うと、第三者に利益をさらわれる」という教訓を、身近な場面に置きかえて書けていれば正解です。自分の言葉でまとめましょう。
問23
(1) 戦国策
(2) ア(戦国時代の遊説家=説客の言論・策略を、国別に集めた書物)
〔解説〕『戦国策』は前漢の劉向(りゅうきょう)が整理・編集したとされ、戦国時代の各国の策士たちの弁論や駆け引きを国ごとにまとめた書物です。「漁夫の利」は、そのうち燕の巻(燕策)に収められています。イは『論語』、ウは『詩経』などの説明にあたります。
※この問題はオリジナル作成です(教科書・市販問題集の転載ではありません)。本文は中国古典の原文(著作権の対象外)を用いています。
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