「親が有名だと、子どもは『どうせ親の力でしょ』と言われがち」——これは今も昔も変わらないようです。今回読む十訓抄(じっきんしょう)の『大江山(おおえやま)』は、まさにそんな場面の物語です。歌人として名高い母・和泉式部(いずみしきぶ)の娘である小式部内侍(こしきぶのないし)が、「歌は母に作ってもらっているんだろう」とからかわれます。けれども彼女は、たった一首の歌でそのからかいをみごとにはね返してしまうのです。
この話は説話集『十訓抄』に収められていて、和歌に含まれた「掛詞(かけことば)」の楽しさや、とっさの機転のすばらしさを味わえる、高校古文の定番教材です。この記事では、原文・現代語訳・重要語句・読解のポイントを、古文が苦手な方にもわかるように、ひとつずつていねいに解説していきます。
1. この話のあらすじ(まずは全体像をつかもう)
登場人物は3人です。先に整理しておくと、ぐっと読みやすくなります。
- 小式部内侍(こしきぶのないし)……この話の主人公。まだ若い女性。歌がとても上手。
- 和泉式部(いずみしきぶ)……小式部内侍の母。当時を代表する有名な女流歌人。今は夫の赴任に従って、京都から遠い丹後(たんご・今の京都府北部)に行っている。
- 定頼中納言(さだよりのちゅうなごん)……からかってくる男性貴族。藤原定頼(ふじわらのさだより)。彼自身も歌の名手。
話の流れはこうです。京都で歌合(うたあわせ。歌の優劣を競う会)が開かれることになり、小式部内侍がその歌人の一人に選ばれます。ところがそこへ定頼中納言がやってきて、「お母さんは丹後にいるけど、代わりの歌を作ってもらう使いの人はもう帰ってきましたか?」と、わざと意地悪に声をかけます。「どうせ自分では歌が作れないんでしょう」と、からかったのです。
すると小式部内侍は、その場でとっさに一首の歌を詠み、定頼をぐうの音も出ないほどやり込めてしまいます。それが、百人一首にも選ばれている有名な歌「大江山……」です。
2. 原文(教科書でよく採られる範囲)
ここでは、教科書に載る代表的な範囲を原文(歴史的仮名遣い)で示します。話のまとまりを大切にするため、結びの一文まで含めています。
和泉式部、保昌(やすまさ)が妻(め)にて、丹後(たんご)に下(くだ)りけるほどに、京に歌合(うたあはせ)ありけるに、小式部内侍、歌詠(うたよ)みにとられて詠みけるを、定頼中納言(さだよりのちゅうなごん)たはぶれて、小式部内侍、局(つぼね)にありけるに、「丹後へつかはしける人は参りたりや。いかに心もとなくおぼすらむ。」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、御簾(みす)より半(なか)らばかり出でて、わづかに直衣(なほし)の袖をひかへて、
大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天(あま)の橋立(はしだて)
と詠みかけけり。思はずに、あさましくて、「こはいかに、かかるやうやはある。」とばかり言ひて、返歌(へんが)にも及ばず、袖を引き放ちて逃げられけり。小式部、これより歌詠みの世に覚(おぼ)え出(い)で来(き)にけり。
※テキスト(写本)によって、「つかはしける」が「遣(つか)はしける」、結びの一文がさらに長く続くものなど、細かな違いがあります。ここでは高校の教科書で広く採られている形にそろえました。
3. 現代語訳(やさしい言葉で)
むずかしい言葉をできるだけ使わず、場面が目に浮かぶように訳してみます。
和泉式部が、(夫の)保昌の妻として(夫について)丹後へ下っていたころ、京で歌合があったので、小式部内侍が歌人の一人に選ばれて歌を詠むことになった。すると定頼中納言がふざけて、小式部内侍が部屋(局)にいたときに、「丹後へ(お母さんのところへ歌を頼みに)遣わした使いの人は、もう帰ってまいりましたか。さぞ(返事が来ないので)気がかりに思っていらっしゃるでしょうね。」と言って、部屋の前を通り過ぎようとなさった。
(そのとき小式部内侍は、)御簾(みす)から体を半分ほど乗り出して、(定頼の)直衣(なおし。ふだん着の上着)の袖をちょっとつかんで引きとめ、こう歌を詠みかけた。
大江山を越え、生野(いくの)を通っていく道が遠いので、私はまだ天の橋立の地を踏んだこともなく、母からの手紙(文)も見ていません。(だから、母に代作を頼んだりなどしていませんよ。)
(定頼は)思いがけないことに、あきれてしまって、「これはまあどうしたことだ、こんなことがあってよいものか(いや、よくない)。」とだけ言って、返歌をすることもできず、(つかまれた)袖を振り払ってお逃げになった。小式部内侍は、この一件以来、歌人としての評判が世間に広まったのであった。
4. この歌の「掛詞」がすごい(ここが見どころ)
この話の中心にあるのが、小式部内侍が詠んだ次の歌です。短い歌の中に、いくつもの言葉の仕掛け(掛詞=一つの言葉に二つの意味を重ねる技法)が詰め込まれています。
大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
地名がたくさん出てくるのは、母のいる丹後(天の橋立がある地方)までの道のりを表すためです。そのうえで、次の二つの掛詞が効いています。
掛詞その1:「いくの」
「いくの」は、地名の「生野(いくの)」(京都府福知山市あたり)と、「行く野(=行く道)」の二つの意味を重ねています。「生野という土地」と「行く道のり」の両方が、ひとつの言葉に込められているのです。
掛詞その2:「ふみ」
これがこの歌のいちばんの工夫です。「ふみ」は、「踏み」(足で踏む=そこへ行く)と、「文(ふみ)」(手紙)の二つの意味を持っています。
つまり「まだふみもみず」は、
- (天の橋立の地を)まだ踏みもしていない=行ったこともない
- (母からの)文も見ていない=手紙ももらっていない
という二つの意味を同時に言っているのです。定頼は「お母さんに歌を頼む使いは帰った?」とからかいました。それに対して小式部内侍は「丹後は遠くて、行ったこともないし、母の手紙も見ていません(=母の助けなど借りていません)」と、地名と掛詞を使ってみごとに切り返したわけです。からかいの内容にぴたりと噛み合った、知的でユーモアのある返答になっています。
※細かい補足として、「いくの」には「幾(いくつも)」の響き、「天の橋立」には「橋を立てる」ではなく地名の意味、というように、言葉が幾重にも重なっています。ここまで覚える必要はありませんが、「短い歌にこれだけの工夫が詰まっている」と知ると、味わいが深まります。
5. 重要語句・敬語・文法のポイント
テストでも問われやすい大切なところを、順番に確認しましょう。
(1) 重要語句
- 局(つぼね)……宮中などで働く女性に与えられた、間仕切りされた個室。「局にあり」で「自分の部屋にいる」という意味です。
- たはぶれて……「たはぶる(戯る)」で「ふざける・からかう・冗談を言う」。定頼が本気ではなく、からかいで声をかけたことを表します。
- 心もとなし……「待ち遠しい・じれったい・気がかりだ・不安だ」。「いかに心もとなくおぼすらむ」で「どんなに気がかりにお思いでしょう」となります。
- 御簾(みす)……すだれ。室内と外を仕切る、目隠しの簾(すだれ)です。
- 直衣(なほし)……貴族の男性のふだん着の上着。定頼が着ていたものです。
- 思はずなり……「思いがけない・意外だ」。形容動詞です。「思はずに」で「意外なことに」。
- あさまし……「驚きあきれる」。良い意味でも悪い意味でも、予想外のことに「あぜんとする」気持ちを表します。ここでは、まさかこんな歌を即座に詠むとは、と定頼があきれた様子です。
- 覚え(おぼえ)……「評判・世間の評価」。「歌詠みの世に覚え出で来にけり」で「歌人としての評判が世間に出てきた(高まった)」となります。
(2) 敬語のポイント
この文章では、語り手が貴族である定頼中納言に敬意を払っています。どこに敬語が使われているかに注目すると、人物関係が見えてきます。
- おぼす(思す)……「思ふ」の尊敬語で「お思いになる」。これは定頼が「(小式部内侍が)気がかりにお思いでしょう」と、相手を立てて言っているセリフの中の敬語です。
- 過ぎられけり/逃げられけり……この「られ」は、尊敬の助動詞「らる」です。「お通り過ぎになった」「お逃げになった」と訳します。語り手が、その動作の主である定頼中納言を敬っていることを示します。受身(〜される)ではなく尊敬である点に注意しましょう。
(3) 文法のポイント:係り結び(かかりむすび)
定頼があわてて言うセリフ「かかるやうやはある」に、係り結びが使われています。
- 「やは」は係助詞で、ここでは反語(〜だろうか、いや〜ない、という強い否定)を表します。
- 係助詞「やは」を受けて、文末が連体形「ある」で結ばれています。これが係り結びです。
- 意味は「こんなことが(普通)あってよいものか、いや、あるはずがない」。=「まさかこんな返しをされるとは思わなかった」という、定頼の驚きとうろたえがにじみ出ています。
(4) 結びの一文「〜にや」
※範囲を結びまで広げて学ぶ場合のポイントです。説話の最後は、しばしば「これはうちまかせての理運(りうん)のことなれども……知られざりけるにや。」のように締めくくられます。文末の「にや」は「〜であろうか」と推量を表す表現で、あとに「あらむ」などが省略された形です。語り手が「定頼ともあろう歌の名人でも、まさかこれほどの歌をその場で詠めるとは思っていなかったのだろうか」と、しみじみ感想を述べているところです。
6. 主題・背景(なぜこの話が伝わってきたのか)
主題:とっさの機転と、和歌の力
この話の主題は、「歌の才能と、その場での機転(きてん)のすばらしさ」です。小式部内侍は、からかってきた相手に腹を立てて言い返すのではなく、和歌という上品な形で、しかも掛詞という高度な技を使って、あざやかに反撃しました。相手を黙らせただけでなく、「この人は本物の歌人だ」と世間に認めさせたのです。「言葉の力で、自分の名誉を自分で守った」物語だと言えます。
背景:『十訓抄』とはどんな本か
『十訓抄』は、鎌倉時代(1252年成立とされます)に編まれた説話集です。「十の教訓(おしえ)」に沿って、たくさんの短い話(説話)を集めた、いわば道徳の教科書のような本です。若い人が生きていくうえで大切な心がまえを、具体的なエピソードを通して学べるようになっています。この『大江山』の話も、「とっさのときに発揮される才能や機転の大切さ」を伝える例として収められています。
背景:母・和泉式部の存在
母の和泉式部は、『和泉式部日記』を著したことでも知られる、当時を代表する女流歌人でした。母があまりに有名だったために、娘の小式部内侍は「歌は母の代作では」と陰口を言われやすい立場にありました。この物語は、そんなプレッシャーをはね返した娘の痛快な一場面として、長く語り継がれてきたのです。
まとめ
十訓抄『大江山』は、(1)からかわれた小式部内侍が、(2)地名と掛詞を巧みに使った一首の和歌で、(3)相手をみごとに黙らせ、(4)歌人としての評判を確立した、という痛快な説話でした。読解のカギは、なんといっても「いくの(生野/行く野)」と「ふみ(踏み/文)」という二つの掛詞です。ここを押さえれば、この話のおもしろさの大半が理解できます。あわせて、尊敬の「らる」と、反語の係り結び「やは〜ある」も、テスト頻出のポイントとして覚えておきましょう。
✅ 定期テスト前の仕上げに|この場面の確認テスト


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