枕草子『野分のまたの日こそ』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

まず大事なお知らせです。『野分のまたの日こそ』は、ご指定では『徒然草』とありましたが、実際は清少納言の随筆『枕草子』の一段(中巻、版本により第二〇〇段または第一八九段)です。教科書や問題集でも『枕草子』として出てきますので、ここでは正しく『枕草子』として解説します。

「野分」とは秋に吹く激しい暴風(今でいう台風)のこと。その翌日(またの日)の、荒れたあとの庭や邸宅のようすを描いた場面です。木が倒れ草花がなぎ倒された痛々しい光景なのに、清少納言はそこに『あはれ』『をかし』という情趣を見いだします。さらに、寝乱れた髪の女性や、折れた草花を直す童女たちの後ろ姿にまで美を見つける――荒廃の中に美を発見する、清少納言らしい鋭い観察眼が読みどころです。

2. 原文

【前半(野分の翌日の景色)】
野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ。立蔀、透垣などの乱れたるに、前栽どもいと心苦しげなり。大きなる木どもも倒れ、枝など吹き折られたるが、萩、女郎花などの上によころばひ伏せる、いと思はずなり。格子の壺などに、木の葉をことさらにしたらむやうに、こまごまと吹き入れたるこそ、荒かりつる風のしわざとはおぼえね。

【後半(女性と童女の姿)】
いと濃き衣のうはぐもりたるに、黄朽葉の織物、薄物などの小袿着て、まことしう清げなる人の、夜は風の騒ぎに寝られざりければ、久しう寝起きたるままに、母屋よりすこしゐざり出でたる、髪は風に吹きまよはされて、すこしうちふくだみたるが、肩にかかれるほど、まことにめでたし。ものあはれなる気色に見出だして、『むべ山風を』など言ひたるも、心あらむと見ゆるに、十七、八ばかりにやあらむ、小さくはあらねど、わざと大人とは見えぬが、生絹の単衣のいたうほころびたる、花もなど色々しき着て、髪は…童べ、若き人々の、根ごめに吹き折られたる、ここかしこに取り集め、起こし立てなどするを、うらやましげに押し張りて、簾に添ひたる後手も、をかし。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【前半(野分の翌日の景色)】
野分(台風)の翌日は、たいそうしみじみと趣深いものだ。立蔀や透垣などが乱れているところに、植え込みの草木はいかにも痛々しいようすである。大きな木々も倒れ、枝などが吹き折られているのが、萩や女郎花などの上に横たわるように倒れているのは、まったく思いもよらない(意外な)ことだ。格子の枡目などに、木の葉をわざとそうしたかのように、こまごまと吹き入れてあるのは、あの荒々しかった風のしわざとは思えない(ほど繊細だ)。

【後半(女性と童女の姿)】
たいそう濃い紫の衣で表面の色がさめたところに、黄朽葉色の織物や薄物などの小袿を着て、誠実で清らかに美しい女性が、夜は風の騒がしさで眠れなかったので、長く寝坊して起き出したそのままに、母屋から少しいざり出ている、その髪が風に吹き乱されて少しふくらんでいるのが、肩にかかっているようすは、本当にすばらしい。しみじみと趣のあるようすで外を眺めて、『むべ山風を(嵐というのだろう)』などと(古歌を)口ずさんでいるのも、情趣を解する人なのだろうと見えるところに、十七、八歳ほどであろうか、小さくはないが特に大人とも見えない娘が、生絹の単衣がひどくほころびた、色とりどりの衣を着て、(中略)童女や若い女房たちが、根こそぎ吹き折られた草花を、あちらこちらに取り集め、起こし立てたりするのを、うらやましそうに簾を押し張って、簾に寄りそって眺めている後ろ姿も、趣がある。

4. 重要語句

  • 野分(のわき)…秋に吹く激しい暴風。今の台風にあたる。「野の草を分けて吹く風」の意。
  • またの日…翌日。「また」は「次の・別の」の意。
  • いみじ…程度がはなはだしい。文脈により「たいそうすばらしい」「ひどい」の両方になる。ここは「たいそう(趣深い)」。
  • あはれなり…しみじみと心に深く感じられる。情趣がある。
  • をかし…趣がある。風情がある。明るく知的に美を感じとる、清少納言を象徴する美意識。
  • 立蔀(たてじとみ)・透垣(すいがい)…立蔀は目隠し・風よけの板の衝立。透垣はすき間のある垣根。どちらも庭の仕切り。
  • 前栽(せんざい)…庭に植えた草木。植え込み。
  • 心苦しげなり…(草木が倒れて)見ていて痛々しいようすだ。
  • 小袿(こうちき)…平安貴族の女性が着た略式の上着。
  • ゐざり出づ…ひざをついたまま座って進み出る。立たずに静かに出てくる動作。
  • むべ山風を…古今集の文屋康秀の歌『吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ』の一句。女性が口ずさんだ古歌。
  • 後手(うしろで)…後ろ姿。

5. 文法・読解のポイント

  • 係り結び(こそ―已然形)…冒頭『野分のまたの日こそ…をかしけれ』は、係助詞『こそ』を受けて文末が形容詞『をかし』の已然形『をかしけれ』で結ばれる係り結び。強調を表す。結びが連体形でなく已然形になる点が問われやすい。
  • 形容詞『をかし』『あはれなり』の活用と意味…『をかし』はシク活用形容詞、ここでは已然形『をかしけれ』。『あはれに』は形容動詞『あはれなり』の連用形。両語が並ぶことで、しみじみとした情趣(あはれ)と明るく趣深い美(をかし)の両面を表す。語の意味の使い分けが頻出。
  • 打消の助動詞『ず』の已然形+係り結び『ね』…『風のしわざとはおぼえね』の『ね』は打消『ず』の已然形。係助詞『こそ』(…こそ…ね)を受けた係り結びで、『…とは思えない』と訳す。命令形『ね』ではない点に注意。
  • 推量の助動詞『む(ん)』の用法…『木の葉をことさらにしたらむやうに』の『らむ』は完了『たり』+婉曲・仮定の『む』で『…したかのように』。『心あらむと見ゆる』の『む』は推量・婉曲で『情趣を解するのだろうと見える』。『十七、八ばかりにやあらむ』は疑問の係助詞『や』+推量『む』で『…であろうか』。
  • 引歌(古歌の引用)…『むべ山風を』は古今集・文屋康秀『吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風を嵐といふらむ』の一句。下の句をあえて省いて口ずさむことで教養や情趣を示す『引歌』の技法。何の歌か、なぜ口ずさんだのかが問われる。
  • 『心苦しげなり』『清げなり』など接尾語『げ』『なり』…『心苦しげなり』は『心苦し』+様子を表す接尾語『げ』+『なり』で『痛々しいようすだ』。『まことしう清げなる』も同型で『いかにも清らかで美しい』。形容動詞ナリ活用として識別する。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:野分(台風)の去った翌日。立蔀や透垣は乱れ、庭の植え込みは倒れ、大木も枝を折られて萩や女郎花の上に横たわっている。一見すると荒れ果てた痛々しい光景だが、清少納言はそこに『あはれ』と『をかし』を感じとる。とりわけ、格子の枡目に木の葉が細かく吹き込まれているさまは、あの荒々しい風が起こしたとは思えないほど繊細で趣深いという。後半は人物の描写へ。寝乱れた髪を肩にかけたまま母屋からいざり出る美しい女性が、外を眺めて『むべ山風を』と古歌を口ずさみ、情趣を解する人と見える。さらに十七、八歳ほどの娘が、童女や若い女房たちが折れた草花を起こし立てるのを、うらやましそうに簾ごしに眺める後ろ姿にも『をかし』を見いだして、章段は結ばれる。荒廃の中に新しい美を発見する一段である。

主題台風一過の荒れた景色という、本来なら『嘆かわしい』対象の中にこそ、しみじみとした『あはれ』と明るく知的な『をかし』という情趣を見いだす、清少納言独自の美意識。荒廃した自然と、その中にたたずむ人(女性・童女)の優美な姿とを対比的に描き、『ものごとの意外な一面に美を発見する観察眼』を示す。

背景:『枕草子』は平安時代中期(一〇〇〇年前後)、一条天皇の中宮定子に仕えた女房・清少納言が書いた随筆。宮廷生活の見聞や、自然・事物への鋭い感想を、約三百段にまとめている。この段は自然や四季を題材にした『随想的章段』の一つ。台風という荒々しい自然現象の『翌日』に視点を据えるのが独特で、被害そのものではなく、そのあとに残る景色や人の姿に情趣を見いだす。『春はあけぼの』に通じる、『をかし』を基調とした清少納言の感受性がよく表れた場面として、教科書・入試で広く扱われる。なお作中で口ずさまれる『むべ山風を』は古今和歌集・文屋康秀の歌(百人一首二十二番にも採られる)で、当時の女性の教養(古歌の素養)を示す。

確認クイズ(3問)

『野分のまたの日こそ』は何という作品の一段で、作者は誰ですか。

清少納言の随筆『枕草子』の一段です(『徒然草』ではありません)。

冒頭『野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ』に使われている文法技法と、結びの語の活用形は何ですか。

係助詞『こそ』による係り結びで、結びの『をかしけれ』は形容詞『をかし』の已然形です。

この段で清少納言が描こうとした美意識(主題)を一言で説明してください。

台風で荒れた痛々しい景色や寝乱れた人の姿という、ふつうなら嘆かわしい対象の中に、かえって『あはれ』『をかし』という情趣・美を見いだす、独自の観察眼です。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 『徒然草』と取り違えやすいが、作品は『枕草子』・作者は清少納言。出典・作者を答えさせる問題で間違えやすい(テストでもよく狙われる)。
  • 冒頭の係り結び『こそ―をかしけれ』を指摘させ、結びの活用形(已然形)を答えさせる問題が定番。
  • 『風のしわざとはおぼえね』の『ね』を打消『ず』の已然形(係り結び)と見抜けず、命令形と誤る。
  • 『むべ山風を』が古今集・文屋康秀の歌の引用(引歌)であることと、女性が口ずさんだ意味(情趣・教養)を問う設問。
  • 主題の理解。『荒れた景色=嘆き』ではなく、その中に『あはれ・をかし』を見いだす清少納言の独自の視点を説明できるかが記述で問われる。

8. まとめ

・『野分のまたの日こそ』は『枕草子』(清少納言)の段。『徒然草』ではない点にまず注意。

・台風の翌日の荒れた庭・邸宅を描きつつ、そこに『あはれ』と『をかし』を見いだすのが主題。荒廃と人の優美さを対比する。

・文法は、冒頭の係り結び(こそ―をかしけれ)、打消『ず』已然形『ね』の係り結び、引歌『むべ山風を』が三大ポイント。

・重要語は野分・またの日・あはれなり・をかし・前栽・心苦しげなり・ゐざり出づなど。意味と情趣のニュアンスをセットで覚える。

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