伊勢物語の中でも屈指の名場面が、第四段『月やあらぬ』です。手の届かない身分になってしまった恋人を忘れられない男が、一年後、思い出の場所をひとり訪れて詠む歌「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」は、定期テストの超頻出歌。とくに「や」を疑問と取るか反語と取るかで歌の意味が変わる「両説」の訳し分け、「ぬ」の識別(打消「ず」の連体形)、係り結び、敬語が必ずねらわれます。まずは本文を読み、設問に答えてみましょう。解答は記事末尾で確認できます。
本文(傍線①〜⑮)
むかし、東(ひむがし)の五条に、大后(おほきさい)の宮①おはしましける西の対(たい)に、住む人ありけり。②それを、本意にはあらで、心ざし深かりける人、③行きとぶらひけるを、④正月の十日ばかりのほどに、ほかに⑤隠れにけり。あり所は聞けど、人の行き通ふべき所にも⑥あらざりければ、なほ憂(う)しと思ひつつ⑦なむありける。
またの年の正月に、梅の花ざかりに、⑧去年を恋ひて行きて、⑨立ちて見、ゐて見、見れど、去年に⑩似るべくもあらず。うち泣きて、⑪あばらなる板敷(いたじき)に、月の傾(かたぶ)くまで伏(ふ)せりて、去年を思ひ出でて⑫詠める。
⑬月やあらぬ⑭春や昔の春ならぬ⑮わが身ひとつはもとの身にして
と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。
語注 東の五条=平安京の五条大路のあたり(東の京)。 大后の宮=皇太后。ここは五条后とよばれた藤原順子を指すとされる。 心ざし=愛情・思い。 あり所=居場所。 憂し=つらい・情けない。 またの年=翌年。 花ざかり=花の盛り。 板敷=板を張った床。 伏す=横になる。 ほのぼのと明く=夜がうっすらと明るくなる。 ※この段の女は、のちに二条の后となる藤原高子を思わせる人物として語られる。
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設問
A 語句の意味と読み
- ②「本意」の読みを歴史的仮名遣いの平仮名で書き、ここでの意味を書け。
- ③「行きとぶらひける」の「とぶらふ」の意味を書け。
- ④「正月の十日ばかり」の「正月」の読みを平仮名で書き、陰暦では何月にあたるか、また今の暦ではおよそいつごろかを書け。
- ⑤「隠れにけり」の「隠る」は、ここではどのような意味か。
- ⑧「去年を恋ひて」の「去年」の読みを平仮名で書き、意味を書け。
- ⑨「立ちて見、ゐて見、見れど」の「ゐて」について、終止形と意味を書け。
- ⑪「あばらなる」の終止形と意味を書け。
B 文法(助動詞・助詞・係り結び)
- ②「本意にはあらで」の「で」について、品詞と意味、接続する活用形を書け。
- ⑤「隠れにけり」の「に」は何の助動詞の何形か。そう判断できる理由も書け。
- ⑥「あらざりければ」の「ば」は何形に接続し、どのような意味を表すか。
- ⑦「なむありける」の「なむ」の品詞と意味を書け。また、文末が「ける」となっている理由も書け。
- ⑫「詠める」の「る」はもとは何の助動詞の何形か。また、なぜその形で文が終わっているのかを書け。
- ⑬「月やあらぬ」の「ぬ」は何の助動詞の何形か。完了の「ぬ」ではないと判断できる理由も二つ書け。
C 主語と敬意の方向
- ①「おはしましける」の敬語の種類を書き、誰から誰への敬意かを書け。
- ②「それを、本意にはあらで」の「それ」は何を指すか。
- ③「行きとぶらひける」の主語は誰か。
- ⑤「隠れにけり」の主語は誰か。
- ⑫「詠める」の主語は誰か。また、そう判断できる根拠となる直前の動作を本文中から二つ抜き出せ。
D 口語訳
- ⑦「なむありける」を含む一文「なほ憂しと思ひつつなむありける」を現代語訳せよ。
- ⑩「似るべくもあらず」を、「べく」の意味がわかるように現代語訳せよ。
- ⑬・⑭「月やあらぬ春や昔の春ならぬ」を、「や」を疑問と取る説にしたがって現代語訳せよ。
- ⑬・⑭「月やあらぬ春や昔の春ならぬ」を、「や」を反語と取る説にしたがって現代語訳せよ。
E 内容・記述
- ⑨「立ちて見、ゐて見、見れど」のように似た動作をくり返して書いているのは、男のどのような気持ちを表すためか。三十字以内で書け。
- ⑮「わが身ひとつはもとの身にして」には男のどのような思いがこめられているか。「変わったもの」と「変わらないもの」を対比させて、八十字以内で書け。(⑬・⑭の「や」を疑問と取る説・反語と取る説のどちらで答えてもよい。)
- ⑬〜⑮の歌をよんだあと、男が「泣く泣く帰りにけり」となったのはなぜか。「またの年の正月」に男がしたことをふまえ、本文に即して百二十字以内で書け。
F 文学史・古典常識
- 『伊勢物語』のジャンル名(〜物語という呼び方)を書き、作者について書け。
- 『伊勢物語』の主人公「むかし男」のモデルとされる平安時代の歌人は誰か。また⑬〜⑮の歌が収められている勅撰和歌集の名を書け。
- 本文の「西の対」とは、寝殿造りのどのような建物か。簡潔に書け。
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「ぬ」の識別も係り結びも一応わかったが、どうしても和歌の現代語訳になると手が止まるという人へ
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解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 ほい/かねてからの本来の望み・本心。
└ ×「ほんい」。教科書によっては「(女にとって)望んだ相手ではないのに」と説明するものもあるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
問2 訪ねる・訪問する(ここは男が女のもとへ通うこと)。
└ ×「弔う(死者をとむらう)」。古文の「とぶらふ」はまず「訪問する・見舞う」。
問3 むつき/陰暦一月。今の暦ではおよそ二月ごろ。
└ 物語文では「むつき」と読むのがふつう。お使いの教科書のふりがなも確かめておくこと。本文に「梅の花ざかり」とあるのが手がかりで、今の暦の一月では梅は咲かない。
問4 (人目を避けて)姿を隠す・よそへ移り住む。
└ 「隠る」には「亡くなる」の意もあるが、あとに「あり所は聞けど」とあるので死んだのではない。
問5 こぞ/昨年・前の年。
└ 和歌・物語では「こぞ」。本文に三度出てくる重要語。
問6 終止形「ゐる(居る)」/座る。
└ 直前の「立つ」と対になっているのが手がかり。
問7 終止形「あばらなり」(ナリ活用形容動詞)/荒れはてて隙間が多い・がらんとしている。
└ 女が去ったあとの邸の荒れようを表している。
B 文法(助動詞・助詞・係り結び)
問8 打消の接続助詞。「〜ないで・〜なくて」の意。未然形(「あら」)に接続する。
└ 未然形に付く「で」を見たら打消。訳に必ず「ない」を入れる。
問9 完了の助動詞「ぬ」の連用形。直前の「隠れ」が下二段動詞「隠る」の連用形であり、下に過去の助動詞「けり」が続いているから。
└ 「〜にけり/〜にき/〜にたり」の「に」は完了。断定「なり」の「に」との区別が頻出。
問10 已然形(「あらざりけれ」)に接続し、確定条件(原因・理由)で「〜ので」の意を表す。
└ 未然形+ば=仮定(もし〜なら)/已然形+ば=確定(〜ので)。
問11 係助詞で、意味は強意(現代語訳には出さなくてよい)。係助詞「なむ」を受けて係り結びが成立し、結びが連体形になるため「けり」が「ける」となっている。
└ ぞ・なむ・や・か→連体形、こそ→已然形。直前が「思ひつつ」なので、完了「ぬ」+推量「む」ではない。
問12 完了(存続)の助動詞「り」の連体形。下に「歌」などの体言が省略されており、連体形で止めて「(去年を思い出して)詠んだ歌」と名詞のようにまとめ、直後の和歌を導いている。
└ 「り」はサ変未然形・四段已然形に接続(命令形接続とする教科書もある)。「詠め」は四段「詠む」の已然形。連体形止めの余情と説明する教科書もあるので、教科書の説明に合わせること。
問13 打消の助動詞「ず」の連体形。理由①直前が未然形「あら」である(完了「ぬ」は連用形接続)。理由②係助詞「や」の結びとして連体形が要求される位置であり、完了「ぬ」の連体形なら「ぬる」となるはずだから。
└ ⑭「春や昔の春ならぬ」の「ぬ」も同じ。「なら」は断定「なり」の未然形。
C 主語と敬意の方向
問14 尊敬語(「おはします」は「あり・をり」の尊敬語で「いらっしゃる」)。作者から大后の宮への敬意。
└ 地の文の敬語は作者からの敬意。会話文なら話し手からの敬意になる。
問15 東の五条にあった大后の宮の西の対に住んでいた女。
└ 直前の「住む人ありけり」を受けている。
問16 男(本文の「心ざし深かりける人」)。
└ 直前の「心ざし深かりける人」がそのまま主語になる。
問17 西の対に住んでいた女。
└ 直後に「あり所は聞けど」と探す側の話が続く。探しているのが男、姿を消したのが女。
問18 男/「うち泣きて」「伏せりて」。
└ 歌をよむ直前に何をしていたかを、「て」でつながる動作からさがす。間に主語が変わる合図(敬語や「を・に・ば」)が入っていないことも手がかり。
D 口語訳
問19 やはりつらいと思い続けていたのであった。
└ 「つつ」は反復・継続で「〜し続けて」。「なむ」は強意なので訳に出さなくてよい。
問20 (去年に)似ているはずもない(似ることができそうもない)。
└ 「べく」は「べし」の連用形。ここを当然(〜はず)と説明する教科書と可能(〜できる)と説明する教科書があるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
問21 月は(昔の)月ではないのか。春は昔の春ではないのか。
└ 自分ひとりはもとのままの身であるのに、女を失った今は、見慣れた月も春さえも昔とは別物のように感じられる、という嘆きの読み方。
問22 月は(昔の)月ではないのか、いや、昔のままの月だ。春は昔の春ではないのか、いや、昔のままの春だ。
└ 自然は何も変わらず、変わったのは自分の境遇だけだ、という読み方。どちらか一方が正解ではないので、両方の訳を書けるようにしておくこと。
E 内容・記述
問23 去年の面影をさがしても見つからず、離れられないやるせなさ。(二十九字)
└ 同じ動作のくり返しは、心の乱れや落ち着かなさを、説明ぬきで伝える書き方。
問24 (疑問説で読む場合)月も春も去年とは別物に変わってしまった(=変わったもの)のに、女を思う自分の身ひとつはもとのまま(=変わらないもの)で、取り残されたような孤独と悲しみ。(七十六字)/(反語説で読む場合)月も春も自分の身も昔のまま何ひとつ変わらない(=変わらないもの)のに、変わったのは女を失った境遇だけ(=変わったもの)だという悲しみ。(六十七字)
└ 「にして」は断定「なり」の連用形「に」+接続助詞「して」で「〜であって・〜であるのに」。「ひとつ」の一語に孤独が集まっている。疑問説なら月・春が「変わったもの」、反語説なら月・春は「変わらないもの」になるので、お使いの教科書の説明に合わせること。
問25 (例)翌年の正月、去年を恋しく思って女の住んでいた西の対を訪れ、立っては見、座っては見しても去年の面影はなく、荒れた板敷に月が傾くまで伏して思い出にひたり歌までよんだが、女がもういないという事実は何も変わらなかったから。(百七字)
└ 「何をしたか(訪ねた→見た→伏せった→よんだ)」→「それでも変わらなかったこと」の順に書くとまとまる。
F 文学史・古典常識
問26 歌物語/作者は未詳(はっきりわかっていない)。
└ 和歌を中心に短い章段を連ねた物語。『大和物語』『平中物語』が同じジャンル。「作者=在原業平」と決めつけないこと。
問27 在原業平/『古今和歌集』(恋歌五)。
└ 業平は六歌仙の一人。この段の女は、のちに二条の后となる藤原高子を思わせる人物として語られる。
問28 寝殿造りで、中心の建物(寝殿)の西側に建てられた付属の建物(対の屋)。渡殿(渡り廊下)で寝殿とつながっている。
└ 東の対・北の対もある。対の屋は女性の居所として使われることが多い。
【テスト直前チェック】この三つ
❶「月やあらぬ」「春ならぬ」の「ぬ」は打消「ず」の連体形。直前が未然形「あら」「なら」なので完了ではありません。係助詞「や」の結びとして連体形になっている、と説明できれば満点です。
❷「や」は疑問説と反語説の両方がある。どちらか一方に決めず、二通りの訳を書けるようにしておけば、「疑問で訳せ」「反語で訳せ」「両説を説明せよ」のどれで問われても対応できます。
❸読みは「正月=むつき」「去年=こぞ」「本意=ほい」の三つ。これに「なむ…ける」の係り結びと、「おはします」=作者から大后の宮への敬意を足せば、記述の得点源がそろいます。
現代語訳(全文)
昔、東の五条に、皇太后の宮がお住まいになっていた、その西の対に住む女がいた。その女を、本来の望みどおりの形ではないままに、深く思いをかけていた男が通っていたが、正月の十日ごろに、女はよそへ姿を隠してしまった。居場所は聞いたけれど、普通の人が行き通うことのできるような所でもなかったので、(男は)やはりつらいと思い続けていたのであった。
翌年の正月、梅の花の盛りのころに、(男は)去年を恋しく思って出かけて行って、立って見、座って見、(何度も)見るけれど、去年(の様子)に似ているはずもない。泣いて、荒れはてた板敷に、月が傾くまで横になって、去年を思い出して詠んだ(歌)。
月は(昔の)月ではないのか。春は昔の春ではないのか。私の身ひとつだけはもとのままの身であるのに。
と詠んで、夜がほのぼのと明けるころに、泣きながら帰ったのであった。
※歌は「や」を反語と取って、「月は昔のままの月ではないか(いや、昔のままの月だ)。春も昔のままの春ではないか(いや、昔のままの春だ)。それなのに、私の身ひとつだけがもとのままの身であって(=自分も自然も何ひとつ変わっていないのに、あの人だけがもういない)」と訳す説もある。この説は、=変わったのは自分をとりまく状況だけだ、という趣旨で読む立場である。どちらか一方だけが正解というわけではないので、お使いの教科書の訳に合わせること。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
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