漢文の「受身(うけみ)」は、「〜される」という意味を表す重要な句法です。代表的なものに、助動詞の「見(る)」「被(る)」を動詞の前に置く形、「為(ため)に……所(ところ)」を用いて「AノBスルところトなル=AにBされる」と読む「為A所B」の形、そして前置詞の「於(おいて)」「乎(か)」を動詞の後に置き、「動詞+於+人」で「人に〜される」と動作の受け手を示す形があります。いずれも書き下し文では「る・らる」を補って読むのが原則です。次の各例文について、後の問いに答えよ。
本文(傍線①〜⑭)
一 信にして①疑はれ、忠にして②謗(そし)らる。
二 匹夫(ひっぷ)③辱(はづか)しめらるれば、剣を抜きて起つ。
三 年四十にして④悪(にく)まるれば、其(そ)れ終らんのみ。
四 盆成括(ぼんせいかつ)⑤殺さる。
五 兄、⑥尚書(しょうしょ)に召(め)さる。
六 寡人(かじん)不祥にして、宗廟(そうびょう)の祟(たた)りを⑦被(こうむ)る。
七 ⑧郷里の患(うれ)ふる所と為(な)る。
八 吾(わ)が属(ともがら)、今に⑨之(これ)が虜(とりこ)と為らん。
九 衛(えい)の太子、⑩江充(こうじゅう)の敗る所と為る。
十 先んずれば⑪即(すなは)ち人を制し、後(おく)るれば則(すなは)ち⑫人の制する所と為る。
十一 力を労する者は⑬人に治めらる。
十二 通ずる者は常に人を制し、窮する者は常に⑭人に制せらる。
語注 匹夫=身分のない、ただの一人の男。 辱しむ=はずかしめる。侮辱する。 悪む=にくむ。きらう。 盆成括=『孟子』に見える人名。斉に仕えて殺された。 尚書=詔勅や文書をあつかう役所。ここはその長官(召し出した側)。 寡人=諸侯が自分をへりくだって言う語。わたくし。 不祥=不徳である。よくない行いがある。 宗廟=祖先を祭るみたまや。 祟り=神霊がくだす災い。 被る=身に受ける。こうむる。 郷里=ふるさとの村里。またそこに住む人々。 患ふ=心配する。ここは「困りものとしてもてあます」。 属=仲間。連中。 虜=捕虜。生けどりにされた者。 江充=前漢の武帝に仕えた人物。皇太子(衛の太子)と対立し、その失脚のきっかけをつくったとされる。 力を労す=体を使って働く。 通ず=物事が思いどおりに運ぶ。 窮す=行きづまる。 ※例文は中国古典の名文に見える一文を、受身の形が分かりやすいように短く取り出したもの。ここでは書き下し文だけを載せているので、白文の「見」「被」「為〜所」「於」がどこに当たるかを考えながら解くこと。
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設問
A 語句の意味と読み
- ①「疑はれ」の読みを、現代仮名遣いのひらがなで書け。
- ②「謗(そし)らる」の意味を書け。
- ③「辱(はづか)しめらるれば」の「辱(はづか)しむ」の意味を書け。
- ④「悪(にく)まるれば」の「悪」は、ここではどういう意味か書け。
- ⑦「被(こうむ)る」の意味を書け。
- ⑧「郷里の患(うれ)ふる所と為(な)る」の「患(うれ)ふる」の、ここでの意味を書け。
- ⑨「之(これ)が虜(とりこ)と為らん」の「虜(とりこ)」の意味を書け。
B 句法・文法
- ①「疑はれ」のように、動詞の上に置いて「〜る・〜らる」と読ませ、受身を表す漢字を二つ書け。
- ①「疑はれ」に補われている受身の助動詞を、終止形で書け。
- ③「辱(はづか)しめらるれば」に補われているのは、①「疑はれ」の「る」ではなく「らる」である。その理由を書け。
- ③「辱(はづか)しめらるれば」の「ば」は、どのような条件を表すか。
- ⑧「郷里の患(うれ)ふる所と為(な)る」は、受身のどの型にあたるか。動作をする側をA、受ける動作をBとして、漢字と記号で書け。
- ⑭「人に制せらる」のように、動詞の下に置いて受身を表す字(置き字)を、漢字一字で書け。
C 主語・指す内容
- ⑤「殺さる」とあるが、殺されたのは誰か。書き下し文から抜き出せ。
- ⑥「尚書(しょうしょ)に召(め)さる」で、召し出されたのは誰か。
- ⑨「之(これ)が虜(とりこ)と為らん」で、捕虜にされるのは誰か。書き下し文から抜き出せ。
- ⑩「江充(こうじゅう)の敗る所と為る」で、江充に陥れられたのは誰か。
- ⑫「人の制する所と為る」で、制せられるのはどちらの側か。
D 口語訳
- ③「辱(はづか)しめらるれば」を含む例文二「匹夫(ひっぷ)辱(はづか)しめらるれば、剣を抜きて起つ。」を現代語訳せよ。
- ⑧「郷里の患(うれ)ふる所と為(な)る」を現代語訳せよ。
- ⑪「即(すなは)ち人を制し」・⑫「人の制する所と為る」を含む例文十を現代語訳せよ。
- ⑬「人に治めらる」を含む例文十一「力を労する者は人に治めらる」を現代語訳せよ。
E 内容・記述
- ⑨「之(これ)が虜(とりこ)と為らん」と⑩「江充(こうじゅう)の敗る所と為る」は、どちらも「為」を使うが形が違う。何がどう違うか四十字程度で書け。
- ②「謗(そし)らる」は、白文では「被レ謗」で、この「被」が受身の助字にあたる。⑦「被(こうむ)る」の「被」とは、はたらきがどう違うか説明せよ。
- ⑬「人に治めらる」・⑭「人に制せらる」の「に」は受身の相手を表すが、同じ「動詞+於+名詞」の形でも受身にならないことがある。どう訳し分けるか説明せよ。
F 出典・故事・思想
- ⑪「即(すなは)ち人を制し」を含む例文十からできた、「何事も人より先に行えば有利になる」という意味のことわざを書け。
- ⑬「人に治めらる」を含む例文十一は、「心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる」という一節による。この言葉が見える書物の名を書け。
- ④「悪(にく)まるれば」を含む例文三は、孔子とその弟子たちの言行をまとめた書物の一節である。その書名を書け。
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 うたがわれ(歴史的仮名遣いでは「うたがはれ」)
└ 送り仮名の「れ」まで入れて答える
問2 悪く言われる。非難される。
└ 「謗」=そしる。「信にして疑はれ」と対になっている
問3 はずかしめる。侮辱する。恥をかかせる。
問4 にくむ。きらう。
└ 「悪(あ)し(悪い)」「悪(いづ)くんぞ(どうして)」と読み分ける
問5 (災いを)身に受ける。こうむる。
└ 語注の「被る=身に受ける」を手がかりに
問6 厄介に思う。困りものとしてもてあます。
└ もとは「心配する」。ここは村人の側から見た気持ち
問7 捕虜。敵に生けどりにされた者。
B 句法・文法
問8 見・被
└ ①と②で、動詞の上に置かれている字をそれぞれ思い出す
問9 る
└ 四段動詞「疑ふ」の未然形に付くので「る」
問10 上の「辱しむ」が下二段動詞だから。「る」は四段・ナ変・ラ変に、「らる」はそれ以外に付く。
└ ⑬「治めらる」(下二段)、⑭「制せらる」(サ変)も同じ理由で「らる」
問11 已然形+「ば」で順接の確定条件。ここは「侮辱されると(いつも)」という恒常条件にとるのがふつう。教科書によっては確定条件とだけ説明するので、お使いの教科書の説明に合わせること。
問12 為A所B
└ 「AノBスルところトなル」=「AにBされる」
問13 於(「于」「乎」も同じはたらき。教科書によっては「置き字」と呼ぶ)
└ 「動詞+於+人」で「人に〜さル」
C 主語・指す内容
問14 盆成括(ぼんせいかつ)
└ 『孟子』で、孟子が「死ぬだろう」と予言した人物
問15 兄
└ 兄を召したのは尚書(の長官)なので、「尚書に」の「に」は動作をする側を示す。呼ばれた先(行き先)を示す「に」ではない。
問16 吾(わ)が属(ともがら)=私たちの仲間
└ 「属」=仲間・連中
問17 衛(えい)の太子
└ 為A所BのAが江充、Bが「敗」。Aは動作をしかける側
問18 後(おく)れをとった側。制するのは「人(相手・他人)」の方。
└ ⑪と対句。先手なら制する側、後手なら制される側に回る
D 口語訳
問19 身分のないただの男でも、侮辱されると剣を抜いて立ち上がる。
└ 匹夫=ひとりのつまらぬ男
問20 村里の人々に厄介者としてもてあまされる(嫌がられる)。
└ 「AのBする所と為る」=「AにBされる」
問21 先手を取れば相手を抑え、後れをとればかえって相手に抑え込まれる。
問22 体を使って働く者は、他人に治められる(支配される)。
E 内容・記述
問23 ⑨は「為+名詞」で「〜の捕虜になる」の形、⑩は「為A所B」でAが動作をしかける側を示す形。(四十五字)
└ ⑨は「為」の下に名詞が来るだけ。⑩は「為」と「所」が組になる
問24 ⑦の「被」は「こうむる」と読む動詞で、「災いを身に受ける」という意味を表す。動詞の上に置いて「〜る・〜らる」と読ませる受身の用法とは別のはたらきである。ただし「〜を受ける」という受け身的な内容を表す点は共通する。
問25 主語が動作を「する側」か「される側」かで決める。される側なら受身で「(人)に〜される」と訳す。「於」の下が場所を表す語なら「(場所)において〜する」、上が状態を表す語(多し・紅なりなど)なら比較で「〜より…だ」と訳す。下が人でも「人に施す」のように受身にならないことがあるので、上の動詞と主語の関係で判断する。
└ 同じ「於」でも受身・場所・比較の三通りがある
F 出典・故事・思想
問26 先んずれば人を制す
└ 『史記』項羽本紀。会稽の郡守殷通(いんとう)が項梁に挙兵をすすめた言葉
問27 『孟子』(滕文公上)。儒家の孟子の言葉。
└ 頭を使う者と体を使う者という、社会の分業の必要を説いた部分
問28 論語(『論語』陽貨篇)。四書の一つ。
└ 「四十にして惑はず」と同じく、四十歳を語る章
【テスト直前チェック】この三つ
❶見・被は動詞の上。「る・らる」を補って読む。四段・ナ変・ラ変には「る」、下二段やサ変には「らる」。①疑はれ/③辱しめらるれば の差はここ。
❷為A所Bは「AノBスルところトなル」=「AにBされる」。Aが動作をしかける側。⑧⑩⑫で形をそろえて覚える。
❸「於」は下と主語を見る。下が人なら受身のことが多い(主語が「される側」かどうかで確かめる)。場所なら「〜において」、比較なら「〜より」。⑬⑭が受身の型。
現代語訳(全文)
一 誠実であるのに疑われ、忠義であるのに悪く言われる。
二 身分のないただの男でも、侮辱されると剣を抜いて立ち上がる。
三 四十歳になっても人に憎まれるようでは、その人はもう終わりだ。
四 盆成括は殺された。
五 兄は尚書に召し出された。
六 わたくしは不徳であって、祖先のみたまやの祟りを身に受けた。
七 村里の人々に厄介者としてもてあまされる。
八 われわれの仲間は、今にあいつの捕虜にされてしまうだろう。
九 衛の太子は、江充に陥れられた(失脚させられた)。
十 先手を取れば相手を抑え、後れをとればかえって相手に抑え込まれる。
十一 体を使って働く者は、他人に治められる。
十二 物事が思いどおりに運ぶ者はいつも他人を抑え、行きづまった者はいつも他人に抑え込まれる。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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