二方向(にほうこう)の敬語とは、一つの動作の中に謙譲語と尊敬語が重なって用いられる表現で、動作の受け手と動作の主(動作主)の両方に同時に敬意を表します。原則として語順は【謙譲語+尊敬語】の順で、たとえば「聞こえさせ給ふ」は、謙譲語「聞こえ」(「言ふ」の謙譲=申し上げる、動作の受け手への敬意)に、尊敬語「させ給ふ」(動作主への敬意)が付いた形です。よく似た形の「最高敬語(二重尊敬)」=「せ給ふ・させ給ふ・しめ給ふ」は、尊敬語が二つ重なっただけで主語一人にしか敬意を向けないので、混同しないように見分けることが大切です。次の各例文を読み、後の問いに答えよ。
本文
※例文は学習用に作成しています。
① 中納言、帝に御文を聞こえ給ふ。
② 大臣、姫君に琴の手を教へ聞こえ給ふ。
③ 女御、帝に思ふことを申し給ふ。
④ 翁、宮に珍しき玉を奉り給ふ。
⑤ 上達部、院に御消息を聞こえさせ給ふ。
⑥ 母君、若君を抱きかかへ参らせ給ふ。
⑦ 大納言、帝にこのよしを奏し給ふ。
⑧ 右大臣、東宮に書を奉り給ふ。
⑨ さて、帝、御几帳の内にて物せさせ給ふ。
⑩ 院、その夜つひに失せさせ給ふ。
⑪ 大将、内裏に参り給ひて、帝に近う候ひ給ふ。
⑫ 后、上に御琴を弾き聞かせ奉り給ふ。
⑬ かの僧都、帝に法を説き聞こえ給ふ。
⑭ 臣下、上皇に御琴をたてまつり給ふ。
⑮ 中宮、帝に御返り事を聞こえさせ給ふ。
⑯ 帝、夜もすがら御念誦せさせ給ふ。
設問
- ①「中納言、帝に御文を聞こえ給ふ。」を現代語訳せよ。
- 傍線部「聞こえ給ふ」(①)を敬語の種類に分解し、どの部分が謙譲語でどの部分が尊敬語かを答えよ。
- ①「聞こえ給ふ」の謙譲語の部分は、誰から誰への敬意を表すか。動作の受け手を明らかにして答えよ。
- ①「聞こえ給ふ」の尊敬語の部分は、誰への敬意か。動作主を答えよ。
- 傍線部「教へ聞こえ給ふ」(②)について、次の問いに答えよ。
- 謙譲語にあたる部分を抜き出せ。
- 尊敬語にあたる部分を抜き出せ。
- 傍線部「申し給ふ」(③)を、謙譲語の部分と尊敬語の部分に分けて答えよ。
- ③「申し給ふ」の謙譲語の部分は、誰への敬意か。動作の受け手を答えよ。
- ③「申し給ふ」の尊敬語の部分は、誰への敬意か。動作主を答えよ。
- ④「翁、宮に珍しき玉を奉り給ふ。」を現代語訳せよ。
- 傍線部「奉り給ふ」(④)について、謙譲語の部分と尊敬語の部分をそれぞれ答えよ。
- ④「奉り給ふ」の謙譲語の部分は、誰への敬意か。動作の受け手を答えよ。
- ⑧「奉り給ふ」について、謙譲語は誰への敬意か(受け手)、尊敬語は誰への敬意か(動作主)を、それぞれ答えよ。
- ⑤「上達部、院に御消息を聞こえさせ給ふ。」を現代語訳せよ。
- 傍線部「聞こえさせ給ふ」(⑤)を敬語の種類に分解し、謙譲語・尊敬語のそれぞれを答えよ。
- ⑤「聞こえさせ給ふ」の謙譲語の部分は、誰への敬意か。動作の受け手を答えよ。
- ⑤「聞こえさせ給ふ」の尊敬語の部分は、誰への敬意か。動作主を答えよ。
- 傍線部「抱きかかへ参らせ給ふ」(⑥)の「参らせ」「給ふ」は、それぞれ謙譲語・尊敬語のどちらか答えよ。
- ⑦「大納言、帝にこのよしを奏し給ふ。」を現代語訳せよ。なお「奏す」の敬語の種類にも触れること。
- 傍線部「物せさせ給ふ」(⑨)と、⑤「聞こえさせ給ふ」とでは、敬語の構造がどう違うか。二方向の敬語と最高敬語(二重尊敬)の違いに触れて説明せよ。
- 傍線部「失せさせ給ふ」(⑩)は二方向の敬語か、最高敬語(二重尊敬)か。理由とともに答えよ。
- ⑪「参り給ひて」「候ひ給ふ」について、それぞれ謙譲語の部分が誰への敬意(受け手)かを答えよ。
- 傍線部「弾き聞かせ奉り給ふ」(⑫)について、次の問いに答えよ。
- 謙譲語にあたる部分を抜き出せ。
- 尊敬語にあたる部分を抜き出せ。
- 謙譲語は誰への敬意か(受け手)を答えよ。
- ⑬「説き聞こえ給ふ」の謙譲語「聞こえ」は、誰への敬意か(受け手)。また尊敬語「給ふ」は誰への敬意か(動作主)を答えよ。
- 二方向の敬語の語順は原則として「謙譲語+尊敬語」「尊敬語+謙譲語」のどちらか。正しい方を答え、なぜその順になるのかを一文で説明せよ。(記述)
- 「二方向の敬語」と「最高敬語(二重尊敬)」は、敬意を向ける相手の数という点でどう異なるか。五十字程度で説明せよ。(記述)
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問1 中納言が、帝にお手紙を申し上げなさる。(「聞こえ」=申し上げる、「給ふ」=〜なさる)
問2 「聞こえ」=謙譲語(「言ふ」の謙譲、申し上げる)/「給ふ」=尊敬語。「聞こえ」で動作の受け手(帝)へ、「給ふ」で動作主(中納言)へ敬意を表す二方向の敬語。
問3 謙譲語「聞こえ」は、動作主である中納言から、動作の受け手である帝への敬意を表す。
問4 尊敬語「給ふ」は、動作主である中納言への敬意を表す。
問5 謙譲語=「聞こえ」/尊敬語=「給ふ」。「教へ」という動詞の本体に、謙譲の補助動詞「聞こえ」と尊敬の補助動詞「給ふ」が重なった形。
問6 謙譲語=「申し」(「言ふ」の謙譲、申し上げる)/尊敬語=「給ふ」。「申し」で受け手(帝)へ、「給ふ」で動作主(女御)へ敬意を表す。
問7 動作の受け手である帝への敬意。(「申し上げる」相手=帝)
問8 尊敬語「給ふ」は、動作主である女御への敬意を表す。
問9 翁が、宮に珍しい玉を差し上げなさる。(「奉り」=差し上げる、「給ふ」=〜なさる)
問10 謙譲語=「奉り」(「与ふ・参らす」の意の謙譲、差し上げる)/尊敬語=「給ふ」。「奉り」で受け手(宮)へ、「給ふ」で動作主(翁)へ敬意を表す。
問11 動作の受け手である宮への敬意。(「差し上げる」相手=宮)
問12 謙譲語「奉り」は受け手である東宮への敬意、尊敬語「給ふ」は動作主である右大臣への敬意を表す。
問13 上達部が、院にお手紙(ご連絡)を申し上げなさる。(「聞こえ」=申し上げる、「させ給ふ」=〜なさる)
問14 謙譲語=「聞こえ」(申し上げる)/尊敬語=「させ給ふ」。「させ給ふ」全体で一つの尊敬の補助動詞(最高敬語相当)として動作主に敬意を表し、謙譲語「聞こえ」と合わせて二方向の敬語となる。
問15 動作の受け手である院への敬意。(「申し上げる」相手=院)
問16 尊敬語「させ給ふ」は、動作主である上達部への敬意を表す。
問17 「参らせ」=謙譲語(差し上げる・〜し申し上げる)/「給ふ」=尊敬語。「参らせ」で受け手(若君)へ、「給ふ」で動作主(母君)へ敬意を表す。
問18 大納言が、帝にこの事情を奏上なさる(申し上げなさる)。「奏す」は天皇・上皇に「申し上げる」意の絶対敬語(謙譲)で、ここに尊敬語「給ふ」が付き、受け手(帝)と動作主(大納言)の双方に敬意を表す二方向の敬語となっている。
問19 ⑤「聞こえさせ給ふ」は、謙譲語「聞こえ」+尊敬語「させ給ふ」で、受け手と動作主の二方向に敬意を向ける二方向の敬語。これに対し⑨「物せさせ給ふ」は「物す」+尊敬の助動詞「させ」+尊敬の補助動詞「給ふ」で、尊敬語が二つ重なっただけの最高敬語(二重尊敬)であり、敬意は動作主(帝)一方向にしか向かない。謙譲語を含むか否かが決定的な違いである。
問20 最高敬語(二重尊敬)。「失せ」(「死ぬ」の婉曲)+尊敬の助動詞「させ」+尊敬の補助動詞「給ふ」で、謙譲語を含まず尊敬語が二つ重なった形だから。敬意は動作主である院一方向のみで、受け手への敬意はない。
問21 「参り給ひて」の「参り」は、参上する先である内裏(=帝のおはす所)への敬意で、受け手(帝)への敬意。「候ひ給ふ」の「候ひ」は、お仕えする相手である帝への敬意。いずれも謙譲語で受け手=帝に敬意を向ける。
問22 謙譲語=「聞かせ奉り」のうち「奉り」/尊敬語=「給ふ」。「弾き聞かせ」は「弾いてお聞かせする」の意で、謙譲の補助動詞「奉り」が受け手への敬意を担い、「給ふ」が動作主(后)への敬意を担う。謙譲語「奉り」は、演奏を聞く受け手である帝(上)への敬意を表す。
問23 謙譲語「聞こえ」は、法を説き申し上げる相手=受け手である帝への敬意。尊敬語「給ふ」は、動作主である僧都への敬意。
問24 正しいのは「謙譲語+尊敬語」。謙譲語はまず動作そのものに密着して受け手への敬意を添え、尊敬語はその動作全体を高めて動作主へ敬意を向けるため、内側に謙譲語、外側に尊敬語が立つ順序になる。
問25 (例)二方向の敬語は受け手と動作主の二者に敬意を向けるが、最高敬語は動作主一者だけに敬意を向ける点で異なる。(五十字程度)
※この問題は誰でも古典塾オリジナルです。
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