枕草子『中納言参りたまひて』をやさしく解説|くらげの骨と清少納言の機知

枕草子 中納言参りたまひて くらげの骨 作品解説 作品解説

導入:なぜテストに頻出なの?

生徒
生徒先生、「中納言参りたまひて」って、どうしてそんなにテストで出るんですか?短い話なのに…。
先生
先生短いからこそ、清少納言の当意即妙の機知がぎゅっと詰まっているんだ。会話だけで話が進んで最後にオチが決まる――この洒落のうまさが平安の理想「をかし」をよく表すから狙われるんだよ。

『枕草子』の「中納言参(ちゅうなごんまゐ)りたまひて」は、清少納言(せいしょうなごん)の当意即妙(とういそくみょう)の機知が光る短い名場面です。会話だけで話が進み、最後に清少納言の一言が決まる――この洒落(しゃれ)のうまさが平安貴族の理想とした「をかし(知的で気がきいている美しさ)」をよく表すため、教科書にも入試にもよく登場します。

登場人物は二人。主人である中宮定子(ちゅうぐうていし)の弟・中納言藤原隆家(ふじわらのたかいえ)と、定子に仕える女房(にょうぼう=お付きの女性)の清少納言です。現代語訳・敬語・係り結びがまとめて問われる頻出教材です。

『枕草子』全体を先に知りたい人は、枕草子のあらすじもどうぞ。

あらすじ:扇の骨をめぐる、軽快なやりとり

話の流れを順番に追ってみましょう。

  1. 隆家が自慢する。隆家が姉の中宮定子のもとへ参上し、「すばらしい扇の骨を手に入れた。紙を張らせて(定子に)差し上げたいが、ありきたりの紙では似合わないので、よい紙を探している」と語ります。
  2. どんな骨か、とたずねる。「どんな骨なのですか」と問うと、隆家は得意げに「すべてがすばらしい。『まったく見たことのない骨だ』とみんなが言う。本当に、これほどのものは見たことがない」と、声高に言います。
  3. 清少納言が機知で返す。骨を「まだ見たことがない」と強調する隆家に、清少納言はすかさず「それなら、それは扇の骨ではなくて、海月(くらげ)の骨なのでしょう」と返します。海月(クラゲ)に骨はありません。「だれも見たことのない骨」=「この世にない海月の骨」という洒落です。
  4. 隆家が笑って降参する。見事な返しに、隆家は「これは(自分の手柄ではなく)隆家が言ったことにしてしまおう」と言って笑います。負けを認めつつ場をなごませる粋(いき)な反応です。
先生
先生コツは、隆家の自慢→清少納言の切り返し→隆家の笑い、という三段の流れで頭に入れること。誰も傷つけずに言葉遊びで勝つのが、清少納言の上品さなんだ。

そして段の最後に、清少納言はこう付け加えます。「こういう自慢めいた話はきまり悪い(みっともない)こととして書きもらすべきだが、『一つも書きもらすな』と人が言うので、仕方なく書いたのです」。手柄を語る照れくささを、ユーモアで包んでいます。

名場面の原文(短い引用+現代語訳)

清少納言の機知が決まる、いちばん有名な部分です。

「すべていみじう侍(はべ)り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ。」と言高(ことだか)くのたまへば、「さては、扇のにはあらで、海月(くらげ)のななり。」と聞こゆれば、「これは隆家が言(こと)にしてむ。」とて、笑ひ給(たま)ふ。

――『枕草子』(出典:枕草子)

現代語訳:「すべてすばらしいのです。『まったく見たことのない骨の様子だ』と人々が申しております。本当に、これほどのものは見たことがありませんでした」と(隆家が)声高におっしゃるので、(清少納言が)「それでは、扇の骨ではなくて、海月(くらげ)の骨なのでしょう」と申し上げると、「これは隆家が言ったことにしてしまおう」と言って、お笑いになる。

※「海月のななり」は「海月の(骨)なるなり」が縮まった形で、「海月の骨であるようだ」の意味。「ななり」は推定をやわらかく述べる言い方です。

結びの一文も、清少納言の人柄が出ていて入試で狙われます。

かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落(お)としそ。」と言へば、いかがはせむ。

――『枕草子』

現代語訳:こういう(自慢めいた)話こそ、きまり悪いことの中に入れて(書かずにおく)のがよいのだろうけれど、「一つも書きもらすな」と(人が)言うので、どうしようもない(から書いたのだ)。

重要古語・文法ポイント

おさえたい古語と文法を表にまとめました。取り違えやすい語ばかりです。

語・表現意味・はたらきこの段での使われ方
いみじ程度がはなはだしい。文脈で「すばらしい」「ひどい」の両方になる「いみじき骨」=とてもすばらしい骨(ここはプラスの意味)
めでたしすばらしい。ほめたたえたくなるほど立派だ「いみじ」と並ぶ最上級のほめ言葉。隆家の自慢と響き合う
をかし趣がある。知的で気がきいていて面白いこの段全体が体現する美意識。清少納言の機知そのもの
いかでかどうして~か(疑問・反語)/なんとかして(願望)「いかやうにかある」の「いか」と同系。「どんな~か」と問う
さらに~なしまったく~ない(下に打消を伴う呼応の副詞)「さらにまだ見ぬ」=まったくまだ見たことがない、と強く否定
かたはらいたしきまりが悪い。みっともない。見ていて苦々しい結びの「かたはらいたきこと」=自慢話を書くきまり悪さ
え~まじ「え」+打消で「~できない」。「え張るまじ」=張ることができそうにない「おぼろけの紙はえ張るまじ」=並の紙では張れそうにない
となむ人々申す係助詞「なむ」の係り結び(結びは連体形「申す」)強調の係り結び。「~と人々が申している」を強めている

「いみじ」のように良い意味にも悪い意味にもなる語は、前後の文脈で訳し分けるのが鉄則です。清少納言が大切にした「をかし」と、『源氏物語』に代表される「あはれ」のちがいは、「あはれ」と「をかし」の違いもあわせてどうぞ。

生徒
生徒「いみじ」って、いい意味か悪い意味か、どうやって決めるんですか?
先生
先生いい質問だね。「いみじ」は程度がはなはだしいことだけを表す語だから、前後の文脈で判断する。ここは骨をほめている場面だから「すばらしい」でいいんだよ。

テストでの問われ方

定期テストや入試では、次のポイントがよく問われます。

  • 「海月の骨」とは何のたとえか。→ 海月(クラゲ)に骨はない。「だれも見たことのない骨」という言葉を逆手にとり、「それは実在しない海月の骨でしょう」と機知で切り返した表現だと説明できるか。
  • この段の主題。→ 「当意即妙の機知」「をかしの美意識」がキーワード。
  • 「これは隆家が言にしてむ」の心情。→ 「この一言は自分(隆家)が言ったことにしよう」。清少納言の機知をほめ、場をなごませるおおらかな心情を読み取る。
  • 敬語の向き。→ 「参る」「奉る」「申す」「のたまふ」が、だれからだれへの敬意か(定子・隆家・清少納言の関係)を答えさせる問題が頻出。
  • 係り結びと呼応の副詞。→ 「なむ~申す(連体形で結ぶ)」、「さらに~(打消)」「~まじ」の呼応に注意。
  • 結びの一文。→ 「かたはらいたきこと(きまり悪いこと)」の意味と、「一つな落としそ(一つも書きもらすな)」と求められて書いた事情。

場面の前半も読んでおこう(扇の骨を持ち込む場面)

有名な「海月の骨」のやりとりにたどり着く前に、隆家が定子のもとへやって来て扇の骨を見せびらかす場面があります。ここを押さえておくと、なぜ清少納言の一言があれほど効くのかがよく分かります。原文の冒頭をやさしく見てみましょう。

原文:中納言参りたまひて、御扇(おんあふぎ)奉(たてまつ)らせたまふに、「隆家こそいみじき骨は得てはべれ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求めはべるなり。」と申したまふ。

現代語訳:中納言(隆家)が(定子のもとに)参上なさって、扇を(定子に)差し上げなさるときに、「隆家は、すばらしい(扇の)骨を手に入れております。それに紙を張らせて差し上げようとするのですが、並ひととおりの紙では張ることができそうにないので、(よい紙を)探しているのです」と申し上げなさる。

ここで隆家は、自分の名を「隆家こそ」と自分から口にして、得意げに自慢しています。この「ちょっと鼻にかけた自慢」があるからこそ、あとの清少納言の切り返しが痛快に決まり、さらに隆家自身が笑って受け流すおおらかさが引き立つのです。前半と後半をひとつながりで読むのが理解のコツです。

敬語のしくみをていねいに整理する

中納言参りたまひて 敬語の方向図(参る=隆家から定子へ謙譲・たまふ=隆家を尊敬・聞こゆ=清少納言から隆家へ謙譲)

この段は短いのに敬語が多く、テストでは「だれからだれへの敬意か」が必ずといってよいほど問われます。敬語には大きく三種類あります。まずこの区別を頭に入れましょう。

  • 尊敬語…動作をする人を高める。「たまふ」「のたまふ(言ふの尊敬)」「奉らせたまふ」など。
  • 謙譲語…動作の受け手(相手)を高める。「参る(行く・来の謙譲)」「奉る(与ふの謙譲)」「聞こゆ(言ふの謙譲)」「申す」など。
  • 丁寧語…聞き手・読み手への敬意。「はべり(あり・をりの丁寧)」など。

そのうえで、この段の主な敬語を一つずつ確認します。地の文(清少納言が書いている部分)の敬語は、原則として作者・清少納言からの敬意です。会話文の中の敬語は、その話し手からの敬意になります。

  • 「参りたまひて」…「参り」は謙譲語で、参上する先である中宮定子への敬意(作者から)。「たまひ」は尊敬語で、参上する隆家への敬意(作者から)。一つの語に二方向の敬意がこもる好例です。
  • 「奉らせたまふ」…「奉ら」は謙譲語で、扇を差し上げる相手の定子へ、「せたまふ」は尊敬語で動作主の隆家へ(どちらも作者から)。
  • 「のたまへば」…「のたまふ」は「言ふ」の尊敬語で、話している隆家への敬意(作者から)。
  • 「聞こゆれば」…「聞こゆ」は「言ふ」の謙譲語で、申し上げる相手の隆家への敬意(作者・清少納言から)。自分の発言をへりくだって述べています。
  • 「笑ひ給ふ」…「給ふ」は尊敬語で、笑う動作主の隆家への敬意(作者から)。
  • 「はべり」「はべる」…丁寧語で、聞き手(定子や周囲)への敬意。隆家の会話の中で使われています。

ポイントは、謙譲語は「だれを立てているか(受け手)」、尊敬語は「だれの動作か(動作主)」を見ることです。「参る」「奉る」「申す」「聞こゆ」が出たら受け手を、「たまふ」「のたまふ」が出たら動作主を確認するくせをつけると、敬意の方向を取り違えません。

先生
先生敬語は丸暗記より「だれの動作か・だれを立てているか」を見るのが近道。謙譲語は受け手、尊敬語は動作主――この合言葉だけ覚えておけば、方向を取り違えないよ。

つまずきやすいポイント

  • 「海月のななり」の文法。「な・なり」と区切ります。前の「な」は断定の助動詞「なり」の連体形「なる」が撥音便(はつおんびん)化して「ん」となり、それが表記されずに「な」と残った形。後ろの「なり」は推定の助動詞です。つまり「(骨である)にちがいない・骨であるようだ」という、断定+やわらかい推定の重なった言い方です。「ななり」を見たら「なるなり」を思い出しましょう。
  • 「え張るまじ」の呼応。副詞「え」は下に打消・不可能の語を伴って「~できない」の意味をつくります。ここは「まじ(打消推量・不可能)」と呼応し「張ることができそうにない」。「え」を単独で「えっ」などと読まないこと。
  • 「さらにまだ見ぬ」の「さらに」。「さらに」も下に打消を伴って「まったく~ない」と全否定する呼応の副詞です。「さらに見ぬ」で「まったく見たことがない」。「さらに(その上)」という現代語の意味で訳すと誤訳になります。
  • 「いみじ」の訳し分け。「いみじ」は程度のはなはだしさを表すだけの語で、良い・悪いは文脈次第。ここは「いみじき骨」「すべていみじう侍り」とほめている場面なので「すばらしい」と訳します。
  • 「これは隆家が言にしてむ」の主語。言ったのは隆家です。「(清少納言の見事な一言を)自分=隆家が言ったことにしてしまおう」という意味で、負けを認めつつ機転をほめる粋なせりふ。主語を清少納言と取り違えないように。
生徒
生徒「これは隆家が言にしてむ」って、清少納言が言ったのかと思ってました…!
先生
先生そこがまさにひっかけ。言ったのは隆家だよ。「この見事な一言は自分が言ったことにしよう」と負けを認めつつ笑う――主語をまちがえないようにね。

ミニ練習問題(解答つき)

本文を読んだあとの力だめしです。まず自分で考えてから、解答を確認しましょう。

  1. 「おぼろけの紙はえ張るまじ」を現代語訳しなさい。
  2. 「さらにまだ見ぬ骨のさまなり」の「さらに」は、どのような語と呼応していますか。はたらきも答えなさい。
  3. 「海月のななり」とは、清少納言が何を言おうとした表現か、20字程度で説明しなさい。
  4. 「笑ひ給ふ」の「給ふ」は、だれからだれへの敬意ですか。

解答

  1. 並ひととおりの紙では(骨に)張ることができそうにない。(「え~まじ」で不可能を表す。)
  2. 下の打消(「見ぬ」の「ぬ」)と呼応し、「まったく~ない」と全否定するはたらき。
  3. 骨がないクラゲを引き合いに、その骨は実在しないものだという機知。(「だれも見たことのない骨」を逆手に取った。)
  4. 作者(清少納言)から、笑う動作主である隆家への敬意。

よくある質問(Q&A)

Q. 「中納言」とはだれのことですか。
A. 中宮定子の弟、藤原隆家(ふじわらのたかいえ)です。中納言は朝廷の官職名で、ここでは隆家を指します。同じ時代の能書家として有名な藤原行成(こうぜい)とは別人なので混同しないようにしましょう。

Q. なぜ「海月の骨」で機知が伝わるのですか。
A. クラゲには骨がないからです。隆家が「だれも見たことのない骨」と言ったのを受け、「見たことがないのも当然、それは実在しない海月の骨でしょう」と、相手の言葉をそのまま利用して切り返しています。相手をけなさず、言葉遊びで上品に勝つところが「をかし」の精神です。

Q. 作者の清少納言はどんな人ですか。
A. 一条天皇の中宮・定子に仕えた女房で、随筆『枕草子』の作者です。鋭い観察眼と知的なユーモアで知られ、この段はその才知がよく表れた一例です。『源氏物語』の作者で「あはれ」の世界を描いた紫式部とよく対比されます。

Q. 最後の「いかがはせむ」はどう訳しますか。
A. 「どうしようもない」「仕方がない」の意味です。「自慢話は書かずにおきたいけれど、一つも書きもらすなと言われたのだから、しかたなく書いた」と、照れをユーモアで包んで段を締めくくっています。

登場人物とミニ系図|定子サロンの背景を知る

この場面の敬語の向きや会話のニュアンスは、登場人物どうしの関係が分かると一気に腑(ふ)に落ちます。まず一行の系図で押さえましょう。

  • 藤原道隆(みちたか)=定子と隆家の。一族(中関白家)の中心人物。
  • 中宮定子(ていし)=道隆の娘で、一条天皇の后(きさき)。清少納言が仕えた主人。
  • 中納言隆家(たかいえ)=定子の。この段で扇の骨を自慢する「中納言」。
  • 清少納言=定子に仕えた女房(お付きの女性)で、この段の作者。

つまり「中納言参りたまひて」は、弟・隆家が姉・定子のもとへ参上した場面です。だから隆家には尊敬語、参上する先の定子には謙譲語が使われるのです。隆家が気軽に自慢でき、清少納言が遠慮なく機知で切り返せるのも、気心の知れた家族とサロンの打ち解けた空気があってこそです。

背景として知っておきたいのは、この明るいやりとりが、実は定子サロンの不遇の時期に書かれたとされることです。父・道隆の死後、一族は政治の中心から退き、定子の立場も苦しくなっていきました。清少納言が『枕草子』であえて定子サロンの輝かしく楽しい一面を描き続けたところに、主人への深い敬愛がにじみます。大河ドラマ『光る君へ』で関心を持った人は、清少納言と紫式部の対比とあわせて読むと面白さが増します。

同じ定子と清少納言の機知が光る名場面は 枕草子『香炉峰の雪』 でも味わえます。ライバルとされた紫式部の目に清少納言がどう映っていたかは 紫式部日記『人物批評(清少納言批評)』 が必読です。

「ななり」の識別|なぜ「くらげの骨であるようだ」になるのか

「海月(くらげ)のなな」の「ななり」は、入試・定期テストで最頻出の識別です。なぜ「くらげの骨であるようだ」と訳すのか、三段階に分けて確認しましょう。

  • ① もとの形…「海月の(骨)なるなり」。前の「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形、後ろの「なり」は推定・伝聞の助動詞「なり」です。
  • ② 撥音便(はつおんびん)…連体形「なる」が「な」と発音され、「海月のななり」となります。
  • ③ 撥音「ん」の無表記…平安期はこの「ん」を文字に書かないことが多く、「海月のなり」と残りました。だから「な+なり」と区切れるのです。

結果、意味は「断定(~である)+推定・伝聞(~ようだ・~と聞く)」が重なり、「(それは)くらげの骨であるようだ」となります。見分けの合い言葉は「ななり=なるなり」「あなり(あるなり)」「ざなり(ざるなり)」も同じしくみなので、セットで覚えると識別が速くなります。

先生
先生「ななり」を見たら、頭の中で「なるなり」に戻す。これだけで識別はぐっとラクになるよ。「あなり」「ざなり」も同じ仲間だと覚えておこう。

📝 確認クイズ

読んだあとの腕だめし。「▶ 答えと解説」を開く前に、まず自分で考えてみましょう。

Q1. 「中納言参りたまひて」で、すばらしい扇の骨を手に入れたと自慢する中納言はだれですか。

  • ア.藤原行成
  • イ.藤原隆家
  • ウ.藤原道長
▶ 答えと解説

イ.藤原隆家
中宮定子の弟である中納言・藤原隆家が、すばらしい扇の骨を手に入れたと姉のもとで自慢します。

Q2. 「だれも見たことがない骨だ」と自慢する隆家に、清少納言はどう切り返しましたか。

  • ア.それなら扇の骨ではなく、海月(くらげ)の骨なのでしょう
  • イ.それは亀の甲羅でできた骨なのでしょう
  • ウ.それなら龍の骨に違いありません
▶ 答えと解説

ア.それなら扇の骨ではなく、海月(くらげ)の骨なのでしょう
海月(クラゲ)に骨はありません。「だれも見たことのない骨」を逆手にとり、「実在しない海月の骨でしょう」と機知で返しました。

Q3. 見事な返しを聞いた隆家は、どう反応しましたか。

  • ア.腹を立てて席を立ってしまった
  • イ.もっとよい骨を探しに出かけた
  • ウ.「これは隆家が言ったことにしてしまおう」と言って笑った
▶ 答えと解説

ウ.「これは隆家が言ったことにしてしまおう」と言って笑った
隆家は負けを認めつつ「この一言は自分が言ったことにしよう」と言って笑い、場をなごませました。

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まとめ

「中納言参りたまひて」は、数行のやりとりに平安貴族が愛した「をかし」の精神が詰まった名場面です。骨を「だれも見たことがない」と自慢する隆家に「ならば海月の骨でしょう」と笑いで返す清少納言の当意即妙の機知、そしてそれを「自分の手柄にしたい」と笑う隆家のおおらかさが、明るい平安サロンの空気を伝えます。

古語ではいみじ・めでたし・をかし・かたはらいたしを、文法では係り結び(なむ)呼応の副詞(さらに~なし・え~まじ)、敬語の向きを押さえれば対策は万全。短い段だからこそ、原文を味わいながら清少納言のセンスを楽しく覚えてしまいましょう。

先生
先生古語と文法のツボはこれだけ。あとは原文の軽快なテンポを味わえば、自然と頭に残るよ。短い段だから、ここは確実に得点源にしていこう。

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