『大鏡(おおかがみ)』の中でもとくに有名な場面、「競べ弓(くらべゆみ)」を取り上げます。「南院(なんいん)の競射」「弓争ひ」とも呼ばれる、藤原道長(ふじわらのみちなが)と甥(おい)の伊周(これちか)が弓の腕を競い合う場面です。教科書でもよく出てくる定番の話で、道長の堂々とした態度と、強い「運」を感じさせる名場面として知られています。
この記事では、原文・やさしい現代語訳・重要語句・読解のポイントを、古文がはじめての方にもわかるように順番に説明していきます。
1. はじめに ― どんな場面なの?
登場するのは、おもに次の三人です。人物関係をつかんでおくと、一気に読みやすくなります。
- 藤原道長(みちなが)=この話の主人公。後に絶大な権力をにぎる人物。当時はまだ甥よりも官位が低い立場でした。本文では「この殿」「入道殿(にゅうどうどの)」などと呼ばれます。
- 藤原伊周(これちか)=道長の甥。道長より官位は上でした。本文では「帥殿(そちどの)」と呼ばれます。
- 藤原道隆(みちたか)=伊周の父で、道長の兄。当時の権力者。本文では「中の関白殿(なかのかんぱくどの)」「父大臣(ちちおとど)」と呼ばれます。
場所は道隆の屋敷「南院」。そこで開かれた弓の会に、招かれていない道長がふらりとやって来ます。甥の伊周のための晴れ舞台だったはずが、思いがけない叔父の登場で空気が変わっていく……という場面です。
ひとことメモ:『大鏡』は、平安時代後期に成立した「歴史物語」です。190歳ほどの老人が昔を語る、という変わった作り方で、藤原氏の栄える歴史を生き生きと描いています。この「競べ弓」も、道長がいかに大人物だったかを伝えるエピソードのひとつです。
2. 原文(教科書の定番範囲)
ここでは、教科書に採録される代表的な範囲(弓の会に道長が現れ、二度の勝負で道長が射当て、父・道隆が止めるまで)を載せます。なお、教科書や注釈書によって「南院/南の院」「中の関白殿/中関白殿」など、表記がわずかに違う場合があります(意味は同じです)。ここでは広く使われている本文の形で示します。
その一:道長、思いがけず登場する
帥殿の、南の院にて、人々集めて弓あそばししに、この殿渡らせ給へれば、思ひかけずあやしと、中の関白殿思し驚きて、いみじう饗応し申させ給うて、下臈におはしませど、前に立て奉りて、まづ射させ奉らせ給ひけるに、帥殿の矢数、いま二つ劣り給ひぬ。
中の関白殿、また御前に候ふ人々も、「いま二度延べさせ給へ。」と申して、延べさせ給ひけるを、やすからず思しなりて、「さらば、延べさせ給へ。」と仰せられて、また射させ給ふとて、仰せらるるやう、
その二:道長の言葉と、二本の矢
「道長が家より帝・后立ち給ふべきものならば、この矢当たれ。」と仰せらるるに、同じものを、中心には当たるものかは。
次に、帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手もわななくけにや、的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射給へるに、関白殿、色青くなりぬ。
また入道殿射給ふとて、「摂政・関白すべきものならば、この矢当たれ。」と仰せらるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、同じところに射させ給ひつ。
饗応し、もてはやし聞こえさせ給ひつる興もさめて、こと苦(にが)うなりぬ。父大臣、帥殿に、「何か射る。な射そ、な射そ。」と制し給ひて、ことさめにけり。
3. 現代語訳(やさしく)
その一の訳
帥殿(伊周)が、南院で人々を集めて弓をお射りになっていたところ、この殿(道長)がおいでになったので、(伊周の父である)中の関白殿(道隆)は、思いがけないことだ、変だな、と驚きなさって、たいそう丁重にもてなし申し上げなさり、(道長は伊周より)官位の低い立場でいらっしゃったけれど、(伊周より)前に立たせ申し上げて、まず先に射させ申し上げなさったところ、帥殿(伊周)の方が、(道長より)矢の数が二本(命中が)少なくおなりになった。
中の関白殿も、またおそばにお仕えする人々も、「もう二回、(勝負を)延長なさいませ。」と申し上げて、延長なさったのを、(道長は)心穏やかでなくお思いになって、「それなら、延長なさい。」とおっしゃって、また射なさるということで、おっしゃることには――
その二の訳
「(この)道長の家から帝(みかど)や后(きさき)がお立ちになるはずのものであるなら、この矢よ、当たれ。」とおっしゃると、なんとまあ、(矢は)的の真ん中に当たるではないか。
次に、帥殿(伊周)が射なさるが、たいそう気おくれなさって、お手も震えるせいであろうか、矢は的のあたりにさえ近寄らず、とんでもない方向(あさっての方)を射なさったので、関白殿(道隆)は、顔色が青くおなりになった。
さらに入道殿(道長)が射なさるということで、「(自分が)摂政・関白になるはずのものであるなら、この矢よ、当たれ。」とおっしゃると、最初と同じように、的が破れるほどの勢いで、同じところにお射当てになった。
(道隆が道長を)もてなし、おほめ申し上げなさっていた興(きょう=楽しい気分)もすっかりさめて、その場は気まずくなってしまった。父大臣(道隆)は、帥殿(伊周)に、「どうして射るのか。射るな、射るな。」とお止めになって、(弓の会は)すっかり興ざめになってしまった。
4. 重要語句・敬語・文法のポイント
テストでよく問われるところを中心に、ていねいに見ていきます。
(1) おさえておきたい古語
- あそばす(弓あそばし)……「〜なさる」。身分の高い人の動作を高める尊敬語。ここでは「(弓を)射なさる」の意味。
- 饗応(きょうおう)す……手厚くもてなす。相手の機嫌をとり、ごちそうなどでもてはやすこと。
- 下臈(げろう)……官位・身分が低いこと。道長が伊周より下の立場だったことを表します。
- やすからず(思す)……心穏やかでない。おもしろくない。ここでは道長が、何度も延長させられてむっとした気持ち。
- 臆(おく)す……気おくれする。びくびくする。伊周がプレッシャーで縮こまった様子。
- わななく……(恐れ・緊張で)ふるえる。
- け(故)にや……「〜せいであろうか」。原因を推し量る言い方(「故にや+あらむ」の省略)。
- 無辺世界(むへんせかい)を射る……とんでもない方向、見当違いの所を射ること。的を大きく外したさまの大げさな表現。
- 興(きょう)さむ・ことさむ……楽しい気分がさめる。座が白ける。最後の「ことさめにけり」は「すっかり興ざめになった」。
- な射そ……「射るな」。後で説明する禁止の言い方です。
(2) 敬語 ― 「誰を敬っているか」がカギ
この文章には敬語がぎっしり詰まっています。とくに、動作を高める尊敬語と、相手を立てる謙譲語を見分けることが大切です。
- 渡らせ給へ/仰せらる/思し驚く……いずれも尊敬語。道長や道隆など、身分の高い人の動作を高めています。
- 申す(人々が「延べさせ給へ」と申して)……謙譲語。話しかける相手(道長)を立てています。
- 射させ奉らせ給ひける……ここの「奉る」は謙譲語。道長に「先に射させてさしあげる」という、道隆側のへりくだりが表れています。「させ給ふ」と二つ重なった二重敬語(最高敬語)で、強い敬意を示します。
- 聞こえさせ給ひ……「聞こえ(謙譲)」+「させ給ふ(尊敬)」。道隆が道長を「もてはやし申し上げなさる」様子。
<つまずきやすいポイント> 同じ「奉る」「給ふ」でも、文脈で「誰を敬っているか」が変わります。「動作をする人」と「動作を受ける人」、どちらを立てているのかを意識して読むと、人物関係がはっきり見えてきます。
(3) 文法 ― 係り結び・反語・禁止
- 係り結び(反語):「中心には当たるものかは。」
「ものかは」は反語の言い方。直訳は「当たるだろうか、いや…」ですが、ここは反語を通り越して「なんと当たってしまったよ!」という強い驚き・感動を表します。「ふつうなら当たるはずもないのに、当たった」という語り手の興奮が込められた、この場面の山場です。 - 禁止:「な射そ。」
「な+(動詞)+そ」で「〜するな」という禁止を表します(やわらかく止める言い方)。「な射そ、な射そ」で「射るな、射るな」。父・道隆が、これ以上恥をかかせまいと伊周を止める、必死の一言です。 - 仮定:「立ち給ふべきものならば」
「〜はずのものであるなら」という仮定条件。道長は「もし運命が自分に味方しているなら、当たれ」と、自分の将来を運(天)にかけて宣言しているのです。
5. 主題・あらすじ・背景
あらすじ(流れのまとめ)
- 伊周の弓の会に、招かれていない叔父・道長が現れる。父・道隆はあわてて丁重にもてなす。
- 立場は道長が下なのに、先に射ることになり、勝負では道長が二本リード。
- 道隆たちが「もう二回延長を」と頼み、道長はむっとしながら応じる。
- 道長が「わが家から帝・后が立つ運命なら当たれ」と言って射ると、見事に的の中心へ。
- 続く伊周は緊張で手が震え、大きく的を外す。道隆の顔は青ざめる。
- 道長はさらに「自分が摂政・関白になる運命なら当たれ」と言って、また同じ所に命中させる。
- 場は完全に白け、父・道隆は「射るな、射るな」と伊周を止め、弓の会は興ざめのまま終わる。
主題 ― この話は何を伝えたいのか
この場面のねらいは、道長という人物の「器の大きさ」と「強い運」を印象づけることにあります。ポイントは三つです。
- 豪胆(ごうたん)さ:官位が下なのに少しもひるまず、むしろ自分の将来の栄華を堂々と言ってのける度胸。
- 運の強さ:「言葉どおりに矢が当たる」という出来事を通して、道長が天に選ばれた人物であるかのように描かれます。
- 対比(コントラスト):堂々とした道長と、緊張で外す伊周。二人を並べることで、勝者と敗者の差がきわだちます。
実際、道長はこの後、娘たちを次々と天皇のきさきとし、「この世をば わが世とぞ思ふ……」の歌でも知られる、栄華をきわめる人物になっていきます。『大鏡』は、その未来を知っている読者に向けて、「ほら、若い頃からこんな大人物だったのですよ」と語りかけているのです。
背景メモ:当時、道隆・伊周の親子と、道長との間には、政治の主導権をめぐる緊張がありました。この弓の会も、表向きは和やかな遊びですが、その裏には一族内のライバル関係があります。だからこそ、道長の一言一言が重く響き、最後の「気まずさ」が際立つのです。
読解のポイント(テスト対策)
- 呼び名と人物を結びつける:「帥殿=伊周」「入道殿=道長」「中の関白殿・父大臣=道隆」。これを取り違えると訳が崩れます。最優先で覚えましょう。
- 「ものかは」の訳し方:反語の形だが、ここは「当たるはずもないのに、なんと当たった」という強い感動。訳でこの気持ちを出せるかがポイント。
- 道長の二つの発言の中身:一度目は「帝・后が立つなら」、二度目は「摂政・関白になるなら」。願いの内容がエスカレートしていることに注目すると、道長の自信のほどが読み取れます。
- 「な射そ」の文法:「な〜そ」の禁止は頻出。意味と形をセットで暗記。
道長の堂々とした態度と、ぴたりと当たる矢。読み返すほどに、語り手が道長に寄せる「敬意」と「面白がる気持ち」が伝わってくる名場面です。呼び名と敬語、そして「ものかは」「な〜そ」の二つの文法をおさえれば、この話はぐっと得意になりますよ。
※本文の表記(南院/南の院、中の関白殿/中関白殿 など)は、教科書・注釈書によって細かな違いがあります。お使いの教科書の本文に合わせて確認してください。
✅ 定期テスト前の仕上げに|この場面の確認テスト


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