1. はじめに ― 「雲林院の菩提講」ってどんな場面?
『大鏡(おおかがみ)』は、平安時代後期に成立した歴史物語です。藤原道長(ふじわらのみちなが)の栄華を中心に、約百七十年の歴史を描きます。最大の特徴は、とんでもなく長生きの二人の老人が昔話を語り合うという形で歴史が語られること。「雲林院(うりんいん)の菩提講(ぼだいこう)」はその「序」にあたり、物語の語り手たちが出会う場面です。
2. 原文
さいつころ、雲林院の菩提講にまうでて侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁ふたり、嫗(おうな)と行きあひて、同じ所に居ぬめり。あはれに、同じやうなるもののさまかなと見侍りしに、これらうち笑ひ、見かはして言ふやう、
「おぼしきこと言はぬは、げに腹ふくるるわざなりや。」
とこそ言はれけれ。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
先ごろ、雲林院の菩提講(法華経を講義する法会)に参詣しておりましたところ、ふつうの人よりは格段に年をとった、異様な感じのする老人二人が、老女と出会って、同じ場所に座ったようです。しみじみと、「よく似た(年寄りどうしの)姿だなあ」と見ておりましたら、この人たちは笑い合い、顔を見合わせて言うことには、
「思っていることを言わないのは、なるほど(言われるとおり)腹がふくれる(=気がふさぐ)ことですなあ。」
と言ったのでした。
4. 重要語句・文法のポイント
覚えておきたい語句
| 語句 | 意味 |
|---|---|
| さいつころ | 先ごろ、ついこの間 |
| まうづ(詣づ) | 参詣する(「行く」の謙譲語) |
| こよなし | この上ない、格別だ |
| うたてげなり | 気味が悪い感じだ、異様だ |
| 嫗(おうな) | 老女 |
| おぼしきこと | 思っていること、言いたいこと |
| げに | なるほど、本当に |
文法・表現のポイント
① 丁寧の補助動詞「侍り」 「まうでて侍りしかば」「見侍りしに」の「侍り」は、動詞に付いて「〜です・〜ます」と聞き手(読者)への敬意を表す丁寧の補助動詞です。語り手がていねいに語りかけている形で、テストで非常によく問われます。
② 「居ぬめり」の品詞分解 「居(ゐ)」=座るの意の動詞+「ぬ」=完了の助動詞+「めり」=推定の助動詞で、「座ったようだ」という意味になります。
③ 係り結び「こそ〜けれ」 「とこそ言はれけれ」では、係助詞「こそ」を受けて、過去の助動詞「けり」が已然形「けれ」で結ばれています。
④ 順接確定条件「しかば」 「まうでて侍りしかば」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形。已然形+「ば」で「〜したところ」という順接の確定条件を表します。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ
語り手が雲林院の菩提講に参詣すると、並はずれて年老いた翁二人と老女が出会い、同じ所に座ります。彼らは笑い合い、「思っていることを言わないのは、気がふさぐものですなあ」と語り始めます。ここから、老人たちによる長い長い昔語り=歴史の物語が始まるのです。
主題・この場面の役割
この場面は、『大鏡』全体の「語りの枠組み」を示す序です。語り手となる二人の老人は、百九十歳ほどの大宅世継(おおやけのよつぎ)と百八十歳ほどの夏山繁樹(なつやましげき)。長生きの二人が実際に見てきたことを語るという設定によって、歴史がいきいきとした対話で語られます。「言いたいことを言わないのは気がふさぐ」という一節は、これから思う存分歴史を語るぞ、という宣言にもなっています。
背景(文学史)
『大鏡』は、帝の歴史と臣下の伝記を組み合わせて記す紀伝体の歴史物語で、藤原道長の栄華が物語の中心です。『今鏡』『水鏡』『増鏡』とあわせて「四鏡(しきょう)」と呼ばれることも、文学史の定番問題です。
確認クイズ(3問)
Q1. この場面に登場する人物は合計何人ですか。
ア 二人 イ 三人 ウ 四人
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正解:イ 解説:「翁ふたり」と「嫗」一人で、合計三人です。本文の「うたてげなる翁ふたり、嫗と行きあひて」から読み取れます。
Q2. 「居ぬめり」の「めり」の意味はどれですか。
ア 推定(〜ようだ) イ 完了(〜した) ウ 打消(〜ない)
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正解:ア 解説:「めり」は推定の助動詞で「〜ようだ」。「居ぬめり」で「座ったようだ」となります(「ぬ」が完了)。
Q3. 「おぼしきこと言はぬは、げに腹ふくるるわざなりや」の意味はどれですか。
ア 食べすぎると腹がふくれて苦しい イ 年をとると腹が立ちやすくなる ウ 言いたいことを言わないでいると気がふさぐ
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正解:ウ 解説:「おぼしきこと」は「思っていること・言いたいこと」。言いたいことを我慢すると腹がふくれる(気がふさぐ)、という有名な一節です。
『大鏡』をもっと深く ― 作品の成り立ちと「鏡物」の魅力



『大鏡』は、平安時代後期に成立したとされる歴史物語です。作者ははっきりとは分かっておらず、未詳とするのが一般的です。文徳天皇から後一条天皇までの十四代、おおよそ百七十年あまりの歴史を、藤原氏の繁栄、とりわけ藤原道長の栄華を中心にしてえがいています。タイトルにある「鏡」は、過去のできごとをありのままに映し出す道具という意味で、「歴史をはっきりと映してみせる書物」という気持ちがこめられています。
『大鏡』のあとに書かれた『今鏡(いまかがみ)』『水鏡(みずかがみ)』『増鏡(ますかがみ)』とあわせて、四つの作品を「四鏡(しきょう)」と呼びます。どれも題名に「鏡」がつくため、まとめて「鏡物(かがみもの)」とも言います。テストでは「四鏡をすべて答えなさい」「成立順に並べなさい」という形でよく問われますので、四つの名前はセットで覚えておくと安心です。なお、四鏡の中でも『大鏡』は対話形式の生き生きとした語り口で知られ、歴史物語の最高傑作のひとつとされています。
語り手は誰? ― 大宅世継と夏山繁樹
「雲林院の菩提講」で出会う二人の老人こそ、『大鏡』全体の語り手です。一人は大宅世継(おおやけのよつぎ)。もう一人は夏山繁樹(なつやましげき)です。本文の続きで、世継は百九十歳ほど、繁樹は百八十歳ほどと、信じられないほどの高齢であることが明かされます。この二人が、自分が実際に見聞きしてきたという形で昔の話を語っていくのです。
なぜわざわざ「長生きの老人が語る」という形にしたのでしょうか。それは、百年以上前のできごとであっても、「私はこの目で見た」という当事者のことばとして語れば、読者にとって歴史がぐっと身近で生き生きとしたものになるからです。年表のように事実を並べるのではなく、登場人物の感想や評価をまじえながら語ることで、人物のすがたが立体的に浮かび上がります。この語りの工夫こそが、『大鏡』が長く読みつがれてきた大きな理由のひとつです。
なお、二人の話を聞いて批評を加える若い侍(さぶらい)も登場します。語り手と聞き手のやりとりによって話が進む――この「対話による語り」という形式が、『大鏡』をただの記録ではない、読み物としての面白さに満ちたものにしています。
名場面の一文をじっくり味わう
この序の章でいちばん有名なのが、次の一文です。一語ずつていねいに見ていきましょう。
- 原文 おぼしきこと言はぬは、げに腹ふくるるわざなりや。
- 現代語訳 思っていることを言わないでいるのは、なるほど(言われるとおり)気がふさいで苦しくなることだなあ。
「おぼしきこと」は「思っていること・言いたいこと」。「言はぬ」は動詞「言ふ」に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」がついた形で「言わない」。「腹ふくるるわざ」は直訳すれば「腹がふくれること」ですが、ここでは「言いたいことを我慢すると気がふさいで苦しい」という気持ちのたとえです。長い間だまっていた老人たちが、いよいよ思う存分に昔話を語り出そうとする、その勢いがこの一言ににじみ出ています。物語全体の幕開けにふさわしい、生き生きとした一文だと言えるでしょう。
敬語のしくみをやさしく整理
この場面は、語り手が読者にていねいに語りかける形になっているため、敬語が大切なポイントになります。古文の敬語は「尊敬語・謙譲語・丁寧語」の三つに分けて考えると整理しやすくなります。
- 尊敬語 動作をする人を高める(例:「言はる」の「る」=尊敬の助動詞。老人が言ったことを敬って表す)。
- 謙譲語 動作を受ける相手を高める(例:「まうづ(詣づ)」=「行く・参る」をへりくだって言う語)。
- 丁寧語 聞き手(読者)への敬意を表す(例:補助動詞「侍り」=「〜です・〜ます」)。
とくにまちがえやすいのが「侍り」です。「侍り」には、「お仕えする」という意味の謙譲語の用法と、「〜です・〜ます」という丁寧語の用法があります。この場面の「まうでて侍りしかば」「見侍りしに」の「侍り」は、いずれも動詞のあとについて聞き手への敬意を表す丁寧の補助動詞です。「語り手がていねいに読者へ語りかけている」と理解しておけば、訳もつくりやすくなります。
つまずきやすいポイントと入試での問われ方
定期テストや入試では、この場面から次のような問いがよく出されます。あらかじめ知っておくと、対策が立てやすくなります。
- 登場人物の人数 「翁ふたり」(老人二人)と「嫗(老女)」一人で合計三人です。「翁ふたり」の「ふたり」だけに気を取られて嫗を数え忘れ、「二人」と答えてしまうミスが多いので注意しましょう。
- 「侍り」の用法 「丁寧の補助動詞か、本動詞の謙譲語か」を問う問題が定番です。動詞の下についていれば補助動詞(丁寧)と判断します。
- 係り結び 「とこそ言はれけれ」の「こそ」を受けて、文末が已然形「けれ」で結ばれています。「結びの語を答えよ」「なぜ已然形か」と問われます。
- 「めり」の意味 「居ぬめり」の「めり」は推定(〜ようだ)。完了の「ぬ」と区別させる問題がよく出ます。
- 文学史 作品名・ジャンル(歴史物語)・四鏡・中心人物(藤原道長)・語り手の名前を問う知識問題。これらは暗記で確実に得点できます。
ミニ練習問題(解答つき)
問1 「まうでて侍りしかば」を現代語に訳しなさい。
解答 「(雲林院の菩提講に)参詣しておりましたところ」。「まうづ」は「参詣する」の謙譲語、「侍り」は丁寧の補助動詞、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形、「ば」は順接の確定条件です。
問2 「とこそ言はれけれ」の係り結びについて、係助詞と結びの語(活用形まで)を答えなさい。
解答 係助詞は「こそ」、結びの語は過去の助動詞「けり」の已然形「けれ」。「こそ」を受けると文末は已然形で結ばれます。
問3 『大鏡』の語り手二人の名前を答えなさい。
解答 大宅世継(おおやけのよつぎ)と夏山繁樹(なつやましげき)。世継は約百九十歳、繁樹は約百八十歳という設定です。
よくある質問 Q&A
Q 「雲林院の菩提講」とは何ですか。
A 雲林院は京都にあった寺院で、菩提講はそこで法華経(ほけきょう)を講じる(説き聞かせる)法会(ほうえ=仏教の集まり)のことです。多くの人が集まる場であり、そこで語り手が二人の老人と出会う、という設定になっています。
Q 『大鏡』はどんな順序で歴史を書いていますか。
A 帝(天皇)の歴史を記す部分と、藤原氏の有力者の伝記を記す部分を組み合わせる「紀伝体(きでんたい)」という形式でえがかれています。中国の歴史書『史記』にならった書き方で、人物ごとにその一生を語るのが特徴です。
Q 「鏡物」とはどういう意味ですか。
A 題名に「鏡」がつく歴史物語のまとまりを指すよび名です。『大鏡』『今鏡』『水鏡』『増鏡』の四作品=「四鏡」がこれにあたります。「鏡」には「過去をありのままに映し出す」という意味がこめられています。
もう一歩のまとめ
- 「雲林院の菩提講」は『大鏡』の序にあたり、語り手の二人の老人が出会う場面。
- 語り手は大宅世継(約百九十歳)と夏山繁樹(約百八十歳)。長寿の老人が見聞きした話として歴史を語る。
- 「おぼしきこと言はぬは、げに腹ふくるるわざなりや」は、語り出す勢いを示す有名な一文。
- 「侍り」は丁寧の補助動詞、「まうづ」は謙譲語。敬語の見分けが頻出ポイント。
- 「こそ〜けれ」の係り結び、「しかば(已然形+ば)」の順接確定条件、「めり」(推定)も要チェック。
- 文学史では、歴史物語・紀伝体・藤原道長の栄華・四鏡(大鏡・今鏡・水鏡・増鏡)をおさえる。
まとめ
・『大鏡』は二人の老人の昔語り(対話)という形で歴史を語る歴史物語
・語り手は大宅世継と夏山繁樹。この場面はその出会いを描く「序」
・「侍り」は丁寧の補助動詞(聞き手への敬意)。「まうづ」は謙譲語
・「こそ〜けれ」の係り結び、「しかば(已然形+ば)」の順接確定条件が頻出
・紀伝体・藤原道長の栄華・「四鏡」(大鏡・今鏡・水鏡・増鏡)は文学史の定番

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