諸葛亮『出師表』をやさしく解説|書き下し文・現代語訳・句法のポイント

漢文

1. はじめに

『出師表(すいしのひょう)』は、三国時代の蜀(しょく)の名宰相・諸葛亮(しょかつりょう/字は孔明)が、北の魏(ぎ)を討つ遠征(北伐)に出発するにあたって、若い皇帝・劉禅(りゅうぜん)に差し出した上奏文(家来が君主にたてまつる手紙)です。亡き先帝・劉備(りゅうび)から受けた恩に報いるため、命をかけて漢王朝の復興をめざす諸葛亮の、忠義と覚悟が一字一句にこめられています。

『出師表』は『文選(もんぜん)』に収められた名文で、昔から「これを読んで涙を流さない者は忠義の心がない」と言われてきました。高校では、王朝が栄えるか滅びるかは人材の登用しだいだと説く『親賢臣、遠小人(賢臣に親しみ、小人を遠ざく)』の段や、劉備の『三顧の礼』を回想する自叙の部分が定番です。読みどころは、若い君主を案じる老臣のあたたかさと、『臨表涕泣(表に臨んで涕泣す)』に結晶する、こみあげる涙のような真心です。

2. 白文・書き下し文

【白文(冒頭)】
臣亮言。先帝創業未半、而中道崩殂。今天下三分、益州疲弊。此誠危急存亡之秋也。然侍衞之臣、不懈於内、忠志之士、忘身於外者、蓋追先帝之殊遇、欲報之於陛下也。

【白文(賢臣・小人の段)】
親賢臣、遠小人、此先漢所以興隆也。親小人、遠賢臣、此後漢所以傾頽也。

【白文(自叙・三顧の段)】
臣本布衣、躬耕於南陽、苟全性命於亂世、不求聞達於諸侯。先帝不以臣卑鄙、猥自枉屈、三顧臣於草廬之中、諮臣以當世之事。由是感激、遂許先帝以驅馳。

【白文(結び)】
今當遠離、臨表涕泣、不知所云。

【書き下し文(冒頭)】
臣亮(しんりょう)言(もう)す。先帝(せんてい)創業(そうぎょう)未(いま)だ半(なか)ばならずして、中道(ちゅうどう)に崩殂(ほうそ)せり。今(いま)天下(てんか)三分(さんぶん)し、益州(えきしゅう)疲弊(ひへい)す。此(こ)れ誠(まこと)に危急存亡(ききゅうそんぼう)の秋(とき)なり。然(しか)れども侍衛(じえい)の臣(しん)、内(うち)に懈(おこた)らず、忠志(ちゅうし)の士(し)、身(み)を外(そと)に忘(わす)るる者(もの)は、蓋(けだ)し先帝(せんてい)の殊遇(しゅぐう)を追(お)ひ、之(これ)を陛下(へいか)に報(むく)いんと欲(ほっ)すればなり。

【書き下し文(賢臣・小人の段)】
賢臣(けんしん)に親(した)しみ、小人(しょうじん)を遠(とほ)ざくるは、此(こ)れ先漢(せんかん)の興隆(こうりゅう)せし所以(ゆゑん)なり。小人(しょうじん)に親(した)しみ、賢臣(けんしん)を遠(とほ)ざくるは、此(こ)れ後漢(ごかん)の傾頽(けいたい)せし所以(ゆゑん)なり。

【書き下し文(自叙・三顧の段)】
臣(しん)は本(もと)布衣(ふい)、躬(みづか)ら南陽(なんよう)に耕(たがや)し、苟(いやしく)も性命(せいめい)を乱世(らんせい)に全(まっと)うし、聞達(ぶんたつ)を諸侯(しょこう)に求(もと)めず。先帝(せんてい)臣(しん)の卑鄙(ひひ)なるを以(もっ)てせず、猥(みだ)りに自(みづか)ら枉屈(おうくつ)し、三(み)たび臣(しん)を草廬(そうろ)の中(うち)に顧(かへり)み、臣(しん)に諮(はか)るに当世(とうせい)の事(こと)を以(もっ)てす。是(これ)に由(よ)りて感激(かんげき)し、遂(つひ)に先帝(せんてい)に許(ゆる)すに駆馳(くち)を以(もっ)てす。

【書き下し文(結び)】
今(いま)遠(とほ)く離(はな)るるに当(あ)たり、表(ひょう)に臨(のぞ)みて涕泣(ているう)し、云(い)ふ所(ところ)を知(し)らず。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【現代語訳(冒頭)】
家来の亮(諸葛亮)が申し上げます。先帝(劉備)は、漢王朝を復興するという大事業を、まだ半分も成しとげないうちに、その途中でお亡くなりになりました。いま天下は魏・呉・蜀の三つに分かれ、わが蜀の益州は疲れ弱っています。これはまことに、生き残るか滅びるかの瀬戸際の時です。それでも、宮中の護衛の臣下が職務を怠らず、忠義の志をもつ武士が、わが身を顧みず外で戦っているのは、思うに、先帝から受けた特別な厚遇を心に思い、その恩に陛下(劉禅)に報いようとしているからなのです。

【現代語訳(賢臣・小人の段)】
すぐれた家来を親しく用いて、つまらない人間を遠ざけたこと、これこそが前漢が栄えた理由です。反対に、つまらない人間を親しく用いて、すぐれた家来を遠ざけたこと、これこそが後漢が傾き衰えた理由なのです。

【現代語訳(自叙・三顧の段)】
私はもともと、官職もない一介の庶民で、南陽の地で自分の手で田畑を耕し、せめてこの乱れた世の中で何とか生き延びられればよいと思い、諸侯に名を知られ出世しようなどとは求めていませんでした。ところが先帝は、私の身分が低くいやしいことを気になさらず、ご自分から腰を低くして、三度も私の粗末な草ぶきの家を訪ねてくださり、今の世の中の事について私にご相談くださいました。私はこのことに深く感激し、とうとう先帝のために、馬を駆って働き尽くすことをお約束したのです。

【現代語訳(結び)】
いま、遠く都を離れて出陣するにあたり、この上奏文を前にして涙があふれて泣くばかりで、自分でも何を申し上げているのか分からないほどです。

4. 重要語句

  • 先帝(せんてい)…今は亡き前の皇帝。ここでは蜀を建てた劉備をさす。これに対し現皇帝の劉禅は「陛下」と呼ばれる。
  • 崩殂(ほうそ)す…天子(皇帝)が亡くなること。「崩」も「殂」も貴人の死を表す字。
  • 危急存亡の秋(とき)…生き残るか滅びるかの分かれ目となる、危機のせとぎわ。「秋」を「とき」と読むのがポイント。
  • 殊遇(しゅぐう)…特別に手厚いもてなし・待遇。劉備が諸葛亮を特別に重く用いたことをいう。
  • 賢臣(けんしん)…すぐれて賢い、忠実な家来。対義語は「小人」。
  • 小人(しょうじん)…心のせまい、つまらない人間。徳のない人。「賢臣」と対比される。
  • 所以(ゆゑん)…わけ・理由・原因。「〜する所以なり」で「〜する理由である」。
  • 布衣(ふい)…官職のない庶民。もともとは「麻などの粗末な衣服」の意味から、無位無官の身分をさす。
  • 躬(みづか)ら…自分自身で。自らの手で。
  • 卑鄙(ひひ)…身分が低くいやしいこと。ここでは諸葛亮が自分をへりくだって言う表現。
  • 三顧(さんこ)…三度たずねること。劉備が諸葛亮を三度も訪ねて軍師に迎えた故事。「三顧の礼」の語源。
  • 駆馳(くち)…馬を走らせて駆け回ること。転じて、主君のために全力で奔走し働くこと。

5. 句法・読解のポイント

  • 「此れ誠に〜の秋なり」の判断の文…「此誠危急存亡之秋也」は、「此れ誠に危急存亡の秋なり」と読み、「これはまことに〜の時である」と強く断定する文。「也」が文末で「〜なり」と判断を表す。「秋」を「とき(重大な時期)」と読むのが最大の注意点で、季節の秋ではない。
  • 「〜する所以なり」=理由・原因を表す句法…「此先漢所以興隆也」は「此れ先漢の興隆せし所以なり」と読み、「これが前漢が栄えた理由(わけ)である」の意。「所以(ゆゑん)」は『〜する理由・原因』を表す重要表現。前後で「親賢臣・遠小人(前漢)」と「親小人・遠賢臣(後漢)」が見事な対句になっている点も問われる。
  • 「不〜(〜ず)」「未だ〜ず」の否定・再読文字…「未半(未だ半ばならず)」の「未」は『まだ〜ない』を表す再読文字で、まず「いまダ」、返って「〜ず」と二度読む。「不求聞達於諸侯(聞達を諸侯に求めず)」「不知所云(云ふ所を知らず)」など、否定の「不(〜ず)」も多用される。
  • 「於」=場所・対象を示す置き字(前置詞)…「躬耕於南陽(南陽に耕す)」「不求聞達於諸侯(聞達を諸侯に求めず)」「欲報之於陛下(之を陛下に報いんと欲す)」のように、「於(于)」は『〜に・〜において・〜に対して』と場所や対象を示す。書き下しでは読まず、送り仮名「に」などに置きかえる置き字。
  • 「以〜(〜を以て)」の用法…「不以臣卑鄙(臣の卑鄙なるを以てせず)」「諮臣以当世之事(臣に諮るに当世の事を以てす)」「許先帝以駆馳(先帝に許すに駆馳を以てす)」など、「以」は『〜を用いて・〜でもって』と手段・理由・目的を示す頻出語。
  • 「欲〜(〜んと欲す)」の願望表現…「欲報之於陛下(之を陛下に報いんと欲す)」の「欲」は『〜しようとする・〜したいと思う』という願望・意志を表す。直前の動詞に未然形+「ん(む)」をつけて読む。
  • へりくだりと敬意の語づかい…諸葛亮は自分を「臣(しん)」「布衣」「卑鄙」と低めて言い、君主を「陛下」、亡き劉備を「先帝」と高めて呼ぶ。家来が君主にたてまつる上奏文(表)らしい、自分を下げ相手を上げる謙譲・敬意の言葉づかいに注目すると、人物関係が読み取りやすい。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:諸葛亮はまず、先帝劉備が漢王朝復興の途中で世を去り、いま蜀は天下三分のなかで疲弊し、危急存亡の時にあると現状を述べる。それでも臣下が忠勤に励むのは先帝の恩に報いるためだとして、若い皇帝劉禅に対し、心を広く開いて家来の言葉を聞き、賞罰を公平にし、賢臣を近づけ小人を遠ざけるよう、くり返し諫める。前漢が栄え後漢が滅びたのも、人材登用の良し悪しが原因だと歴史を引く。後半では、自分がもとは南陽で畑を耕す一庶民であったが、劉備が「三顧の礼」で迎えてくれた恩に感激し、以来命をかけて尽くしてきたと回想する。そして、いよいよ北伐に出陣するにあたり、漢室復興という先帝の遺志を必ず果たすと誓い、涙ながらに筆をおく。

主題亡き先帝劉備への深い恩義と忠誠、そして漢王朝復興にかける諸葛亮の決意。あわせて、王朝の興亡は人材の登用にかかっているとして、若い皇帝劉禅に「賢臣を近づけ小人を遠ざけよ」と諫める、臣下としての真心と憂国の情。

背景:作者の諸葛亮(181〜234)は、字を孔明といい、三国時代の蜀漢に仕えた政治家・軍略家。劉備に「三顧の礼」で迎えられて軍師となり、劉備の死後は遺児・劉禅を補佐して国政を一身に担った。『出師表』は、西暦227年、諸葛亮が魏を討つ北伐の遠征に出発する直前、成都の劉禅に差し出した上奏文である。当時の蜀は、魏・呉・蜀の天下三分のなかで最も国力が弱く、まさに「危急存亡の秋」にあった。経験の浅い若い皇帝を都に残して長く戦地におもむく諸葛亮が、心配のあまり君主の心得を切々と説いたものが、この文章である。中国では『前出師表』とも呼ばれ、後に書かれたとされる『後出師表』と区別される。「三顧の礼」「鞠躬尽瘁(きっきゅうじんすい)」など、後世に伝わる故事成語の出典にもなっている。

確認クイズ(3問)

「此誠危急存亡之秋也」の「秋」は何と読み、どういう意味か。

「とき」と読む。季節の秋ではなく、「生き残るか滅びるかの分かれ目となる、重大な時期・せとぎわ」の意味。

「親賢臣、遠小人、此先漢所以興隆也」とあるが、諸葛亮はこの対句で皇帝劉禅に何を伝えようとしているか。

前漢が栄え後漢が滅びたのは人材の登用しだいだったと歴史を引き、すぐれた賢臣を近づけ、つまらない小人を遠ざけるべきだ、と君主に説いている。

「三顧臣於草廬之中」は、どんな出来事を回想した一文か。また、ここから生まれた故事成語は何か。

亡き先帝劉備が、身分の低い諸葛亮を軍師に迎えるため、自ら腰を低くして三度も草ぶきの家を訪ねてくれたという出来事。ここから「三顧の礼」という故事成語が生まれた。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「秋」を季節の『あき』と訳してしまう誤り。ここは「とき(重大な時期)」と読み、「危急存亡の秋=危機のせとぎわ」と訳すのが鉄則で、読み・意味ともに頻出。
  • 「先帝」と「陛下」の指す人物の取り違え。『先帝=亡き劉備』、『陛下=現皇帝の劉禅』であり、この区別が読解と現代語訳の前提になる。
  • 「所以(ゆゑん)」を「だから(それゆえ)」と取り違える誤り。ここでは『〜する理由・わけ』の意味で、「興隆せし所以なり=栄えた理由である」と訳す。
  • 再読文字「未(いまダ〜ず)」の読み落とし。「未半」は『いまだ半ばならず』と二度読んで返るのがポイント。書き下しや読みの問題で問われやすい。
  • 「三顧」が誰から誰への行為かの混同。訪ねた(顧みた)のは先帝劉備、訪ねられたのは諸葛亮。主語をはき違えると自叙部分の意味が逆になる。

8. まとめ

・『出師表』は、諸葛亮(孔明)が北伐に出る前、若い皇帝劉禅にたてまつった忠義あふれる上奏文。亡き先帝劉備への恩と漢室復興の決意がテーマ。

・『此れ誠に危急存亡の秋なり』『賢臣に親しみ、小人を遠ざく』など、対句と判断の文が名句として有名。とくに「秋=とき」の読みは必修。

・句法では、理由を表す『〜する所以なり』、再読文字『未(いまダ〜ず)』、置き字『於』、手段の『以て』、願望の『〜んと欲す』が問われやすい。

・後半の自叙で語られる劉備の『三顧の礼』、忠誠を尽くす『鞠躬尽瘁』、涙ながらに筆をおく『臨表涕泣』が、この文の心情面のヤマ場。

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この記事を書いた人

中本 裕太(現役の古典講師)

国語科の教員免許を持つ現役の古典講師。個別指導塾フィット塾長。「誰でも古典塾」で古文・漢文の解説と約8,000問のドリルを無料公開しています。くわしいプロフィール

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