枕草子『ありがたきもの』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『枕草子』の「ありがたきもの」は、清少納言が「世の中にめったに存在しないもの」を、思いつくままに短く並べていく章段です。「ありがたし」は現代語の「感謝する」ではなく、もともと「有り+難し」=『存在することがむずかしい=めったにない』という意味。ここがこの章段最大の読みどころであり、テストでも必ず問われるところです。

舅にほめられる婿、姑にかわいがられる嫁、毛がよく抜ける毛抜き…と、ユーモアたっぷりに『理想だけど実際にはなかなかない』ものを挙げていきます。人間関係の難しさを、清少納言が鋭い観察眼と少し皮肉のきいた筆致で軽やかに描く、『ものづくし(類聚)』章段の代表例です。

2. 原文

【一】
ありがたきもの。舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君。毛のよく抜くる銀の毛抜き。主そしらぬ従者。つゆのくせなき。かたち・心・ありさますぐれ、世にふるほど、いささかの疵なき。

【二】
同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかのひまなく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそかたけれ。物語・集など書き写すに、本に墨つけぬ。よき草子などは、いみじう心して書けど、かならずこそきたなげになるめれ。男・女をば言はじ、女どちも、契り深くて語らふ人の、末までなかよき人、かたし。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【一】
めったにないもの。舅にほめられる婿。また、姑にかわいがられるお嫁さん。毛がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪口を言わない従者。少しの癖もない人。容姿・気立て・態度がすぐれていて、世間で暮らしていく間、少しの欠点もない人。

【二】
同じ場所に住む人で、互いに気をつかい遠慮し合い、少しの油断もなく気を配っていると思っている人でも、結局(最後まで欠点を)見せずに通すというのは、めったにない(難しい)ことだ。物語や歌集などを書き写すときに、もとの本に墨をつけないこと。立派な本などは、たいそう気をつけて書くけれど、必ず汚らしくなってしまうようだ。男と女のことは言うまい、女同士でも、深い約束を結んで親しく付き合う人で、最後まで仲のよい人は、めったにいない。

4. 重要語句

  • ありがたし…(有り難し)めったにない・珍しい。現代語の『感謝する』とは別。この章段の中心語。
  • 舅(しうと)…妻の父、または夫の父。ここでは婿から見た妻の父。
  • 姑(しうとめ)…妻の母、または夫の母。ここでは嫁から見た夫の母。
  • そしる…悪く言う・けなす。「主そしらぬ従者」=主人の悪口を言わない召使い。
  • つゆ〜なし…(下に打消を伴って)少しも〜ない・まったく〜ない。
  • ありさま…ようす・態度・状態。
  • 疵(きず)…欠点・短所。「いささかの疵なき」=少しの欠点もない。
  • かたみに…互いに・たがいちがいに。
  • 用意(ようい)す…心づかいをする・気を配る・配慮する。現代語の『準備』だけではない。
  • ひま…すき・油断・とぎれ。「ひまなく」=油断なく。
  • かたし…(難し)むずかしい・めったにない。「ありがたし」とほぼ同じ意味で結びに使われる。
  • 末まで…最後まで・終わりまで。

5. 文法・読解のポイント

  • 形容詞「ありがたき」の意味と活用…ク活用形容詞「ありがたし」の連体形。体言「もの」を修飾している。意味は『めったにない』で、現代語の『感謝する』ではない点が最頻出。終止形は「ありがたし」。
  • 受身の助動詞「らる」「る」…「ほめらるる」=動詞「ほむ」(下二段)+受身「らる」の連体形「らるる」。「思はるる」=動詞「思ふ」(四段)+受身「る」の連体形「るる」。どちらも『〜される』という受身。四段には「る」、それ以外には「らる」が付く。
  • 副詞「つゆ」+打消(呼応・陳述の副詞)…「つゆのくせなき」の「つゆ」は下に打消「なし」を伴い、『少しも〜ない』の意。呼応(陳述)の副詞として問われやすい。
  • 係り結び「こそ〜已然形」(その1)…「つひに見えぬこそかたけれ」=係助詞「こそ」を受けて、文末が形容詞「かたし」の已然形「かたけれ」で結ばれている。強調の係り結び。
  • 係り結び「こそ〜已然形」(その2)+推定「めり」…「かならずこそ…なるめれ」=係助詞「こそ」を受けて、推定の助動詞「めり」の已然形「めれ」で結ぶ。「めり」は目で見ての推定『〜ようだ・〜と見える』。
  • 打消意志の助動詞「じ」…「男・女をば言はじ」の「じ」は打消意志『〜まい・〜ないつもりだ』。「言はじ」=言うまい。
  • 結びの「かたし」と章段の型…最後の「末までなかよき人、かたし」の「かたし」は『めったにない・むずかしい』。冒頭の「ありがたきもの」と意味が呼応し、章段全体を締めくくる。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:清少納言が「世の中にめったに存在しないもの(ありがたきもの)」を次々と挙げていく『ものづくし』の章段。舅にほめられる婿、姑にかわいがられる嫁、毛のよく抜ける毛抜き、主人の悪口を言わない従者、欠点のない人、本を写すとき墨をつけないこと、女同士で最後まで仲のよい間柄…などを列挙する。どれも『理想だがなかなか実現しない』ものばかりで、人づきあいや物事の難しさをユーモラスに描く。

主題理想的だが現実にはめったに存在しないものを軽妙に列挙し、人間関係や物事の完璧さがいかに得がたいかを、皮肉とユーモアをまじえて見つめる。完璧でないのが当たり前という、清少納言のさめた観察眼が表れている。

背景:『枕草子』は平安時代中期(一条天皇の頃、十世紀末〜十一世紀初め)に、中宮定子に仕えた清少納言が書いた随筆。日本最初の随筆文学とされ、「ものづくし(類聚的章段)」「日記的章段」「随想的章段」から成る。「ありがたきもの」は同類のものを挙げ連ねる『ものづくし(類聚)』章段の代表例である。

確認クイズ(3問)

「ありがたきもの」の「ありがたし」はどんな意味か。現代語の意味との違いも答えよ。

『めったにない・珍しい』の意味。現代語の『感謝する・ありがたい』とは異なり、『有り+難し=存在しにくい』が原義。

「舅にほめらるる婿」の「らるる」の文法的意味と、もとになる助動詞の終止形を答えよ。

意味は受身『〜される』。もとの助動詞は「らる」(ここでは連体形「らるる」)。「ほめらるる婿」=ほめられる婿。

「つひに見えぬこそかたけれ」で係り結びを作っている語と、結びの語の活用形を答えよ。

係助詞「こそ」が係りで、結びは形容詞「かたし」の已然形「かたけれ」。「こそ〜已然形」の強調の係り結び。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「ありがたし」を現代語の『感謝する』の意味で訳してしまうミスが最頻出。必ず『めったにない』と訳す。
  • 「らるる」「るる」を可能・尊敬・自発と取り違えやすいが、ここはすべて受身。四段動詞には「る」、それ以外には「らる」が付く点も問われる。
  • 「つゆ〜なし」の「つゆ」を『露(つゆ)』と勘違いしない。下の打消と呼応して『少しも〜ない』の意の副詞。
  • 係り結びは2か所(「こそ〜かたけれ」「こそ〜めれ」)。係助詞「こそ」の結びは已然形になることを押さえる。
  • 「用意」を現代語の『準備』だけで訳すと不正確。ここは『心づかい・配慮』の意。

8. まとめ

・「ありがたし」=『めったにない』。現代語の『感謝』ではない——これが章段全体のキーワード。

・舅と婿、姑と嫁、女同士の友情など、人間関係の『理想だが得がたいもの』をユーモラスに列挙する。

・文法の山は『受身のらる/る』『つゆ〜なしの呼応』『こそ〜已然形の係り結び』『打消意志のじ』。

・『ものづくし(類聚)』章段の代表例で、冒頭の「ありがたきもの」と結びの「かたし」が呼応して締めくくられる。

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