屈原列伝 漁父 テスト対策問題28問|反語・解答つきPDF

定期テスト対策

『史記』屈原列伝の「漁父」の場面は、追放された屈原と漁父の対話を通して、清廉を貫く生き方と世に順応する生き方を対比させる名場面です。定期テストでは「見放」の受身、「安くんぞ〜ん(や)」の反語、対句表現、そして屈原・漁父それぞれの生き方の対比が頻出します。

本文(傍線①〜⑮)

【冒頭(屈原の姿)】
屈原(くつげん)既(すで)に放(はな)たれて、江潭(かうたん)に遊(あそ)び、行(ゆ)き行き沢畔(たくはん)に吟(ぎん)ず。顔色(がんしよく)憔悴(せうすい)し、形容(けいよう)枯槁(こかう)せり。漁父(ぎよほ)見て之(これ)に問(と)ひて曰(い)はく、「子(し)は三閭大夫(さんりよたいふ)に非(あら)ずや何(なん)の故(ゆゑ)に斯(ここ)に至(いた)れる」と。
【屈原の言葉】
屈原曰はく、「世(よ)を挙(あ)げて皆(みな)濁(にご)れるに、我(われ)独(ひと)り清(す)めり衆人(しゆうじん)皆(みな)酔(ゑ)へるに、我独り醒(さ)めたり是(これ)を以(もつ)て放(はな)たる」と。
【漁父の勧め】
漁父曰はく、「聖人(せいじん)は物(もの)に凝滞(ぎようたい)せずして能(よ)く世と推移(すいい)す。世人(せじん)皆濁らば、何(なん)ぞ其(そ)の泥(どろ)を淈(にご)して其の波(なみ)を揚(あ)げざる。衆人皆(みな)酔(ゑ)はば、何ぞ其の糟(かす)を餔(く)らひて其の醨(り)を歠(すす)らざる。」と。
【屈原の拒絶】
「……寧(むし)ろ湘流(しやうりう)に赴(おもむ)きて、江魚(かうぎよ)の腹中(ふくちゆう)に葬(はうむ)らるとも、安(いづ)くんぞ能く晧晧(かうかう)の白(しろ)きを以て、世俗(せぞく)の塵埃(ぢんあい)を蒙(かうむ)らんや」と。
【結び(漁父の退場)】
漁父(ぎよほ)莞爾(くわんじ)として笑(わら)ひ枻(えい)を鼓(こ)して去(さ)る。乃(すなは)ち歌(うた)ひて曰はく、「滄浪(さうらう)の水(みづ)清(す)まば、以て吾(わ)が纓(えい)を濯(あら)ふべし。滄浪の水濁らば、以て吾が足(あし)を濯ふべし」と。

語注 屈原=中国の戦国時代、楚(そ)の国の政治家で詩人。王と同じ一族の出。 既に放たれて=すでに(朝廷を)追放されて。 江潭=川の深いよどみのあたり。川べり。 沢畔=沼や沢のほとり。 吟ず=声に出して詩をうたう。うたって嘆く。 顔色憔悴=顔つきがやつれること。 形容枯槁=すがたが、木が枯れたようにやせ衰えること。 漁父=年老いた漁師。読みは「ぎょほ」とする本が多いが、「ぎょふ」と読む本もある。お使いの教科書に合わせてください。 子=あなた。相手を敬っていう二人称。 三閭大夫=楚の官職の名。王族三氏(昭・屈・景)に関することをつかさどったとされる役で、屈原がついていた職。 斯に至れる=こんなありさまになってしまった。 世を挙げて=世の中じゅう。 清めり=清らかである。 醒めたり=酔いがさめている。正気でいる。 是を以て=そういうわけで。 凝滞=物事にこだわって、そこにとどまり行きづまること。 推移す=移り変わっていく。ここでは世の移り変わりに合わせていくこと。 淈す=かき混ぜて濁らせる。「にごす」と読む本が多いが、「みだす」と読む本もある。お使いの教科書に合わせてください。 糟=酒かす。 醨=味の薄い酒。 歠る=すする。飲む。 寧ろ=いっそのこと。二つを比べて一方を選ぶ言い方。 湘流=湘水(今の湖南省を流れる川)の流れ。 晧晧=白く輝くさま。けがれのないさま。 塵埃=ちりやほこり。ここでは俗世間の汚れ。 蒙る=身に受ける。かぶる。 莞爾=にっこりとほほえむさま。 枻=舟をこぐかい(かじ)。ふなべりとする説もある。 鼓す=打つ・動かす。「枻を鼓して」は、かいを動かして舟をこぎ出すこと(ふなべりを打って拍子をとる、と説明する本もある)。 乃ち=そこで。 滄浪=川の名。青々とした水の意とする説もある。 纓=冠を頭にとめるひも。冠は役人である身分を表す。 ※本文は元の記事のとおり、途中を省いた抜き出しです。【 】の見出しと「……」(省略のしるし)も元の記事のままにしてあります。 ※ここに載せた本文は、『楚辞』に収められた「漁父」(漁父辞)の形です。『史記』屈原賈生列伝にも問答の前半はよく似た形で載っていますが、結びの「漁父莞爾として笑ひ…滄浪の水…」の部分は『史記』にはありません。ほかにも『史記』は「其の流れに随ひて」(淈其泥ではない)、「常流」(湘流ではない)、「温蠖(をんくわく)」(塵埃ではない)と語句がちがいます。お使いの教科書の本文で確かめてください。

解いて確かめる ― 縦書きの確認テスト(無料PDF)

読んだだけでは、テストでは書けません。本番と同じ縦書きで、実際に手を動かしてください。28問・解答と現代語訳つきです。

使い方のおすすめ。①まず何も見ずに解く → ②解答で答え合わせ → ③まちがえた設問の番号と同じ傍線を本文で探して読み直す。

設問

A 語句の意味と読み

  1. ①「形容枯槁せり」の読みを、すべて平仮名(現代仮名遣い)で書け。
  2. ②「子は三閭大夫に非ずや」の「子」の意味を書け。
  3. ⑤「衆人皆酔へるに、我独り醒めたり」の「醒めたり」の意味を書け。
  4. ⑩「何ぞ其の糟を餔らひて其の醨を歠らざる」の「糟」と「醨」の意味をそれぞれ書け。
  5. ⑫「安くんぞ能く晧晧の白きを以て、世俗の塵埃を蒙らんや」の「晧晧の白き」とはどのようなことか、意味を書け。
  6. ⑬「莞爾として笑ひ」の「莞爾」の意味を書け。
  7. ⑮「滄浪の水清まば、以て吾が纓を濯ふべし」の「纓」の意味を書け。

B 句法

  1. ②「子は三閭大夫に非ずや」の「非ずや」は、どのような言い方か。意味もあわせて書け。
  2. ⑥「是を以て放たる」の「放たる」を文法的に説明せよ。
  3. ⑨「何ぞ其の泥を淈して其の波を揚げざる」の句法の名前を答え、どのような気持ちで言っているのかもあわせて書け。
  4. ⑪「寧ろ湘流に赴きて」の「寧ろ」はどのような言い方か。あとに続く「葬らるとも」の「とも」の意味もあわせて書け。
  5. ⑫「安くんぞ能く晧晧の白きを以て、世俗の塵埃を蒙らんや」の「安」の読みを現代仮名遣いの平仮名で書き、句法の名前も答えよ。(本文のルビは歴史的仮名遣い)
  6. ⑮「滄浪の水清まば、以て吾が纓を濯ふべし」の「清まば」はどのような条件を表すか。また「濯ふべし」の「べし」の意味も書け。

C 主語・指す内容

  1. ③「何の故に斯に至れる」は、誰が誰に問いかけた言葉か。また「斯に至れる」とは、どうなったことをいうのか。
  2. ⑥「是を以て放たる」の「是」は何を指すか。
  3. ⑨「何ぞ其の泥を淈して其の波を揚げざる」は誰の言葉か。また、誰に何を勧めたものか。
  4. ⑭「枻を鼓して去る」の主語は誰か。また、その人物が去っていったのはなぜか。

D 口語訳

  1. ④・⑤をふくむ「世を挙げて皆濁れるに、我独り清めり。衆人皆酔へるに、我独り醒めたり」を口語訳せよ。また、この二文に用いられている表現技法を答えよ。
  2. ⑦・⑧をふくむ「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す」を口語訳せよ。
  3. ⑨「何ぞ其の泥を淈して其の波を揚げざる」を口語訳せよ。
  4. ⑫「安くんぞ能く晧晧の白きを以て、世俗の塵埃を蒙らんや」を口語訳せよ。

E 内容・記述

  1. ①「形容枯槁せり」とあるが、屈原がこのような姿になっているのはなぜか。本文に即して書け。
  2. ⑧「能く世と推移す」とあるが、漁父はこの生き方を、続けてどのような具体例に言いかえているか。⑨・⑩をふまえて四十字以内で書け。
  3. ⑫「安くんぞ能く晧晧の白きを以て、世俗の塵埃を蒙らんや」には、屈原のどのような生き方が表れているか。⑪もふまえて書け。
  4. ⑮「滄浪の水清まば、以て吾が纓を濯ふべし」に続けて、漁父は「滄浪の水濁らば、以て吾が足を濯ふべし」と歌う。この歌はどのような生き方を表しているか。屈原の生き方と対比して書け。

F 文学史・故事(本文全体をふまえて答える)

  1. この文章の主人公である屈原は、いつの時代のどこの国の人で、どのような人物か。簡単に書け。
  2. この漁父との問答を載せた本文は、どの書物に収められたものか。あわせて『史記』の作者名と、その歴史書の書き方(体裁)も書け。
  3. 屈原はこののちどうなったと『史記』に記されているか。書け。

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解答と解説

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A 語句の意味と読み

問1 けいようここうせり(歴史的仮名遣いでは「けいようこかうせり」)
└ ★「-au」は「-おう」に直す。「形容」=すがた・かたち、「枯槁」=木が枯れるようにやせ衰えること

問2 あなた。相手を敬っていう二人称。
└ ★「わが子」ではない。漢文の「子」は、目の前の相手を敬って呼ぶ言い方

問3 (酒の)酔いがさめている。正気でいる。ここは、世の乱れに酔わされず、正しい判断力を保っていることのたとえ。
└ 直前の「酔へる」と対になっている。酒の話ではなく、世の中とのつきあい方のたとえ

問4 糟=酒かす。醨=味の薄い酒。
└ どちらも上等でないもの。「みんなといっしょに酔ってしまえばよい」という漁父の勧めのたとえに使われている

問5 まっ白に輝くように、けがれのない清らかなこと。ここでは屈原自身の潔白な身・生き方をたとえている。
└ すぐあとの「世俗の塵埃(=俗世間の汚れ)」と正反対の言葉として置かれている

問6 にっこりとほほえむさま。
└ 「爾」はようすを表す語につく字。声を立てて大笑いするのではなく、静かにほほえむこと

問7 冠を頭にとめるひも。
└ 冠は役人である身分の印。次の句の「足」と対になっていて、上(冠)と下(足)を対比している

B 句法

問8 「〜に非ずや」で「〜ではないか」と念を押して尋ねる言い方(疑問)。ここは「あなたは(あの)三閭大夫ではありませんか」の意。「〜ではないか、いやそうだ」と反語として説明する教科書もあるので、お使いの教科書に合わせること。
└ 相手が誰であるかを確かめる問いかけ。答えを求めているというより、驚きをこめた念押し

問9 動詞「放つ」の未然形「放た」+助動詞「る」で、受身。「追放される」の意。白文では「是以見放」と書かれ、「見」が受身を表している。
└ ★漢文の受身の目印は「見」「被」「為〜所…」「於(于)」。ここは「見」の型

問10 反語(「何ぞ〜ざる」=どうして〜しないのか、いや、そうすればよいではないか)。世の濁りに逆らわず、いっしょに濁ってしまえばよい、と屈原に勧める気持ち。※「どうして〜しないのか」という疑問(勧誘)と説明する教科書もあるので、お使いの教科書に合わせること。
└ ★「何ぞ〜ざる」は「しないのか=すればいいのに」と相手に勧める型。次の「何ぞ其の糟を…歠らざる」も同じ形

問11 「寧ろ」は二つを比べて、「いっそ〜するほうがましだ」と一方を選び取る言い方。「とも」は逆接の仮定条件で「たとえ〜としても」の意。あわせて「たとえ川に身を投げて魚の腹に葬られようとも」となる。
└ 「寧ろ〜とも、安くんぞ…んや」で一続き。「いっそ死んでも、どうして…できようか」という強い拒絶になる

問12 読み=いずくんぞ(本文のルビは歴史的仮名遣いで「いづくんぞ」)/句法=反語。「どうして〜できようか、いや、できはしない」の意。
└ ★「安くんぞ」+文末「〜んや」は反語の型。「〜んや」の「ん(む)」は推量。歴史的仮名遣いの「づ」は現代仮名遣いでは「ず」に直す

問13 「清まば」は未然形+「ば」で仮定条件。「もし(水が)澄んだならば」の意。「べし」は可能で「〜することができる」(白文の「可以」にあたる)。「〜するのがよい」と適当に訳す教科書もあるので、お使いの教科書に合わせること。
└ ★未然形+「ば」=もし〜ならば(仮定)、已然形+「ば」=〜ので・〜すると(確定)。次の「濁らば」も同じ仮定

C 主語・指す内容

問14 漁父(漁師の老人)が屈原に問いかけた言葉。「斯に至れる」=(追放されて)このようにやつれ果てたありさまになってしまった、ということ。
└ 直前の「漁父見て之に問ひて曰はく」の「之」が屈原にあたる

問15 世の中の人がみな濁っているのに自分ひとりが清く、人々がみな酔っているのに自分ひとりが醒めていたこと(④⑤の内容)。
└ ★「是を以て」=そういうわけで。直前の二文がそのまま理由になっている

問16 漁父の言葉。屈原に対して、世の中が濁っているのならいっしょに濁ってしまえばよい、と世に合わせて生きることを勧めている。
└ 「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す」を受けた具体例にあたる部分

問17 主語=漁父。屈原が自分の勧めを受け入れず、清廉を守り通すと言い切ったので、それ以上は説かず、笑って舟をこぎ去った。
└ ⑬「莞爾として笑ひ」とセットで読む。言い争わずに立ち去るところに漁父の人物像が出ている

D 口語訳

問18 世の中じゅうの人がみな濁っているのに、私ひとりだけが清らかである。人々はみな酔っているのに、私ひとりだけが醒めている。/表現技法=対句(「世を挙げて皆濁れる/衆人皆酔へる」と「我独り清めり/我独り醒めたり」が対応し、屈原の孤高さを際立たせている)。
└ ★二文が同じ組み立てで並ぶ対句。「皆」と「独り」の対比をはっきり訳に出す。漁父の言葉⑨⑩も同じく対句になっている

問19 聖人は、物事にこだわって行きづまることがなく、世の中の移り変わりに合わせてうまく身を処していくことができる。
└ 「能く」=〜することができる。漁父の考える理想の生き方を述べたところ

問20 どうして、その泥をかき混ぜて濁らせ、その波を立てないのか(=そうすればよいではないか)。
└ 反語なので、「〜すればよいではないか」という勧めの気持ちまで訳に出す

問21 どうして、まっ白に清らかなこの身でありながら、俗世間のちりやほこりをかぶることができようか、いや、できはしない。
└ 反語なので「いや、できはしない」まで書く。「蒙る」=身に受ける・かぶる

E 内容・記述

問22 楚の朝廷を追放され、行くあてもなく川や沢のほとりをさまよい歩いて、嘆きの詩を口ずさむ日々を送っていたから。
└ 直前の「屈原既に放たれて、江潭に遊び、行き行き沢畔に吟ず」がそのまま理由になる

問23 世が濁れば共に泥をかき混ぜ、人が酔えば共に酒かすを口にせよという例。(三十四字)
└ ★⑦⑧の「聖人は…」という考えを、⑨(泥をかき混ぜて波を立てる)と⑩(酒かすを食べ薄い酒をすする)という身近な行いに置きかえて勧めている。抽象論のままで終わらせない

問24 たとえ川に身を投げて魚の腹に葬られることになっても、俗世間に染まって自分の潔白を汚すことだけは決してしない、という、命よりも清らかさを重んじる妥協のない生き方。
└ ★「死んでもよい」と「汚れたくない」の二つをセットで書く。片方だけでは足りない

問25 水が澄めば冠のひもを洗い、濁れば足を洗うように、世の中のありさまに応じて自分の身の処し方を変えていく、こだわりのない柔軟な生き方。清らかさを守って妥協しない屈原の生き方と、鋭く対比されている。
└ ★この文章の主題は「清廉を貫く屈原」と「世に合わせる漁父」という二つの生き方の対比。記述の答えはここに集まる

F 文学史・故事(本文全体をふまえて答える)

問26 中国の戦国時代、楚の国の政治家であり詩人。王と同じ一族の出で、はじめは王に重く用いられたが、周囲のねたみと讒言によって遠ざけられ、追放された。『離騒』などの作品が『楚辞』に伝わる。
└ 讒言(=人を陥れる悪口)で王に疎んじられた経緯は、『史記』屈原列伝の前半に書かれている

問27 ここに載せた本文は、『楚辞』に収められた「漁父」(漁父辞)である。とくに結びの「漁父莞爾として笑ひ…滄浪の水清まば…」は『楚辞』にしかなく、『史記』屈原賈生列伝にも同じような問答は載っているが、この結びはなく、語句も「其の流れに随ひて」「常流」「温蠖」などとちがっている。『史記』は前漢の司馬遷が著した歴史書で、本紀・列伝などを立てて人物を中心に記す紀伝体で書かれている。
└ ★滄浪の歌までついたこの形は『楚辞』。教科書が『史記』の本文を採っている場合は語句がちがうので、お使いの教科書の本文で確かめること

問28 石を抱いて汨羅(べきら)の淵に身を投げ、命を絶ったと記されている。
└ ★⑪「寧ろ湘流に赴きて」の言葉が、この最期と重ねて読まれる。屈原をしのぶ言い伝えが、端午の節句にちまきを川へ流す風習の由来として語られてもいる(あくまで言い伝え)

【テスト直前チェック】この三つ
反語が二か所。⑨「何ぞ〜ざる(どうして〜しないのか=そうすればよいではないか)」と⑫「安くんぞ〜んや(どうして〜できようか、いや、できない)」。訳の言い切り方まで書けるようにしておく。
⑥「放たる」は受身。白文「是以見放」の「見」が受身の印。「放つ」の未然形+助動詞「る」で「追放される」。「見」を「みる」と訳すと即アウト。
答えの軸は屈原と漁父の対比。清らかさを守って妥協しない屈原と、世の濁り具合に合わせて身を処す漁父。記述問題はほぼここに集まります。

現代語訳(全文)

【冒頭(屈原の姿)】
屈原は、(楚の朝廷を)追放されてしまって、川べりをさまよい歩き、沼や沢のほとりを行きながら詩を口ずさんでは嘆いていた。顔つきはやつれ、すがたは木が枯れたようにやせ細っていた。漁師の老人がその姿を見て、屈原に尋ねて言うことには、「あなたは(あの)三閭大夫ではありませんか。どういうわけで、こんなありさまになってしまわれたのですか」と。

【屈原の言葉】
屈原が言うことには、「世の中じゅうの人がみな濁っているのに、私ひとりだけが清らかである。人々はみな酔っているのに、私ひとりだけが醒めている。そういうわけで、私は追放されたのだ」と。

【漁父の勧め】
漁師が言うことには、「聖人は、物事にこだわって行きづまることがなく、世の中の移り変わりに合わせて、うまく身を処していくことができるのです。世間の人がみな濁っているのなら、どうしてその泥をかき混ぜて濁らせ、その波を立てないのですか(そうすればよいではありませんか)。人々がみな酔っているのなら、どうしてその酒かすを口にし、その薄い酒をすすらないのですか(そうすればよいではありませんか)」と。

【屈原の拒絶】
「……いっそのこと湘水の流れに身を投げて、川の魚の腹の中に葬られることになろうとも、どうして、このまっ白に清らかな身でありながら、俗世間のちりやほこりをかぶることができようか、いや、できはしない」と。

【結び(漁父の退場)】
漁師はにっこりとほほえみ、かいを動かして舟をこぎ去っていった。そして歌って言うことには、「滄浪の水が澄んだならば、その水で私の冠のひもを洗うことができる(洗えばよい)。滄浪の水が濁ったならば、その水で私の足を洗うことができる(洗えばよい)」と。

※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。

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