宇治拾遺物語『わらしべ長者(長谷寺参籠の男、利生にあづかる事)』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『宇治拾遺物語』巻七の五「長谷寺参籠(はせでらさんろう)の男、利生(りしょう)にあづかる事」は、いまも昔話「わらしべ長者」として親しまれている有名なお話です。身寄りもなくお金もない貧しい青侍(あおざぶらい=身分の低い若い侍)が、長谷寺の観音さまにすがって祈り、夢のお告げにしたがって動くと、たった一本の藁(わら)から始まって、虻(あぶ)→蜜柑(みかん)→布→馬→田畑・屋敷へと、物がどんどん良いものに変わっていき、最後には大金持ちになる、という痛快なサクセスストーリーです。

読みどころは二つあります。一つは「次に何が手に入るのだろう」というワクワクするテンポのよい展開。もう一つは、その幸運がすべて観音さまへの信仰と、困っている人を素直に助ける優しさから生まれている、という説話(教えをふくむ物語)らしいテーマです。会話文や敬語、助動詞も学習材料が豊富で、高校古文の入り口として読みやすい教材です。

2. 原文

【冒頭(観音に祈る)】
今は昔、父母も主もなく、妻も子もなくて、ただ一人ある青侍ありけり。すべき方もなかりければ、「観音、助け給へ」とて、長谷に参りて、御前にうつぶし伏して申しけるやう、「この世にかくてあるべくは、やがて、この御前にて干死(ひじに)に死なん。もしまた、おのづからなる便(たより)もあるべくは、その由の夢を見ざらん限りは、出でじ」とて、うつぶし伏したりけるを、寺の僧見て、あやしがりて、物食はせなどしけり。

【夢のお告げ】
三七日(さんしちにち)と申す夜の暁、御前にて、ちと打ちまどろみたる夢に、御帳(みちやう)の中より人の出でて言ふやう、「汝、前世の罪の報いを知らずして、ひがことをのみ申して、観音をかこち申すこそ、いとほしけれ。さりながら、申すによりて、いささかの事、計らひ給ふべきなり。この御前を、すみやかにまかり出でて、出でざまに、手に当たらん物を、いささかなりとも、捨てずして取りて持ちたれ」と見て、夢覚めぬ。

【藁から馬まで(交換のはじまり)】
御堂を出づるままに、つまづきて、うつぶしに倒れぬ。手に握られたる物を見れば、藁すべ一筋にぎられたり。「これも、ただは取らせ給はぬにこそ」と思ひて、手まさぐりにしつつ行くほどに、虻の飛びめぐりてうるさかりければ、木の枝を折りて、追ふに、なほ来ければ、捕へて、腰をこの藁すぢにて引きくくりて、杖の先につけて持ちたりければ、腰をくくられて、ほかへはえ行かで、ぶめき飛びまはりけるを……

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【冒頭(観音に祈る)】
今ではもう昔のことだが、父母も主君もなく、妻も子もなくて、たった一人で暮らしている青侍がいた。どうしようもなかったので、「観音さま、お助けください」と言って、長谷寺に参詣し、御本尊の御前にうつ伏せに伏して申し上げたことには、「この世でこのまま生きていけそうもないのなら、いっそこの御前で飢え死にしてしまおう。もしまた、何か自然と頼りになるものがあるはずだとおっしゃるのなら、そういう内容の夢を見ない限りは、ここを出るまい」と言って、うつ伏せに伏していたのを、寺の僧が見て、不思議に思って、食べ物を食べさせたりした。

【夢のお告げ】
二十一日目という夜の明け方、御前で少しうとうとと眠った夢の中に、御帳台の中から人が出てきて言うことには、「お前は前世の罪の報いを知らないで、見当違いのことばかり申して、観音を恨み申すのは、気の毒なことだ。とはいえ、お前が願い申すので、ほんの少しのことを、取りはからってやろう。この御前を、すぐに退出して、出るときに、手に触れるであろう物を、どんなにわずかな物であっても、捨てずに取って持っていなさい」と告げるのを見て、夢が覚めた。

【藁から馬まで(交換のはじまり)】
御堂を出ると同時に、つまずいて、うつ伏せに倒れてしまった。手に握っていた物を見ると、藁しべがたった一本握られていた。「これも、観音さまがただではお取らせにならないのだろう(=意味があって握らせなさったのだろう)」と思って、手でもてあそびながら歩いていくうちに、虻が飛び回ってわずらわしかったので、木の枝を折って追い払うが、それでもやって来るので、捕まえて、腰をこの藁しべでくくりつけて、杖の先につけて持っていると、虻は腰をくくられて、ほかへ行くこともできず、ぶうんと音を立てて飛び回っていたが……(このあと、虻を欲しがった子に蜜柑をもらい、蜜柑が布に、布が馬に、馬が田畑と屋敷に変わって、男は大金持ちになる)。

4. 重要語句

  • 青侍(あをさぶらひ)…身分の低い若い侍。六位ほどの下級の侍をいう。物語の主人公。
  • 主(しゆう)…主君・主人。「父母も主もなく」で、仕える相手もいない天涯孤独の身を表す。
  • 助け給へ…お助けください。「給へ」は尊敬の補助動詞「給ふ」の命令形で、観音への敬意を表す。
  • うつぶし伏す…うつ伏せになって伏す。祈願のため観音の前にひれ伏す姿。
  • 干死(ひじに)に死ぬ…飢え死にする。食べ物がなく死ぬこと。
  • 便(たより)…頼りになるもの・よりどころ。ここでは生活の助けとなる手がかり。
  • 三七日(さんしちにち)…二十一日間。七日を三回で二十一日。参籠(おこもり)の日数を示す。
  • ひがこと…間違ったこと・道理に合わないこと。観音を恨むのは見当違いだと諭す場面。
  • かこつ…恨み言を言う。不平を言って人のせいにする。「観音をかこち申す」で観音を恨むこと。
  • いとほし…気の毒だ・かわいそうだ。ここでは観音(お告げの主)が男を哀れに思う気持ち。
  • 藁すべ(藁すぢ)…藁しべ。一本の藁。「わらしべ長者」の由来となる、すべての発端の品。
  • 利生(りしやう)…仏・菩薩が衆生に与える御利益(ごりやく)。表題「利生にあづかる」で観音の御利益を授かること。

5. 文法・読解のポイント

  • 敬語「給ふ」の方向…「観音、助け給へ」「計らひ給ふべきなり」の「給ふ」は尊敬語で、敬意の方向は観音(神仏)へ向かう。一方「申しけるやう」「かこち申す」の「申す」は謙譲語で、青侍が観音を敬う気持ちを表す。誰から誰への敬意かを問う設問が頻出。
  • 助動詞「べし」の意味…「この世にかくてあるべくは」の「べし」は可能・推量(〜できそうだ/〜はずだ)、「計らひ給ふべきなり」の「べし」は意志・当然(〜してやろう/〜するのが当然だ)。同じ「べし」でも文脈で意味が変わる点が問われる。
  • 意志・打消意志の助動詞「む(ん)」「じ」…「干死に死なん」の「ん(む)」は意志(〜しよう)、「出でじ」の「じ」は打消意志(〜まい)。観音にすがる男の決死の覚悟を表す重要表現。
  • 願望・呼びかけの「〜給へ」と命令形…「助け給へ」は尊敬の補助動詞「給ふ」の命令形で、神仏への祈願・依頼を表す。命令形だが「お助けください」という丁重な願いの意になる点に注意。
  • 係り結び・指示語「やう」…「申しけるやう」「言ふやう」は『〜が言うことには』と訳す定型で、直後に会話・引用が続く。会話文の範囲(「 」のどこからどこまでか)を正確につかむことが読解の鍵。
  • 係助詞「こそ」の用法…「ただは取らせ給はぬにこそ」は『〜のだろう』と結びの語(あらめ等)が省略された形。「こそ…已然形」の係り結びや、文末で余情を残す「こそ」の用法に注意。
  • 副詞「やがて」の古今異義…「やがて、この御前にて干死に死なん」の「やがて」は『そのまま・すぐに』の意で、現代語の『そのうち・いずれ』とは異なる。古文重要語として頻出。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:身寄りもなく貧しい青侍が、長谷寺の観音に「飢え死にしてもいい、夢のお告げがあるまで出ない」と必死に祈る。二十一日目の明け方、夢に人が現れ「ここを出るとき、手に触れた物を捨てずに持って行け」と告げる。御堂を出たとたん転び、手に握っていたのは一本の藁しべだった。男はそれを大切に持ち、わずらわしく飛ぶ虻を藁で結んで杖につける。その虻を欲しがった子のために、母から蜜柑をもらう。次に、のどが渇いて苦しむ女房に蜜柑を与えると、お礼に上等な布(三疋)をもらう。その布を、道で倒れた立派な馬と交換し、馬を介抱して元気にする。やがてその馬を、急いで旅立つ屋敷の主人に譲り、代わりに田畑と稲、屋敷を預かる。主人は帰らず、男はその田畑と屋敷を自分のものとして、観音の御利益に感謝しながら、ついに大長者となった。

主題観音への深い信仰と、困っている人を素直に助ける優しさが、思いがけない幸運を呼び、最後には大きな富となって報われる、という仏の御利益(利生)と因果応報を説いた説話。たった一本の藁が次々と価値あるものに変わっていく展開を通して、「信心と善い行いはやがて報われる」という中世の人々の願いと教えが描かれている。

背景:『宇治拾遺物語』は鎌倉時代初期(十三世紀前半)に成立した説話集で、編者は未詳。仏教説話・世俗説話・民話など約一九七話を、わかりやすく親しみやすい語り口で収める。「わらしべ長者」のもとになったこの話は、巻七の五「長谷寺参籠の男、利生にあづかる事」で、同様の話は『今昔物語集』にも見られる。舞台の長谷寺(奈良県桜井市初瀬)は、平安・鎌倉期を通じて観音信仰の聖地として貴族から庶民まで多くの参詣者を集めた「初瀬詣で」の地。物語に何日もこもって祈る「参籠(さんろう)」や、夢でお告げを受ける「夢告(むこく)」は、当時の観音信仰でよく信じられた形であり、この話はそうした長谷観音の霊験(れいげん)を伝える御利益譚(たん)として語り継がれた。

確認クイズ(3問)

貧しい青侍は、どこのお寺の何という仏さまにすがって祈ったか。

長谷寺(奈良県桜井市初瀬)の観音(長谷観音)にすがって祈った。

夢のお告げで、男は御堂を出るときにどうするよう告げられ、その結果、最初に何を手に入れたか。

「ここを出るとき、手に触れた物を捨てずに持って行け」と告げられ、御堂を出たとたん転んで、一本の藁しべを握った。

藁から最後に大長者になるまで、物はどんな順番で変わっていったか。

藁しべ→(藁で結んだ)虻→蜜柑→布(三疋)→馬→田畑・稲・屋敷、と変わり、大長者になった。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「やがて」「いとほし」など、現代語と意味が違う古語の訳を取り違えやすい。「やがて」=そのまま・すぐに、「いとほし」=気の毒だ、と古文の意味で覚える。
  • 「給ふ(尊敬)」と「申す(謙譲)」の区別、そして『誰から誰への敬意か』を問う敬語問題が定番。神仏(観音)への敬意であることを押さえる。
  • 物の交換の順番(藁→虻→蜜柑→布→馬→田畑・屋敷)を入れ替えて問われることが多い。順を正確に整理して覚える。
  • 夢のお告げの内容(御前を出るとき手に触れた物を捨てずに持て)と、それを実行した結果(転んで藁を握る)の対応関係を問う読解問題が出やすい。
  • 主題を『単なる金もうけ話』と誤解しがち。観音の御利益(利生)と、困った人を助ける優しさが報われる説話だ、という点を押さえる。

8. まとめ

・『宇治拾遺物語』巻七の五「長谷寺参籠の男、利生にあづかる事」は、昔話「わらしべ長者」のもとになった鎌倉時代の説話。

・貧しい青侍が長谷観音に祈り、夢のお告げにしたがって、一本の藁を出発点に虻→蜜柑→布→馬→田畑・屋敷と交換を重ね、大長者になる。

・テーマは観音の御利益(利生)と因果応報。信仰心と、困っている人を助ける優しさがやがて報われることを説く。

・学習のポイントは、尊敬「給ふ」・謙譲「申す」の敬語の方向、助動詞「べし・む・じ」、古今異義語「やがて」、そして交換の順番の正確な把握。

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