1. はじめに ― 「人物批評」ってどんな場面?
『紫式部日記』は、『源氏物語』の作者・紫式部が、一条天皇の中宮彰子(しょうし)に仕えた日々を記した日記文学です。その中でも有名なのが、同じ時代に活躍した女房(宮中に仕えた女性)たちへの人物批評の段。和泉式部・赤染衛門(あかぞめえもん)・清少納言という三人の才女を、紫式部が鋭く評していきます。とくに清少納言への辛口の批評は、ライバル意識とともに、紫式部自身の生き方への思いもにじむ箇所として、テストでも頻出です。
2. 原文
和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ。うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかなき言葉の、にほひも見え侍るめり。歌はいとをかしきこと。ものおぼえ、歌のことわり、まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ、口にいと歌の詠まるるなめりとぞ、見えたるすぢに侍るかし。恥づかしげの歌よみやとはおぼえ侍らず。
丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衛門とぞ言ひ侍る。ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌詠みとて、よろづのことにつけて詠み散らさねど、聞こえたるかぎりは、はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきに侍れ。
清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるに侍るべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らむ。
※匡衡衛門(まさひらえもん)=赤染衛門のこと。夫の大江匡衡にちなんだあだ名。/真名(まな)=漢字。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
【和泉式部評】和泉式部という人は、趣深く手紙をやりとりした人です。けれども、和泉には感心しない面があります。気を許して手紙をすらすら書いたときに、その方面の才能がある人で、ちょっとした言葉にも美しさが見えるようです。歌はとても趣深いこと。古歌の知識や歌の理論の面では、本格的な歌人の詠みぶりとは言えないようですが、口をついて自然に歌が詠み出されるらしいと見える歌風の人ですよ。ただ、こちらが気おくれするほどの歌人だとは思われません。
【赤染衛門評】丹波守の奥方を、中宮さまや殿のあたりでは「匡衡衛門」と呼んでいます。特別に高貴な身分ではないけれど、実に奥ゆかしく趣があって、歌人だからといって何にでも歌を詠み散らすことはしないけれど、世に知られている歌はどれも、ちょっとした折のものでさえ、こちらが恥ずかしくなるほど立派な詠みぶりです。
【清少納言評】清少納言は、得意顔でひどく偉そうにしていた人です。あれほど利口ぶって、漢字を書き散らしていますが、よく見ると、まだ不十分な点がたくさんあります。このように、人と違っていようと思いたがる人は、必ず見劣りし、将来は悪くなっていくばかりですから、風流ぶるくせのついた人は、何ということもない、もの寂しい折にも、しみじみとした情趣に流され、趣あることを見逃すまいとするうちに、自然と、そうあってはならない浮ついた態度になってしまうのでしょう。そんな浮ついてしまった人の行く末が、どうしてよいことがありましょうか(いや、よいはずがありません)。
4. 重要語句・文法のポイント
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| けしからず | 感心しない・好ましくない |
| 恥づかしげ・恥づかし | (こちらが)気おくれするほど立派だ |
| やむごとなし | 高貴だ・格別だ |
| したり顔 | 得意げな顔つき |
| さかしだつ | 利口ぶる |
| 真名(まな) | 漢字 |
| うたて | いやで情けなく |
| あだなり | 浮ついている・軽薄だ |
文法・表現のポイント
① 「こそ」の係り結び 「まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ」では、係助詞「こそ」を受けて文末が已然形「めれ」になっています。さらにここは文が終わらず下に続くので、「〜ではないようだが」と逆接でつながる用法(こそ〜已然形、の逆接用法)です。
② 「侍らざめれ」の「ざ」 打消の助動詞「ず」の連体形「ざる」が、撥音便「ざん」となり、その「ん」が表記されない形(撥音便無表記)です。
③ 「人に異ならむ」の「む」=意志 「人と違っていよう」という意志を表します。清少納言批判の核心となる表現です。
④ 「いかでかはよく侍らむ」=反語 係助詞「かは」を含む反語表現で、結びは「む」。「どうしてよいことがあろうか、いや、よいはずがない」という強い否定の気持ちを表します。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ
紫式部は三人の女房を順に評します。和泉式部は、素行には感心しない面があるものの、自然と歌が口をついて出る天性の歌人。ただし本格派とは言えない。赤染衛門は、身分は高くないが奥ゆかしく、数は詠まないけれど一首一首が見事な歌人。そして清少納言は、得意顔で漢字を書き散らすが、よく見れば未熟な点が多い――と、最も手厳しく批判されます。
主題
単なる悪口ではなく、長所と短所の両面を見分ける冷静な批評眼がこの段の特徴です。清少納言への批判も、「人と違って見せようとする生き方は、いつか必ず見劣りし、行く末はよくない」という人生観に基づいています。そこには、才能をひけらかすことを戒める、紫式部自身への自戒も込められていると読めます。
背景
紫式部は一条天皇の中宮彰子に仕え、清少納言はそれより前に、同じ一条天皇の皇后定子(ていし)に仕えていました。二人が宮中で直接顔を合わせたことは確認されていませんが、『枕草子』で知られた清少納言は、紫式部にとって強く意識される存在でした。『紫式部日記』は平安時代の日記文学で、こうした女房たちの仮名文学が花開いた時代を伝える貴重な記録でもあります。
確認クイズ(3問)
Q1. 「はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきに侍れ」と、詠みぶりを高く評価されているのは誰か。
ア 和泉式部 イ 赤染衛門 ウ 清少納言
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正解:イ 解説:「丹波守の北の方」=「匡衡衛門」と呼ばれた赤染衛門の評の中の言葉です。「恥づかしき」は「こちらが気おくれするほど立派だ」の意味です。
Q2. 清少納言が「書き散らして」いると批判されたものは何か。
ア 仮名 イ 和歌 ウ 真名(漢字)
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正解:ウ 解説:本文に「さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども」とあります。「真名」は漢字のことで、当時は男性の教養とされた漢学の知識をひけらかす態度を批判しています。
Q3. 「いかでかはよく侍らむ」の解釈として正しいものはどれか。
ア どうしてよいことがあろうか、いや、よいはずがない イ どうにかしてよくなってほしい ウ どうしてよいのか分からない
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正解:ア 解説:「いかでかは」は反語です。浮ついてしまった人の行く末がよいはずはない、と強く否定しています。
6. 三人の批評を読み比べる ― 紫式部の「ものさし」



この段のおもしろさは、ただの悪口ではなく、紫式部が一人ひとりを「長所」と「短所」の両面から測っているところにあります。和泉式部・赤染衛門・清少納言の三人を、紫式部がどんな「ものさし」で見ているのかを整理すると、批評の構造がはっきり見えてきます。
- 和泉式部……素行(恋愛関係)には「けしからぬかた(感心しない面)」があると断りつつ、歌は「いとをかし」と認める。ただし古歌の知識や歌の理論に裏打ちされた本格派ではなく、「口にいと歌の詠まるる」=才能まかせの天性型だと見ています。
- 赤染衛門……身分は「ことにやむごとなきほどならねど(特別に高貴ではないけれど)」と低めに置きつつ、詠みぶりは「恥づかしき口つき」=こちらが気おくれするほど立派、と最も穏やかに称賛しています。数を詠み散らさない慎みも評価のポイント。
- 清少納言……「したり顔」「さかしだち」「真名書き散らし」と、態度・ふるまいへの批判が前面に出ます。歌の巧拙ではなく「生き方・姿勢」が問題にされている点が、他の二人との大きな違いです。
つまり紫式部の評価基準は、①天性か学識に裏打ちされた本格派か、②慎み深いか・ひけらかすか、という二つの軸にあります。清少納言だけが「ひけらかす」側に置かれ、最も辛口になっているのです。
7. もう少しくわしく ― 名場面の一節を味わう
清少納言批評のいちばんの山場を、原文・現代語訳でていねいに確認しましょう。ここは入試・定期テストともに傍線が引かれやすい超重要箇所です。
【原文】 清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。
【現代語訳】 清少納言は、得意顔でひどく偉そうにしていた人です。あれほど利口ぶって漢字を書き散らしていますが、よく見ると、まだまだ不十分な点が多いのです。
「こそ……ける」と係り結びで清少納言を強く取り立て、いきなり「したり顔」「いみじ」と評を突きつける構成です。「いみじ」は本来「程度がはなはだしい」という意味で、文脈によって「すばらしい」にも「ひどい」にもなります。ここは「したり顔に」を強める形でマイナス方向(ひどく偉そうだ)に働いている点に注意しましょう。
【原文】 かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば……
【現代語訳】 このように、人と違っていようと思いたがる人は、必ず見劣りし、将来は情けなくなっていくばかりですから……
ここから先は、清少納言一人の話を超えて「人と違って見せようとする人」一般への批評=人生観へと広がっていきます。批判が普遍的な教訓に転じるこの展開こそ、設問で「筆者の考え」を問うときの中心になります。
8. つまずきやすいポイント
- 「恥づかし」を現代語の「恥ずかしい」と取ってしまう……古文の「恥づかし」は多くの場合「(相手が立派で)こちらが気おくれするほどだ」の意味。赤染衛門評の「恥づかしき口つき」はほめ言葉です。「赤染衛門が恥ずかしがっている」と読むのは誤り。
- 「いみじ」をいつも「すばらしい」と訳す……「いみじ」は良い・悪いどちらにも使えます。前後の語(ここでは「したり顔」)から、良い意味か悪い意味かを判断します。
- 清少納言が「歌が下手」と批判されたと思い込む……ここで批判されているのは歌ではなく、漢学をひけらかす態度・生き方です。和歌の巧拙の話ではありません。
- 「真名」を人名や作品名と勘違いする……「真名(まな)」は漢字のこと。仮名(かな)に対する語です。当時、漢字・漢文は男性の教養とされ、女性がそれを見せびらかすことへの批判が背景にあります。
- 三人の評価を取り違える……「最も辛口=清少納言」「最も穏やかな称賛=赤染衛門」「才能は認めるが本格派ではない=和泉式部」。誰の評か(主語)を必ず本文で確認しましょう。
9. 入試・定期テストでの問われ方
- 語句の意味……「けしからず」「やむごとなし」「したり顔」「うたて」「あだなり」「恥づかし」の口語訳。とくに「恥づかし=気おくれするほど立派だ」は超頻出。
- 係り結び……「まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ」の「こそ―めれ(已然形)」を指摘させる問題、また「こそ……已然形、」で下に逆接でつながる用法の説明。
- 反語の解釈……末尾「いかでかはよく侍らむ」を「どうしてよいことがあろうか(いや、よくない)」と訳させる問題。
- 主語・指示内容……「それこそ恥づかしき」の「それ」が指す内容、各批評の主語(誰のことか)を答えさせる問題。
- 筆者の考え……清少納言批判の根底にある「人と違って見せようとする生き方への戒め」を説明させる記述問題。自戒の意味合いまで書けると高評価。
10. ミニ練習問題(解答つき)
問1 傍線部「けしからぬかたこそあれ」を現代語訳しなさい。
問2 「まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ」の「めれ」が已然形になっているのはなぜか、文法的に説明しなさい。
問3 清少納言への批判が、彼女一人の話を超えて広がっていくのはどこからか。本文中の語句を用いて答えなさい。
<解答・解説>
- 問1……「感心しない面があるのです」「好ましくない点がある」など。「けしからず」=感心しない・好ましくない。「こそ……あれ」の係り結びで強調されています。
- 問2……係助詞「こそ」を受けて、文末(結び)が已然形「めれ」になっているから(係り結びの法則)。さらにここでは文が終止せず下へ続くため、「〜ではないようだが」と逆接につながる用法になっています。
- 問3……「かく、人に異ならむと思ひ好める人は……」から。「かく(このように)」を起点に、清少納言個人の評から「人と違って見せようとする人」一般への批評=人生観へと転じています。
11. よくある質問(Q&A)
Q. 紫式部と清少納言は実際に会ったことがあるのですか?
A. 二人が宮中で直接顔を合わせたという確かな記録はありません。清少納言が皇后定子に仕えた時期と、紫式部が中宮彰子に仕えた時期はずれており、定子はすでに亡くなっていました。直接の面識がないまま、『枕草子』で名高い清少納言を紫式部が強く意識して書いた批評、と考えられています。
Q. なぜ清少納言だけこんなに辛口なのですか?
A. 和泉式部・赤染衛門が「歌の力量」で評価されているのに対し、清少納言は漢学(漢字・漢文の知識)を人前でひけらかす「態度・生き方」が問題にされています。紫式部自身も漢学の素養がありながら、それを表に出さない慎み深さをよしとしていたため、対照的な清少納言の姿が強い批判の対象になったと読めます。
Q. 「真名書き散らす」とは具体的にどういうことですか?
A. 「真名」は漢字、「書き散らす」は気のおもむくままに書きまくること。当時、漢字・漢文は主に男性の教養とされ、女性が漢学の知識を見せびらかすのははしたないと見られがちでした。清少納言が漢字を多用して才を誇る様子への批判です。
Q. この段はどんな出題で狙われやすいですか?
A. ①重要語の口語訳(とくに「恥づかし」「やむごとなし」「したり顔」)、②係り結び「こそ―已然形」の指摘、③反語「いかでかはよく侍らむ」の解釈、④清少納言批判の根底にある筆者の人生観の説明、の四点が定番です。誰の評か(主語)を取り違えないことも重要です。
12. 学習のまとめ(要点総ざらい)
- 『紫式部日記』の人物批評の段は、和泉式部・赤染衛門・清少納言の三才女を評する有名な箇所。
- 評価の軸は「天性か本格派か」「慎み深いかひけらかすか」の二つ。清少納言だけが「ひけらかす」側で最も辛口。
- 「恥づかし=気おくれするほど立派だ」「いみじ=程度がはなはだしい(良い・悪い両方)」など、現代語とずれる語の意味に注意。
- 文法は「こそ―已然形」の係り結び(逆接用法)と、反語「いかでかは〜む」が最重要。
- 清少納言批判は個人攻撃にとどまらず、「人と違って見せようとする生き方への戒め」という普遍的な人生観・自戒へと広がる。ここが記述問題の核心。
まとめ
・『紫式部日記』の人物批評の段では、和泉式部・赤染衛門・清少納言の三人が評される。
・和泉式部=天性の歌人だが本格派ではない。赤染衛門=奥ゆかしく見事な詠みぶり。清少納言=得意顔で漢字を書き散らすが未熟、と最も辛辣。
・「こそ〜已然形」の係り結び(逆接用法)と、反語「いかでかは〜む」が文法の最重要ポイント。
・「恥づかし」は「(こちらが)気おくれするほど立派だ」の意味。現代語との違いに注意。
・批判の根底には「人と違って見せようとする生き方への戒め」があり、自戒も込められている。

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