世阿弥『風姿花伝』第七「別紙口伝」の一節「秘すれば花」は、能楽論の核心「秘するがゆゑに大用(大きな効果)がある」を説く定番教材です。「べからず」「なり」「ば」の識別、逆説的な内容の読み取り、対句表現がよく問われます。
本文(傍線①〜⑮)
秘(ひ)する花を知る事。①秘すれば花なり。②秘せずば花なるべからずとなり、③この分け目を知る事、肝要(かんえう)の花なり。そもそも、一切(いつさい)の事、諸道芸(しよだうげい)において、その家々に④秘事(ひじ)と申すは、秘するによりて⑤大用(だいよう)あるが故(ゆゑ)なり。しかれば、秘事といふ事を⑥あらはせば、⑦させる事にてもなきものなり。これを「させる事にてもなし」と言ふ人は、いまだ秘事といふ事の大用を知らぬ故なり。
ただ珍(めづら)しきが花ぞと、みな人知るならば、「さては珍しき事あるべし」と⑧思ひまうけたらん見物衆(けんぶつしゆ)の前にては、⑨たとひ珍しき事をするとも、⑩見手(みて)の心に珍しき感はあるべからず。見る人のため、⑪花ぞとも知らでこそ、為手(して)の花にはなるべけれ。されば、見る人の、ただ⑫思ひのほかに面白(おもしろ)き上手(じやうず)とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。さるほどに、人の心に思ひもよらぬ感を催(もよほ)す手立(てだて)、⑬これ花なり。たとへば、弓矢(ゆみや)の道の手立にも……
〈中略〉
敵方(てきはう)用心をせぬときは、こなたの勝つこと、なほたやすかるべし。⑭人に油断をさせて勝つ事を得るは、珍しき理(ことわり)の大用なるにてはあらずや。さるほどに、わが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、⑮生涯(しやうがい)の主(ぬし)になる花とす。秘すれば花、秘せずば花なるべからず。
語注 諸道芸=あらゆる芸の道。 思ひまうく=前もって予想して待ち構える。 手立=方法。やり方。 敵方=敵。相手方。 なほ=いっそう。さらに。 理=道理。わけ。 さるほどに=そういうわけで。 生涯の主になる花=役者の一生を支える中心となる花。 ※「花」はここでは植物の花ではない。この文章全体の鍵になる語。 ※「秘事」「大用」「させる」「見物衆・見手」「為手」「上手」は意味を答える問題があるので、ここでは意味を示さない。 ※「大用」の読みは「たいよう」「だいよう」「だいゆう」と本によって分かれる。お使いの教科書のふりがなに合わせること。 ※〈中略〉の部分では、弓矢(戦)のたとえを引き、思いもよらぬ手立てで強敵に勝つことがあると説いている。 ※本文は『風姿花伝』第七「別紙口伝」から。「大用あるが故なり」を「大用のあるがゆゑなり」とする本もある。冒頭の言い回しも教科書によって異なる場合があるので、お使いの教科書の本文に合わせて読むこと。
解いて確かめる ― 縦書きの確認テスト(無料PDF)
読んだだけでは、テストでは書けません。本番と同じ縦書きで、実際に手を動かしてください。28問・解答と現代語訳つきです。
使い方のおすすめ。①まず何も見ずに解く → ②解答で答え合わせ → ③まちがえた設問の番号と同じ傍線を本文で探して読み直す。
設問
A 語句の意味と読み
- ③「この分け目を知る事、肝要(かんえう)の花なり」の「肝要」の意味を書け。
- ④「秘事(ひじ)」の意味を書け。
- ⑤「大用(だいよう)」の意味を書け。
- ⑦「させる事にてもなきものなり」の「させる」の品詞と意味を書け。
- ⑨「たとひ珍しき事をするとも」の「珍し」の、ここでの意味を書け。
- ⑩「見手(みて)の心に珍しき感はあるべからず」の「見手」とは誰のことか。同じ段落にある別の言い方も挙げて答えよ。
- ⑪「花ぞとも知らでこそ、為手(して)の花にはなるべけれ」の「為手」とはどのような人か。今の能では何と呼ばれるかもあわせて書け。
B 文法
- ①「秘すれば花なり」の「秘すれ」について、終止形と活用の種類を書け。また、そう判断できる根拠を本文中の語から示せ。
- ①「秘すれば」と②「秘せずば」では、「ば」の表す条件がどうちがうか。接続する活用形にふれて書け。
- ②「秘せずば花なるべからずとなり」の「なる」と「べから」を、それぞれ文法的に説明せよ。
- ⑥「あらはせば」の「ば」は、①「秘すれば」の「ば」と同じ用法か。理由もつけて答えよ。
- ⑧「思ひまうけたらん」の「たら」と「ん」を、それぞれ文法的に説明せよ。
- ⑨「たとひ珍しき事をするとも」の「とも」の意味・用法を書け。
- ⑪「花ぞとも知らでこそ、為手(して)の花にはなるべけれ」について、「で」の意味・用法と、係り結びの係助詞・結びの語を書け。
C 指す内容
- ③「この分け目を知る事、肝要(かんえう)の花なり」の「この分け目」とは、何と何の分かれ目か。
- ⑫「思ひのほかに面白(おもしろ)き上手(じやうず)」とは、観客が誰をどのように見ていることを言うのか。「上手」の意味も明らかにして書け。
- ⑬「これ花なり」の「これ」は何を指すか。本文中から抜き出して答えよ。
- ⑭「人に油断をさせて勝つ事を得る」の「人」とは、このたとえの中では誰を指すか。本文中の語で答えよ。
D 口語訳
- ①②「秘すれば花なり。秘せずば花なるべからずとなり」を口語訳せよ。
- ⑥⑦を含む「秘事といふ事をあらはせば、させる事にてもなきものなり」を口語訳せよ。
- ⑪「花ぞとも知らでこそ、為手(して)の花にはなるべけれ」を、直前の「見る人のため」も含めて口語訳せよ。
- ⑮を含む「わが家の秘事とて、人に知らせぬをもて、生涯(しやうがい)の主(ぬし)になる花とす」を口語訳せよ。
E 内容・記述
- ⑩「見手(みて)の心に珍しき感はあるべからず」とあるが、それはなぜか。四十字以内で書け。
- ⑭「人に油断をさせて勝つ事を得る」という戦のたとえを引くことで、世阿弥は何を言おうとしているのか。七十字以内で説明せよ。
- ⑮「生涯(しやうがい)の主(ぬし)になる花」とあるが、世阿弥は何を役者一生の花だと言っているのか。四十字以内で書け。
F 文学史・思想
- この文章の出典の書名・作者と、この一節が収められている巻の名を書け。
- ①「秘すれば花なり」の「花」のように、『風姿花伝』でいう「花」とはどのようなものか。簡潔に書け。
- 世阿弥が父とともに能を大成した時代と、その芸を保護した室町幕府の将軍の名を書け。
[広告・PR]
「秘すれば」と「秘せずば」の見分けが、どうしても身につかない人へ
ここは、文字だけだとどうしても入りにくいところです。声と板書で一度通して聞くと、驚くほどあっさり片づくことがあります。誰でも古典塾は「読んで覚える」無料テキスト専門で動画授業がないので、そこはスタディサプリ(古文・漢文=岡本梨奈先生)が相棒になります。
![]()
解答と解説
▼ 解答・解説を見る
A 語句の意味と読み
問1 いちばん大切なこと。肝心なこと。
└ 「要(かなめ)」=物事の中心。ここは「何より大切な花」
問2 家々に代々伝えられる秘密の技や工夫。秘伝。
└ 外に漏らさず、後継者だけに伝えるもの
問3 大きな働き。大きな効果。
└ 「用」=はたらき。「秘するによりて大用あるが故なり」=秘密にするからこそ大きな効果が出る、という文脈から考える
問4 連体詞。下に打消の語(なき)を伴って「たいした〜(ではない)・これといった〜(ない)」の意を表す。
└ ★使役の助動詞ではない。下の打消とセットで見る
問5 (観客にとって)思いがけない。意外だ。(一般には「目新しい・新鮮だ」の意)
└ 「めったにない」より「思いがけない」でとると通る
問6 見る人。観客。同じ段落の「見物衆」と同じものを指す。
└ 「〜手」は人を表す。「見る手=見る人」と考える
問7 演じ手。能役者。今の能の「シテ(主役)」にあたる。
└ 「為(す)る手」=演じる人。「見手」と対になる語
B 文法
問8 終止形=秘す。サ行変格活用。連体形が「秘する」となる(「秘(ひ)する花」「秘するによりて」)ことから分かる。
└ ★サ変は「せ・し・す・する・すれ・せよ」。連体形「秘する」が決め手
問9 ①は已然形「秘すれ」+「ば」で順接の確定条件(〜ので・〜すると)。②は打消の助動詞「ず」の未然形に「ば」が付いた形と見るのが標準で、順接の仮定条件(もし〜ないならば)を表す。
└ ★なお②は「ず(連用形)+係助詞『は』」が濁ったものと見る説もあるが、仮定条件になる点は変わらない。お使いの教科書の説明に合わせること
問10 「なる」=断定の助動詞「なり」の連体形。「べから」=助動詞「べし」の未然形。下の打消「ず」と続いて「べからず」となり、「〜はずがない」(打消当然)の意を表す(「〜できない」と不可能でとる説もある)。
└ ★「べからず」は打消当然(〜はずがない)とする説と不可能(〜できない)とする説がある。どちらでも「花にはなり得ない」という結論は変わらない。教科書の説明に合わせること
問11 同じ。四段動詞「あらはす」の已然形「あらはせ」に付いた「ば」で、順接の確定条件(〜すると)を表すから。
└ ★仮定なら「あらはさば」と未然形になるはず。ここは「〜するといつも」という恒常条件なので、「明かせば」ではなく「明かすと」と訳す
問12 「たら」=完了(存続)の助動詞「たり」の未然形。「ん(む)」=助動詞「む」の連体形で、婉曲(〜ような)を表す。
└ 下に体言「見物衆」が続くので連体形。「待ち構えているような観客」
問13 逆接の仮定条件を表す接続助詞。「たとえ〜しても」の意。
└ 上の副詞「たとひ」と呼応する
問14 「で」=未然形に付く接続助詞で、打消接続(〜ないで)。係助詞は「こそ」、結びは「べけれ」(助動詞「べし」の已然形)で、強意を表す。
└ ★「こそ」の結びは已然形。「知らで」=「気づかないで」
C 指す内容
問15 秘めておくか、秘めずに明かしてしまうか、の分かれ目。
└ 直前の「秘すれば/秘せずば」の対を受けている
問16 観客が演者(為手)を、「思いがけずおもしろい名人だ」とだけ見ているということ。工夫やしかけには気づいていない。
└ 「上手」は「じやうず」と読み、ここは「上手だ」ではなく「芸のすぐれた人・名人」という人を指す名詞
問17 人の心に思ひもよらぬ感を催す手立(=観客が思いもよらない感動を呼び起こす工夫)。
└ 直前の一続きがそのまま答えになる。「手立」=方法・やり方
問18 敵方(=戦う相手の敵)。
└ 直前の「敵方用心をせぬときは」を受けている
D 口語訳
問19 秘めるからこそ花なのであって、秘めなければ花ではあり得ない、ということだ。
問20 秘事というものを明かすと、たいしたものでもなくなってしまうのである。
問21 見る人にとって、それが花だとも気づかれないでこそ、演者の花になるのである。
問22 わが家の秘事として人に知らせないでおくこと、それを(役者の)一生涯の主となる花とするのである。
E 内容・記述
問23 観客が珍しい事があると予期して身構え、思いがけなさが失われるから。(三十三字)
└ 直前の「思ひまうけたらん見物衆の前にては」が手がかり
問24 相手が警戒していないところを突けば勝ちやすいのと同じで、工夫を秘めておくからこそ観客の意表をつき、大きな効果が生まれるということ。(六十五字)
問25 秘事を人に知らせず秘めておいて、観客の意表をつき続けられること。(三十二字)
F 文学史・思想
問26 『風姿花伝』/世阿弥/第七「別紙口伝」
└ 父・観阿弥の教えをもとにまとめた、日本最古の演劇論(能楽論)
問27 観客を感動させる、芸の魅力・面白さ。植物の花ではない。
└ ★「花」を植物の意味で答えると、記述問題がすべてくずれる
問28 室町時代/足利義満
└ 父は観阿弥。世阿弥は将軍義満の保護のもとで一座を率いた
【テスト直前チェック】この三つ
❶「秘すれば」と「秘せずば」は対。已然形+ば=確定条件、「ずば」=仮定条件。対句で並ぶので、かならず二つセットで問われる。
❷「花なるべからず」は品詞分解。「なる」=断定「なり」の連体形、「べから」=「べし」の未然形、「ず」=打消。訳は「花ではあり得ない」。
❸「知らでこそ…なるべけれ」は係り結び。「で」は打消接続(〜ないで)、結びは已然形「べけれ」。記述の答えは「観客に気づかれないからこそ花になる」に集まります。
現代語訳(全文)
「秘めておく花」というものを知ること。秘めるからこそ花なのであって、秘めなければ花ではあり得ない、ということだ。この(秘めるか秘めないかの)境目を知ることこそ、何より肝心な花なのである。そもそも、すべての物事、あらゆる芸の道において、それぞれの家に「秘事(秘伝)」というものがあるのは、秘密にすることによって大きな効果が生まれるからである。だから、秘事というものを明かすと、たいしたものでもなくなってしまう。これを「たいしたことでもない」と言う人は、まだ秘事というものの大きな効果を知らないからなのである。
ただ「珍しいものこそが花だ」と、人がみな知っているならば、「さては何か珍しいことがあるだろう」と前もって予想して待ち構えているような観客の前では、たとえ珍しいことをしても、見る人の心に「珍しい」という感動は起こりようがない。見る人にとって、それが花だとも気づかれないでこそ、演者の花になるのである。だから、見る人が、ただ思いがけずおもしろい名人だとだけ思って、これが花だとも気づかない、それが演者の花なのである。そういうわけで、人の心が思いもよらない感動を呼び起こす手立て、これが花なのである。たとえば、弓矢の道(武芸)のやり方においても……
〈中略〉
敵が警戒していないときは、こちらが勝つことは、いっそうたやすいだろう。相手に油断をさせて勝ちを得るのは、珍しさという道理が大きな効果をあらわしたものではないか。そういうわけで、わが家の秘事として人に知らせないでおくこと、それを役者一生涯の主となる花とするのである。秘めれば花、秘めなければ花ではあり得ないのだ。
※この問題は誰でも古典塾のオリジナルです。本文は古典(著作権の対象外)から正確に引用しています。
あわせて読みたい
- 風姿花伝『秘すれば花』(世阿弥)|現代語訳・重要語句(この範囲のやさしい解説)
- 已然形+ば・未然形+ばの識別|練習27問の無料PDFつき ― ①②の「ば」をまとめて練習できます
- 古文 助動詞これだけ100|無料PDFと決め手つき ― 「べし」「ず」「なり」「たり」「む」を総ざらい
- 古文 活用・係り結びこれだけ100|無料PDFと決め手つき ― ⑪の係り結び「こそ…べけれ」もここで
- 定期テスト対策 一覧|古文・漢文の確認テスト206テーマ(PDF付き・無料) ― ほかの単元の確認テストはこちら



コメント