今昔物語集『芋粥』をやさしく解説|現代語訳・重要語句・読解のポイント

作品解説

1. はじめに

『芋粥(いもがゆ)』は、平安時代末期に成立した説話集『今昔物語集』巻二十六第十七話に収められたお話です。正式な題は「利仁将軍、若き時、京より敦賀に五位を将(ゐ)て行く語(こと)」。さえない中年の下級役人「五位」が、宴会の席で『一生に一度でいいから芋粥を飽きるほど食べてみたい』ともらしたところ、それを聞いた力ある若者・藤原利仁(ふじわらのとしひと)が『では飽きるほどごちそうしましょう』と申し出る、というところから物語が動き出します。

利仁は五位を都から遠い越前国・敦賀(つるが)まで連れて行き、道中では狐をつかまえて使者にしたり、屋敷では信じられないほど大量の芋粥を用意したりします。ところが、いざ山のような芋粥を目の前にすると、五位はかえって食欲をなくしてしまう──という、人のささやかな願いと現実のすれ違いを描いた、ユーモアと人間味のある一話です。同じ話は『宇治拾遺物語』にも収められており、教科書では宇治拾遺本も合わせて学ぶことが多いお話です。芥川龍之介の短編小説『芋粥』のもとになった話としても有名で、原話と小説を読み比べる学習でもよく取り上げられます。

2. 原文

【冒頭(五位の願い)】
今は昔、利仁の将軍といひける人、若かりける時、その時の一の人の御もとに、恪勤の者にて候ひけり。その家に年来になりて、所得たる五位ありけり。そのおろし米の座にて、芋粥を啜りて、舌打ちをして、「あはれ、いかで芋粥に飽かむ」と言ひければ、利仁これを聞きて、「大夫殿は、いまだ芋粥に飽き給はずや」と問ふ。五位、「いまだ飽き侍らず」と言へば、利仁、「飽かせ奉りてむかし」と言ふ。

【敦賀へ(だましの誘い・狐を使者に)】
かくて、利仁、五位を具して、東山の方へ、湯浴みに将て行く由を言ひて、馬に乗せて出でぬ。三津の浜にて、狐の走り出でたるを、利仁追ひて捕へて、「我が郎等になりて、今宵のうちに敦賀の家に行きて、『にはかに客人を具して下るなり。明日の巳の時に、高島の辺に、男ども迎へに、馬二疋に鞍置きて参れ』と言へ」とて、放ちてければ、狐走り失せぬ。

3. 現代語訳(やさしい言葉で)

【冒頭(五位の願い)】
今となっては昔のことだが、利仁の将軍といった人が、若かったころ、その当時の権力者(摂政・藤原基経とされる)のお屋敷で、宿直(とのい)の侍として仕えていた。その家に長年勤め、すっかり古参として一目置かれている五位の男がいた。その五位が、お下がりの食事の席で芋粥をすすり、舌打ちをして、「ああ、なんとかして芋粥を飽きるほど食べてみたいものだ」と言ったので、利仁はこれを聞いて、「五位殿は、まだ芋粥を飽きるほど召し上がったことがないのですか」と尋ねた。五位が「まだ飽きるほど食べたことがございません」と言うと、利仁は「では、(私が)飽きるほど召し上がらせてさしあげましょうよ」と言った。

【敦賀へ(だましの誘い・狐を使者に)】
こうして、利仁は五位を連れて、東山の方へ湯あみに行くのだと言って、馬に乗せて出かけた。(ところが本当の行き先は遠い敦賀であった。)三津の浜で、狐が走り出てきたのを、利仁が追いかけて捕まえ、「お前は私の家来になって、今夜のうちに敦賀の家に行き、『急に客人をお連れして下ってくる。明日の巳の刻(午前十時ごろ)に、高島のあたりへ、男たちは迎えに、鞍を置いた馬を二頭引いて参上せよ』と伝えよ」と言って放してやったところ、狐は走って姿を消した。

4. 重要語句

  • 今は昔…今となっては昔のことだが。説話の語り出しの決まり文句。
  • 恪勤(かくご)の者…熱心に勤める者。ここでは宿直などの雑務を勤める侍。
  • 一の人…最高位の人。摂政・関白を指す。ここでは一説に藤原基経とされる。
  • 年来(としごろ)…長年。何年もの間。
  • 所得(ところえ)たり…(その場で)一目置かれ、大きな顔をしている。古参として認められている。
  • 五位…位階の一つ。下級ながら昇殿を許される程度の身分。ここでは主人公の通称。
  • あはれ…ああ。しみじみとした感動や嘆きを表す感動詞。
  • いかで…なんとかして。どうにかして(願望の意を表す)。
  • 飽く…十分に満足する。飽きるほど食べる。
  • 奉る…~してさしあげる。謙譲の補助動詞で、相手(五位)への敬意を表す。
  • 具(ぐ)す…連れて行く。一緒に伴う。
  • 巳の時(みのとき)…現在の午前十時ごろ。十二支で表した時刻。

5. 文法・読解のポイント

  • 願望を表す「いかで~む(ん)」…「いかで芋粥に飽かむ」の「いかで」は『なんとかして』、「飽かむ」の「む」は意志・願望を表す助動詞。あわせて『なんとかして芋粥を飽きるほど食べたい』という五位の切なる願いを示す。
  • 謙譲の補助動詞「奉る」と敬意の方向…「飽かせ奉りてむ」の「奉り」は、利仁が五位に対して『~してさしあげる』と敬意を払う謙譲表現。話し手(利仁)から動作の受け手(五位)への敬意であり、利仁が表向き五位を立てて丁寧に接していることが読み取れる。
  • 尊敬の補助動詞「給ふ」…「いまだ芋粥に飽き給はずや」の「給は」は尊敬の補助動詞で、利仁が五位を高めて『召し上がる』の意で用いている。五位への敬意の表れ。
  • 丁寧語「侍り」…「いまだ飽き侍らず」の「侍ら」は丁寧の補助動詞『ございません』。会話文で相手への丁寧さを添える働きをする。
  • 使役の助動詞「す」+「奉る」…「飽かせ奉りてむ」の「せ」は使役の助動詞『す』の未然形で、『(五位を)飽きさせる=飽きるほど食べさせる』の意。使役+謙譲で『飽きるほど召し上がらせてさしあげよう』となる。
  • 完了・強意の助動詞「つ」+推量「む」…「飽かせ奉りてむかし」の「てむ」は、完了(強意)『つ』の未然形「て」+推量・意志『む』。『きっと~しよう』『必ず~してみせよう』という強い意志を表し、文末の「かし」が念押しを加える。
  • 説話の定型表現…冒頭の「今は昔」と、文末を「となむ語り伝へたるとや」で結ぶのが『今昔物語集』の型。語り伝えられてきた話であることを示す枠組みとして問われやすい。

6. 主題・あらすじ・背景

あらすじ:摂政・藤原基経(とされる)の屋敷に長年仕える、風采のあがらない古参の侍「五位」がいた。彼はある宴会で芋粥をすすりながら、「一度でいいから芋粥を飽きるほど食べてみたい」とこぼす。これを聞いた若い従者・藤原利仁が「では飽きるほどごちそうしましょう」と申し出る。利仁は東山へ湯あみに行くと偽って五位を馬に乗せ、実は遠い越前国・敦賀の自分の屋敷へ連れて行く。道中の三津の浜では狐を捕まえ、屋敷へ先触れの使者として走らせる。狐の知らせどおりに迎えの一行が現れ、利仁の権勢ぶりに五位は驚く。敦賀の屋敷では、近郷から運ばせた山のような山芋で、大鍋いっぱいの芋粥が大量に作られる。ところが、これほど望んでいたはずの芋粥を目の前にすると、五位はかえって食欲を失い、ほとんど食べられなくなってしまう。五位は利仁から多くの贈り物を受け、豊かになって都へ帰った、と伝えられている。

主題ささやかな願いを抱く小役人「五位」と、それを思いがけない形で叶えてしまう実力者・利仁を対比的に描く説話。長年の夢も、現実にあり余るほど与えられると、かえって満たされなくなるという人間心理の機微を、ユーモアを交えて伝える。同時に、狐を意のままに操り、たやすく大量の芋粥を用意してみせる藤原利仁の桁外れの権勢・財力を印象づける点も大きな主題で、当時の人々が語り伝えた利仁の栄華譚にもなっている。

背景:『今昔物語集』は平安時代末期(十二世紀前半ごろ)に成立したとされる、日本最大級の説話集。全三十一巻で、天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の三部に分かれ、約千以上の説話を収める。各話が「今は昔(いまはむかし)」で始まり、末尾を「となむ語り伝へたるとや」で結ぶ独特の形式をもつ。『芋粥』が収められた巻二十六は「本朝世俗部」に属し、貴族・武士・庶民のさまざまな世間話が集められている。主人公・藤原利仁は平安時代前期に実在した武人で、延喜十五年(九一五年)に鎮守府将軍となったと伝わり、越前国敦賀の豪族・有仁(実在の人物名は未詳)の婿となって敦賀に勢力を張ったとされる。なお、ほぼ同じ筋の話が『宇治拾遺物語』巻一第十八「利仁、芋粥の事」にも収められており(教科書ではこの宇治拾遺本も合わせて学ぶことが多い)、さらに大正時代に芥川龍之介が短編小説『芋粥』として書き換えたことで広く知られるようになった。

確認クイズ(3問)

主人公「五位」とは、どのような人物ですか。

摂政(一説に藤原基経)の屋敷に長年仕えてきた、風采のあがらない古参の下級役人(侍)です。「五位」は個人名ではなく位階に由来する通称です。

五位の「いかで芋粥に飽かむ」という言葉は、どういう意味ですか。

「なんとかして芋粥を飽きるほど(思う存分)食べてみたい」という願望を表します。「いかで~む」で願望、「飽く」は十分に満足して食べる意味です。

山ほどの芋粥を前にした五位は、最後にどうなりましたか。

あれほど望んでいたのに、あまりに大量の芋粥を目にしてかえって食欲をなくし、ほとんど食べられなくなってしまいました。

7. つまずきやすいポイント・入試での問われ方

  • 「五位」を人名と誤解しやすいが、これは位階に由来する主人公の通称(個人名ではない)。文中で誰を指すかを正しくつかむことが大切。
  • 敬語の方向を問う設問が頻出。利仁の会話文に出る「奉る」「給ふ」「侍り」がそれぞれ謙譲・尊敬・丁寧のどれで、誰から誰への敬意かを区別できるようにする。
  • 「飽く」を現代語の『うんざりする』ととらえると逆になる。古語では『十分に満足する・思う存分食べる』の意で、五位の願いは『腹いっぱい食べたい』こと。
  • 「いかで~む」を疑問(どうして~か)と取り違えやすいが、ここは願望(なんとかして~したい)。文脈で判断する。
  • 結末で五位が芋粥を食べられなくなる理由(あり余るほど与えられて気おくれ・食欲減退した心理)を説明させる記述問題が出やすい。芥川版との読み比べでも問われる。

8. まとめ

・『芋粥』は『今昔物語集』巻二十六第十七話の説話で、下級役人「五位」と実力者・藤原利仁が登場する(ほぼ同じ話が『宇治拾遺物語』にもある)。

・『芋粥を飽きるほど食べたい』という五位の願いを、利仁が敦賀の屋敷で大量の芋粥を用意して叶えようとする話。

・ところが目の前に山ほどの芋粥が出ると五位はかえって食欲を失う、という人間心理の妙とユーモアが読みどころ。

・会話文の敬語(奉る・給ふ・侍り)の方向、願望「いかで~む」、語「飽く」の意味が試験の頻出ポイント。芥川龍之介『芋粥』の原話としても重要。

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