安養の尼の定期テスト対策問題です。本文を読み、設問に答えてみましょう。問題用紙で解きたい人は下のPDFをどうぞ。解答は記事末尾で確認できます。
本文(傍線①〜⑮)
横川(よかわ)の恵心僧都(ゑしんそうづ)の妹、安養の尼のもとに強盗入りて、①あるほどの物、みな取りて出でにければ、尼上は紙衾(かみぶすま)といふものばかりを引き着て②居(ゐ)られたるに、姉なる尼のもとに、小尼公(こあまぎみ)とてありけるが、走り参りて見ければ、小袖を一つ落としたりけるを取りて、「これ落として③侍(はべ)るなり。④奉れ」とて、持て来たりければ、尼上の⑤いはれけるは、
「これを取りて後(のち)は、⑥わが物とこそ思ひつらめ。⑦主(ぬし)の⑧心ゆかぬものをば、⑨いかが着るべき。なほ⑩持ておはしまして、⑪取らせ給(たま)へ」
とありければ、門の方へ走り出でて、「やや」と呼び返して、「これを落とし給ひぬ。⑫たしかに奉らん」と言ひければ、盗人ども立ち止まりて、⑬しばし案じたる気色(けしき)にて、「⑭悪(あ)しく参りにけり」とて、取りたりける物どもを、⑮さながら返し置きて帰りにけり。
語注 横川=比叡山延暦寺の三つの区域の一つ。恵心僧都が住んだ地。 恵心僧都=比叡山の横川に住んだ平安時代中期の高僧。 僧都=僧の位の一つ。 安養の尼=恵心僧都の妹。「安養」は極楽浄土の別名。 強盗=押し入って物を奪う盗賊。 紙衾=紙で作った粗末な夜具。 小尼公=安養の尼の姉である尼のもとにいた尼。「小」は若い者への呼び方。 小袖=袖口の小さい、ふだん着の着物。 なほ=やはり。それでもやはり。 おはします=「行く・来」の尊敬語。いらっしゃる。 取らす=与える。くれてやる。 やや=もしもし。呼びかけの語。 しばし=しばらく。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①の中の「あるほどの物」の、ここでの意味を書け。
- ⑦「主(ぬし)」は、現代語の「主人・あるじ」とどう違うか。ここでの意味を書け。
- ⑧「心ゆかぬ」の意味を書け。もとの形「心ゆく」の意味も添えること。
- ⑬の「案じ」(終止形「案ず」)の、ここでの意味を書け。
- ⑬の「気色(けしき)」の意味を、現代語の「景色」との違いがわかるように書け。
- ⑮「さながら」の、ここでの意味を書け。
B 文法
- ①の中の「出でにければ」の「に」は何の助動詞の何形か。
- ②「居(ゐ)られたる」の「られ」は何の助動詞の何形か。意味(用法)も書け。
- ⑤「いはれける」の「れ」は何の助動詞の何形か。意味(用法)も書け。
- ⑥「思ひつらめ」の「らめ」は何の助動詞の何形か。
- ⑥で、文末が已然形「らめ」になっているのはなぜか。文法的に説明せよ。
- ⑨「いかが着るべき」は反語である。結びの「べき」が連体形になっているのはなぜか説明せよ。
C 敬意の方向・指す内容
- ③「侍(はべ)るなり」の「侍り」は敬語の種類として何か。また、誰から誰への敬意か。
- ④「奉れ」は敬語の種類として何か。また、どういう意味か。
- ⑦「主(ぬし)」とは、具体的に誰を指すか。
- ⑩「持ておはしまして」・⑪「取らせ給(たま)へ」は、誰から誰への敬意を表すか。
- ⑫「たしかに奉らん」の「奉る」は敬語の種類として何か。また、誰に対する敬意か。
D 口語訳
- ①「あるほどの物、みな取りて出でにければ」を口語訳せよ。
- ⑥「わが物とこそ思ひつらめ」を、主語を補って口語訳せよ。
- ⑦・⑧・⑨を含む「主(ぬし)の心ゆかぬものをば、いかが着るべき」を口語訳せよ。
- ⑭「悪(あ)しく参りにけり」を、盗人の気持ちがわかるように口語訳せよ。
E 内容・記述
- ③・④で小尼公が小袖を持って来たときの考えと、⑪「取らせ給(たま)へ」で尼上が命じたこととでは、小袖の持ち主のとらえ方がどう食い違っているか。五十字以内で書け。
- ⑬「しばし案じたる気色(けしき)にて」とあるが、盗人たちが立ち止まって考えこんだのは、何を見聞きしたからか。⑫の内容にふれて、六十字以内で書け。
- ⑮「さながら」を含む「さながら返し置きて帰りにけり」とあるが、盗人たちがそうしたのはなぜか。心の動きをふまえて、五十字以内で書け。
- ⑮までの流れをふまえて、この話が読者に伝えようとしている教訓は何か。尼上の生き方にふれて、六十字以内で書け。
F 文学史
- この話の出典『十訓抄』について、成立した時代と、作品のジャンル(種類)を書け。
- 本文冒頭の「恵心僧都」とは誰のことか。その代表的な著作の名も書け。
- この話とほぼ同じ内容の話が収められている、鎌倉時代の説話集を一つ書け。
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解答と解説
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A 語句の意味と読み
問1 家にある限りの物・ありったけの家財
└ 「ほど」は程度・範囲。「家にある分だけ全部」の意
問2 現代語の「主人・あるじ」(仕える人がいる立場の人)ではなく、「その品の持ち主・所有者」の意。
└ 読みは「ぬし」。ここは「その小袖の持ち主」を指す
問3 心ゆく=満足する・納得する/心ゆかぬ=満足していない・納得していない
└ 打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」がついた形
問4 あれこれ考える・思案する
└ ×「心配する」だけではない。ここは「どうしたものかと考えこむ」
問5 (顔や態度に表れた)ようす・そぶり。現代語の「景色(風景)」ではなく、人のようすを表す語。
└ 読みは「けしき」。「案じたる気色」で「考えこんでいるようす」
問6 そっくりそのまま全部・残らず
└ ★現代語の「さながら(まるで〜のようだ)」ではない
B 文法
問7 完了の助動詞「ぬ」の連用形
└ 連用形「出で」に付き、下は過去の「けり」。断定「なり」の連用形「に」ではない
問8 尊敬の助動詞「らる」の連用形/尊敬(〜ていらっしゃる)
└ 主語は尼上。受身・可能・自発ではない。「居(ゐ)る」は「座っている」の意
問9 尊敬の助動詞「る」の連用形/尊敬(おっしゃる)
└ 「言ふ」の主語は尼上。作者から尼上への敬意
問10 現在推量の助動詞「らむ」の已然形
└ 「つ」は完了(強意)の助動詞「つ」の終止形。「らむ」は終止形接続で、「つらむ」で「きっと〜ているだろう」
問11 直前に係助詞「こそ」があり、係り結びの法則によって結びが已然形になるから。
└ こそ→已然形、ぞ・なむ・や・か→連体形
問12 「いかが」に係助詞「か」が含まれており、その結びとして連体形になるから。
└ 「いかが」=「いか」+係助詞「か」
C 敬意の方向・指す内容
問13 丁寧語/小尼公から、聞き手である尼上への敬意
└ 「侍り」は「あり・をり」の丁寧語。ここは「〜ております」と添える補助動詞
問14 「着る」の尊敬語(「奉る」は「着る・食ふ・飲む・乗る」の尊敬用法をもつ)の命令形で、「お召しください」の意。小尼公から尼上への敬意。
└ 小尼公が尼上に向けて言った命令形。尼上が⑨「いかが着るべき」と「着る」で受けているのが決め手。「差し上げよ」(「与ふ」の謙譲)では受け答えが噛み合わない
問15 小袖を盗んで持ち去った盗人(たち)
└ 尼上は「いったん盗まれた以上、今の持ち主は盗人だ」と考えている
問16 尼上(話し手)から、小尼公への敬意
└ 会話文の中の尊敬語なので、敬意の主は話し手である尼上
問17 謙譲語(「与ふ」の謙譲で「差し上げる」)/動作の受け手である盗人に対する敬意
└ 直前の「これを落とし給ひぬ」も盗人への尊敬語。盗人にまで敬語を使っている
D 口語訳
問18 家にある限りの物を、すべて取って出て行ってしまったので。
└ 「に」(完了)+「けれ」(過去)で「〜てしまった」
問19 (盗人は)自分の物だときっと思っているだろう。
└ 「つらむ」=きっと〜ているだろう
問20 持ち主が納得していない物を、どうして着ることができようか、いや、着られはしない。
└ 反語なので「いや、〜ない」まで書く
問21 (われわれは)悪い所へ参上してしまったなあ。/具合の悪い所へ参上してしまったものだなあ。(「まずい所へ来てしまった」の意)
└ 「悪しく」は「参り」にかかる連用修飾。「参る」は盗人が自分の行為をへりくだって言う謙譲語で、尼上への敬意。「けり」は詠嘆
E 内容・記述
問22 小尼公は落とし物を尼上の物として届けたが、尼上は盗んだ盗人こそが持ち主だとして盗人に返せと命じた。(四十九字)
└ 小尼公は「尼上の物」、尼上は「盗人の物」と見ている
問23 小尼公が門の方まで走り出て呼び返し、「たしかにお返し申し上げよう」と、盗人にまで敬語を使って小袖を返そうとしたから。(五十八字)
└ ⑫「奉らん」は盗人への謙譲語。盗まれた側が盗人を敬っている異様さが手がかり
問24 盗人にまで小袖を返そうとする尼上の無欲で潔白な心に打たれ、自分たちの行いを恥じて反省したから。(四十七字)
└ 「案じたる気色」→「悪しく参りにけり」→「さながら返し置きて」という流れで書く
問25 欲を離れ、盗人さえも「持ち主」として敬い思いやる清らかな心は、悪人の心さえ改めさせる力を持つ、という教え。(五十三字)
└ 『十訓抄』は年少者への教訓を集めた説話集であることを思い出す
F 文学史
問26 鎌倉時代(建長四年〈一二五二年〉成立)/説話集(年少者への教訓を集めた教訓説話集)
└ 編者は未詳。「十訓」=十か条の教え
問27 源信/『往生要集』
└ 平安時代中期の天台宗の僧。比叡山の横川に住んだ
問28 『古今著聞集』(橘成季編。巻第十二「偸盗」に類話がある)
└ 『十訓抄』の二年後、建長六年の成立
【テスト直前チェック】この三つ
❶「る・らる」は主語で決める。②「居られたる」も⑤「いはれける」も、まず主語が誰かを確かめてから、尊敬・受身・可能・自発のどれかを決めます。「受身なら『〜に』にあたる相手がいるか」「可能なら下に打消があるか」が目印です。
❷「いかが」は「いか」+係助詞「か」。⑨のように「いかが〜べき」の形が出たら、疑問(どうして〜か)か反語(〜だろうか、いや〜ない)かを前後のつながりで見分けます。結びが連体形になる理由も言えるようにしておきましょう。
❸「さながら」は現代語と意味がちがう。⑮を「まるで〜のようだ」で訳すと通りません。記述は⑬「案じたる気色」→⑭「悪しく参りにけり」→⑮「さながら返し置きて」と、盗人の心が動く順に追って書きます。
現代語訳(全文)
横川の恵心僧都の妹である安養の尼のところに強盗が入って、家にある限りの物をすべて奪って出て行ってしまったので、尼上は紙衾というものだけを引きかぶって座っていらっしゃったところ、(安養の尼の)姉である尼のもとに、小尼公といった者がいたが、(その小尼公が)走って参上して見たところ、(盗人が)小袖を一つ落としていたのを拾って、「これを落としてございます。お召しください」と言って、持って来たので、尼上がおっしゃったことには、
「これを取ってしまった後は、(盗人は)自分の物だときっと思っているだろう。持ち主が納得していない物を、どうして着ることができようか、いや、着られはしない。やはり持っていらっしゃって、(盗人に)お与えなさい」
とおっしゃったので、(小尼公は)門の方へ走り出て、「もしもし」と呼び返して、「これをお落としになりました。確かにお返し申し上げましょう」と言ったところ、盗人たちは立ち止まって、しばらく考えこんでいるようすで、「(われわれは)悪い所へ参上してしまったなあ」と言って、盗み取っていた物をみな、そっくりそのまま返し置いて帰ってしまった。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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