賀茂祭(葵祭)の御禊(ごけい)見物で、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の車と光源氏の正妻・葵の上の車が場所をめぐって争う「車争ひ」の場面は、高校の定期テストで非常によく出題されます。とくに敬語・助動詞の識別、御息所が受けた屈辱とその心情(のちの「物の怪」の伏線)が問われやすいところです。まずは本文を読んで設問に答え、最後の解答で確認しましょう。場面の流れがあいまいな人は、先に源氏物語『葵(車争ひ)』のやさしい解説に目を通しておくと理解が深まります。
本文(傍線①〜⑮)
大殿(おほとの)には、かやうの御歩(あり)きも①をさをさし給はぬに、御心地(ここち)さへ悩ましければ、②思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、一人々々(ひとりひとり)して③見給はむこそ、はえなからめ」など言ひて、④出で立ち給ふ。
日たけゆきて、儀式も⑤わざとならぬさまにて出で給へり。隙(ひま)もなう立ちわたりたるに、よき女房車(にようばうぐるま)多くて、雑々(ざふざふ)の人なき隙を思ひ定めて、⑥皆さし退(の)けさする中に、網代(あじろ)のすこしなれたるが、下簾(したすだれ)のさまなど⑦よしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口・裳(も)の裾・汗衫(かざみ)など、物の色いと清らにて、⑧ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車、二つあり。
「これは、さらに、さやうに⑨さし退けなどすべき御車にもあらず」と、⑩口強(くちこは)くて、手触れさせず。
……つひに御車ども⑪立て続けつれば、⑫副車(ひとだまひ)の奥に⑬押しやられて、物も見えず。
⑭心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、⑮いみじうねたきこと、限りなし。
語注 大殿=葵の上のお邸(左大臣家)。 御歩き=お出かけ。 をさをさ〜ぬ=ほとんど〜ない。 思しかく=お考えになる。 はえなし=見ばえがしない。 日たく=日が高くなる。 儀式=格式・作法。 網代=網代車。上級貴族の乗る牛車。 下簾=牛車の簾の内側に垂らす布。 よしばむ=風情ありげである。 汗衫=女児の上着。 やつる=目立たないように質素にする。 しるし=はっきりしている。 口強し=強気に言い張る。 副車=ひとだまひ。お供の者が乗る車。 心やまし=不愉快だ。 さるものにて=それはそれとして。 ねたし=しゃくにさわる・くやしい。
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使い方のおすすめ。①まず何も見ずに解く → ②解答で答え合わせ → ③まちがえた設問の番号と同じ傍線を本文で探して読み直す。
設問
A 語句の意味と読み
- ①の「をさをさ〜ぬ」の意味を書け。
- ⑤「わざとならぬさま」の意味を書け。
- ⑦「よしばめる」の意味を書け。
- ⑫「副車」と、本文中の「汗衫」「下簾」の読みを、それぞれ現代かなづかいで書け。
- ⑮の「ねたき」の意味を書け。
- ⑧の「やつれ」の意味を書け。
B 文法
- ①の「給は」と④の「給ふ」は、敬語の種類と、誰から誰への敬意を表すか。
- ②「思しかけざりける」の「ざり」は文法的に何の何形か。終止形(基本形)も書け。
- ③の「む」と「め」は、それぞれ何の助動詞か。係り結びの関係も説明せよ。
- ⑥の「さする」は文法的に何の何形か。意味も書け。
- ⑪「立て続けつれば」の「つれ」は文法的に何の何形か。
- ⑬「押しやられて」の「られ」は文法的に何の何形か。意味も書け。
C 誰の・何のことか
- ⑧の車に乗っていたのは誰か。また、なぜそのような様子で来ていたのかも書け。
- ⑨のように言い張っているのは、どちら側の人々か。⑩を手がかりに書け。
- ⑭の「さるもの」とは、何を指しているか。
D 口語訳
- ①を含む「大殿には、かやうの御歩きもをさをさし給はぬに」
- ③「一人々々して見給はむこそ、はえなからめ」
- ⑨「さし退けなどすべき御車にもあらず」を含む「これは、さらに、さやうにさし退けなどすべき御車にもあらず」
- ⑫・⑬を含む「副車の奥に押しやられて、物も見えず」(主語を補って訳すこと)
E 内容・記述
- 葵の上が、ふだんはしないこの見物に出かけることになったきっかけを、二つ書け。
- ⑭・⑮から、御息所にとって「行列が見えないこと」と「正体を知られたこと」のどちらがより深い痛手だったと読み取れるか。理由もつけて書け。
- ⑮とあるが、御息所はどのような点をくやしいと感じているのか。本文に即して書け。
- この場面で受けた屈辱は、のちの物語でどのような出来事につながっていくか。簡潔に書け。
F 文学史
- 『源氏物語』の作者名を漢字で書け。また、成立した時代を書け。
- 『源氏物語』が大成した、伝説や空想をもとにした物語の系譜を何というか。
- この「車争ひ」の当事者で、のちに物の怪に苦しめられて世を去る光源氏の正妻は誰か。
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 ほとんど〜ない・めったに〜ない
└ ★下に打消を伴う陳述の副詞
問2 特別に仕立てたのではない、格式ばらない様子
問3 風情ありげである・趣がある
問4 ひとだまい/かざみ/したすだれ
問5 しゃくにさわる・くやしい
└ ×「ねたましい(うらやましい)」だけではない
問6 目立たないように、わざと質素にすること
B 文法
問7 どちらも尊敬語/作者から葵の上への敬意
問8 打消の助動詞「ず」の連用形(補助活用「ざり」)/終止形は「ず」
問9 「む」=婉曲の助動詞「む」の連体形/「め」=推量の助動詞「む」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形「め」で結ばれている(係り結び)。
問10 使役の助動詞「さす」の連体形/〜させる
問11 完了の助動詞「つ」の已然形
└ 「立ちわたりたる」の「たり」(存続)と区別する
問12 受身の助動詞「らる」の連用形/受身
└ ★尊敬・自発・可能ではない
C 誰の・何のことか
問13 六条御息所。身分を隠して、人目を忍んで見物に来ていたから。
問14 六条御息所側の供の者たち
問15 行列が見えなくなってしまったこと(それはそれとして、の意)
D 口語訳
問16 大殿(葵の上のお邸)では、このようなお出かけもめったになさらないうえに、
問17 ひとりひとりで(こっそり)ご覧になるようなのは、見ばえがしないでしょう。
問18 これは、決して、そのように押しのけたりしてよいお車ではない。
問19 (六条御息所の車は)お供の車の奥に押しやられて、何も見えない。
E 内容・記述
問20 ①若い女房たちが「ひとりひとりで見るのは見ばえがしない」とすすめたこと。②(もともと)気分がすぐれず出かける気はなかったが、周囲にうながされたこと。
問21 正体を知られたこと。「心やましきをばさるものにて(それはそれとして)」と、見えないことは二の次に置いたうえで、知られたことを「いみじうねたきこと、限りなし」と最上級に言っているから。
問22 身分を隠して忍んで来ていたのに、正妻である葵の上の側にそれと見破られ、車を押しのけられて奥に追いやられるという屈辱を受けた点。
問23 御息所の恨みが生霊(物の怪)となって葵の上を苦しめ、葵の上は出産後に世を去ることになる。
F 文学史
問24 紫式部/平安時代
問25 作り物語
問26 葵の上
【テスト直前チェック】この三つ
❶「押しやられて」の「られ」は受身。尊敬ではありません。御息所の車が「押しやられた」側だからです。
❷「心やましきをばさるものにて」=見えないことは二の次。本当の痛手は正体を知られたこと。記述の答えはここです。
❸「をさをさ〜ぬ」=ほとんど〜ない。下に打消がくる副詞です。
現代語訳(全文)
大殿(葵の上のお邸)では、このようなお出かけもめったになさらないうえに、ご気分までもすぐれなかったので、(見物に行くことを)お考えにもならなかったが、若い女房たちが「いやもう、ひとりひとりで(こっそり)ご覧になるようなのは、見ばえがしないでしょう」などと言って、(葵の上は)お出かけになる。
日が高くなってから、格式ばらない様子でお出ましになった。すきまもなく車が立ち並んでいるところに、りっぱな女房車が多くて、身分の低い者のいない場所を選び定めて、(供の者が)皆(先客の車を)押しのけさせる中に、網代車で少し使い古したのが、下簾の様子などが風情ありげで、(乗っている人は)奥深く引き入って、かすかに見える袖口・裳の裾・汗衫など、色合いがたいそう美しく、わざと目立たないようにしている様子がはっきり分かる車が、二台あった。
「これは、決して、そのように押しのけたりしてよいお車ではない」と、(供の者が)強気に言い張って、手を触れさせない。
……とうとう(大殿の)お車を次々と立て並べてしまったので、(御息所の車は)お供の車の奥に押しやられて、何も見えない。
(行列が見えず)不愉快なのはそれはそれとして、このように忍んで来ているのを「あの人だ」と気づかれてしまったのが、たいそうしゃくにさわることこの上ない。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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