枕草子『はしたなきもの』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『枕草子』の「はしたなきもの」は、清少納言が「きまりが悪いもの・体裁の悪い場面」を次々と挙げていく、いわゆる「ものづくし(類聚的章段)」の一つです。誰かを呼んだのに自分のことだと勘違いして出しゃばってしまう、子どもが大人の悪口をうっかり本人の前で口にする――そんな、現代の私たちにも「あるある」と思える気まずい瞬間が、リズムよく並べられています。

後半では「涙」をめぐる人間の正直な姿が描かれます。本当は悲しいと思っているのに泣こうとしても涙が出ない一方、めでたい(すばらしい)場面ではかえって涙が止まらない。思いどおりにならない感情のおかしみを鋭く観察した、清少納言らしい観察眼が光る場面です。短い文の連なりの中で、係り結びや助動詞の識別など、入試・定期テストで問われる文法がぎゅっと詰まっています。

2. 原文

【前半(人の言動)】
はしたなきもの。異人を呼ぶに、我ぞとてさし出でたる。物など取らするをりはいとど。おのづから人の上などうち言ひ、そしりたるに、幼き子どもの聞き取りて、その人のあるに言ひ出でたる。

【後半(涙のこと)】
あはれなることなど、人の言ひ出で、うち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙のつと出で来ぬ、いとはしたなし。泣き顔つくり、けしき異になせど、いとかひなし。めでたきことを見聞くには、まづただ出で来にぞ出で来る。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【前半(人の言動)】
きまりが悪いもの。別の人を呼んでいるのに、「自分(を呼んでいるのだ)」と思って出しゃばった場合。物などをくれる場面では、いっそう(きまりが悪い)。たまたまある人のうわさなどをちょっと口にして、悪く言っているところに、幼い子どもがそれを聞き覚えてしまって、当のその人がいるときに言い出してしまった場合。

【後半(涙のこと)】
しみじみと悲しい話などを、人が話し出して、ふと泣いたりなどしているときに、「なるほど本当にかわいそうだ」などと聞きながらも、涙がすぐには出てこないのは、たいへんきまりが悪い。泣き顔をつくり、悲しげな様子をよそおっても、まったく効き目がない。(ところが)すばらしいことを見聞きするときには、まっさきに、ただもう(涙が)どんどん出てくるのだ。

4. 重要語句

  • はしたなし…きまりが悪い。体裁が悪い。中途半端で間が悪い。この章段全体の題目となる重要語。
  • 異人(ことびと)…ほかの人。別の人。「異(こと)」は「別の・違う」の意。
  • 我ぞとて…「自分(を呼んでいるのだ)」と思って。「ぞ」は強意の係助詞、「とて」は引用の「と」+接続助詞的な「て」で「〜と思って」の意。下に「呼ぶ」などが省略された係り結びの省略。
  • さし出づ…出しゃばる。前に進み出る。「さし」は語調を整える接頭語。ダ行下二段活用。
  • いとど…いっそう。ますます。そのうえさらに。程度が進むさまを表す副詞。
  • おのづから…たまたま。偶然に。自然と。
  • 人の上…他人の身の上。他人に関すること。ここでは「他人のうわさ」の意。
  • そしる…悪く言う。非難する。けなす。
  • あはれなり…しみじみと心打たれる。かわいそうだ。ここでは「気の毒だ・悲しい」の意。ナリ活用形容動詞。
  • げに…なるほど。本当に。相手の言葉に同意・納得する気持ちを表す副詞。
  • つと…さっと。すぐに。急に。
  • かひなし…効き目がない。むだだ。どうにもならない。ク活用形容詞。
  • めでたし…すばらしい。立派だ。喜ばしい。

5. 文法・読解のポイント

  • 「我ぞとて」の係り結びの省略…「我ぞ(とてさし出でたる)」の「ぞ」は強意の係助詞。本来なら「呼ぶ」などの連体形で結ぶところだが、その結びの語が省略され、下に「とて(=〜と思って)」が続いている(係り結びの省略)。「自分を呼んでいるのだ、と思って」の意。
  • 文末「〜たる」が連体形止め…「さし出でたる」「言ひ出でたる」の「たる」は完了の助動詞「たり」の連体形。終止形ではなく連体形で止まるのは、直後に「とき・場合・こと」という体言(名詞)が省略されているため。『枕草子』のものづくしに特徴的な言い切り方。
  • 「涙のつと出で来ぬ」の「ぬ」の識別…ここの「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。「いでこ・ぬ」と読み「涙が出てこない」の意。完了の助動詞「ぬ」(→「いでき・ぬ」)と取ると意味が通らないので要注意。直後に「(こと)、いとはしたなし」と続き、主部をまとめる連体形。入試頻出の識別ポイント。
  • 「ながら」の逆接用法…「あはれなりなど聞きながら」の「ながら」は逆接の接続助詞で「〜けれども・〜のに」。同情して聞いている「のに」涙が出ない、という気まずさを強調する。
  • 「ぞ出で来る」の係り結び…「まづただ出で来にぞ出で来る」の「ぞ」は強意の係助詞。結びの「出で来る」はカ変動詞「出で来(く)」の連体形。同じ語「出で来」を重ね、係り結びで結ぶことで、涙が止めどなくあふれる様子を強調している。
  • 「けしき異になせど」の「ど」…「なせ・ど」の「ど」は逆接確定条件の接続助詞。「(悲しげな)様子をつくっても」の意。サ行四段「なす」の已然形+「ど」。
  • 接頭語「うち」「さし」…「うち言ひ」「うち泣き」の「うち」、「さし出で」の「さし」はともに語調を整え、動作を軽く添える接頭語。「ちょっと〜する/ふと〜する」のニュアンスを生む。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:この章段は、清少納言が「きまりが悪いと感じるもの」を列挙した類聚的章段(ものづくし)である。まず人の言動として、別の人が呼ばれているのに自分のことと勘違いして出しゃばってしまう失敗、とくに物をもらえる場面でのきまりの悪さ、さらに、自分がうっかり口にした他人の悪口を、聞き覚えた幼い子どもが当の本人の前で言い出してしまう気まずさが挙げられる。後半は「涙」が話題となり、悲しい話を聞いて同情しながらも涙が出ず、泣き顔をつくっても効き目がない一方、すばらしいことを見聞きするときにはかえって涙が止めどなくあふれてしまう、という思いどおりにならない感情の矛盾が、軽妙に観察されている。

主題日常の中でふと生じる「きまりの悪さ・気まずさ」を鋭く観察し、列挙して見せること。とくに、悲しいときには涙が出ず、すばらしいときにはかえって涙があふれるという、人間の感情の思いどおりにならなさ・おかしみを、清少納言らしい観察眼と「をかし」の感覚でとらえている点が主題。

背景:『枕草子』は平安時代中期(十一世紀初め頃)に成立した、日本最古の随筆。作者の清少納言は、一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、教養と機知に富んだ人物として知られる。本章段のような「〜もの」と題して同種のものを並べる形式は「類聚的章段(ものづくし)」と呼ばれ、「うつくしきもの」「すさまじきもの」などと並ぶ代表的な型である。鋭い観察と知的な「をかし」の美意識で、宮廷生活や日常のひとこまを軽やかに切り取る点に特徴がある。

確認クイズ(3問)

題目になっている「はしたなし」とは、どんな意味ですか。

きまりが悪い・体裁が悪い・間が悪い、という意味です。中途半端で居心地が悪い感じを表します。

「涙のつと出で来ぬ」の「ぬ」は、完了と打消のどちらの助動詞ですか。理由も答えましょう。

打消の助動詞「ず」の連体形です。「いでこ・ぬ」と読み「涙が出てこない」の意。完了だと文意が通らないため打消と判断します。

「まづただ出で来にぞ出で来る」で、文末が「出で来る」と連体形になっているのはなぜですか。

直前に強意の係助詞「ぞ」があり、その結びとして連体形で結ばれているからです(係り結び)。涙があふれる様子を強調しています。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「涙のつと出で来ぬ」の「ぬ」を完了と取り違えやすい。読み(いでこ/いでき)と文脈から打消「ず」の連体形と見抜けるかが頻出ポイント。
  • 文末の「〜たる」が連体形で止まる理由(直後の体言「とき・場合」の省略)を説明させる問題が出やすい。
  • 「我ぞ」の「ぞ」と「ぞ出で来る」の「ぞ」がともに係助詞であること、後者は係り結びが成立していることを区別して問われる。
  • 「あはれなり」を「かわいい」と誤訳しがち。ここは「気の毒だ・しみじみ悲しい」の意で訳す。
  • 「げに」「いとど」「かひなし」など、副詞・形容詞の意味を直接問う語句問題が出やすい。

8. まとめ

・「はしたなきもの」は、きまりの悪い・気まずい場面を列挙した類聚的章段(ものづくし)。

・前半は人の言動(勘違いの出しゃばり、子どもによる悪口の暴露)、後半は涙にまつわる感情の矛盾を描く。

・文法の山場は、打消「ぬ」の識別、連体形止め(体言の省略)、「ぞ〜出で来る」の係り結び。

・悲しいときに涙が出ず、すばらしいときにはあふれる――思いどおりにならない人間の感情を、鋭い観察眼でとらえている。

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