「背水の陣(はいすいのじん)」は、漢の名将・韓信(かんしん)の戦いから生まれた故事成語です。このページでは、確認テストと同じ本文を使って、白文・書き下し文・現代語訳・句法のポイントを10分で復習できます。
1. はじめに ― 「背水の陣」とは
「背水の陣」は、わざと川を背にして退路を断ち、一歩も引けない決死の覚悟で事に当たることを表す故事成語です。出典は『史記』淮陰侯(わいいんこう)列伝。漢の名将韓信が、川を背に陣を敷いて味方をあえて「死地」に置き、全軍の力を引き出して趙軍に大勝した話に基づきます。
2. 白文(訓点付き)
※「レ」「二」「一」などの返り点と送り仮名は、確認テストの表記のまま行中に示しています。
信乃使三萬人先行、出、背レ水陳ス。趙軍望見シテ而大イニ笑フ。
……
信曰ハク、「此レ在二兵法一。顧ダ諸君察セ不ル耳。兵法ニ不レや曰ハ、『陥レ之ヲ於死地一而後生キ、置レ之ヲ於亡地一而後存ス』ト。且ツ信非二素ヨリ拊循スル士大夫一也。此レ所謂『市人ヲ駆リテ而戦フ』之ナリ。其ノ勢ヒ非レバ二置クニ之ヲ於死地一、使メント下人人ヲシテ自ラ為ニ戦ハ上。今予レバ二之ニ生地一、皆走ラン、寧ンゾ尚ホ可二得テ而用フ一之乎。」ト。諸将皆服シテ曰ハク、「善シ。非二臣ノ及ブ所一也。」ト。
3. 書き下し文
信乃ち三万人をして先行せしめ、出でて、水を背にして陳す。趙軍望み見て大いに笑ふ。
……
信曰はく、「此れ兵法に在り。顧だ諸君察せざるのみ。兵法に曰はずや、『之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に置きて而る後に存す』と。且つ信、素より士大夫を拊循するを得るに非ざるなり。此れ所謂『市人を駆りて之を戦はしむ』なり。其の勢ひ、之を死地に置きて、人人をして自ら為に戦はしむるに非ずんば、今之に生地を予へば、皆走らん、寧くんぞ尚ほ得て之を用ふべけんや。」と。諸将皆服して曰はく、「善し。臣の及ぶ所に非ざるなり。」と。
4. 現代語訳
韓信はそこで三万人を先行させ、(川のほとりに)出て、川を背にして陣を敷いた。趙軍は遠くからこれを見て大いに笑った。
(戦いに勝ったあと)韓信は言った。「これは兵法にあることだ。ただ諸君が気づかなかっただけである。兵法に書いてあるではないか、『兵を死地に追い込んでこそ、その後にかえって生き残ることができ、滅亡の地に置いてこそ、その後にかえって生き延びることができる』と。そのうえ私は、日頃から兵士たちをいたわり訓練できていたわけではない。これはいわば『町の人々をかり集めて戦わせる』ようなものだ。この形勢では、兵を死地に置いて、一人一人が自分のために必死に戦うようにさせるしかない。今もし兵士たちに逃げ場のある安全な場所を与えたら、皆逃げ出してしまうだろう。どうしてその兵士たちをうまく使いこなすことなどできようか、いや、できはしない。」と。諸将は皆感服して言った。「お見事です。我々の及ぶところではありません。」と。
5. 句法・重要語のポイント
テストで狙われる句法
① 反語「寧くんぞ〜べけんや」
「寧ンゾ尚ホ可二得テ而用フ一之乎」→「寧くんぞ尚ほ得て之を用ふべけんや」。「どうして〜できようか、いや、できない」という反語です。句法名と現代語訳の両方を問われる、この文章いちばんの頻出ポイントです。
② 「不…乎(や)」=「〜ずや」
「兵法ニ不レや曰ハ」→「兵法に曰はずや」。「兵法に書いてあるではないか」と、強く念を押して確認・強調する表現です。
③ 使役「〜をして…しむ」
「三万人をして先行せしめ」「人人をして自ら為に戦はしむ」。「AをしてBせしむ=AにBさせる」という使役の形が二か所で使われています。
覚えておきたい重要語
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 陳す(じんす) | 陣を敷く。「陳」は「陣」に同じ |
| 顧(ただ) | ただ…だけ。「顧(かえ)りみる」ではない |
| 拊循す(ふじゅんす) | (兵士を)いたわり手なずける。日頃から訓練し従わせること |
| 市人を駆る | 町の人々をかり集めて戦わせる、にわか仕立ての軍のたとえ |
| 予ふ(あたふ) | 与える。「与」「給」も同じ意味で使われる |
| 死地・亡地 | 逃げ場がなく、そこにいれば死ぬ・滅びるしかない絶体絶命の場所 |
6. 故事の意味と現代での使い方
当時の兵法の常識では、川を背にした退路のない布陣は愚かなものとされ、ふつうは避けるべきでした。だからこそ趙軍は韓信の陣を見て大笑いしたのです。しかし韓信の狙いは、訓練の行き届かない寄せ集めの兵をあえて死地に置き、一人一人が自分のために必死に戦うしかない状況を作ることでした。常識の裏をかいた知略に、諸将も「臣の及ぶ所に非ざるなり」と感服します。
ここから「背水の陣」は、退路を断ち、もう後がない状況で全力を尽くして事に当たることを意味します。同じく決死の覚悟を表す「破釜沈舟(はふちんしゅう)」が類義語です。
・例文1:今度の試験は留年がかかっており、まさに背水の陣で勉強に取り組んだ。
・例文2:資金も尽き、背水の陣で新事業に挑む。
確認クイズ(3問)
Q1. 川を背にした韓信の陣を見て、趙軍はどうしましたか。
ア 大いに笑った イ すぐに総攻撃した ウ 恐れて退却した
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正解:ア 解説:「趙軍望み見て大いに笑ふ」とあります。退路のない布陣は兵法の常識では愚かなものとされていたからです。
Q2. 韓信があえて兵を「死地」に置いた狙いはどれですか。
ア 趙軍を川までおびき寄せるため イ 一人一人が自分のために必死に戦うしかない状況を作るため ウ 川の水を使って趙軍を攻めるため
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正解:イ 解説:訓練されていない寄せ集めの兵に生地(逃げ場)を与えれば「皆走らん(皆逃げ出してしまうだろう)」と考え、あえて死地に置いて死力を引き出しました。
Q3. 「背水の陣」と最も意味の近い四字熟語はどれですか。
ア 四面楚歌 イ 漁夫の利 ウ 破釜沈舟
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正解:ウ 解説:「破釜沈舟」は釜を破り船を沈めて退路を断つ意味で、「背水の陣」と同じく決死の覚悟を表します。「四面楚歌」は周囲が敵ばかりで孤立すること、「漁夫の利」は争いの間に第三者が利益を得ることです。
7. 物語の背景 ― 井陘(せいけい)の戦い
「背水の陣」のもとになったのは、漢が天下を統一していく途中で起きた「井陘(せいけい)の戦い」です。漢の劉邦(りゅうほう)に仕えた韓信は、北方の趙(ちょう)を攻めるよう命じられました。趙には大軍があり、しかも韓信が通らなければならない井陘という道は、両側を山にはさまれた細く長い谷道で、大軍が一度に動けない難所でした。ここで負ければ漢の北の守りはくずれてしまう、まさに勝負どころの一戦だったのです。
趙の側には、李左車(りさしゃ)という知恵者がいて、「韓信の補給路を断てば、戦わずして勝てる」と進言しました。しかし趙の総大将はこれを聞き入れず、まともに正面からぶつかろうとします。韓信はその情報をつかみ、相手が油断していることを見抜いたうえで、あえて川を背にした「死地」の布陣をとったのでした。つまり「背水の陣」は、ただ無謀に退路を断っただけではなく、敵の動きを正確に読んだうえでの計算された作戦だった、という点が大切です。
さらに韓信は、別働隊(べつどうたい=本隊とは別に動く部隊)を用意していました。趙軍が川辺の漢軍に気を取られているすきに、この別働隊が手薄になった趙の本陣を奪い、漢の赤い旗を一斉に立てたのです。背後の本陣を取られた趙軍は浮き足立ち、こうして韓信は寡兵(かへい=少ない兵)で大軍を破りました。教科書本文に出てくる「背水の陣」は、この大きな作戦の一部分にあたることを知っておくと、本文の理解がぐっと深まります。
8. 出典『史記』と作者・司馬遷について
この話の出典は『史記(しき)』の「淮陰侯(わいいんこう)列伝」です。「淮陰侯」とは韓信のことで、淮陰という土地の出身であることにちなんだ呼び名です。『史記』は前漢の歴史家・司馬遷(しばせん)が著した、中国最初の本格的な通史です。伝説上の帝王の時代から司馬遷が生きた前漢の時代までを記した、たいへんスケールの大きい歴史書です。
『史記』は、皇帝の記録である「本紀(ほんぎ)」、人物の伝記を集めた「列伝(れつでん)」などに分けて書かれており、この形式は「紀伝体(きでんたい)」と呼ばれます。後の中国の歴史書はこの紀伝体にならいました。『史記』には「背水の陣」のほかにも、「四面楚歌(しめんそか)」「鴻門(こうもん)の会」など、現代まで使われる故事成語や有名な場面が数多く収められています。テストでは「この話の出典は何か」「作者はだれか」が問われることがあるので、『史記』淮陰侯列伝・作者は司馬遷とセットで覚えておきましょう。
9. 句法をもっとくわしく
反語「寧くんぞ〜べけんや」の読み方
本文の山場「寧ンゾ尚ホ可二得テ而用フ一之乎」は、書き下すと「寧くんぞ尚ほ得て之を用ふべけんや」となります。「寧」は反語を作る代表的な語で、「いづくんぞ」「なんぞ」などと同じ仲間です。形のうえでは疑問の文ですが、意味のうえでは強い否定を表します。「どうして〜できようか、いや、できはしない」と訳すのが定番で、ここでは「逃げ場を与えたら、その兵をうまく使いこなすことなどできはしない」という、できないことを強調した言い方になっています。
反語を訳すときのコツは、最後に「いや、〜ない(〜だ)」と心の中の答えを補って考えることです。疑問のまま「〜できるだろうか」と訳すと減点されやすいので注意しましょう。
使役「使(し)む」のしくみ
- 原文:信乃使三萬人先行(信乃ち三万人をして先行せしむ)
- 意味:韓信はそこで三万人を先に行かせた
「使(しむ)」は「AをしてBせしむ=AにBさせる」と読む使役の助字です。「A」のところに動作をする人(ここでは三万人)が入り、「B」のところに動作(先行=先に行く)が入ります。「令」「教」「遣」なども同じように使役で読むことがあるので、まとめて覚えておくと役立ちます。本文では「人人をして自ら為に戦はしむ」にも同じ形が使われています。
「不…乎」=念押しの「〜ずや」
「兵法ニ不レや曰ハ」は「兵法に曰はずや」と読みます。「〜ずや」は「〜ではないか」と相手に強く同意を求める表現で、ここでは「兵法に書いてあるではないか」と、自分の作戦が兵法にかなっていることを念押ししています。疑問の「や」とまぎらわしいので、文の流れから「念押し・強調」なのか「ただの疑問」なのかを見分ける練習をしておきましょう。
10. つまずきやすいポイント
- 「顧(ただ)」を「かえりみる」と読まない:本文の「顧ダ諸君察セ不ル耳」の「顧」は「ただ…だけ」という意味の副詞です。「ふり返る」の意味の「顧(かえり)みる」と混同しないようにしましょう。文末の「耳(のみ)」とセットで「ただ〜だけだ」となります。
- 「陳す」は「陣を敷く」:「背レ水陳ス」の「陳」は「述べる・並べる」の意味もありますが、ここでは「陣」と同じで「陣を敷く・布陣する」の意味です。漢字のちがいにまどわされないこと。
- 「死地」「亡地」を文字どおりに取らない:「死地」は「逃げ場がなく死ぬしかない場所」のたとえで、実際にそこで死ぬという意味ではありません。「あえて追いつめることで死力を引き出す」という発想を読み取ることが大切です。
- 反語を疑問のまま訳さない:「寧くんぞ〜べけんや」を「どうして用いられるだろうか」で止めず、「いや、用いることはできない」まで訳しきること。
11. 入試・定期テストでの問われ方
この文章は、句法と読解の両方をバランスよく問える題材として、定期テストでよく出されます。よく出る問い方の例を挙げます。
- 句法の指摘:傍線部「寧くんぞ尚ほ得て之を用ふべけんや」は何という句法か(→反語)。また現代語訳せよ、という形でセットで問われます。
- 書き下し文:白文に返り点・送り仮名がついた状態から書き下す問題。「使(しむ)」「不…乎」の読みが採点ポイントです。
- 内容説明:「なぜ韓信はあえて川を背に陣を敷いたのか」を、本文の言葉(死地・自ら為に戦ふ など)を使って説明させる問題。
- 故事成語の知識:「背水の陣」の意味、出典、作者、類義語(破釜沈舟)を答えさせる問題。
とくに「内容説明」では、「逃げ場のない死地に置くことで、寄せ集めの兵に死力を尽くさせるため」という、作戦のねらいを自分の言葉でまとめられるようにしておくと安心です。
12. ミニ練習問題(解答つき)
問1 次の白文を書き下し文に直しなさい。
「使三萬人先行」
問2 傍線部「寧くんぞ尚ほ得て之を用ふべけんや」の句法名を答え、現代語訳しなさい。
問3 韓信が兵を「死地」に置いたのはなぜか。本文をふまえて二十五字程度で説明しなさい。
問4 「背水の陣」の出典となった歴史書の名前と、その作者を答えなさい。
― 解答 ―
- 問1:三万人をして先行せしむ。(「使」を「〜をして…せしむ」と使役で読むのがポイント)
- 問2:句法名=反語。現代語訳=どうしてその兵をうまく使いこなすことなどできようか、いや、できはしない。
- 問3:(例)逃げ場をなくして、寄せ集めの兵に自分のため必死に戦わせるため。
- 問4:歴史書=『史記』(淮陰侯列伝)、作者=司馬遷。
13. よくある質問(Q&A)
Q1.「背水の陣」と「破釜沈舟」はどう違うのですか。
A.どちらも「退路を断って決死の覚悟で戦う」という意味で、ほぼ同じように使えます。「背水の陣」は韓信が川を背に陣を敷いた話、「破釜沈舟」は項羽(こうう)が釜をこわし船を沈めて逃げ道をなくした話が由来です。出典となる人物・場面が違うだけだと覚えておけば十分です。
Q2.趙軍はなぜ韓信の陣を見て笑ったのですか。
A.川を背にして退路のない布陣は、当時の兵法では「絶対にやってはいけない愚かな配置」とされていたからです。だから趙軍は「兵法も知らないのか」とあざ笑ったのですが、それこそ韓信のねらいどおりでした。常識の逆をついた点に、この故事のおもしろさがあります。
Q3.「之を死地に陥れて而る後に生く」とはどういう意味ですか。
A.「兵を逃げ場のない死地に追いこんでこそ、かえって生き残ることができる」という意味です。安全な場所では人は気をゆるめますが、後がない状況に置かれると死力を尽くす、という人の心理をうまくついた兵法の考え方です。
Q4.日常生活ではどんなときに使えますか。
A.「もう後がない、ここで全力を出すしかない」という場面で使います。たとえば「受験まで一年を切り、背水の陣で勉強に取り組む」のように、自分を追いこんで全力を尽くす覚悟を表すときにぴったりの言葉です。
まとめ
・「背水の陣」=退路を断ち、一歩も引けない決死の覚悟で事に当たること。
・出典は『史記』淮陰侯列伝(著者は司馬遷)。
・韓信は寄せ集めの兵をあえて死地に置き、「之を死地に陥れて而る後に生く」を実践して趙軍に大勝した。
・句法は反語「寧くんぞ〜べけんや」、念押しの「曰はずや」、使役「〜をして…しむ」が頻出。
・類義の四字熟語は「破釜沈舟」。
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