『伊勢物語』は、ある男の一生を和歌を中心につづった「歌物語」の代表作です。教科書では「芥川」「東下り」「筒井筒」がよく取り上げられます。あらすじと、入試・定期テストで問われる古文ポイントをやさしく整理しました。
伊勢物語の基本データ
| 成立 | 平安時代前期(10世紀ごろ) |
|---|---|
| 作者 | 未詳。主人公は在原業平(ありわらのなりひら)がモデルとされる |
| ジャンル | 歌物語(和歌を中心に短い章段=「段」が約125連なる) |
| 主人公の呼び方 | 多くの段が「昔、男ありけり」で始まる |
有名な章段のあらすじ
芥川(第6段)
男が思いを寄せる高貴な女性を盗み出して連れて逃げる夜の話。草の上の露を見た女が「あれは何?」と尋ねますが、男は答える余裕もなく逃げます。やがて女は鬼に一口で食べられてしまう——という幻想的な悲恋です。男が詠む「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」が名歌として有名です。
東下り(第9段)
都にいられなくなった男が、友人たちと東国へ旅立つ話。三河の国・八橋(やつはし)で、「かきつばた」の五文字を各句の頭に置いて旅の心を詠みます(=折句という和歌の技法)。さらに駿河の宇津の山、富士山、隅田川で「都鳥」を見て都を恋しがる場面が続きます。
筒井筒(第23段)
幼なじみの男女が、井戸のそばで背くらべをして遊んだ仲から成長し、やがて結婚する話。男が他の女のもとへ通うようになっても、妻が夫を気づかう和歌を詠むのを物陰で聞いた男は、心を入れかえます。幼い恋から夫婦の情愛へと深まる名段です。
テストで問われる古文ポイント
- 各段の語り出し「昔、男(女)ありけり」——けり=過去の助動詞。
- 芥川の地の文には「に」の識別や係助詞「なむ」が頻出。係り結びに注意。
- 東下りの「かきつばた」=折句。和歌の修辞(掛詞・縁語など)とあわせて問われます。
- 反実仮想の助動詞「まし」(消えなまし=消えてしまえばよかったのに)も芥川の名歌に登場。
古文常識ミニ:「歌物語」とは
歌物語は、和歌が生まれた事情(=詞書のような説明)と和歌をセットで読ませる形式です。だから伊勢物語は「和歌の意味がわかると一気に面白くなる」作品。和歌の修辞を知っておくと読解が深まります。
テスト直前チェック
- 伊勢物語=歌物語。主人公のモデルは在原業平
- 芥川=鬼一口の悲恋/東下り=かきつばた(折句)/筒井筒=幼なじみの恋
- 語り出しは「昔、男ありけり」。けり=過去
伊勢物語ってどんな作品?──「歌物語」をもっとくわしく
『伊勢物語』は、ある一人の男の元服(成人)から死の間際までを、約百二十五の短い章段(「段」)に分けて描いた作品です。一つひとつの段はとても短く、たいてい「昔、男ありけり」という決まり文句で始まります。そして段の中心には必ずといってよいほど和歌が置かれています。和歌が詠まれた事情を地の文(説明の文)で語り、その流れで歌を味わわせる──この「事情+和歌」のセットでできているのが歌物語です。だから伊勢物語は、和歌の意味がわかった瞬間に物語が立ち上がってくる、という独特の面白さを持っています。
主人公の名前は本文には書かれませんが、在原業平(ありわらのなりひら)がモデルだと古くから考えられてきました。業平は平安初期の歌人で、『古今和歌集』にも歌が選ばれている六歌仙(ろっかせん)の一人です。情熱的で美男子だったと伝えられ、その人物像が「みやびな恋に生きる男」という伊勢物語の主人公像と重なります。ただし作者は未詳で、業平本人が書いたわけではありません。複数の人の手で少しずつ書き足され、現在の形にまとまっていったと考えられています。タイトルの「伊勢」の由来もはっきりわかっておらず、確実なことだけ言えば「平安前期に成立した、作者未詳の歌物語」ということになります。
「みやび」という言葉も伊勢物語のキーワードです。みやびとは、都ふうの上品で洗練された美意識のこと。恋にやぶれても相手をうらまず、和歌でそっと心を伝える──そんな主人公の生き方そのものが「みやび」を体現しています。この感覚は、のちの『源氏物語』をはじめとする平安文学全体に大きな影響を与えました。
名場面を原文+現代語訳でじっくり読む
あらすじだけでなく、実際の本文の一節を味わってみましょう。声に出して読むと、リズムと和歌の美しさがよくわかります。
芥川(第六段)の名歌
【原文の一節】 白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを
【現代語訳】 (あの人が草の上の露を見て)「あれは真珠なの、それとも何なの」とたずねたあのとき、「あれは露だよ」と答えて、いっそ私もあの露のように消えてしまえばよかったのに。
女を鬼に奪われてしまった男の、深い後悔と悲しみがにじむ歌です。注目したいのは結びの「消えなましものを」。ここには反実仮想の助動詞「まし」が使われています。反実仮想とは「もし〜だったら〜だっただろうに(実際はそうでなかった)」という、事実と反対のことを想像する言い方です。「(露のように)消えてしまえばよかったのに、実際には消えられなかった」という、かなわなかった願いを表しています。「な」は強意・完了の助動詞「ぬ」の未然形で、「きっと〜してしまう」という気持ちを添えています。
東下り(第九段)の「かきつばた」
【原文の一節】 から衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ
【現代語訳】 (着なれた)唐衣のように、なれ親しんだ妻が都にいるので、はるばる遠くまで来てしまったこの旅を、しみじみと思うことだ。
三河の国の八橋(やつはし)で、かきつばたの花が美しく咲いているのを見て、ある人が「かきつばた、の五文字を各句の頭に置いて旅の心を詠め」と言ったのに応えて詠まれた歌です。よく見ると、各句の最初の文字がか・き・つ・は(ば)・たとなっています。これが折句(おりく)という技法です。さらにこの歌には掛詞(かけことば)も使われています。「なれ」は衣が「なれる(着なれる)」と人に「なれる(なれ親しむ)」、「つま」は衣の「褄(つま=着物のすそ)」と「妻」、「はるばる」は「張る(衣を張る)」と「はるばる(遠く)」が重ねられています。衣にまつわる言葉(から衣・きつつ・なれ・つま・はる)を集める縁語(えんご)の技法も同時に使われており、たった三十一文字に技巧がぎっしり詰まった名歌です。
筒井筒(第二十三段)の幼なじみの歌
【原文の一節】 筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
【現代語訳】 井戸の囲い(井筒)と背くらべをした私の背丈は、(井筒を)越えてしまったようだなあ。あなたに会わないでいるうちに。
幼いころ井戸のそばで背くらべをして遊んだ男が、成長して女に贈った歌です。これに対して女が「くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずして誰かあぐべき(=あなたと長さをくらべあった私の振り分け髪も肩を過ぎるほど伸びました。あなた以外の誰のために髪を結い上げましょうか)」と返し、二人はめでたく結ばれます。幼い恋がそのまま夫婦の情愛へと育っていく、伊勢物語の中でもとりわけ心あたたまる段です。
重要語句・文法のポイント
- けり……過去・詠嘆の助動詞。「昔、男ありけり」の「けり」は過去(〜た)。和歌の中では詠嘆(〜だなあ)になることも多いので、地の文か和歌かで意味を見分けます。
- なむ……係助詞。文中にあると文末が連体形で結ばれる係り結びが起こります。強調の働きです。完了「ぬ」+推量「む」の「なむ」と混同しないよう、文の形で見分けましょう。
- にの識別……断定の助動詞「なり」の連用形、完了「ぬ」の連用形、格助詞、接続助詞、形容動詞の活用語尾、副詞の一部など、たくさんの可能性があります。芥川の地の文で頻出する重要識別です。
- まし……反実仮想の助動詞。「〜ましかば〜まし」「〜せば〜まし」の形が基本。「消えなましものを」のように、かなわなかった願いを表します。
- 折句……和歌の各句の頭に物の名などの文字を置く技法。「かきつばた」が代表例。
- 掛詞・縁語……一つの言葉に二つの意味を重ねるのが掛詞、関係の深い言葉を散りばめるのが縁語。和歌読解の必須知識です。
つまずきやすいポイント・入試での問われ方
伊勢物語でつまずきやすいのは、まず「誰の動作か」がわかりにくいこと。主語が省略されることが多いので、敬語や文脈から「男なのか女なのか」を判断する練習が必要です。芥川では、女を背負って逃げる男と、それを追う人物(女の兄たち)が登場するので、誰が何をしているのかを丁寧に追いましょう。
次に多いのが和歌の修辞を見落とすミスです。とくに東下りの「かきつばた」の歌は、折句・掛詞・縁語が同時に使われている入試頻出歌。「この歌に使われている技法をすべて答えよ」という形でよく問われます。芥川の「白玉か〜」の歌では「まし」の文法的意味(反実仮想)と、なぜ男がそう詠んだのかという心情説明がねらわれます。
定期テストでは、「昔、男ありけり」の口語訳と「けり」の文法的意味、傍線部の主語、和歌の現代語訳と修辞がよく出ます。難しい問題ではなく、基本をきちんとおさえているかを確かめる出題が中心です。あわてず一語ずつ確認しましょう。
ミニ練習問題(解答つき)
- 問 「昔、男ありけり」の「けり」の文法的意味を答えなさい。
- 問 東下りの「かきつばた」のように、各句の頭に文字を置く和歌の技法を何というか。
- 問 芥川の「消えなましものを」の「まし」は何という意味(用法)の助動詞か。
- 問 伊勢物語の主人公のモデルとされ、六歌仙の一人でもある歌人は誰か。
【解答】 1=過去(〜た)/2=折句(おりく)/3=反実仮想(もし〜だったら〜だっただろうに、の意)/4=在原業平(ありわらのなりひら)
よくある質問(Q&A)
Q.伊勢物語の作者は在原業平ですか?
A.いいえ。作者は未詳です。主人公のモデルが業平だとされているだけで、業平本人が書いたわけではありません。複数の人の手で書き継がれたと考えられています。
Q.「歌物語」と「物語」は何がちがうのですか?
A.歌物語は和歌が中心で、和歌が詠まれた事情を短く語る形式です。竹取物語や源氏物語のような長い筋立て(ストーリー)よりも、一つひとつの和歌とその場面を味わうことに重きが置かれています。
Q.段の数はいくつありますか?
A.伝本によって多少ちがいますが、おおむね百二十五段ほどです。それぞれが独立した短い話になっています。
Q.どの段から勉強すればいいですか?
A.教科書でよく取り上げられる「芥川」「東下り」「筒井筒」の三つから始めるのがおすすめです。この三段をおさえれば、定期テストはほぼ安心です。
まとめ
- 伊勢物語=平安前期成立・作者未詳の歌物語。主人公のモデルは在原業平(六歌仙の一人)。
- 多くの段が「昔、男ありけり」で始まる。約百二十五段。
- 芥川=鬼一口の悲恋。名歌「白玉か〜」に反実仮想の「まし」。
- 東下り=八橋で「かきつばた」の折句。掛詞・縁語も同時に使われる入試頻出歌。
- 筒井筒=幼なじみの恋が夫婦の情愛へと育つ名段。
- 文法の要はけり(過去)・なむ(係り結び)・に(識別)・まし(反実仮想)。和歌の修辞(折句・掛詞・縁語)とあわせて確認しよう。
伊勢物語は「昔、男ありけり」で始まる短い段の集まりで、芥川・東下り・筒井筒の3つをおさえれば定期テストはほぼ安心です。和歌の意味と、地の文の文法(けり・なむ・に)を一緒に確認しましょう。あわせて竹取物語のあらすじも読むと、平安の物語の世界がつかめます。
📝 確認クイズ
読んだあとの腕だめし。「▶ 答えと解説」を開く前に、まず自分で考えてみましょう。
Q1. 『伊勢物語』のジャンルは何ですか。
- ア.歌物語
- イ.随筆
- ウ.軍記物語
▶ 答えと解説
✅ ア.歌物語
伊勢物語は、和歌を中心につづった「歌物語」の代表作です。
Q2. 『伊勢物語』の主人公のモデルとされる人物は誰ですか。
- ア.兼好法師
- イ.在原業平
- ウ.紫式部
▶ 答えと解説
✅ イ.在原業平
作者は未詳ですが、主人公は在原業平がモデルとされています。
Q3. 「東下り」の段で、男が八橋(やつはし)で「かきつばた」の五文字を各句の頭に置いて詠んだ和歌の技法を何といいますか。
- ア.掛詞(かけことば)
- イ.枕詞(まくらことば)
- ウ.折句(おりく)
▶ 答えと解説
✅ ウ.折句(おりく)
各句の頭に文字を置いて詠む技法を折句といいます。
📖 章段のやさしい解説
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