1. はじめに
『大鏡(おおかがみ)』は平安時代後期に成立した歴史物語で、二人の長寿の老人(大宅世継と夏山繁樹)が昔語りをするという形で、藤原氏の栄華を中心に宮廷の歴史を語ります。この「鶯宿梅(おうしゅくばい)」は、語り手の繁樹(しげき)が、自分が若くて蔵人(くろうど)だったころに実際に体験した失敗談として語る、短くてしみじみとした逸話です。
村上天皇の時代、清涼殿の前の梅が枯れたので、代わりの梅をさがして掘り取ってきたところ、その木の持ち主が紀貫之(きのつらゆき)の娘で、彼女が父の形見として大切にしていた梅だった、という話です。木に結びつけられた一首の和歌が帝の心を打ち、帝が深く後悔する場面が読みどころです。権力で美しいものを奪うことの無粋(ぶすい)さと、機知に富んだ和歌の力が描かれています。
2. 原文
【本文】
いとをかしうあはれにはべりしことは、この天暦の御時に、清涼殿の御前の梅の木の枯れたりしかば、求めさせ給ひしに、なにがしぬしの蔵人にていますがりし時、承りて、「若き者どもはえ見知らじ。きむぢ求めよ。」とのたまひしかば、一京まかり歩きしかども、はべらざりしに、西の京のそこそこなる家に、色濃く咲きたる木の、様体うつくしきがはべりしを、掘り取りしかば、家あるじの、「木にこれ結ひつけて持て参れ。」と言はせ給ひしかば、あるやうこそはとて、持て参りて候ひしを、「何ぞ。」とて御覧じければ、女の手にて書きてはべりける。
勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ
とありけるに、あやしく思し召して、「何者の家ぞ。」と尋ねさせ給ひければ、貫之のぬしの御女の住む所なりけり。「遺恨のわざをもしたりけるかな。」とて、あまえおはしましける。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【現代語訳】
たいそう趣深く、しみじみと感じられましたことは、この村上天皇の御代(天暦の御時)に、清涼殿の御前の梅の木が枯れてしまったので、(帝が代わりの梅を)お求めになったときに、なにがし殿が蔵人でいらっしゃった時に、(その命令を)承って、(私に)「若い者たちは(よい梅を)見分けられないだろう。おまえが探せ。」とおっしゃったので、都じゅうを歩き回りましたけれど、(よい梅は)ございませんでしたが、西の京のどこそこという家に、色濃く咲いている木で、姿かたちの美しいのがございましたのを、掘り取りましたところ、その家の主人が、「木にこれ(=この手紙)を結びつけて持って参上せよ。」と(使いの者に)言わせなさったので、(何か)わけがあるのだろうと思って、(その木を宮中に)持って参上して控えておりましたが、(帝が)「これは何だ。」とおっしゃって御覧になったところ、女の筆跡で書いてございました。
(帝の)勅命ですので、まことに恐れ多いことです。けれど、(毎年やってくる)鶯が「私の宿はどこか」と尋ねたならば、私はどう答えればよいのでしょう。
と(書いて)あったので、(帝は)不思議にお思いになって、「(これは)誰の家か。」とお尋ねになったところ、(あの)紀貫之殿の娘御が住んでいる所であった。(帝は)「(取り返しのつかない)残念なことをしてしまったなあ。」とおっしゃって、きまり悪そうにしていらっしゃった。
4. 重要語句
- をかし…趣がある。心がひかれる。ここは「いとをかしうあはれに」で、しみじみと趣深い、の意。
- あはれなり…しみじみと感動的だ。胸を打たれる。
- 天暦の御時…村上天皇の治世のこと。天暦は村上天皇の代の年号。
- 御前(おまへ)…(貴人の)おそば・お前(まえ)。ここでは清涼殿の御前(庭先)。
- 蔵人(くろうど)…天皇のそば近くに仕え、機密の事務などを扱う役職。
- いますがり…「あり・をり」の尊敬語。いらっしゃる。
- え〜じ/え〜ず…(不可能)〜できない。打消の語と呼応する。「え見知らじ」で見分けられないだろう。
- きむぢ(汝)…おまえ。対等以下の相手をさす二人称。
- まかり歩く…歩き回る。「まかり」は謙譲・丁寧の意を添える接頭語的な語。
- 様体(やうだい)…姿かたち。ようす。
- 勅(ちょく)…天皇の命令。勅命。
- かしこし…恐れ多い。おそれつつしむべきだ。
- 遺恨(ゐこん)のわざ…残念な行い。心残りなしわざ。
- あまえおはします…きまり悪く思っていらっしゃる。気おくれしたようすでいらっしゃる。「あまふ」は気恥ずかしく思う意。
5. 文法・読解のポイント
- 敬語の方向(尊敬語)…「求めさせ給ひし」「のたまひし」「御覧じ」「思し召し」「尋ねさせ給ひ」「おはしまし」はすべて村上天皇への尊敬語で、語り手の繁樹が帝を高めて語っていることをおさえる。「求めさせ給ふ」の『させ給ふ』は、二重尊敬(最高敬語)と取る説と、使役の助動詞+尊敬補助動詞(帝が人に求めさせた)と取る説があり、教材により分かれる。文脈上は帝が誰かに梅を求めさせた状況なので、どちらの読みも成り立つ点をおさえる。
- 敬語の方向(謙譲・丁寧)…「承りて」「持て参る」は謙譲語で帝への敬意。「はべり(侍り)」は丁寧語で、繁樹が聞き手(世継たち・読者)に対してへりくだって語っていることを示す。誰から誰への敬意かを問われやすい。
- 助動詞「し・しか」(過去「き」)…「枯れたりしかば」「のたまひしかば」「掘り取りしかば」などの「し・しか」は過去の助動詞「き」の連体形・已然形。繁樹が自分で体験した過去を語るので、直接体験を表す「き」が多用される。一方、伝聞・間接の場面では「けり」(思し召しける・あまえおはしましける)が使われる点も対比できる。
- 呼応(係り結び・打消の呼応)…「え見知らじ」は副詞「え」+打消推量「じ」で不可能。「はべらざりし」の「ざり」も打消。和歌中「いかが答へむ」は疑問の「いかが」と推量・意志「む」の結びで反語的に「どう答えようか(答えようがない)」のニュアンス。
- 和歌の修辞(掛詞)…「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ」。『拾遺集』にも入る名歌。『大鏡』では紀貫之の娘(紀内侍)の作とする。「宿」に、梅の木という鶯の住みか(宿)の意と、人の住む家(宿)の意が掛けられているとされ、帝の命には従うが、梅を奪えば毎年来る鶯にどう申し開きするのか、と婉曲に抗議する。
- 「あるやうこそはとて」の省略・係り結び…「(何か)わけがあるのだろうと思って」の意。係助詞「こそ」の結びにあたる語(あらめ等)が省略され、余情を残す。下に「あらめ」を補って解釈する。
6. 主題・あらすじ・背景
あらすじ:村上天皇の御代、清涼殿の前の梅の木が枯れたので、帝が代わりの梅をお求めになった。語り手の繁樹は、当時まだ若い身でこの探索を命じられ、都じゅうを歩き回った末、西の京のある家に、色濃く美しく咲いた梅の木を見つけて掘り取った。すると家の主人が、木に一枚の手紙を結びつけて持って行くよう使いに言わせた。宮中で帝がそれを御覧になると、女の筆跡で「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ(勅命なので恐れ多く従いますが、毎年来る鶯が宿はどこかと尋ねたら、どう答えればよいのでしょう)」と書かれていた。帝が不審に思って家の主を尋ねさせると、そこは紀貫之の娘(紀内侍)の住む家であった。父の形見の梅を奪ってしまったと知った帝は、「残念なことをしてしまった」とおっしゃって、きまり悪げにしていらっしゃった、という話である。
主題:権力(勅命)によって美しいものを一方的に奪うことの無粋(ぶすい)さと、それをやわらかく、しかし鋭く突く和歌の機知・教養の力。風雅を求めたはずの行いが、かえって雅(みやび)に反していたという皮肉。父の形見を慈しむ娘の心と、それを察して恥じ入る帝の素直さに、平安貴族の美意識(あはれ・みやび)がにじむ。
背景:『大鏡』は十一世紀後半(白河天皇のころ)に成立したとされる作者未詳の歴史物語で、文徳天皇から後一条天皇までの歴史を、紀伝体(人物中心の伝記形式)で描く。大宅世継(百九十歳)と夏山繁樹(百八十歳ほど)という超高齢の老人が、若侍を相手に昔語りをするという独特の構成をとる。この「鶯宿梅」は、繁樹が自分の若いころの体験として語る挿話。舞台の村上天皇(在位946〜967)の治世は「天暦の治」と呼ばれ、和歌や文化が栄えた時代として理想化される。和歌の作者とされる紀貫之は『古今和歌集』の撰者で『土佐日記』の作者でもある代表的歌人で、その娘が父ゆずりの歌才を見せる点も味わいどころ。なおこの歌は『拾遺和歌集』にも収められ、その家の梅は「鶯宿梅」と呼ばれて後世まで語り継がれた。
確認クイズ(3問)
梅の木を掘り取らせ、のちに後悔したのはどの天皇ですか。
村上天皇(天暦の御時の帝)です。清涼殿の前の枯れた梅の代わりを求めさせ、奪った梅が紀貫之の娘のものと知って後悔しました。
「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ」の和歌は、何を言おうとしていますか。また「宿」にはどんな技法が使われていますか。
「帝の命令なので恐れ多く従いますが、毎年やってくる鶯が『私の宿はどこ』と尋ねたら、どう答えればよいのでしょう」と、梅を奪うことへの抗議をやわらかく述べています。「宿」は鶯の住みか(梅)と人の住む家の両方を表す掛詞とされます。
和歌の作者は誰だとされ、その梅はその人にとってどんな木でしたか。
紀貫之の娘(紀内侍)の作とされます。その梅は、父・貫之が大切に手入れしていた、父の形見ともいうべき木でした。
7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 敬語の問題が頻出。「求めさせ給ふ」「のたまふ」「御覧ず」「思し召す」「おはします」が誰への敬意か、「承る」「持て参る」が誰への敬意か、「はべり」が聞き手への丁寧かを整理しておく。「求めさせ給ふ」の『させ給ふ』を二重尊敬と取るか使役+尊敬と取るかでも問われやすい。
- 語り手が誰か(夏山繁樹)と、これが繁樹自身の若い日の体験談である点を問われやすい。だから過去の助動詞「き(し・しか)」が多いことと結びつけて理解する。
- 和歌「勅なれば〜」の解釈と修辞(「宿」の掛詞)、作者(紀貫之の娘=紀内侍)が定番の出題ポイント。歌に込めた気持ち(命令には従うが奪うのは忍びない、という婉曲な抗議)を説明させる記述問題が多い。
- 「遺恨のわざをもしたりけるかな」「あまえおはしましける」の主語が村上天皇であること、後悔・きまり悪さの内容を問う問題に注意。なぜ後悔したのか(父の形見を奪ったから)を本文の根拠で答える。
- 「え見知らじ」(不可能)、「あるやうこそはとて」(係り結びの省略)など、呼応・省略の文法を訳に正しく反映できるか。
8. まとめ
・『大鏡』の一挿話「鶯宿梅」は、語り手・夏山繁樹が若き蔵人だったころの体験談として、村上天皇の梅をめぐる出来事を語る。
・枯れた清涼殿の梅の代わりに掘り取ってきた西の京の梅は、紀貫之の娘が父の形見として愛した木だった。
・木に結ばれた和歌「勅なればいともかしこし鶯の宿はと問はばいかが答へむ」は、勅命には従うが奪うのは忍びないと、掛詞「宿」を用いて婉曲に訴える名歌。
・帝はそれを知って『遺恨のわざをもしたりけるかな』と後悔し、権力で雅を奪う無粋さと和歌の機知が対比される。
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