沙石集『歌ゆゑに命を失ふ事』は、天徳の御歌合で壬生忠見が「恋すてふ」の名歌を詠みながら平兼盛に敗れ、ショックのあまり食事ものどを通らなくなって死んでしまったという説話です。テストでは「天気」(=帝のご意向)の意味、係り結び、そして両歌が百人一首に並んで収められている文学史が集中的に問われます。さらに本記事では、和歌の縁語を学ぶ発展問題として、同じく歌への執心を描く「鼓の滝」の歌の改作説話も収録しました。まずは本文を読み、設問に答えてみましょう。解答は記事末尾で確認できます。
本文
天徳の御歌合のとき、兼盛、忠見、ともに御随身にて左右についてけり。初恋といふ題を給はりて〔①〕、忠見、名歌詠み出だしたりと思ひて、兼盛もいかでこれほどの歌詠むべき〔②〕とぞ思ひける〔③〕。
恋すてふ〔④〕わが名はまだき〔⑤〕立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか〔⑥〕
さて、すでに御前にて講じて〔⑦〕、判ぜられけるに、兼盛が歌に、
つつめども色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
判者ども、名歌なりければ判じ煩ひて〔⑧〕、天気〔⑨〕を伺ひけるに、帝、忠見が歌をば両三度〔⑩〕御詠ありけり。兼盛が歌をば多反〔⑪〕御詠ありけるとき、天気左にあり〔⑫〕とて、兼盛勝ちにけり。
忠見、心憂く〔⑬〕おぼえて心ふさがりて、不食の病〔⑭〕つきてけり。頼みなき由〔⑮〕聞きて、兼盛、とぶらひければ〔⑯〕、「別の病にあらず。御歌合のとき、名歌詠み出だしておぼえ侍りしに、殿の『ものや思ふと人の問ふまで』に、あは〔⑰〕と思ひて、あさましくおぼえしより、胸ふさがりて、かく思ひ侍りぬ。」と、つひにみまかりにけり〔⑱〕。
執心こそ由なけれども〔⑲〕、道を執する習ひ、あはれにこそ〔⑳〕。ともに名歌にて『拾遺』に入りて侍るにや〔㉑〕。
※兼盛の歌の初句は、『沙石集』の伝本や教科書によって「つつめども」「忍ぶれど」の両形があります。『拾遺和歌集』・小倉百人一首では「忍ぶれど色に出でにけり…」の形で知られます。
設問
設問は全部で28問あります。型ごとにまとめてありますが、番号は通し番号です。問26〜28は発展問題(縁語の演習)です。解答は記事末尾の「解答・解説を見る」で確認できます。
1. 現代語訳
- 傍線部②「いかでこれほどの歌詠むべき」を、「いかで」のはたらきがわかるように現代語訳しなさい。誰の心中の思いかも答えること。
- 忠見の歌「恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか」を現代語訳しなさい。
- 兼盛の歌「つつめども色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」を現代語訳しなさい。
- 傍線部⑮「頼みなき由」を現代語訳しなさい。
- 傍線部⑲「執心こそ由なけれども」から「あはれにこそ」までの一文を現代語訳しなさい。
2. 語句
- 傍線部⑤「まだき」の意味を答えなさい。
- 傍線部⑦「講じて」とは、ここでは何をすることか答えなさい。
- 傍線部⑨「天気」の本文中での意味を答えなさい(現代語の「天気」との違いがわかるように)。
- 傍線部⑬「心憂く」の意味を答えなさい。
- 傍線部⑭「不食の病」とはどのような病か答えなさい。
- 傍線部⑯「とぶらひければ」の「とぶらふ」の意味を答えなさい。
3. 文法・敬語
- 傍線部①「給はりて」の敬語の種類と、誰への敬意かを答えなさい。
- 傍線部③「ぞ思ひける」を文法的に説明しなさい(「ける」の活用形にふれること)。
- 傍線部④「てふ」を文法的に説明しなさい。
- 傍線部⑥「こそ思ひそめしか」の「しか」を文法的に説明しなさい。
- 傍線部⑱「みまかりにけり」を単語に分け、それぞれ文法的に説明しなさい。
- 傍線部⑳「あはれにこそ」の下に省略されている語を補い、このような表現を何と呼ぶか答えなさい。
- 傍線部㉑「入りて侍るにや」の「にや」を文法的に説明し、下に省略されている語を補いなさい。
4. 内容理解
- 傍線部⑧「判じ煩ひて」とあるが、判者たちはなぜ判定に困ったのか、本文に即して答えなさい。
- 傍線部⑩「両三度」と傍線部⑪「多反」の対比は、何を表すための描写か説明しなさい。
- 傍線部⑫「天気左にあり」とはどういうことか。これによって勝敗がどう決まったかも答えなさい。
- 傍線部⑰「あは」と思ったときの忠見の心理を説明しなさい。
- 忠見が命を落とすに至った経緯を、題名「歌ゆゑに命を失ふ事」と関連づけて簡潔に説明しなさい。
5. 文学史
- 「天徳の御歌合」は何天皇の時代に宮中で行われた歌合か。また「歌合」とはどのような催しか簡潔に説明しなさい。
- (1)『沙石集』の成立時代・ジャンル・編者を答えなさい。 (2)本文の二首はともに小倉百人一首に収められている。百人一首での兼盛の歌の初句を答えなさい。
6.【発展】縁語の演習——「鼓の滝」の歌
歌への執心を描く話としてあわせて味わいたいのが、西行の説話として講談・落語「西行鼓ヶ滝」や能「鼓の滝」で伝えられる改作の逸話です(※『沙石集』の本文ではありません)。旅の歌人が摂津国の名所・鼓の滝で歌を詠んで得意になっていたところ、宿を借りた老夫婦と娘に「伝へ聞く」→「音に聞く」、「来て見れば」→「打ち見れば」、「沢辺」→「川辺」と一句ずつ直され、
音に聞く鼓の滝を打ち見れば川辺に咲くや白百合の花
という歌に生まれ変わった、というものです(三人は和歌三神の化身だったと伝えられます。歌の形には伝承による異同があります)。
- 直された後の歌から、「鼓」の縁語としてはたらいている語を三つ抜き出しなさい。
- 「来て見れば」を「打ち見れば」に直したことで、歌はどのように良くなったか。「縁語」の語を用いて説明しなさい。
- 「沢辺」を「川辺」に直したのは、「かは」にあるものが掛けられているからである。何が掛けられているか答えなさい。
▼ 解答・解説を見る
問1 どうしてこれほどの歌を詠むことができようか、いや、とても詠めまい(と兼盛が心中で思った)。/「いかで〜べき」=反語。相手の歌のすばらしさへの驚嘆。
問2 恋をしているという私の噂が、早くも立ってしまったことだ。誰にも知られないように、心ひそかに思いはじめたばかりなのに。/「立ちにけり」=完了「ぬ」連用形+詠嘆の「けり」。
問3 包み隠していたけれども、顔色に出てしまっていたのだなあ、私の恋は。「もの思いをしているのですか」と人が尋ねるほどまでに。/「色」=表情・顔色。
問4 回復の見込みがないということ(むね)。/「頼み」=あてにすること、「由」=〜という旨。
問5 執着心はつまらない(よくない)ことであるけれども、(一つの)道を深く思いつめる習い(ありよう)は、しみじみと心を打つことであるよ。/仏教者である編者の評。
問6 早くも。まだその時期でもないのに。
問7 (歌合の場で)歌に節をつけて声に出して読み上げること(披講)。
問8 帝のご意向・お気持ち。/天皇の機嫌・意向を表す語で、空模様の意ではない。「天気を伺ふ」=帝のご意向をうかがう。超頻出。
問9 つらく情けなく。
問10 (落胆のあまり)食事がのどを通らなくなる病。
問11 見舞う。/「訪ふ」系の語。弔うの意もあるが、ここは病人の見舞い。
問12 「受く」の謙譲語(いただく)。題をお与えになった帝への敬意。
問13 係助詞「ぞ」(強意)を受けて、過去の助動詞「けり」が連体形「ける」で結ばれた係り結び。
問14 「と言ふ」がつづまった語(といふ→てふ)。「〜という」の意。
問15 過去の助動詞「き」の已然形。係助詞「こそ」を受けた係り結び。/「人に知られずひそかに思いはじめたのに」という余情を残す。
問16 みまかり(ラ四「みまかる」連用形。「死ぬ」の婉曲・謙譲的な言い方)+に(完了の助動詞「ぬ」連用形)+けり(過去の助動詞「けり」終止形)。「とうとう亡くなってしまった」。
問17 「あれ」(あはれにこそあれ)。係り結びの結びの省略(結びの流れではなく省略)。余情を残す表現。
問18 断定の助動詞「なり」連用形「に」+疑問の係助詞「や」。下に「あらむ」が省略されている。「入っているのではないだろうか」。/「侍る」は丁寧語(読者への敬意)。
問19 忠見の歌も兼盛の歌も、どちらも甲乙つけがたい名歌だったから。
問20 帝が忠見の歌は二、三度しか口ずさまなかったのに対し、兼盛の歌は何度も繰り返し口ずさんだこと。帝のお気持ちが兼盛の歌に傾いていることを示すための描写。
問21 帝のご意向が左方(=本文では兼盛の方)にある、ということ。判者たちはこれを根拠に兼盛の勝ちと判定した。/※史実の天徳内裏歌合では兼盛は右方とされるが、本文の記述に即して答える。
問22 自分こそ名歌を詠んだと思っていたのに、兼盛の歌の結句「ものや思ふと人の問ふまで」を聞いた瞬間、その出来栄えに「ああ、やられた(負けた)」と直感し、衝撃を受けた。
問23 歌合で名歌を詠みながら敗れた衝撃で心がふさがり、食事ものどを通らない病となって、ついに死んでしまった。まさに「歌のせいで命を失った」話である。
問24 村上天皇(天徳四年〔960年〕の内裏歌合)。歌合とは、歌人が左方・右方に分かれて題に沿った歌を出し合い、判者が優劣を判定する催し。
問25 (1)鎌倉時代(後期)成立の仏教説話集。編者は無住(無住一円)。 (2)「忍ぶれど」。/兼盛「忍ぶれど」(四〇番)・忠見「恋すてふ」(四一番)は百人一首に並んで収められている。
問26 「音」「打ち」「川」。/いずれも鼓から連想される語(鼓は音に聞き、打って鳴らし、革を張るもの)。意識的に連想語をちりばめる技法が縁語。
問27 鼓は「打つ」ものなので、「打ち見れば」とすることで「鼓」の縁語が歌に加わり、歌全体が鼓の縁でまとまって、趣深くなった。
問28 鼓に張る「革(かは)」。/「川辺」の「かは」に鼓の「革」が掛けられ(掛詞)、これも「鼓」の縁語としてはたらく。
※この問題は誰でも古典塾オリジナルです。


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