大鏡『花山院の出家』をやさしく解説|藤原道兼にだまされた花山天皇

なぜ「花山院の出家」はテストに出るの?

『大鏡(おおかがみ)』は、平安時代の歴史を、長生きした老人たちが語り合う形でつづった「歴史物語」です。そのなかでも「花山院(かざんいん)の出家」は、定期テストでも入試でもよく出る名場面です。

理由は二つあります。一つは、十代の若い花山天皇(かざんてんのう)が藤原氏の親子にだまされて位をおりさせられる劇的なストーリーだから。もう一つは、最高敬語係り結び・登場人物の心情など、古文で問われる要素が詰まっているからです。

背景には、藤原氏が自分の孫を天皇にして権力をにぎろうとする政争がありました。この事件は西暦986年(寛和2年)に実際に起き、歴史では「寛和(かんな)の変」と呼ばれます。物語全体の流れは大鏡のあらすじもどうぞ。

あらすじ ―― だましの流れ

花山天皇は、深く愛していた弘徽殿女御(こきでんのにょうご)を病で亡くし、悲しみにくれていました。そこへつけ込んだのが、藤原兼家(ふじわらのかねいえ)とその子藤原道兼(ふじわらのみちかね=粟田殿〈あわたどの〉)の親子です。兼家は、自分の孫(のちの一条天皇)を早く即位させたかったのです。

道兼は天皇に近づき、「私もごいっしょに出家してお供(とも)いたします」とそそのかします。信じた天皇は、ある夜、人目をしのんで内裏(だいり=宮中)をぬけ出します。

ところが外に出ると、有明(ありあけ)の月がたいそう明るく、人目につきそうで天皇はためらいます。道兼は「今さらおやめになるわけにはいきません。神璽(しんじ)・宝剣(ほうけん)(=天皇の位のしるし)はもう東宮(皇太子)にお渡ししたのですから」と急(せ)かします。これは、天皇が引き返せないよう道兼が先回りして仕組んだことでした。

途中、天皇は亡き女御の御文(おふみ=手紙)を思い出し、「ちょっと待て」と取りに戻ろうとします。道兼は内心あせりながら、うわべは涙を流すふりをして見せました。

一行は元慶寺(がんけいじ=花山寺〈かざんでら〉)に着き、天皇は髪をそって出家します。すると道兼は「父(兼家)にも変わらぬ姿をもう一度見せ、事情を申し上げてから必ず戻ります」と言い残し、そのまま逃げて出家しませんでした。天皇は「私をだましたのだな」とようやく気づき、泣いたのでした。

また物語には、陰陽師(おんみょうじ)安倍晴明(あべのせいめい)が、空の異変(天変)から天皇の退位を見抜く挿話も添えられます。

名場面の原文 ―― 短い引用と現代語訳

まず、月が明るくて天皇がためらう場面。

有明の月のいみじう明かかりければ、「顕証(けそう)にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さりとて、とまらせ給ふべきやう侍らず。神璽・宝剣渡り給ひぬるには。」と、粟田殿の騒がし申し給ひける(後略)(出典『大鏡』)

現代語訳:有明の月がたいそう明るかったので、(天皇は)「(これでは)まる見えであるよ。どうしたらよかろうか。」とおっしゃったが、「そうはいっても、(今さら出家を)おやめになってよいわけはございません。神璽・宝剣はもう(東宮に)お渡りになってしまったのですから。」と、粟田殿(道兼)がせき立て申しあげなさる(のだった)。

次に、手紙を取りに戻ろうとする場面。

(弘徽殿女御の御文の)思し召し出でて、「しばし。」とて、取りに入りおはしましけるほどぞかし。(出典『大鏡』)

現代語訳:(亡き女御の手紙を)ふと思い出しなさって、「しばらく(待て)。」とおっしゃって、取りにお入りになったときのことだよ。

そして出家後、道兼が逃げる場面。

「まかり出でて、大臣(おとど)にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内(あない)申して、必ず参り侍らむ。」と申し給ひければ、(中略)「我をば謀(はか)るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。(出典『大鏡』)

現代語訳:「退出して、父大臣(兼家)にも、(出家前の)変わらぬ姿をもう一度見せ、これこれと事情を申し上げて、必ず(戻って)まいりましょう。」と申し上げなさったので、(天皇は)「私をだましたのだなあ。」とおっしゃって、お泣きになった。

最後に、安倍晴明の挿話。

「帝おりさせ給ふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。」(出典『大鏡』)

現代語訳:「帝が御位をおりなさると思われる天体の異変があったが、もう(その退位が)実現してしまったと見えることよ。」

重要古語・敬語ポイント

この場面でねらわれやすい古語と敬語を表にまとめます。とくに天皇への敬語の高さに注意。

語・表現 意味・はたらき ここでのポイント
あはれなり しみじみと心を打たれる/気の毒だ 「あはれなることは」=しみじみと(気の毒で)心打たれることには
すずろなり なんとなく~だ/思いがけない・むやみだ 意図せず物事が進むさま。心情・状況の語として頻出
さりとて そうかといって/そうはいっても 道兼が天皇を急かす決めぜりふの導入。逆接
顕証(けそう)なり あらわで人目につく・まる見えだ 月が明るく姿が見えてしまう状況をいう
おはします 「あり・行く」の尊敬+丁寧の最高敬語 天皇の動作に使われる。高い敬意を示す
仰せらる 「言ふ」の最高敬語(おっしゃる) 「仰す」+尊敬「らる」で天皇の発言に
せ給ふ・させ給ふ 尊敬の助動詞+「給ふ」=二重尊敬 「とまらせ給ふ」「泣かせ給ひけれ」など、天皇への最高敬語
申す 「言ふ」の謙譲語(申し上げる) 道兼が天皇に対して使う。敬意の向き=天皇
こそ…けれ(已然形) 強意の係り結び 「顕証にこそありけれ」「泣かせ給ひけれ」。結びは已然形

敬語の「向き」(だれからだれへの敬意か)を整理すると得点が安定します。くわしくは最高敬語の識別敬語の識別もどうぞ。

テストでの問われ方

定期テスト・入試では、次のように問われます。

  • 主語・敬語の判別:「せ給ふ」「させ給ふ」「おはします」がだれの動作か。最高敬語が使われていれば、主語は基本的に天皇(花山天皇)です。
  • 敬意の方向:「申す」など謙譲語がだれへの敬意か。道兼の発言なら、向かう先は天皇です。
  • 係り結び:「こそ」の結びがなぜ已然形(けれ)になるかを問う問題。
  • 心情・人物把握:「我をば謀るなりけり」と気づいた天皇の心情や、涙を流すふりをした道兼の本心(二心〈ふたごころ〉)。
  • 内容説明:道兼が神璽・宝剣を先に東宮へ渡した理由(天皇を引き返せなくするため)など、だましの仕掛け。
  • 古語の意味:「あはれなり」「さりとて」「顕証なり」の意味を選ぶ問題。

まとめ

「花山院の出家」は、悲しみにくれる若い天皇を、藤原兼家・道兼の親子が言葉たくみにだまし、位をおろさせた事件を描いた名場面です。月明かりへのためらい、手紙への未練、そして「我をば謀るなりけり」という気づきの涙――そこには、藤原氏の権力闘争と策略の非情さ若い天皇の悲運が、しみじみ(あはれ)と描かれています。

読むときは、(1)最高敬語を手がかりに天皇の動作を見分けること、(2)係り結びを見つけること、(3)道兼の言葉のうわべと本心のずれを読み取ること、の三点を意識しましょう。これを押さえれば、この場面はこわくありません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました