漢文を読んでいて「この字はどう読むんだろう?」と手が止まる原因の多くが、重要助字です。助字とは、それ自体に強い意味はないけれど、文のはたらきを決める小さな字のこと。とくに之・也・与・為・以・所・者の7字は、同じ字でも文中の位置によって読み方も意味も変わるため、知らないと一気に読めなくなります。逆に、用法を整理しておけば、漢文の読解スピードが大きく上がります。
ここでは7つの字を一つずつ、代表的な用法と例文で確認していきます。まずは下の図解で「同じ字が位置で働きを変える」という全体像をつかみましょう。

之(し)――「の」と「これ」
「之」のいちばん大事な用法は2つです。
- A 之 B = AのB(連体の「の」) … 学問之道=学問の道
- 動詞+之 = これ(を)(代名詞) … 知之=之を知る(それを知っている)
上に名詞、下に名詞があれば「の」、動詞の下にあれば「これ(を)」と考えるのが基本です。さらに「之」には、動詞「ゆく」(牛何之=牛何くにか之く=牛はどこへ行くのか)の用法もあります。位置と前後の品詞で見分けましょう。
也(なり・や)――断定と提示
「也」は置かれる場所で読みが変わります。
- 文末の也 = 〜なり(断定) … 是仁也=是れ仁なり(これが仁である)
- 文中の也 = 〜や(提示・主語の強調) … 丘也=丘(きゅう)や(この丘という人物は)
文の終わりにあれば断定の「なり」、主語のすぐ後ろにあって途中で切れていれば提示の「や」です。「〜は、…なり」という定義の文では、「者」と「也」がペアで出てくることもよくあります。
与(と・あたふ・か)――並列・授与・疑問
「与」は意味の幅が広い字です。
- A 与 B = AとB(並列の「と」) … 礼与食=礼と食と
- 与 + 人 = あたふ/ともに … 与人=人に与ふ(人に与える)
- 文末の与 = 〜か(疑問・反語。「歟」と同じ) … 是誰之過与=是れ誰の過ちか
名詞と名詞をつなぐ「と」がもっとも多い用法です。文末にあれば疑問・反語の「か」、動詞として使われれば「与(あた)ふ」「与(くみ)す」になります。
為(なす・たり・ために・受身)――多義の代表
「為」は7字のなかでもとくに用法が多く、入試でも狙われます。
- なす・つくる(動詞) … 為学=学を為す(学問をする)
- A 為 B = AはBたり(断定) … 子為誰=子(し)誰(たれ)為(た)る
- 為 + 人 = 〜のために … 為人=人の為に
- 為 A 所 V = AにVされる(受身) … 為人所笑=人の笑ふ所と為る
受身かどうかは「下に所があるか」で見分けるのが確実です。「為〜所」の形なら受身、そうでなければ「なす」「たり」「ために」のどれかを文脈で選びます。

以(もって・ゆゑ)――手段と理由
「以」は「〜を使って」という手段を表すのが基本です。
- 以 + 名詞 = 〜を以て(手段・方法) … 以礼=礼を以て(礼によって)
- 所以 = ゆゑん(理由・方法) … 所以然=然る所以(そうである理由)
「Aを以てB」=「AによってB」「AでもってB」と訳します。接続的に「〜して」とつなぐこともあります。「所以」は二字でまとまって「わけ・手段」を表す重要表現です。
所(ところ)――「〜するもの・こと」と受身
「所」は下の動詞とセットで、「〜する対象(もの・こと)」を表します。
- 所 + 動詞 = 〜する所(もの・こと) … 所見=見る所(見えるもの・見た内容)
- 為 A 所 V … 受身(前述)
「所」の下にくる動詞を探し、「〜するところのもの」と訳すのがコツです。英語の関係代名詞 what に近いはたらきだと考えると分かりやすいでしょう。
者(もの・は)――人・もの・提示
「者」も下や上の語とセットで読みます。
- 動詞・形容詞 + 者 = 〜する者・〜なもの … 仁者=仁なる者(思いやりのある人)
- A 者、B 也 = Aは、Bなり(提示・定義) … 兵者、凶器也=兵は、凶器なり
人や物事を指す「〜する者」と、主語を取り立てて定義する「Aは(…なり)」の二つが中心です。「者…也」の形は、ものごとを定義・説明するときの定番パターンです。

七字をまとめて例文で確認
ここまでの7字を、それぞれ代表的な例文でもう一度確認しましょう。声に出して書き下すと、用法が体にしみこみます。
- 之:千里之行、始於足下。→ 千里の行も、足下より始まる。(「之」=の。大事業も小さな一歩から)
- 也:知之為知之、不知為不知、是知也。→ 之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す、是れ知るなり。(文末の「也」=なり)
- 与:与朋友交、而不信乎。→ 朋友と交はりて、信ならざるか。(「与」=と。『論語』)
- 為:天行有常、不為堯存、不為桀亡。→ 天行常有り、堯の為に存せず、桀の為に亡びず。(「為」=ために)
- 以:君子不以言挙人。→ 君子は言を以て人を挙げず。(「以」=を以て。ことばだけで人を登用しない)
- 所:所重者在民。→ 重んずる所の者は民に在り。(「所」=ところ。大切にするものは人民にある)
- 者:勝兵先勝、而後求戦。敗兵先戦、而後求勝。→ 勝つ者は…(「者」=もの。勝つ軍はまず勝ってから戦う)
目印と意味(まとめ表)
| 字 | 主な用法 |
|---|---|
| 之 | の(連体)/これ(代名詞)/主述の間/ゆく(動詞) |
| 也 | なり(断定)/や・か(疑問・反語) |
| 与 | と(並列)/与ふ(動詞)/比較 |
| 為 | なす(動詞)/たり(断定)/ために/る(受身・為〜所) |
| 以 | もって(手段)/〜のために/以為(おもへらく) |
| 所 | ところ/受身(為〜所)/ゆゑん(所以) |
| 者 | もの/は(提示) |
例文で確認

- 学問之道 → 学問の道 (「之」=の)
- 知之 → 之を知る (「之」=これを)
- 為人所笑 → 人の笑ふ所と為る (「為〜所」=受身)
- 以礼 → 礼を以て (「以」=〜によって)
つまずきやすいポイント・入試での問われ方
- 「之」を全部「の」と訳さない。 動詞の下の「之」は「これ(を)」。位置で判断します。
- 「也」の読みは場所しだい。 文末なら「なり」、文中なら「や」。終止か途中かを見ます。
- 「為」は受身かどうかを「所」で確認。 「為〜所」なら受身、なければ「なす・たり・ために」。
- 「所以」は二字で一語。 「ゆゑん(理由・方法)」とまとめて覚えましょう。
入試では、傍線部の「之」「為」「以」などの読みや意味を直接問う設問がよく出ます。「この字はここではどの用法か」を、前後の品詞・位置から説明できるようにしておくと得点が安定します。
もう一歩くわしく――まぎらわしい字の整理
① 主語の後の「之」は訳さないことがある。 「A之B(動詞)」の形で、主語Aと述語のあいだに入る「之」は、主述の関係を示すだけで「の」と訳さない場合があります。たとえば「民之帰仁也(民の仁に帰するや)」の「之」は、訳に出さず「民が仁に帰すること」とまとめます。連体の「の」と混同しないようにしましょう。
② 「与」が文頭・文末にあるとき。 文頭の「与(ともに・与(くみ)す)」、文末の「与(か)=疑問・反語」は、並列の「と」と読み方がまったく変わります。位置をまず確認してください。
③ 「為」+疑問詞。 「何〜為(なんすれぞ〜)」のように、「為」が文末で疑問・反語を作ることもあります。「為」を見たら、まわりに「所」や疑問詞がないかをチェックすると、用法を取り違えにくくなります。
覚え方のポイント

- 『A之B』=AのB/動詞+『之』=これを。
- 『為〜所』=される/『所以』=わけ・手段。
- 『者…也』=Aは…なり(定義の形)。
重要助字は「意味を覚える」より「位置で見分ける」のがコツです。同じ字でも、上下にくる語の品詞(名詞か動詞か)で用法が決まります。例文を声に出して読み、書き下し文を自分で書けるようにすると、自然と判断できるようになります。
ミニ練習問題(解答つき)
次の傍線部の字の読み・意味を答え、書き下してみましょう。
- 天下之水、莫大於海。(「之」)
- 己所不欲、勿施於人。(「所」)
- 仁者楽山、知者楽水。(「者」)
- 不入虎穴、不得虎子。為之奈何。(「為」)
解答:
1 之=「の」。「天下の水、海より大なるは莫し」=世界中の水で、海より大きいものはない。
2 所=「ところ」。「己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ」=自分がされたくないことを、人にしてはならない。
3 者=「もの(人)」。「仁者は山を楽しみ、知者は水を楽しむ」=仁徳のある人は山を、知恵のある人は水を愛する。
4 為=「なす」。「之を為すこと奈何(いかん)せん」=これをどうしたらよいか。
よくある質問
Q1:助字は全部暗記しないといけませんか?
A:丸暗記より、「位置による見分け」を覚えるほうが効率的です。たとえば「之」は〈名詞+之+名詞=の〉〈動詞+之=これ〉のように、前後の形でパターン化できます。パターンさえ押さえれば、初見の字でも判断できます。
Q2:「也」が文末にあるのに「なり」と訳すと不自然なときがあります。
A:文末の「也」は基本「断定(なり)」ですが、疑問詞とともに使われると「〜か(疑問)」になることもあります。前に「何・誰・安」などの疑問詞があれば、疑問の可能性を考えましょう。
Q3:「以」がたくさん出てきて訳に困ります。
A:基本は「〜を以て(〜によって・〜で)」です。文と文をつなぐ位置にあれば「〜して」と接続的に訳します。「所以(ゆゑん)」だけは二字で「理由・手段」を表す特別な形なので、別に覚えておきましょう。
Q4:助字と置き字は何が違うのですか?
A:「置き字」は読まない字(而・於・矣など)で、書き下し文には書きません。いっぽう「助字」は、読み方こそ変わるものの書き下し文に読みとして登場する字です。たとえば「之」は「の」「これ」と読みますが、置き字の「於」は読みません。「読むか・読まないか」が両者の大きな違いです。
重要助字は、否定・使役・受身・疑問など、ほかのすべての句法に顔を出します。逆に言えば、ここを固めると漢文全体が一気に読みやすくなります。最初はどの用法か迷っても大丈夫です。前後の品詞と位置を手がかりに「この『之』は名詞と名詞のあいだだから〈の〉だ」と一つずつ判断していけば、必ず読めるようになります。本記事の用法を何度も見返し、例文を書き下せるようにして、下の100問ドリルで定着させましょう。
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