今昔物語集『羅城門(羅城門の上層に登りて死人を見る盗人)』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

今昔物語集 羅城門 羅生門の原話 作品解説

平安時代末ごろに成立した日本最大の説話集『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』の中でも、とくに有名な一話、「羅城門(らじょうもん)の上層(うわこし)に登りて死人(しにん)を見る盗人(ぬすびと)の語(こと)」です。

夕暮れの羅城門。その二階に登った盗人が、若い女の死体の髪を抜く、白髪の老婆と出くわす――。読むだけでぞくっとする場面ですね。この話は、文豪・芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の名作小説『羅生門(らしょうもん)』のもとになった原話としても知られています。

この記事では、原文・やさしい現代語訳・重要語句・敬語と文法のポイント・主題と背景を、はじめての人にもわかるように、ていねいに解説していきます。

1. はじめに ― どんなお話?(導入)

舞台は、平安京の正面玄関にあたる大門「羅城門」です。今でいう京都の南のはずれ。当時すでに門はあれ果て、人が寄りつかない不気味な場所になっていました。

ある男が、盗みをするために地方から京の都へやってきます。まだ日が暮れていないので、人通りがおさまるのを待とうと、羅城門の二階にこっそり登ります。すると、暗いはずの門の上に、ぼんやりと火がともっている。のぞいてみると――そこには、若い女の死体と、その髪を一本一本抜き取っている、不気味な老婆の姿がありました。

「これは鬼か?」とおびえる盗人。けれど彼は思い切って老婆に飛びかかり、正体を問いただします。そして最後には、死体の着物も、老婆の着物も、抜き取った髪までもすべて奪い取り、二階から逃げ去ってしまうのです。

人間の弱さやしたたかさ、生きることのなまなましさが、わずか数百字にぎゅっと詰まった名場面。さっそく本文を読んでいきましょう。

2. 原文(教科書採録の代表範囲)

『今昔物語集』はとても長い作品ですが、この話は巻第二十九・第十八話の一話として完結しています。ここでは、教科書や問題集でよく採られる本文のほぼ全体を、場面ごとに区切ってのせます。表記は読みやすさを優先し、難しい字には読みがなを補いました。

場面① 盗人、羅城門の二階に登る

今は昔、摂津(せっつ)の国の辺(ほとり)より、盗(ぬすみ)せむがために京(きょう)に上(のぼ)りける男(おとこ)の、日のいまだ暮(く)れざりければ、羅城門の下(しも)に立(た)ち隠(かく)れて立てりけるに、朱雀(すざく)の方(かた)に人しげく行(ゆ)きければ、「人の静まるまで」と思ひて、門の下に待ち立てりけるに、山城(やましろ)の方より、人どものあまた来(き)たる音のしければ、「それに見えじ」と思ひて、門の上層(うわこし)に、やはら掻(か)きつき登りたりけるに、見れば、火ほのかにともしたり。

場面② 盗人、死人と老婆を見る

盗人、「あやし」と思ひて、連子(れんじ)より臨(のぞ)きければ、若き女の、死(し)にて臥(ふ)したるあり。その枕上(まくらがみ)に火をともして、年いみじく老(お)いたる嫗(おうな)の、白髪(しらが)白きが、その死人の枕上に居(ゐ)て、死人の髪をかなぐり抜き取るなりけり。

場面③ 盗人、老婆に問いただす

盗人、これを見るに、心も得(え)ねば、「これはもし、鬼(おに)にやあらむ」と思ひて、恐ろしけれども、「もし、死人にてもぞある。恐(おど)して試(こころ)みむ」と思ひて、やはら戸を開(あ)けて、刀を抜きて、「おのれ」と言ひて走り寄りければ、嫗、手まどひをして、手をすりて惑(まど)へば、盗人、「これは何(なに)ぞの嫗の、かくはし居(ゐ)たるぞ」と問ひければ、嫗、「己(おの)が主(しゅう)にておはしましつる人の、失(う)せ給(たま)へるを、繚(あつか)ふ人のなければ、かくて置き奉(たてまつ)りたるなり。その御髪(みぐし)の長(た)けに余りて長ければ、それを抜き取りて鬘(かづら)にせむとて抜くなり。助け給へ」と言ひければ、

場面④ 盗人、すべてを奪って逃げる

盗人、死人の着たる衣(きぬ)と、嫗の着たる衣と、抜き取りてある髪とを奪ひ取りて、下(お)り走りて、逃げて去(い)にけり。
然(しか)て、その上の層(こし)には、死人の骸(かばね)ぞ多かりける。死にたる人の葬(ほうぶ)りなどえせぬをば、この門の上にぞ置きける。この事は、その盗人の人に語りけるを聞き継ぎて、かく語り伝へたるとや。

※本文の表記(漢字・かなづかい)は、もっとも古い写本である鈴鹿本(すずかぼん)系統のテキストにもとづき、読みやすいように整えています。教科書によって細かい字づかいが異なる場合があります。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

では、今の言葉に直して読んでみましょう。場面の番号は原文と対応しています。

場面①の訳

今となっては昔のことだが、摂津の国(今の大阪・兵庫のあたり)のほうから、盗みをするために京の都へ上ってきた男がいた。まだ日が暮れていなかったので、羅城門の下にこっそり身を隠して立っていたが、朱雀大路のほうに人が多く行き交っていたので、「人通りが静まるまで」と思って、門の下で待って立っていた。すると、山城(京都南部)のほうから、おおぜいの人がやってくる物音がしたので、「その人たちに見られたくない」と思って、門の二階に、そっとよじ登った。見ると、火がぼんやりとともしてあった。

場面②の訳

盗人は「変だぞ」と思って、連子窓(格子(こうし)の窓)からのぞいてみると、若い女が死んで横たわっている。その枕もとに火をともして、ひどく年老いた、白髪の真っ白な老婆が、その死人の枕もとにすわって、死人の髪を手荒に引き抜いているのだった。

場面③の訳

盗人は、これを見ても、わけがわからないので、「これはもしかして、鬼ではないだろうか」と思って、恐ろしかったけれども、「いや、もしかしたら(ただの)死人かもしれない。おどして、ためしてみよう」と思って、そっと戸を開け、刀を抜いて、「おまえは!」と言って走り寄ったところ、老婆は、あわてふためいて、手をすり合わせておろおろする。盗人が、「これはいったい何の老婆が、こんなことをしているのか」と問いただすと、老婆は、「私のご主人でいらっしゃった方が、お亡くなりになったのですが、お世話をする人がいないので、こうして(ここに)安置し申し上げているのです。その(亡き主人の)御髪が、背丈よりも余るほど長いので、それを抜き取って、かつらにしようと思って抜いているのです。お助けください」と言ったので、

場面④の訳

盗人は、死人の着ている着物と、老婆の着ている着物と、抜き取ってある髪とを奪い取って、(二階から)駆け下りて、逃げ去ってしまった。
さて、その(門の)二階には、死人の死体がたくさんあったという。亡くなった人を葬式などできない場合には、この門の上に置いたのだった。このことは、その盗人が(あとで)人に語ったのを聞き伝えて、このように語り伝えているということだ。

4. 重要語句・敬語・文法のポイント

テストや入試でねらわれやすいところを、しぼって解説します。意味だけでなく「なぜそうなるか」もおさえましょう。

(1) おさえておきたい重要単語

  • あやし(形容詞)…「変だ・不思議だ」。ここでは「(こんな所に火が?)おかしいぞ」という気持ち。※「身分が低い・みすぼらしい」の意味もある重要語。文脈で判断します。
  • 臨(のぞ)く(動詞)…「のぞき見る」。現代語の「のぞく」とほぼ同じ。
  • いみじ(形容詞)…程度がはなはだしいことを表す万能語。よい意味にも悪い意味にも使う。ここでは「年いみじく老いたる」で「ひどく年をとった」。
  • 嫗(おうな)(名詞)…年老いた女性、老婆。対義語は「翁(おきな)=老人の男」。
  • かなぐる(動詞)…「手荒く引っぱる・むしり取る」。「髪をかなぐり抜き取る」で、乱暴に髪を抜くようす。
  • 心も得(え)ず(慣用)…「事情がのみこめない・わけがわからない」。「得」は「理解する」の意味。
  • 試(こころ)む(動詞)…「ためす」。盗人が「恐して試む(おどしてためそう)」と決意する場面。
  • 繚(あつか)ふ(動詞)…「世話をする・もてあます」。ここでは「(遺体の)世話をする」。
  • 鬘(かづら)(名詞)…かつら。抜いた髪をかつらの材料にしようとしている。
  • 葬(ほうぶ)り(名詞)…「とむらい・埋葬」。動詞「葬(ほうぶ)る」の名詞形。
  • 骸(かばね)(名詞)…死体、なきがら。

(2) 敬語のポイント ― 老婆のことばづかいに注目

この話で敬語が集中して出てくるのは、老婆が言いわけをする会話文です。相手(盗人)と、亡くなった主人への気づかいが、敬語にあらわれています。

  • おはします…「あり・をり(いる)」の尊敬語で「いらっしゃる」。「主にておはしましつる人」=「ご主人でいらっしゃった方」。亡き主人を高めています。
  • 失(う)せ給(たま)ふ…「失す(亡くなる)」+尊敬の補助動詞「給ふ」。「お亡くなりになる」。これも主人への敬意。
  • 置き奉(たてまつ)る…「置く」+謙譲語の補助動詞「奉る」。「(ご主人を)安置し申し上げる」。動作の対象である主人を低めることで、結果的に主人を高めています。
  • 御髪(みぐし)…「髪」の尊敬語。「御(み)」をつけて、亡き主人の髪をうやまっている。
  • 助け給へ…「給へ」は尊敬の補助動詞の命令形で、相手(盗人)への敬意。「お助けください」と命ごいをしている。

読解のコツ:老婆は、自分の不気味な行いを「主人のため・しかたなく」だと弁解するために、わざわざていねいな敬語を使っています。敬語の有無から、登場人物の心理や立場が読み取れるのです。

(3) 文法のポイント

  • 係り結び「ぞ〜ける」…「死人の骸多かりける」「この門の上に置きける」。係助詞「ぞ」を受けて、文末が連体形「ける」で結ばれています(強調)。本来の終止形なら「多かりけり」となるところ。※係り結びは入試頻出。「ぞ・なむ・や・か→連体形」「こそ→已然形」をセットで覚えましょう。
  • 「〜じ」(打消推量・打消意志)…「それに見え」=「(人に)見られまい・見られたくない」。「む」の打消にあたる助動詞。
  • 「〜む」(意志)…「人の静まるま」のあとの「鬘にせとて」「試み」など。「〜よう(とする)」という意志を表す。
  • 「〜もぞ〜」…「死人にてもぞある」。「〜したら(困る・大変だ)」という心配・懸念を表す言い方。「(ただの)死人だったらまずいな(→ためしてみよう)」と、盗人が用心している気持ち。やや高度ですが知っておくと差がつきます。
  • 「とや」(伝聞・引用)…末尾の「語り伝へたるとや」。「〜と(いうことだ)よ」と、伝え聞いた話であることを示す、説話特有の結び方。下に「言ふ」などが省略されています。

5. 主題・あらすじ・背景

あらすじのまとめ

盗みのために都へ来た男が、羅城門の二階で、若い死人の髪を抜く老婆に出会う。鬼かと恐れた盗人は、刀を抜いて老婆をおどす。老婆は「亡き主人の髪をかつらにするためだ」と弁解するが、盗人は死人の着物も老婆の着物も髪もすべて奪い、逃げ去ってしまう――というお話です。

この話の主題(テーマ)

大きく言えば、生きるためのなまなましい人間の姿が主題です。死人の髪を抜く老婆も、それを横取りして逃げる盗人も、どちらも「生きのびるため」に手段を選びません。きれいごとではない、人間のたくましさ・あさましさが、淡々とした筆致で描かれます。

『今昔物語集』の語り手は、登場人物を声高に「善い/悪い」と裁きません。だからこそ、読者は自分自身で「これをどう思うか」を考えさせられます。この突き放したようなリアルな語り口が、この説話の大きな魅力です。

『今昔物語集』という作品について

『今昔物語集』は、平安時代後期(十二世紀前半ごろ)に成立したとされる、日本最大級の説話集です。編者ははっきりわかっていません。全体は天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の話に分かれ、千以上もの説話を収めています。すべての話が「今は昔(=今となっては昔のことだが)」で始まり、「〜となむ語り伝へたるとや」で結ばれるのが大きな特徴です。

この羅城門の話が入っている巻第二十九は、盗み・殺しといった「悪行(あくぎょう)」をあつかう巻で、いわば今でいう「事件もの」が集まっています。生々しくも人間くさい話が多く、後世の作家たちに大きな影響を与えました。

芥川龍之介『羅生門』との関係

この説話は、芥川龍之介の有名な短編小説『羅生門』のもとになった原話です。読みくらべると、芥川がどこを変えたかがよくわかります。

  • 主人公の設定…原話の盗人は「最初から盗みに来た男」。芥川の『羅生門』では「仕事を失い、これから盗人になろうか迷っている下人(げにん)」に変えられています。
  • 老婆の言い分…原話では「亡き主人の髪をかつらにするため」。芥川版では「この死んだ女も生前は悪いことをしていた。だから自分が髪を抜いても許される」という、より理屈っぽい弁解に変えられています。
  • テーマの深まり…芥川は、老婆の「悪も生きるためなら仕方ない」という論理に下人が乗っかり、「ならば自分が老婆から奪っても許されるはずだ」と一線を越えていく、というエゴイズム(自分本位の心)の問題として描き直しました。

原話のそっけない語りと、芥川の練りこまれた心理描写。両方を読みくらべると、古典が後の文学にどう生まれ変わるかが見えてきて、とてもおもしろいですよ。

おわりに ― 学習のポイント整理

最後に、この話で必ずおさえたいポイントをまとめます。

  • 冒頭「今は昔」・末尾「語り伝へたるとや」という、説話の決まった型を知っておく。
  • 老婆の会話文の敬語(おはします・給ふ・奉る・御髪)から、亡き主人への敬意と弁解の心理を読み取る。
  • 係り結び「ぞ〜ける」、「もぞ(心配)」、「(打消意志)」など、頻出文法を本文で確認する。
  • 主題は「生きるための人間のなまなましさ」。善悪を決めつけない語り口に注目。
  • 芥川龍之介『羅生門』の原話であること、そしてどこが変えられたかを言えるようにする。

暗い話のようでいて、人間というものを深く考えさせてくれる名作です。声に出して原文を読むと、リズムのよさも味わえます。ぜひくり返し読んでみてください。

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