『伊勢物語』は、ある「男」(多くは在原業平を思わせる)の一代記を、和歌を中心に約百二十五段で描いた平安時代の歌物語です。和歌に物語をそえる「歌物語」の代表作で、その第一段がこの『初冠(はつかうぶり)』。元服したばかりの男が、奈良・春日の里で美しい姉妹を垣間見て心を乱し、着ていた信夫摺(しのぶず)りの狩衣の裾を切って即興の歌を贈る、という発端の場面です。定期テストでは、「初冠(=元服)」「かいまみ(垣間見)」などの語句、和歌の序詞・掛詞、そして第二の歌が古歌(源融の歌)を下敷きにした本歌取りである点、さらに結びの「みやび」の心が頻出します。次の文章を読み、後の問いに答えよ。
本文
むかし、男、初冠〔①〕して、奈良の京春日の里に、しるよし〔②〕して、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる〔③〕女はらから住みけり。この男、かいまみ〔④〕てけり。思ほえず〔⑤〕、ふる里にいとはしたなくて〔⑥〕ありければ、心地まどひにけり。男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず〔⑦〕
となむ、おひつき〔⑧〕て言ひやりける。ついでおもしろき〔⑨〕ことともや思ひけむ。
みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆゑに〔⑩〕乱れそめにし我ならなくに〔⑪〕
といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやき〔⑫〕みやびをなむしける。
(注)信夫摺(しのぶず)り…陸奥の信夫郡(今の福島県)特産の、忍ぶ草の茎・葉ですり染めにした、乱れ模様の布。/女はらから…姉妹。/みやび…都会的で洗練された風流な心。
設問
- 傍線部①「初冠」の読みをひらがなで記し、その意味を答えよ。
- 傍線部②「しるよし」を現代語訳せよ。「しる」がどのような意味かを明らかにすること。
- 傍線部③「いとなまめいたる」を現代語訳せよ。
- 傍線部④「かいまみ」について、次の小問に答えよ。
- (1) これを漢字で書け。
- (2) どのような行為か、簡潔に説明せよ。
- 傍線部⑤「思ほえず」を現代語訳せよ。
- 傍線部⑥「いとはしたなくて」の「はしたなし」の意味として最も適当なものを次から選べ。
- ア みっともない イ 中途半端で落ち着かない ウ 恐ろしい エ あつかましい
- 「心地まどひにけり」とあるが、男が「心地まどひ」した理由を、本文に即して二十五字以内で説明せよ。
- 男が「狩衣の裾を切りて」歌を書いたのはなぜか。その狩衣の模様と歌の内容との関係をふまえて説明せよ。
- 第一首「春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず」について、次の小問に答えよ。
- (1) この歌で序詞にあたる部分を抜き出せ。
- (2) 「しのぶの乱れ」には二つの意味が掛けられている。それぞれ説明せよ(掛詞)。
- (3) この歌全体を現代語訳せよ。
- 傍線部⑦「限り知られず」の「れ」の文法的説明として正しいものを次から選べ。
- ア 自発の助動詞「る」の未然形 イ 受身の助動詞「る」の連用形 ウ 可能の助動詞「る」の未然形 エ 尊敬の助動詞「る」の連用形
- 傍線部⑧「おひつき」の意味として最も適当なものを次から選べ。
- ア 成長して大人びて イ 追いかけて ウ あわてて エ 年老いて
- 傍線部⑨「おもしろき」を、ここでの意味に注意して現代語訳せよ。
- 第二首「みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」は、ある古歌を下敷きにしている。
- (1) このように先人の歌を踏まえて作る和歌の技法を何というか、漢字で答えよ。
- (2) この第二首は、本文中で誰が詠んだ歌として引かれているか。「男が詠んだ歌」か否かを明らかにして説明せよ。
- 傍線部⑩「誰ゆゑに」を現代語訳せよ。
- 「乱れそめにし」の「そめ」には掛詞が用いられている。掛けられている二つの意味を答えよ。
- 傍線部⑪「我ならなくに」について、次の小問に答えよ。
- (1) 「なくに」を文法的に説明せよ(「な」「く」「に」の内訳がわかるように)。
- (2) 「我ならなくに」を現代語訳せよ。
- 「といふ歌の心ばへなり」とは、どういうことを言っているのか。第一首と第二首の関係をふまえて説明せよ。
- 傍線部⑫「いちはやきみやび」とはどのような心か。本文全体をふまえて説明せよ。
- 『伊勢物語』について、次の小問に答えよ。
- (1) 『伊勢物語』のように、和歌を中心にして物語を展開する作品のジャンルを何というか。
- (2) 主人公の「男」のモデルとされ、六歌仙の一人にも数えられる平安初期の歌人は誰か。
- (3) 『伊勢物語』が成立したのはおよそ何時代か。次から選べ。【ア 奈良時代 イ 平安時代 ウ 鎌倉時代 エ 江戸時代】
- 本文の内容に合致するものを、次から一つ選べ。
- ア 男は春日の里に住む姉妹に正式に求婚するため、わざわざ都から下ってきた。
- イ 男は美しい姉妹を見て心が乱れ、その動揺をおさえきれずに即座に歌を贈った。
- ウ 男は姉妹から先に歌を贈られたので、その返歌として狩衣の裾に歌を書いた。
- エ 男は自分の歌が古歌の出来には及ばないと恥じ、結局その歌を贈らなかった。
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問1 読み…ういこうぶり(ういこうぶり/はつかうぶり)。意味…元服(成人式)。男子が成人して初めて冠をつけること。ここから「男」が大人の仲間入りをしたばかりであることがわかる。
問2 「(領地として)治めている縁(つて)があって」。「しる」は「領る(知る)」で“領有する・支配する”の意。春日の里に所領の縁があったので、ということ。
問3 「たいそう優美で(若々しく美しく)色っぽい」。「なまめく」は“上品で美しい・若々しく艶がある”の意。
問4 (1) 垣間見 (2) 物のすきま(垣根など)からこっそりとのぞき見ること。男がその姉妹をのぞき見たのである。
問5 「思いがけず・意外にも」。「思ほゆ」(自然と思われる)+打消で、“予想もしないことに”の意。
問6 イ。「はしたなし」は“中途半端だ・きまりが悪い・その場にそぐわず落ち着かない”の意。ここでは、ひなびた古都に不釣り合いなほど美しい姉妹がいて、場ちがいで落ち着かない気持ちを表す。
問7 (例)思いがけず美しい姉妹を見て心を奪われたから。(25字以内) ※「ふる里に(不似合いなほど美しい姉妹がいて)はしたなく感じ、心が乱れた」という流れをおさえる。
問8 着ていた狩衣が、乱れ模様の「しのぶずり」であったから。男は、その模様の「乱れ」を自分の心の「乱れ」に重ね、即興の風流として、その布(裾)を切り取ってそこに歌を書きつけ贈ったのである。
問9 (1) 春日野の若紫のすり衣 (2)「しのぶ(忍ぶ)」に、衣を染めた草の名「しのぶ(信夫/忍ぶ草)=しのぶずりの模様」と、人を恋い慕う「忍ぶ(恋慕の情)」の二つが掛けられ、「乱れ」も“模様の乱れ”と“心の乱れ”を掛ける。 (3)(例)春日野の若々しい紫草で染めた、この信夫摺りの衣の模様の乱れのように、(あなたを慕う)私の心の乱れは際限も知られないほどです。
問10 ア(自発の助動詞「る」の未然形)。「知ら+れ+ず」で、“自然と知られる”という自発。打消「ず」に続くので未然形。「(心の乱れは)どこまでとも自然とわからない=際限がない」の意。
問11 ア(成長して大人びて、の意)。「生ひ付く」で“一人前に成長する・大人びる”。元服したての男が早速に大人らしく歌を詠みかけた、という含み。
問12 「風流だ・趣がある」。ここでは“しゃれている・気がきいている”の意で、こうした即興の振る舞いを「風流なことだ」と思ったのだろう、ということ。
問13 (1) 本歌取り (2) これは「男が詠んだ歌」ではない。男が贈った第一首が「みちのくの忍ぶもぢずり……我ならなくに」という古歌(源融の歌)の趣向(心ばへ)を下敷きにしていることを示すために、語り手が引用した歌である。
問14 「誰のせいで」。「ゆゑに」は“~が原因で・~のせいで”。
問15 「そめ」に、衣を「染め」るの「染め」と、心が乱れ「初め」る(=乱れ始める)の「初め」が掛けられている。
問16 (1)「な」=打消の助動詞「ず」の古い未然形「な」、「く」=活用語を体言化する接尾語(ク語法)、「に」=原因・逆接などを表す接続助詞(詠嘆を伴う)。あわせて「~ないのに(…ではないのに)」の意。 (2)(例)(あなた以外の)私のせいではないのに。=心が乱れ始めたのはあなたのせいなのに、というニュアンス。
問17 男が即興で詠んだ第一首は、古くからある「みちのくの忍ぶもぢずり……」の歌の趣向(しのぶずりの乱れに恋心の乱れを重ねる発想)をふまえたものだ、という意味。つまり第二首は男の自作ではなく、第一首の「下敷き(本歌)」として示された古歌である。
問18 元服したての若者が、美しい姉妹に心を乱したその場で、着ていた狩衣の裾を切り、古歌をふまえた洒落た歌を即座に詠みかけるという、すばやく機転のきいた、都会的で洗練された風流心。
問19 (1) 歌物語 (2) 在原業平 (3) イ(平安時代)
問20 イ。男は美しい姉妹を垣間見て心が乱れ、その動揺のままに狩衣の裾を切って即興の歌を贈った(「心地まどひにけり」「歌を書きてやる」)。ア(正式な求婚ではない)、ウ(先に贈ったのは男の方)、エ(歌は実際に贈っている)はいずれも本文と合わない。
※この問題は誰でも古典塾オリジナルです。本文は古典作品(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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