1. はじめに ― 「臥薪嘗胆」とは
「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」は、目的を達成するために、長い間どんな苦難にも耐えて努力することのたとえです。出典は『十八史略(じゅうはっしりゃく)』です。なお、越王勾践が胆を嘗めた「嘗胆」の話は『史記』にも見えますが、夫差が薪に臥す「臥薪」を加えて両者を一つに合わせたのは『十八史略』です。呉王夫差(ふさ)が薪(たきぎ)の上に臥(ふ)して父の仇を忘れず、越王勾践(こうせん)が胆(きも)を嘗(な)めて会稽(かいけい)の恥を忘れなかった、という故事に基づきます。
定期テストでは、「臥薪」と「嘗胆」がそれぞれ誰の行動かを問う設問、使役「人をして〜しむ」、反語の「邪」が頻出です。
2. 白文・訓読文
夫差志復讎、朝夕臥薪中、出入使人呼曰、「夫差、而忘越人之殺而父邪。」
……
越王勾践反国、懸胆於坐臥、即仰胆嘗之曰、「女忘会稽之恥邪。」
3. 書き下し文
夫差讎(あだ)を復(ふく)せんと志(こころざ)し、朝夕(ちょうせき)薪(たきぎ)の中(うち)に臥(ふ)し、出入(しゅつにゅう)に人をして呼ばしめて曰(い)はく、「夫差、而(なんぢ)越人(えつひと)の而(なんぢ)の父を殺ししを忘れたるか。」と。
……
越王(えつわう)勾践(こうせん)国(くに)に反(かへ)り、胆(きも)を坐臥(ざが)に懸(か)け、即(すなは)ち胆を仰(あふ)ぎて之(これ)を嘗(な)めて曰はく、「女(なんぢ)会稽(くわいけい)の恥(はぢ)を忘れたるか。」と。
4. 現代語訳
夫差は仇を討とうと心に決め、朝も夕も薪の中に寝起きし、出入りのたびに家来に(自分を)呼ばせて言わせた、「夫差よ、お前は越の人間がお前の父を殺したことを忘れたのか(いや、忘れてはならない)。」と。
……
越王勾践は国に帰ると、胆を座る所や寝る所に懸けておき、そのたびに胆を仰いでこれを嘗めては言った、「お前は会稽の恥を忘れたのか(いや、忘れてはならない)。」と。
5. 句法・重要語のポイント
① 「使人呼」=使役「人をして呼ばしむ」
「使」は使役(〜させる)を表し、「(人)をして…しむ」と読みます。ここでは「人をして呼ばしめて」と読み、「家来に(自分を)呼ばせて」の意味です。漢文句法の中でも最重要の形なので、読み方まで書けるようにしましょう。
② 文末の「邪」=疑問・反語の助字
「而忘越人之殺而父邪」「女忘会稽之恥邪」の「邪」は疑問・反語を表す助字です。ここでは「忘れたのか、いや、忘れてはならない」と、反語的に自らを強く戒めるはたらきをしています。
③ 「而」「女」=二人称「なんぢ」
「而忘越人之殺而父邪」の二つの「而」は、どちらも「なんぢ(汝)」と読む二人称の代名詞です。一つ目は「お前(夫差自身)」への呼びかけ、二つ目は「お前の」の意味で「父」を修飾します。勾践の言葉の「女(なんぢ)」も同じく二人称です。
④ 「懸胆於坐臥」の「於」=場所を示す置き字
「胆を坐臥に懸け」の「於」は場所を示す置き字で、読みません。「坐臥」は座る所と寝る所、つまりふだん生活する場所のことです。
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| 讎(あだ) | かたき。あだ |
| 朝夕(ちょうせき) | 朝も夕も。一日中。いつも |
| 坐臥(ざが) | 座る所と寝る所。ふだんいる場所 |
| 会稽の恥 | 勾践が会稽山で夫差に敗れて降伏した屈辱 |
| 嘗(な)める | (胆を)なめる |
「臥薪」は呉王夫差が父の仇を忘れないために薪の上に寝起きしたこと、「嘗胆」は越王勾践が会稽の恥を忘れないために苦い胆を嘗めたこと。「臥薪=夫差/嘗胆=勾践」の組み合わせはテストの超頻出ポイントです。なお、夫差の父は闔閭(こうりょ)で、越との戦いで負傷して死にました。
6. 故事の意味と現代での使い方
「臥薪嘗胆」は、もとは復讐のための忍耐を指しましたが、現在は広く「目的を達成するために、長い間苦難に耐えて努力すること」の意味で使われます。似た意味の故事成語に「捲土重来(けんどちょうらい)」(一度敗れた者が再び勢いを盛り返すこと)があります。
例文1:彼は不合格の悔しさをばねに、臥薪嘗胆の思いで一年間勉強を続け、ついに志望校に合格した。
例文2:去年の大会で初戦負けしたチームは、臥薪嘗胆の一年を過ごし、今年は見事に優勝を果たした。
確認クイズ(3問)
Q1. 「臥薪」(薪の中に臥す)は、誰の行動ですか。
ア 越王勾践 イ 呉王夫差 ウ 闔閭
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正解:イ 解説:「夫差讎を復せんと志し、朝夕薪の中に臥し」とある通り、薪に臥したのは呉王夫差。胆を嘗めたのが越王勾践です。
Q2. 「出入使人呼曰」の「使」のはたらきはどれですか。
ア 使役(〜させる) イ 仮定(たとえ〜としても) ウ 比較(〜より)
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正解:ア 解説:「人をして呼ばしめて」と読む使役の形で、「家来に呼ばせて」の意味です。
Q3. 勾践が嘗めたものは何ですか。
ア 薪 イ 酒 ウ 胆
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正解:ウ 解説:「胆を坐臥に懸け、即ち胆を仰ぎて之を嘗めて」とあります。苦い胆の味で会稽の恥を思い起こしました。
7. 物語の背景 ― 呉と越の長い因縁
「臥薪嘗胆」を本当に理解するには、呉(ご)と越(えつ)という二つの国の争いを知っておくと一気に頭に入ります。呉と越は、今の中国・長江(ちょうこう)の下流域にあった隣り合う国どうしで、春秋(しゅんじゅう)時代の終わりごろ、はげしく覇権(はけん)を争っていました。今でも仲の悪い者どうしが同じ場所に居合わせることを「呉越同舟(ごえつどうしゅう)」と言いますが、その「呉越」がまさにこの二国です。
事の起こりは、呉王・闔閭(こうりょ)が越に攻め込み、逆に越王・勾践(こうせん)に敗れて負傷し、その傷がもとで命を落としたことでした。死にぎわの闔閭は、子の夫差(ふさ)に「越への恨みを忘れるな」と言い残します。父の遺言を受けた夫差は、やわらかい寝床ではなく、わざと痛い薪の上に寝起きし、毎日その痛みで復讐の決意を新たにしました。これが「臥薪(薪に臥す)」です。
やがて夫差は勾践を打ち破って父の仇を討ちます。敗れた勾践は会稽山(かいけいざん)に逃げ込んで降伏し、命だけは助けられましたが、屈辱的な日々を送ることになりました。国に帰ることを許された勾践は、その「会稽(かいけい)の恥」を忘れないために、苦い動物の胆(きも)を座る所や寝る所につるし、ことあるごとにそれを嘗(な)めて自らを奮い立たせました。これが「嘗胆(胆を嘗む)」です。そして長い忍耐の末、勾践はついに呉を滅ぼし、復讐をとげたと伝えられます。
このように、「臥薪」と「嘗胆」は別々の人物の、別々の出来事が一つの四字熟語に合わさったものです。最初は夫差の「臥薪」、続いて勾践の「嘗胆」、と時間の流れで覚えると、誰がどちらをしたのか混乱しにくくなります。
8. 一文ずつ読み解く ― 原文・書き下し・現代語訳
本文の中でも、特に句法が問われやすい部分を一文ずつ取り出して、原文(白文)・書き下し文・現代語訳の三段で確認しましょう。古文・漢文が苦手な人は、まずこの「三段セット」で声に出して読むのがおすすめです。
- 原文:夫差志復讎
書き下し:夫差讎(あだ)を復(ふく)せんと志(こころざ)し
現代語訳:夫差は仇を討とうと心に決め
※「復讎」は「あだをかえす(仕返しをする)」こと。「〜んと志す」は「〜しようと決意する」という意志の言い方です。 - 原文:朝夕臥薪中
書き下し:朝夕(ちょうせき)薪(たきぎ)の中(うち)に臥(ふ)し
現代語訳:朝も夕も薪の中に寝起きし
※「朝夕」は「朝も夕も=一日中・いつも」の意味。やわらかい寝床ではなく、わざと痛い薪の上で寝たという点が「臥薪」の核心です。 - 原文:出入使人呼曰
書き下し:出入(しゅつにゅう)に人をして呼ばしめて曰(い)はく
現代語訳:出入りのたびに家来に(自分を)呼ばせて言わせた
※「使人呼」が使役「人をして呼ばしむ」。この句法は次の章でくわしく扱います。 - 原文:而忘越人之殺而父邪
書き下し:而(なんぢ)越人(えつひと)の而(なんぢ)の父を殺ししを忘れたるか
現代語訳:お前は越の人間がお前の父を殺したことを忘れたのか(いや、忘れてはならない)
※二つの「而」はどちらも「なんぢ(お前)」。文末の「邪」が反語をつくります。
後半の勾践のせりふも、同じ要領で読み解けます。「懸胆於坐臥(胆を坐臥に懸け)」=胆をふだん生活する場所につるし、「仰胆嘗之(胆を仰ぎて之を嘗め)」=その胆を見上げてなめ、「女忘会稽之恥邪(女〔なんぢ〕会稽の恥を忘れたるか)」=お前は会稽の屈辱を忘れたのか、と自分を戒めているのです。夫差のせりふと勾践のせりふが、「邪」で終わる反語の形でそっくりに作られている点に注目すると、二人の執念が対(つい)になって描かれていることがよく分かります。
9. つまずきやすいポイントと入試での問われ方
「臥薪嘗胆」は定期テストでも入試でも定番の教材です。ここでは、特に間違えやすいところと、よく出る問われ方を整理します。
① 「臥薪」と「嘗胆」の人物の取り違え
もっとも多いミスが、臥薪=勾践、嘗胆=夫差と逆に覚えてしまうことです。正しくは「臥薪=呉王夫差(父・闔閭の仇を忘れないため薪に臥す)」「嘗胆=越王勾践(会稽の恥を忘れないため胆を嘗める)」。本文の登場順(夫差が先、勾践が後)とセットで覚えましょう。
② 使役「使」の読みと意味
「使人呼」を「人を使って呼ぶ」とだけ訳すと不十分です。漢文の使役「使」は「(人)をして…しむ」と読み、「(人)に…させる」と訳すのが基本。書き下しでは「人をして呼ばしめて」と、文末を「しむ(→しめ)」の形にする点まで採点されます。「令」「教」「遣」なども同じ使役を表すことがあるので、あわせて確認しておきましょう。
③ 文末の「邪」を疑問か反語か見分ける
「邪(や・か)」は疑問にも反語にもなります。見分けの決め手は文脈です。ここでは夫差も勾践も、相手にたずねているのではなく、自分(や家来)に「忘れていないだろうな=忘れてはならない」と強く言い聞かせています。だから「忘れたのか、いや忘れてはいない(忘れてはならない)」という反語で訳すのが正解です。「〜か、いや〜ない」と補って訳せると、反語だと示せます。
④ 二人称「而」「女」の読み
「而」は接続詞「しかして・しかも」で習うことが多いため、ここでの「而(なんぢ)」=二人称「お前」という読みは盲点になりがちです。「女」も「おんな」ではなく「なんぢ」と読む二人称。文脈で人物への呼びかけだと分かれば、迷わず「なんぢ」と読みましょう。
10. ミニ練習問題(解答つき)
ここまでの内容が身についたか、書き下しと現代語訳の問題で確かめましょう。まず自分で答えを作ってから、解答を開いてください。
問1 次の文を書き下し文に直しなさい。
出入使人呼
問2 「女忘会稽之恥邪」を、反語であることがわかるように現代語訳しなさい。
問3 「臥薪」「嘗胆」は、それぞれ誰の、どのような行動か。簡潔に説明しなさい。
- 問1の解答:出入(しゅつにゅう)に人をして呼ばしむ。(「使」を「(人)をして…しむ」と読むのがポイント)
- 問2の解答:お前は会稽の恥を忘れたのか、いや、忘れてはならない。(「〜か、いや〜ない」と補って反語を示す)
- 問3の解答:「臥薪」は呉王夫差が、父・闔閭の仇を忘れないために薪の上に寝起きしたこと。「嘗胆」は越王勾践が、会稽の恥を忘れないために苦い胆を嘗めたこと。
11. よくある質問(Q&A)
Q.「臥薪嘗胆」の出典はどの本ですか。
A. この記事の本文は『十八史略(じゅうはっしりゃく)』によります。呉越の争いそのものや、勾践が胆を嘗めた「嘗胆」の話は『史記(しき)』にも記されていますが、夫差の「臥薪」を加えて「臥薪=夫差/嘗胆=勾践」と二人に分けて一つの話にまとめたのは『十八史略』です。教科書や問題集によって採られる本文に細かな違いがあるので、自分の教材の表記に合わせて覚えるのが安全です。
Q.「がしんしょうたん」の漢字を間違えやすいのですが。
A.「薪(たきぎ)」は「新」に「くさかんむり」、「嘗(なめる)」はやや複雑な字です。「臥薪=薪に臥す」「嘗胆=胆を嘗む」と意味とセットで覚えると、書き取りでも迷いにくくなります。
Q. 似た意味の四字熟語・故事成語はありますか。
A.「捲土重来(けんどちょうらい)」(一度敗れた者が勢いを盛り返すこと)が近い意味です。また、苦労して学ぶことのたとえ「蛍雪の功(けいせつのこう)」も、苦難に耐えて努力する点で通じるところがあります。ただし「臥薪嘗胆」は復讐や雪辱(せつじょく)のための長い忍耐というニュアンスが強い点が特徴です。
Q. 日常の作文で使うときの注意は。
A. もとは復讐の話なので、軽い苦労に使うと大げさに聞こえることがあります。「長い間つらい努力を重ねて、ついに目標を達した」というような、本気の努力を表す場面で使うとぴったりです。
12. この一本のまとめ
- 「臥薪嘗胆」は、目的のために長い間どんな苦難にも耐えて努力することのたとえ。出典は『十八史略』(勾践の「嘗胆」は『史記』にも見えるが、「臥薪」を加えて二人に分けたのは『十八史略』)。
- 背景は呉と越の争い。父・闔閭の仇を忘れない呉王夫差の「臥薪」と、会稽の恥を忘れない越王勾践の「嘗胆」が合わさった言葉。
- 句法の急所は、使役「使人呼=人をして呼ばしむ」、反語の助字「邪」、二人称「而・女=なんぢ」、場所を示す置き字「於」。
- テスト対策は、人物(臥薪=夫差/嘗胆=勾践)と句法を分けて押さえるのが近道。書き下し文は「しむ」「なんぢ」まで正確に。
まとめ
・「臥薪嘗胆」=目的のために長い間苦難に耐えて努力すること。出典は『十八史略』(勾践の「嘗胆」は『史記』にも見える)
・臥薪=呉王夫差(父・闔閭の仇)、嘗胆=越王勾践(会稽の恥)
・「使人呼」は使役「人をして呼ばしむ」
・文末の「邪」は疑問・反語の助字
・「而」「女」は二人称「なんぢ」
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