土佐日記『帰京』定期テスト対策問題|現代語訳・反実仮想・和歌の頻出設問と解答

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『土佐日記』の中でも「帰京」は定期テストで特によく出る場面です。長い任地(土佐)から都に帰り着いたよろこびもつかの間、五、六年ぶりの我が家はすっかり荒れ果てていました。そして庭の松を見た作者は、土佐で亡くした愛娘(亡き子)への思いに胸をしめつけられます。ここでは「ましかば〜まし」の反実仮想(事実に反することを想像する言い方)や、二首の和歌の解釈、「うれし」「ののしる」などの古語の意味が頻出ポイントです。まずは本文を読んで設問に答え、最後の解答で確認しましょう。あわせて土佐日記『帰京』のやさしい解説も読むと、場面の流れがすっきり整理できます。

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本文

京に入り立ちてうれし〔①〕。家に至りて、門に入るに、月明かければ、いとよくありさま見ゆ。聞きしよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破れたる。家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり〔②〕。垣もなく、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。さるは、便りごとに物も絶えず得させたり。今宵、「かかること。」と、声高にものも言はせず。いとはつらく見ゆれど、こころざしはせむとす。

さて、池めいてくぼまり、水つける所あり。ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ〔③〕、片方はなくなりにけり。いま生ひたるぞ交じれる。おほかたの、みな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ。思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき〔④〕。船人もみな、子たかりてののしる〔⑤〕。かかるうちに、なほ悲しきにたへずして、ひそかに心知れる人と言へりける歌、

  見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや〔⑥〕

とぞ言へる。なほ飽かずやあらむ、またかくなむ。

  生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ〔⑦〕

忘れがたく、くちをしきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破りてむ。

設問

  1. 「京に入り立ちて」の「入り立つ」は、「入る」に「立つ」がそえられて意味を強めている。このように、二つの動詞が結びついて一語になったものを何というか答えなさい。
  2. 傍線部①「うれし」を、ここでの内容がわかるように現代語訳しなさい。また、作者が「うれし」と感じた理由を簡潔に説明しなさい。
  3. 傍線部①「うれし」の品詞名と活用の種類を答えなさい。
  4. 傍線部②「家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり」とは、どういうことか。「荒れ」が何と何にかかっているかに注意して説明しなさい。
  5. 傍線部②「家に預けたりつる人」とは、具体的にどのような人物か。本文の内容(垣もなく一つ家のようになっていること、便りごとに品物を与えていたこと)をふまえて説明しなさい。
  6. 「便りごとに物も絶えず得させたり」を現代語訳しなさい。
  7. 「いとはつらく見ゆれど、こころざしはせむとす」から読み取れる作者の態度を、簡潔に説明しなさい。
  8. 「ほとりに松もありき」の「き」の文法的意味(働き)を答えなさい。
  9. 傍線部③「千年や過ぎにけむ」について、(1)「や」「けむ」の文法的意味(働き)をそれぞれ答えなさい。(2)「けむ」が連体形になっている理由を、文法用語を用いて説明しなさい。
  10. 傍線部③「千年や過ぎにけむ」について、作者はなぜこのように述べたのか、実際の年数にふれて説明しなさい。
  11. 傍線部④「この家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき」を現代語訳しなさい。
  12. 傍線部④について、「いかがは悲しき」に用いられている表現上の特徴(修辞)を答え、そこから読み取れる作者の心情を説明しなさい。
  13. 傍線部④「帰らねば」の「ね」は、どの助動詞が活用したものか。基本形(終止形)と活用形を答えなさい。
  14. 「船人もみな、子たかりてののしる」という一文は、作者の悲しみを描くうえでどのような効果をもっているか。直前の内容との関係にふれて説明しなさい。
  15. 傍線部⑤「ののしる」の、ここでの意味として最も適切なものを次から一つ選びなさい。
    ア 悪口を言う  イ 大声で騒ぐ  ウ 非難する  エ ふざけ合う
  16. 傍線部⑥「見し人の松の千年に見ましかば遠く悲しき別れせましや」の和歌について、用いられている表現技法(「ましかば〜まし」)の名称を答え、その意味(はたらき)も簡潔に説明しなさい。
  17. 傍線部⑥の和歌の「見し人」とは誰を指すか答えなさい。また、「松」がこの歌の中でどのような意味をもつか説明しなさい。
  18. 傍線部⑥の和歌の大意を、現代語で記しなさい。
  19. 傍線部⑦「生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ」の和歌を現代語訳しなさい。
  20. 傍線部⑦の和歌について、作者が「悲し」と感じた理由を、「小松」が象徴するものにふれて説明しなさい。また、第六首の歌と第七首の歌に共通して詠まれている作者の思いを、簡潔にまとめなさい。
  21. 【文学史】『土佐日記』について、次の問いに答えなさい。(1)作者名を漢字で答えなさい。(2)この作品は、ある文字を用いて書かれたことで「ある文学の祖」とされる。何の祖か答えなさい。(3)作者は『古今和歌集』の編者の一人でもある。その『古今和歌集』に作者が書いた序文を何というか答えなさい。(4)冒頭の一文「をとこもすなる男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」から読み取れる、作者の執筆上の工夫を簡潔に説明しなさい。
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問1 複合動詞。ここでの「入り立つ」は「入る」に「立つ」がそえられて「すっかり入りこむ・入って行く」と意味を強めた複合動詞です。〔後ろの「立つ」を「補助的に意味を強める要素(複合動詞の後項)」と説明しても可。〕

問2 訳:「(都に帰り着いて)うれしい」。
理由:長い土佐での任期を終えて、ようやく都に入ることができたから。冒頭の喜びと、このあと家を見ての落胆との対比が、この場面の読みどころです。

問3 形容詞で、活用の種類はシク活用。〔「うれし/うれしく…」と活用し、語幹に「し」がつくシク活用です。〕

問4 家の管理を頼んでおいた隣人(留守を預かった人)の心も、(家が荒れたのと同じように)荒れて、すさんでしまっていたのだ、ということ。庭や家屋の「荒れ」と、人の「心の荒れ」を重ね合わせた表現です。お礼の品を欠かさず届けていたのに家を放置されており、作者は人の心変わりに失望しています。

問5 作者が土佐へ赴任しているあいだ、隣にいて自分の家の管理(留守番)を引き受けていた人。両家のあいだに垣根もなく一軒の家のようにつながっていたので、その人に留守を頼み、便りのたびに品物を欠かさず贈って礼を尽くしていた、その隣人をさします。

問6 訳:「(便りの)たびごとに、品物も絶えず(その人に)与えていた。」〔「得させ」は「与える・取らせる」の意。「たより」は「手紙・つて・機会」の意で、ここでは「便りのあるたびに」と訳します。〕

問7 留守をきちんと守らなかった隣人に対して、内心ではとても薄情でつらいと感じながらも、(先方を声高に責めたりはせず)これまで通りお礼の心だけは尽くそうとする、という抑制のきいた態度。怒りをあらわにしない作者の大人びた振る舞いが読み取れます。

問8 過去(…た/…たことだ)を表す助動詞「き」の終止形。自分が実際に体験した過去を回想する言い方で、ここでは「(昔は)池のほとりに松もあった(のに)」という感慨を表します。

問9 (1)「や」=疑問(…だろうか)の係助詞。「けむ」=過去推量の助動詞(…ただろうか)。
(2)係助詞「や」を受けて、結びが連体形になっているため(係り結びの法則)。〔「や(疑問・反語)」は文末を連体形で結びます。〕

問10 実際に土佐にいたのは五、六年であるのに、庭の松の片方が枯れてなくなるほど変わり果てていた。そのあまりの荒れように、まるで千年も経ってしまったのかと、月日のへだたりを大げさに(嘆きをこめて)言ったもの。

問11 訳:「この家で生まれた女の子が、(一緒に都へ)帰らないので、どんなに悲しいことか。」〔「女子」=女の子、「もろともに」=いっしょに、「ねば」=(已然形+ば)…ので、と訳します。〕

問12 「いかがは悲しき」は「どんなに悲しいことか」という反語(または詠嘆をこめた疑問)で、悲しみの深さを強調する表現です。土佐で亡くした娘だけが帰ってこない、というやり場のない深い悲しみ・喪失感が読み取れます。

問13 打消の助動詞「ず」の已然形「ね」。〔「帰ら+ね+ば」で、已然形+接続助詞「ば」となり「帰らないので」の意。完了の「ぬ」と混同しないこと。〕

問14 他の船人たちは子どもがまわりに群がってにぎやかに騒いでいる、という明るくにぎわう情景を置くことで、子を失って一人だけ悲しみに沈む作者の姿が、対照的にいっそう際立つ効果がある。周囲の幸福を描くことで作者の喪失感を強調する手法です。

問15 イ(大声で騒ぐ)。
古語の「ののしる」は「大声を立てる・騒ぐ・評判になる」の意で、現代語の「罵る(悪口を言う)」とは意味が異なります。ここでは、子どもを連れた船の人々がにぎやかに声を立てている様子を表します。

問16 反実仮想(事実に反する仮定を表す)。「ましかば〜まし」で「もし〜であったなら、〜だっただろうに(実際はそうではない)」という意味を表し、現実にはありえないことを想像して、かなわぬ願いや深い悲しみを述べる言い方です。

問17 「見し人」=(土佐で)亡くなった娘(かつて見て・ともに過ごした人)。「松」は、長い年月を生きる長寿の象徴であり、はかなく早世した娘と対比される。「松(千年)」のように娘も長く生きられたら、という思いがこめられています。

問18 大意:「(庭の)松のように、亡くなったあの子が千年も生きながらえて、こうして見ることができたなら、これほど遠く悲しい(死別の)別れをしただろうか、いや、しなかっただろうに。」松の長寿と、はかなく亡くなった娘とを対比させ、深い悲しみを詠んでいます。

問19 訳:「(この家で)生まれた娘は(もう)帰らないのに、わが家には(娘と同じころに芽生えたような)小松が生えているのを見るのが悲しいことだ。」

問20 新しく生えた「小松」は、すくすく育つ生命・本来そばで成長していくはずだった子(娘)を象徴している。元気に育つ小松を見るにつけ、帰らぬ娘の不在がいっそう痛感されるため、作者は「悲し」と感じている。
第六首・第七首に共通する思い:松(小松)の生命力・長寿と、早くに亡くなって帰らない娘とを対比させ、「あの子も生きていてくれたら」という、かなわぬ願いと深い悲嘆・喪失感を詠んでいる点。

問21 (文学史) (1)紀貫之(きのつらゆき)。
(2)かな(仮名)で書かれた日記(かな日記・仮名文)の祖。〔『土佐日記』は最初の本格的な「仮名による日記文学」とされます。〕
(3)仮名序(かなじょ)。〔『古今和歌集』の序文のうち、貫之が仮名で書いたものを「仮名序」といいます。〕
(4)冒頭で作者は「男も書くと聞く日記というものを、女(の私)も書いてみよう」と、自分を女性に仮託して書き始めている。当時、男性は漢文で日記を書くのが普通だったが、あえて女性のふりをして仮名で書くことで、自由でこまやかな表現を可能にしている。

※この問題はオリジナル作成です(教科書・市販問題集の転載ではありません)。本文は古典原文(著作権の対象外)を用いています。

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