なぜこの場面がテストに頻出なのか
『平家物語』巻十一にある「那須与一(扇の的)」は、中学・高校の教科書にくり返し登場する超定番の名場面です。なぜなら、たった一本の矢にすべてをかける緊張感、神仏への祈り、そして武士の名誉が、短い文章のなかにぎゅっとつまっているからです。さらに、夕日・白波・紅の扇といった美しい情景が、和歌のような対句(ついく)で描かれ、表現を味わう問題にもぴったり。だから定期テストでも入試でも、何度も問われます。まずは『平家物語』全体の流れを平家物語のあらすじでつかんでおくと、この場面の位置づけがよく分かります。
あらすじ(場面の流れ)
舞台は屋島の戦い。源氏と平家が、海をはさんでにらみ合っていました。日が暮れかけたころ、平家方が一そうの小舟をこぎ出し、その舟に紅(くれない)の扇を竿の先に立てて、源氏方に向かって「これを射てみよ」と挑発(ちょうはつ)します。
源氏の大将源義経は、弓の名手として知られる若い武士、下野国(しもつけのくに)の那須与一宗高(なすのよいちむねたか)を呼び、扇を射よと命じます。与一は一度はことわりますが、義経の強い命令を受けて引き受けました。
与一は馬を海へと乗り入れます。しかし夕風が吹き、舟は波にゆられて扇もゆらゆらと定まりません。とても当てにくい状況です。そこで与一は目を閉じ、心の中で神仏に祈りました。すると風が少し弱まり、扇もねらいやすくなります。与一が放った矢は、あやまたず扇の要(かなめ)ぎわを射切りました。扇は空高く舞い上がり、夕日に照らされながら、ひらひらと海へ散っていきます。
この見事な腕前に、敵の平家も味方の源氏も思わず感嘆。平家は舟ばたを叩いてほめ、源氏は箙(えびら/矢を入れる道具)を叩いてどっとどよめいたのでした。
名場面の原文(短い引用+訳)
射る前、与一が心の中で祈る場面です。
「南無八幡大菩薩、別(べつ)しては我が国の神明、日光権現(にっこうごんげん)、宇都宮、那須湯泉大明神(なすゆぜんだいみょうじん)、願はくはあの扇の真中(まんなか)射させてたばせ給へ。」
(出典:『平家物語』巻十一)
現代語訳:南無八幡大菩薩よ、とりわけわが故郷の神々、日光権現・宇都宮・那須湯泉大明神よ。どうか、あの扇の真ん中を射させてくださいませ。
そして、矢が命中した瞬間です。
「あやまたず扇の要際(かなめぎは)一寸(いっすん)ばかりを射て、ひいふつとぞ射切つたる。鏑(かぶら)は海へ入りければ、扇は空へぞ上がりける。」
(出典:『平家物語』巻十一)
現代語訳:ねらいをはずさず、扇の要のきわ一寸ほどのところを射て、ひゅっと射切った。鏑矢は海へ落ち、扇は空へと舞い上がった。
重要古語・文法ポイント
| 語句・表現 | 意味・はたらき |
| たばせ給へ | 「賜(たば)す」+尊敬の補助動詞「給ふ」。「お与えください」と神仏を高める尊敬語。敬語の見分け方は敬語の識別を参照。 |
| 願はくは | 「どうか〜してほしい」と願望を表す決まった言い方。下に願う内容が続く。 |
| 扇は空へぞ上がりける | 係助詞「ぞ」を受け、結びが連体形「ける」になる係り結び。強調の働き。くわしくは係り結びの法則へ。 |
| 射切つたる | 完了の助動詞「たり」の連体形。「〜てしまった」と動作の完了を表す。 |
| 散つたりける | 完了「たり」+過去・詠嘆の助動詞「けり」。語り手が場面を語る調子を出す。 |
| 要際(かなめぎは) | 扇のかなめ(骨を留める軸)のすぐそば。「際」は「きわ=すぐそば」。 |
| 沖には平家/陸には源氏 | 海と陸、敵と味方を並べた対句。両軍がともに感嘆する高まりを描く。 |
テストでの問われ方
この場面では、次のようなところがよく問われます。
- 祈りの言葉の解釈:与一が誰に、何を願ったのか。「たばせ給へ」が尊敬語であることもねらわれます。
- 係り結び:「ぞ〜ける」を抜き出し、結びの形(連体形)と働き(強調)を答えさせる問題。
- 情景描写・対句:「沖には平家/陸には源氏」のような対句を指摘し、何と何が対比されているか。色彩(紅の扇・白波・夕日)の効果を問う設問も定番。
- 心情:失敗すれば名誉を失う与一の緊張と覚悟を読み取る問題。武士にとっての名誉の重さがテーマです。
作品の基礎知識|『平家物語』とは
『平家物語』は、平家(平氏)一門の栄華と滅亡をえがいた軍記物語(ぐんきものがたり)です。鎌倉時代に成立したと考えられていますが、長い時間をかけて少しずつ書き加えられたため、作者や成立年ははっきり一人・一年に決められていません。ただし、兼好法師の随筆『徒然草』には、信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)という人物が作者だと伝える記述があり、有力な説の一つとされています。物語は、目の見えない琵琶法師(びわほうし)が琵琶を弾きながら語り聞かせる「語り物」として広まりました。だから声に出して読むと、文章のリズムや響きの美しさがよく分かります。
全体をつらぬくテーマは、有名な冒頭「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」に示される無常観(むじょうかん)です。「どんなに栄えた者も、いつかは必ずおとろえ、ほろびていく」という仏教的なものの見方が、物語の根っこにあります。「那須与一」の場面で、空に舞い上がった扇がやがて夕日のなかへ散っていく姿にも、この美しくもはかない無常の感覚が重なっていると読むことができます。
場面の背景|屋島の戦いとは
この名場面の舞台「屋島(やしま)の戦い」は、現在の香川県(讃岐国)でおこった、源平の合戦の一つです。源義経のひきいる源氏が平家を追いつめ、この後の「壇ノ浦(だんのうら)の戦い」で平家は最終的にほろびます。つまり、那須与一の見せ場は、平家滅亡へと向かっていく流れのなかにある一場面なのです。
合戦の最中、平家方が小舟に扇を立てて「射てみよ」と挑発したのには理由があります。当時、戦いの合間にこうしたやりとりが行われることがあり、これは源氏の腕前を試し、ためすと同時に、もし射そこなえば源氏方が大きな恥をかくことになる、いわば「しかけ」でもありました。だからこそ与一は、味方全体の名誉を一身に背負って矢を放つことになります。一本の矢に、源氏全軍の面目(めんぼく)がかかっていたのです。この緊張感を理解しておくと、与一の祈りの必死さがいっそう胸にせまってきます。
表現を味わう|対句と色彩の美しさ
「那須与一」が名文として愛されるのは、内容だけでなく表現の技法が見事だからです。とくに注目したいのが、似た形の言葉を二つ並べてリズムと対比を生む対句(ついく)です。代表例が、扇が散ったあとの両軍の反応をえがいた次の部分です。
- 沖(おき)には平家、ふなばたをたたいて感じたり(敵である平家は、舟ばたをたたいてほめたたえた)
- 陸(くが)には源氏、えびらをたたいてどよめきけり(味方の源氏は、矢を入れる箙をたたいてどっとどよめいた)
「沖/陸」「平家/源氏」「ふなばた/えびら」と、対になる言葉がきれいに並んでいるのが分かりますね。敵も味方も、立場を超えて与一の腕前に感嘆した——この高まりが、対句のリズムによっていっそう強く伝わってきます。
さらにこの場面は色彩(しきさい)の対比も鮮やかです。紅(くれない)の扇、夕日に照らされた空、白い波——赤・金・白の色が重なり合い、まるで一枚の絵のように情景が浮かび上がります。テストで「色彩の効果を答えよ」と問われたら、こうした鮮やかな色の対比が、はりつめた一瞬を美しく印象づけている、という点をおさえましょう。
つまずきやすいポイント
この場面を読むとき、高校生がとくに引っかかりやすいところを整理します。
- 「与一」の読み方:「よいち」と読みます。「あたえいち」ではありません。フルネームは那須与一宗高(なすのよいちむねたか)。
- 「たばせ給へ」の敬語:これは神仏に「お与えください」とお願いする尊敬語です。誰が誰を高めているのか(与一が神仏を高めている)を取りちがえないようにしましょう。
- 「ぞ〜ける」の係り結び:係助詞「ぞ」があると、文末は終止形「けり」ではなく連体形「ける」で結ばれます。「なぜ『けり』でないのか」と問われたら、「係助詞『ぞ』を受けた係り結びだから」と答えます。
- 「あやまたず」の意味:「あやまつ(=失敗する・はずす)」の打消で、「ねらいをはずさず・あやまたず」という意味。「あやまる(=謝罪する)」とは無関係です。
- 場面の取りちがえ:同じ『平家物語』の有名場面でも、「敦盛の最期」や「祇園精舎」とごちゃまぜにしないこと。那須与一は屋島の戦いの場面です。
ミニ練習問題(解答つき)
覚えたことを確かめてみましょう。まず自分で答えを考えてから、解答を見てくださいね。
- 『平家物語』のジャンル(種類)を漢字で答えなさい。
- 「願はくは」とは、どんな意味を表す言い方ですか。
- 「扇は空へぞ上がりける」で、「ぞ」を受けて結びが連体形「ける」になる文法のきまりを何といいますか。
- 「あやまたず扇の要際一寸ばかりを射て」の「あやまたず」を、現代語に直しなさい。
【解答】
1=軍記物語(ぐんきものがたり)/2=「どうか〜してほしい」という願望を表す言い方/3=係り結び(係り結びの法則)/4=(ねらいを)はずさず・あやまたず
よくある質問(Q&A)
Q. 那須与一は実在した人物ですか?
A. 弓の名手として『平家物語』に登場しますが、生没年などくわしいことははっきりしない点も多く、伝説的に語られてきた武士です。物語のなかでの活躍を味わうのが、この場面の読みどころです。
Q. なぜ与一はわざわざ神仏に祈ったのですか?
A. 舟は波にゆれ、扇も定まらず、当てるのがとても難しい状況だったからです。失敗すれば源氏全軍が恥をかく——その重圧のなかで、与一は故郷の神々にすがるように祈りました。この祈りが、武士の必死さと信仰心を伝える名場面になっています。
Q.「ひいふつ」とは何ですか?
A. 矢が扇を射切ったときの音を表す言葉(擬音語)です。「ひゅっ」と勢いよく射切る一瞬を、音で生き生きと表現しています。声に出して読むと、はりつめた瞬間が体で感じられますよ。
📝 確認クイズ
読んだあとの腕だめし。「▶ 答えと解説」を開く前に、まず自分で考えてみましょう。
Q1. この「那須与一(扇の的)」の場面の舞台となった戦いはどれですか。
- ア.一ノ谷の戦い
- イ.屋島の戦い
- ウ.壇ノ浦の戦い
▶ 答えと解説
✅ イ.屋島の戦い
本文では、舞台は屋島の戦いで、源氏と平家が海をはさんでにらみ合っていたと書かれています。
Q2. 那須与一に扇を射るよう命じたのは誰ですか。
- ア.源義経
- イ.平宗盛
- ウ.源頼朝
▶ 答えと解説
✅ ア.源義経
源氏の大将である源義経が、弓の名手の与一を呼んで扇を射よと命じました。
Q3. 「扇は空へぞ上がりける」は、係助詞「ぞ」を受けて結びの形がどうなる係り結びですか。
- ア.結びが已然形「けれ」になり、強調の働きをする
- イ.結びが終止形「けり」のままで、疑問の働きをする
- ウ.結びが連体形「ける」になり、強調の働きをする
▶ 答えと解説
✅ ウ.結びが連体形「ける」になり、強調の働きをする
本文では係助詞「ぞ」を受けて結びが連体形「ける」になる係り結びで、強調の働きと説明されています。
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まとめ
「那須与一(扇の的)」は、ゆれる舟の上のたった一点の扇を、一本の矢で射切るという、はりつめた名場面です。祈り・緊張・名誉という人の心と、対句による美しい情景描写の両方を、短い文章で味わえるのが魅力。だから何度も教科書に取り上げられ、テストでもくり返し問われます。原文の音の響き(「ひいふつ」など)も声に出して読むと、与一の張りつめた一瞬がぐっと近づいてきますよ。
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